第65話 獅子の牙
中型武装艦が、アストライアへ向けて主砲を放った。
砲撃は二本の光条となって宇宙を走り、わずかに時間差をつけて交差する。回避先を制限し、どちらか一方を命中させようとする射撃だった。
「アイリス、右へ!」
『了解。姿勢制御スラスター作動』
アストライアが船体を傾け、一発目を回避する。しかし、二発目は進路を修正した先へ飛んできた。
『回避困難。シールドで受けます』
衝撃が艦橋に伝わり、正面画面の一部が赤く点滅した。
《左舷シールド出力:84%》
ユウは表示を一瞥した。
「……二連射か」
敵艦は全長百二十メートルほどの中型武装艦だった。アストライアより大きく、主砲二基と多数の副砲を搭載している。先日の護衛戦ではアーデントの損傷した右舷を狙い、ニールがいた第四区画を撃ち抜いた船でもあった。
『敵艦、第二射準備』
アイリスの報告に、ユウは操縦桿を倒した。
「今度は当たらないよ」
アストライアが加速する。
敵艦は二門の主砲で再び交差射撃を行ったが、ユウは最初の砲撃を確認した瞬間に推力を落とした。予測より手前で機体が減速し、二発目が船首の前を通り過ぎる。
そのままアストライアは急旋回し、敵艦の斜め下方へ回り込んだ。
『敵艦下部、近接防御砲二基。現在こちらを追尾中です』
「先に潰そう」
パルスレーザー砲塔が旋回し、短い連射が放たれた。
一発目がシールドを削り、二発目が砲塔の基部へ命中する。敵艦が慌てて艦体を傾けたため、もう一基への射撃は外れた。
『敵近接防御砲一基、停止。敵艦、姿勢変更』
「分かった。次は推進器」
セラが横から戦術画面を確認した。
「待て。あいつは後部に装甲を集中させている。真正面から推進器を狙っても簡単には抜けないぞ」
「じゃあ、側面から?」
「そのためには敵の姿勢を崩す必要がある」
ユウは敵艦の動きを見た。相手はアストライアの高速機動を警戒し、一定の距離を保ちながら主砲を撃ち続けている。無理に接近すれば、まだ稼働している副砲の射界へ入ることになる。
「……アイリス。敵の右舷側に見える損傷、前の戦闘でつけたやつだよね」
『はい。右舷中央の装甲は応急修復されていますが、内部構造の完全な復旧は確認できません』
「そこを狙おう」
セラが頷いた。
「いい判断だ。ただし、一度撃てば相手も警戒する。次の攻撃まで考えておけ」
「うん」
ユウはアストライアをさらに加速させた。
*
敵中型艦の艦橋では、警告音が絶え間なく響いていた。
「目標艦、右舷下方へ移動!」
「主砲追尾が間に合いません!」
艦長席に座る男が舌打ちした。
「落ち着け! あの船は小型艦だ。直撃させればこちらが勝つ!」
だが、男の言葉とは裏腹に、乗員たちの表情には焦りが広がっていた。
数日前の護衛船団襲撃で、彼らは確かにアストライアと交戦していた。そのときの相手は貨物船を守るために動きを制限され、こちらの陽動にも対応しなければならなかった。
しかし、今回は違う。
護衛対象がいない。
アストライアの機動力を制限するものが、ほとんどないのだ。
「右舷に回り込まれます!」
「艦を回せ! 損傷区画を晒すな!」
男が叫んだ瞬間、アストライアの砲撃が右舷中央へ集中した。
最初の数発はシールドに防がれたが、続く射撃が応急修復された装甲へ命中する。
船体が大きく揺れた。
《右舷中央装甲損傷/内部電力系統に異常》
「くそっ! 主砲を向けろ!」
「右舷副砲、射撃不能! 電力供給が途絶えています!」
「何だと!?」
男は戦術画面を見た。
アストライアはすでに位置を変え、今度は艦の後方へ回り込もうとしていた。
「……速すぎる!」
*
『敵艦右舷副砲、停止を確認』
アイリスが報告した。
「次、主推進器」
『敵艦、艦尾装甲をこちらへ向けています』
「……分かってる」
ユウは敵艦の動きを観察した。
相手は主推進器を守るため、アストライアへ艦尾を向けながら後退している。だが、その姿勢では主砲をこちらへ向けられない。
ユウは一瞬だけ目を細めた。
「アイリス、主砲の射界に入らない位置を維持して。後部姿勢制御スラスターを狙おう」
『了解』
アストライアが敵艦の斜め後方へ回り込み、短い射撃を加えた。
一発目は装甲に弾かれたが、二発目が右側の姿勢制御スラスターを破壊する。
敵艦がわずかに傾いた。
『敵艦、姿勢維持能力低下』
「反対側も」
続く射撃が左側のスラスターへ命中した。
敵艦は姿勢を立て直そうとしたが、その動きは遅い。
ユウは操縦桿を倒した。
「……そこ」
アストライアが大きく回り込み、敵艦の艦尾を斜めから捉える。
『主推進器二基、照準可能』
「撃て」
連続射撃が敵艦の左側推進器へ集中した。
激しい閃光が走り、推進器の一基が吹き飛ぶ。
『敵艦、左主推進器停止。右主推進器は稼働中』
ユウはすぐに次の照準を指示した。
「右も」
セラが小さく息を呑んだ。
以前のユウなら、推進器を一基破壊した時点で降伏勧告を送っていたかもしれない。だが今回は、まだ敵が戦闘を継続している限り、攻撃を緩めようとしなかった。
敵艦が無理に姿勢を変え、残った主砲をアストライアへ向けようとした。
『敵艦、主砲充填開始』
「……まだ撃つんだ」
ユウの声は低かった。
「アイリス、艦橋の位置は?」
『艦首上部。現在、照準可能です』
「……そこを狙って」
セラがユウを見た。
「ユウ。艦橋を破壊すれば、指揮官を含む乗員が死亡する可能性が高い」
「分かってる」
ユウは敵艦の砲口を見つめた。
「でも、あいつらはまだ撃つつもりだ」
セラはそれ以上、止めなかった。
『照準完了』
「撃て」
アストライアの砲撃が、敵艦の艦首上部へ命中した。
最初の一発で外部装甲が砕け、続く射撃が艦橋区画を貫く。内部で爆発が発生し、船体上部から破片が飛び散った。
『敵艦、艦橋機能停止。主砲充填中断』
敵艦はゆっくりと回転し始めた。
残った推進器が不規則に噴射し、姿勢を立て直そうとしている。しかし、統一された制御は失われていた。
「……戦闘能力は?」
『主砲二基、停止。副砲の大半も使用不能です。主推進器一基は稼働していますが、統合管制が機能していません』
「……そう」
ユウは短く答えた。
それ以上の攻撃命令は出さなかった。
戦闘能力を失った艦を破壊する必要はない。
だが、いつものように「拿捕できそうだね」と笑うこともなかった。
*
その頃、宙賊の補給施設では、激しい混乱が起きていた。
「第三警戒艇、応答なし!」
「第四警戒艇から投降信号を確認!」
「出撃した中型武装艦との通信が途絶えました!」
指揮室では、複数の乗員が端末に向かって叫んでいた。
中央に立つ男は、全長百八十メートル級の大型武装艦を指揮するローク・ダグネルだった。
今回の船団襲撃を計画した男でもある。
「……たった一隻だと?」
ロークは報告を聞き、眉を寄せた。
「そうです。接近しているのはアストライア一隻だけです!」
「ふざけるな! 小型艦一隻に、何隻やられたと思ってる!」
部下は答えられなかった。
ロークは戦術画面を拡大した。
小惑星の外側では、先ほど出撃した中型武装艦が制御を失い、漂っている。
その周囲を、アストライアが高速で移動していた。
「……あの船、護衛任務のときとは動きが違うな」
ロークが呟いた。
護衛船団を襲撃した際、アストライアは常に貨物船を守る位置へ戻ろうとしていた。追撃も深追いせず、敵を無力化することを優先していた。
しかし今は、逃げようとする船の進路を先回りして塞ぎ、推進器や艦橋を的確に狙っている。
「……こちらを潰すつもりか」
ロークは舌打ちした。
「全艦、出撃準備! 大型艦も動かす!」
「ですが、主砲の修理はまだ終わっていません!」
「副砲だけでも使える! ここで待っていたら、一隻ずつやられるぞ!」
ロークの指示で、補給施設の警報が鳴り響いた。
*
『艦長、敵補給施設に動きがあります』
アイリスの報告に、ユウは画面を確認した。
小惑星の陰に隠れていた複数の艦艇が、ゆっくりと動き始めている。
『中型武装艦一隻、小型警備艇一隻が出港準備中。大型武装艦も主機を起動しています』
「……まとめて出てくる気か」
セラが戦術画面を確認した。
「ユウ、ここからが本番だ。敵は残存戦力を集中させてくる。さっきのように一隻ずつ相手にできるとは限らない」
「うん」
ユウは短く答えた。
「……ライラの情報は?」
『敵補給施設の周辺岩石群を継続観測中です。艦艇の出港経路と、周辺の障害物情報を取得しています』
「じゃあ、その情報を使おう」
ユウは星図を拡大した。
敵補給施設の周囲には、比較的大きな岩石が複数存在している。艦艇が安全に出入りできる航路は限られており、大型艦が使える経路はさらに少なかった。
「……アイリス。敵が全部出てきたら、どういう陣形になる?」
『大型艦を中心に、中型艦と小型艇が側面を警戒する形が予想されます』
「じゃあ、まとまる前に動こう」
セラが頷いた。
「狙うのは中型艦だな。大型艦は主砲が使えないが、副砲の数が多い。接近しすぎると危険だ」
「了解」
ユウはアストライアを岩石群の外縁へ移動させた。
そのとき、敵中型艦が補給施設から姿を現した。
全長およそ百三十メートル。先ほどの艦とは異なり、船体には大きな損傷が見られない。
その後方には、小型警備艇が続いている。
『敵二隻、当艦を捕捉』
「……来たね」
ユウは操縦桿を握った。
「アイリス、主砲準備」
『了解』
アストライアが加速する。
*
敵中型艦は、アストライアを確認すると即座に砲撃を開始した。
複数の光弾が宇宙を走る。
ユウは小さく進路を変え、最初の射撃を回避した。
だが、敵はそれを予測していたらしい。
次の砲撃が、回避先へ向けて放たれる。
『敵艦、予測射撃を実施』
「……そう来るか」
アストライアのシールドが一発を受け止め、衝撃が伝わった。
《前方シールド出力:76%》
セラが画面を確認する。
「敵も学習しているな。高速機動を前提に照準を調整している」
「……なら、いつも通りには動かない」
ユウは推力を落とした。
アストライアの速度が急激に低下する。
敵艦は次の進路を予測して砲撃したが、光弾は船体の前方を通り過ぎた。
その瞬間、ユウは再び加速した。
「……今!」
アストライアが敵艦の側面へ回り込む。
敵中型艦の副砲が旋回したが、照準が追いつかない。
『敵艦右舷、照準可能』
「主砲塔を潰して」
アストライアの射撃が、敵艦の主砲塔へ集中した。
シールドが急速に低下し、砲塔基部へ一発が命中する。
『敵艦主砲一基、停止』
だが、その直後、小型警備艇がアストライアへ接近してきた。
『敵小型艇、側面から接近。短距離誘導弾発射準備』
「……邪魔だな」
ユウは小型艇へ視線を向けた。
敵小型艇はアストライアの速度が落ちた瞬間を狙っていた。
だが、ユウは慌てなかった。
「アイリス、近接防御砲で誘導弾を迎撃。小型艇の推進器を狙って」
『了解』
敵艇から誘導弾が放たれた。
アストライアの近接防御レーザーが反応し、飛来する誘導弾を次々と迎撃する。
その間に、パルスレーザー砲塔が小型艇の後部へ向けられた。
「撃て」
一発目がシールドを削り、二発目が推進器へ命中した。
小型艇の後部で爆発が発生する。
『敵小型艇、主推進器停止』
しかし、敵艇はまだ姿勢制御スラスターで機体を動かし、残った砲塔をアストライアへ向けようとしていた。
「……まだ撃つつもり?」
『敵艇、武装継続』
ユウは小さく息を吐いた。
「……じゃあ、艦橋」
『照準完了』
「撃て」
短い射撃が小型艇の艦首へ命中した。
船体前部の装甲が砕け、艦橋区画が破壊される。
『敵小型艇、全制御機能停止』
小型艇はそのまま漂い始めた。
ユウはすぐに中型艦へ視線を戻した。
「……次」
セラは何も言わなかった。
ただ、ユウの横顔を見つめていた。
*
中型武装艦は、味方の小型艇が撃破されたことを確認すると、急速に後退し始めた。
『敵中型艦、補給施設方向へ撤退』
「……追う」
ユウは操縦桿を倒した。
アストライアが加速する。
セラが戦術画面を確認した。
「待て。施設へ戻る経路には大型艦がいる。追い込みすぎると、二隻から同時に攻撃されるぞ」
「分かってる」
ユウは進路を少し変えた。
敵中型艦の後方を追うのではなく、施設へ戻るための狭い航路へ先回りする。
敵艦はアストライアに進路を塞がれ、慌てて旋回した。
だが、周囲には大きな岩石が広がっている。
自由に逃げられる方向は限られていた。
『敵中型艦、進路変更を繰り返しています』
「……逃げ道、ないよね」
『現在の位置関係では、当艦の追跡を振り切ることは困難です』
ユウは通信を開いた。
「武装を止めて。投降するなら撃たない」
しばらく沈黙が続いた。
そして、敵艦から返答が届いた。
『……ふざけるな! 俺たちがこんなところで終わると思うな!』
通信が切れた。
次の瞬間、敵艦が主砲を発射した。
アストライアのシールドに光弾が命中する。
《前方シールド出力:69%》
ユウは静かに呟いた。
「……そう」
そして、短く命じた。
「アイリス。主機を狙って」
『了解』
アストライアが敵艦の側面へ回り込む。
敵艦は回避しようとしたが、岩石群に進路を制限されていた。
その瞬間、アストライアの射撃が船体後部へ集中した。
激しい爆発が起き、敵艦の主機関区画が破壊される。
『敵中型艦、主電源喪失。推進器停止』
船体全体の照明が消え、残った姿勢制御スラスターも沈黙した。
『敵艦、戦闘能力喪失』
ユウはそれを確認すると、すぐに次の目標を探した。
「……大型艦は?」
『補給施設から離脱しました。現在、当艦へ向けて接近中です』
画面に、全長百八十メートル級の大型武装艦が映し出された。
主砲はまだ修理されていないものの、複数の副砲塔が稼働している。
その船体中央には、今回の宙賊部隊を指揮するローク・ダグネルが乗っていた。
『敵大型艦、当艦を捕捉』
アイリスが報告した。
ユウはゆっくりと息を吐いた。
「……あいつが指揮官か」
セラが頷いた。
「おそらくな。先日の護衛任務でも、あの艦から各艇へ指示が送られていた」
「……そう」
ユウは敵艦を見つめた。
ニールが亡くなった。
アーデントが損傷した。
輸送船が奪われた。
そのすべてを引き起こした部隊の指揮官が、目の前にいる。
「……アイリス」
『はい』
「……あの艦だけは、逃がさない」
『了解しました』
アストライアが加速する。
敵大型艦も副砲を一斉に旋回させた。
次の瞬間、宇宙空間に無数の光が走った。
単艦で宙賊艦隊へ挑んだ小さな古代航路艦は、ついに敵の指揮艦と正面から向き合うことになった。
そして、その戦いを終えたとき。
ユウが求めるものは、もう以前と同じではなくなっているはずだった。




