第70話 地下に眠る巨艦
YD-09の地下調査が正式に始まったのは、ガルムが未完成艦らしき構造物を発見してから三日後のことだった。HM-417ではアーデントの修復と中継施設の防衛強化が優先されていたため、地下調査に割ける人員は限られていたが、リアだけは朝から落ち着かない様子だった。
「ユウ! 早く行こうよ! もう準備できてるから!」
大型ドックへ入ってきたユウを見つけるなり、リアが駆け寄ってくる。
「まだ集合時間の十五分前なんだけど」
「だって、五百メートル以上の古代艦だよ!? そんなの、気になって眠れないでしょ!」
「いや、俺は普通に寝たけど」
「信じられない!」
リアが大げさに肩を落とす。その様子を見て、ユウは久しぶりに自然な笑みを浮かべた。ニールを失った悲しみが消えたわけではない。アーデントの修理区画を通るたびに、あの青年のことを思い出す。それでも、仲間たちが普段どおりに接してくれることは、今のユウにとってありがたかった。
「ところで、ダリオは?」
「アーデントのシールド制御装置を確認してる。今日は来られないって」
「そっか。あっちは大丈夫そう?」
「ミラが新しい監視系統の試験を始めたところ。結果が良ければ、明日から実際の配線変更に入る予定だって」
ユウは頷いた。アーデントの改修も、中継施設の防衛強化も予定どおり進んでいる。だからこそ、今日の地下調査にも時間を割くことができた。そこへセラがやってきた。
「二人とも、準備はいいか?」
「もちろん!」
「うん。じゃあ行こうか」
ユウたちはガルムが用意した小型搬送車に乗り込み、YD-09の地下搬送路へ向かった。
*
YD-09の地下へ続く搬送路は、想像以上に長かった。古代の資材運搬用通路らしく、天井は高く、大型の搬送車両がすれ違えるだけの幅が確保されている。ただし、現在使用できるのは一部だけだった。通路のあちこちには崩落箇所や閉鎖された隔壁があり、ガルムの作業ロボットが補強を進めている。
『前方に今回復旧した区画があります』
搬送車の端末からガルムの声が響いた。
「思ったより遠いね」
『YD-09の地上側施設から現在地まで約二・四キロメートルです。地下格納区画はさらに先に存在します』
「二・四キロ!? そんなに広いの?」
『既存の搬送路を迂回しているため、直線距離とは異なります』
リアは周囲の壁面を興味深そうに眺めていた。
「この通路、ただの搬送路じゃないよ。壁の中に大型の電力供給路がある。それも、普通の補助設備とは規模が違う」
『確認済みです。現在は停止していますが、高容量電力幹線が格納区画へ接続されています』
「やっぱり! 大型艦の建造設備があったんだ!」
ユウは少し考えた。
「でも、今まで何で分からなかったの?」
『主な理由は三つあります。電力不足、観測装置の損傷、隔壁の向こう側に存在する高密度構造材です。通常の透過観測では内部を十分に確認できませんでした』
「じゃあ、今回の電力制御装置が役に立ったんだね」
『その認識で問題ありません。ただし、今回使用した装置は調査用の独立電源に接続したものです。地下施設全体が復旧したわけではありません』
ユウは頷いた。
「なるほど。まだ入口を開けただけってことか」
『概ねその認識で問題ありません』
しばらくして、搬送車が停止した。目の前には巨大な隔壁があった。幅は数十メートル、高さも二十メートル近くある。表面には古代文字らしき刻印が並び、その中央に大きな円形の紋章が刻まれていた。
「……でかいな」
ユウが呟くと、リアが嬉しそうに頷いた。
「これ、絶対に普通の倉庫じゃないよ!」
ガルムの指示で隔壁の警告灯が点灯した。
『隔壁の開放を開始します。内部の空気環境は保証できません。全員、気密服を確認してください』
ユウたちは装備を確認し、隔壁が開くのを待った。低い振動とともに、巨大な扉がゆっくりと左右へ動き始める。暗闇の向こうに、さらに広い空間が現れた。
*
最初に見えたのは、何本もの巨大な支柱だった。天井から床へ向かって伸びる構造物が、薄暗い空間の中に規則正しく並んでいる。支柱の間には大型の搬送アームが収納され、床面には幅の広い整備用レールが敷設されていた。
そして、その奥に巨大な船体が横たわっていた。
「…………え?」
ユウは思わず足を止めた。艦首と思われる部分は細長く、そこから中央部へ向かって船体が大きく広がっている。装甲の一部はまだ取り付けられておらず、内部の骨格や隔壁が露出していた。全体は大型の支持架台によって固定されている。艦尾側はさらに奥の暗闇へ続いており、ここからでは終端が見えなかった。
「……これ、ほんとに船?」
ユウが呟いた。
『艦艇用の主要構造との一致を確認しました。現時点で完成艦とは判断できませんが、船体であることはほぼ確実です』
リアは言葉を失っていた。いつもなら真っ先に駆け寄って調べ始める彼女が、ただ巨大な船体を見上げている。
「……リア?」
「……すごい」
ようやく、それだけ口にした。セラも船体を見上げた。
「こんなものが、基地の地下に眠っていたとはな……」
ユウは目の前の光景を見つめた。アストライアは全長約九十五メートル。アーデントでも百九十一メートルほどだ。だが、目の前にある船体は、そのどちらとも比較にならないほど大きかった。
「ガルム、正確な大きさは分かる?」
『現在観測できる構造物の全長は六百四十二メートルです。ただし、艦首側には未接続の外殻部材が残されています。設計上の全長は、さらに長い可能性があります』
「……六百四十二メートル」
ユウは思わず笑いそうになった。以前なら間違いなく大騒ぎしていただろう。大きな船を見つけたことが嬉しくて、すぐに修理費や乗員数を聞いていたはずだ。しかし今回は、別のことが頭に浮かんだ。この船なら、どれだけ多くの仲間を守れるだろう。そして、これほど大きな船であっても、絶対に安全とは限らない。
「……リア。これ、どこまで完成してると思う?」
ユウが尋ねると、リアはゆっくりと顔を上げた。
「外から見ただけじゃ分からない。でも、主要な船体構造はかなりできてると思う。問題は内部だね。主機や推進器、兵装がどこまで組み込まれているか……」
そこまで話して、リアの表情が変わった。
「……あれ?」
「どうした?」
リアは船体中央の露出した構造を指差した。
「あの骨格、ちょっと変なの」
ユウとセラが視線を向ける。
「古代艦って、基本的に主要な構造材と装置を一体化させる設計が多いの。アストライアもそうでしょ?」
『その認識で問題ありません』
アイリスが通信に加わった。
「でも、この船は違う。主要構造の一部が、最初から交換可能な形になってる」
リアは端末で構造を拡大した。
「ここも、ここも。装甲や設備を後から入れ替えられるようにしてある。しかも大型の区画ごとに独立してる」
セラが眉を上げた。
「つまり、改修を前提にした設計ということか?」
「それもあるけど……たぶん、建造時に複数の仕様を選べるようにしてたんじゃないかな」
ユウは船体を見つめた。
「……それって、現代の設備も載せやすいってこと?」
「簡単じゃないよ。でも、可能性はある」
リアは少し考えた。
「古代の動力や船体構造を使って、現代の兵装や通信設備を組み込む。最初からそれを考えて設計すれば……」
その言葉を聞いた瞬間、リアは黙り込んだ。何かを思い出したようだった。
*
調査開始から三時間後、ユウたちは一度、仮設の調査室へ戻った。ガルムの作業ロボットが取得した内部観測データをもとに、リアが艦の構造を分析している。まだ立ち入りできない区画が多く、完全な設計図には程遠かったが、いくつか重要なことが分かってきた。
船体の主要骨格は完成している。外装はおよそ半分程度しか取り付けられておらず、兵装の大半は未搭載。主機関については基礎設備の一部だけが確認され、実際に稼働可能かどうかは不明だった。そして何より、内部の配管や電力供給路が途中で途切れている箇所が多かった。
「……これ、修理っていうより建造だね」
ユウが呟くと、リアが頷いた。
「うん。完成していた船が壊れたんじゃなくて、途中で造るのをやめた感じ」
セラが資料を確認する。
「建造途中で放棄された理由は分からないのか?」
『現在の記録領域からは確認できません。製造工程の履歴も一部欠損しています』
ガルムが答えた。
「……そうか」
ユウは少し考えた。
「ちなみに、これを完成させるのって、どのくらい大変?」
リアは即座に答えなかった。代わりに、船体の立体図を表示した。
「今の私たちだけじゃ無理」
「……やっぱり?」
「うん。アストライアの修理とは規模が違いすぎる。船体構造だけじゃなくて、動力配分、推進器、艦内環境、兵装、シールド……全部を一から考えないといけない部分がある」
セラが頷いた。
「設計者が必要だな」
「それも、大型艦の設計経験がある人。さらに、古代技術に詳しい研究者も必要になる」
リアはそこで言葉を切った。そして、少し考え込んだ。
「……あの人なら」
ユウが顔を上げた。
「……誰?」
「……昔、私に古代技術を教えてくれた先生がいるの」
リアは少し懐かしそうに笑った。
「エリアス・ベルクマン先生。古代技術の実用化を研究していた人で、私がまだ学生だった頃、いろんなことを教えてもらったんだ」
セラが尋ねた。
「現役の研究者なのか?」
「……今はどうだろう。最後に話したときは、研究機関を離れるって言ってた」
「どうして?」
ユウが尋ねると、リアは少し困った顔をした。
「研究方針で揉めてたの。先生は、古代技術をそのまま再現するんじゃなくて、現代技術と組み合わせるべきだって考えてた。でも、研究機関の上層部は採算の合う技術だけを優先してて……」
リアは肩をすくめた。
「結局、先生は研究予算を減らされて、最後は辞めちゃった」
ユウはもう一度、船体の立体図を見た。
「……つまり、俺たちがやりたいことに近い研究をしてたんだね」
「うん。かなり近いと思う」
「じゃあ、連絡してみようよ」
リアはすぐには頷かなかった。
「……ちょっと、気まずいんだよね」
「え?」
「私、先生の研究室を辞めるときに、結構ひどいこと言っちゃったから」
ユウは首を傾げた。
「……何て?」
リアは視線を逸らした。
「……『理論ばっかりで、いつになったら本物を造れるんですか』って」
セラが小さく息を吐いた。
「……それは、なかなか厳しいな」
「だって、その頃は本気でそう思ってたんだもん!」
リアは慌てて言い訳した。
「先生の研究はすごかったけど、実物を触れる機会が全然なくて。私はもっと船を直したり、装置を動かしたりしたかったの!」
ユウは思わず笑った。
「……リアらしいね」
「笑わないでよ!」
ユウは少し考えた。
「でもさ、今なら先生の研究が必要なんでしょ?」
「……うん」
「だったら、連絡してみようよ。怒られるかもしれないけど」
リアは顔をしかめた。
「……たぶん怒られる」
「じゃあ、俺も一緒に怒られるよ」
「何でユウまで!?」
「艦長だから?」
セラが呆れたように笑った。
「……便利な言葉だな」
*
その日の夕方、リアは久しぶりにエリアス・ベルクマンへ連絡を送った。最初は簡単な近況報告だけにしようとしたが、結局、長い文章になってしまった。古代施設で働いていること。アストライアという古代航路艦の修理に関わっていること。そして、新しい研究計画について相談したいこと。
ただし、地下に眠る大型艦の詳細は書かなかった。ユウたちの基地に関する情報は、まだ外部へ公開していないからだ。送信ボタンを押したあと、リアは端末を見つめた。
「……返事、来るかな」
隣にいたユウが笑う。
「来るといいね」
「……来たら来たで怖いんだけど」
「どっちなの!?」
リアは少しだけ笑った。そのとき、セラの端末にも通信が入った。
「……ん?」
ユウが顔を向ける。
「どうしたの?」
「昔の知り合いからだ。連邦軍にいた頃、一緒に仕事をした技術士官なんだが……」
セラはメッセージを確認し、少し表情を変えた。
「……ちょうどいいかもしれないな」
「何が?」
「今回のアーデントの改修について、少し相談していたんだ。艦艇設計に詳しい元同僚で、今は軍の技術部門を離れて民間で働いている」
ユウは目を輝かせた。
「……もしかして、大型艦の設計もできる人?」
「専門は艦艇の防御構造と運用設計だ。大型艦そのものの設計経験もある。ただ、古代技術については専門外だろうな」
「……それでも、必要な人材じゃない?」
セラは頷いた。
「ああ。もし本格的に艦を造るなら、現代艦の設計思想を理解している人間が必要になる」
ユウは嬉しそうに笑った。
「……じゃあ、その人にも相談してみようよ!」
「簡単に言うな。相手にも仕事があるし、基地の情報をどこまで明かすか考える必要がある」
「……そうでした」
セラは少し笑った。
「ただ、話を聞いてもらうくらいはできるかもしれない」
ユウは頷いた。少しずつ、人材の目処が立ち始めている。まだ何も決まったわけではないが、巨大艦の建造という途方もない目標が、ほんの少しだけ現実に近づいた気がした。
*
翌朝、リアが朝食を食べていると、端末に通知が届いた。差出人は、エリアス・ベルクマンだった。
「……えっ!?」
リアが思わず声を上げる。向かいに座っていたユウが顔を上げた。
「どうした?」
「……先生から返事が来た!」
「おお! 早いね!」
リアは緊張した様子でメッセージを開いた。そこには、短い文章が表示されていた。
《リアへ。久しぶりだな。お前が古代施設で働いているとは驚いた。研究計画について相談したいとのことだが、以前のように勢いだけで話を進めるつもりではないだろうな。まずは資料を送れ。内容次第では話を聞こう。――エリアス》
リアはしばらく画面を見つめた。
「……やっぱり怒ってる……」
ユウは思わず笑った。
「いや、普通に返事くれてるじゃん!」
「だって、最後の一文!」
「資料を送れって言ってるんだから、興味はあるんじゃない?」
リアは少し考えた。
「……そうかな」
「そうだよ。じゃあ、資料まとめようか」
リアは頷いた。
「……うん!」
その表情には、昨日までの不安よりも期待が浮かんでいた。
*
一方、ノード・セブンから離れた別の星系。小さな研究施設の一室で、一人の男性が端末を眺めていた。年齢は五十代前半。短く整えた灰色の髪に、細い眼鏡。机の上には古い設計図や研究資料が積み上げられている。
エリアス・ベルクマンは、リアから届いたメッセージをもう一度読み返した。
「……古代施設、か」
彼は小さく呟いた。リアは昔から優秀だった。だが、理論より実物を好み、思いついたことをすぐに試そうとする癖があった。そのため、研究室でも何度も衝突した。最後に会ったときも、彼女は怒って研究室を飛び出していった。それ以来、直接話したことはなかった。
「……まったく、あの娘は」
エリアスは苦笑した。そして、端末に表示された一文へ目を向けた。
《古代技術と現代技術を組み合わせた、新しい艦艇の設計について相談したい》
エリアスはしばらく黙っていた。やがて、机の引き出しから古い研究資料を取り出した。表紙には、かつて自分が研究していた計画の名前が記されている。
《異世代技術統合型艦艇構造に関する基礎研究》
「……まさか、今になってこの話を持ってくるとはな」
彼は資料を開いた。当時は予算不足と技術的な問題で、ほとんど机上の研究に終わった計画だった。だが、もしリアの話が本当なら。古代施設と、実際に稼働する古代航路艦。そして、現代技術と組み合わせて新しい艦を造りたいという依頼。それは、長年諦めていた研究を再開する機会になるかもしれない。
「……さて」
エリアスは椅子に深く座り直した。
「今度は、どんな無茶を言い出すつもりだ?」
その口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
*
HM-417では、ユウが再び地下格納庫の映像を眺めていた。暗闇の中に横たわる、全長六百メートルを超える未完成の古代艦。その船体は、まだ動くこともできない。だが、ユウには少しずつ未来の姿が見え始めていた。
古代技術を基盤に、現代の兵装や防御設備を組み込む。新しい研究者を迎え、艦艇設計の専門家と協力しながら、一から完成させていく。もちろん、すぐには無理だろう。何年もかかるかもしれない。それでも、ユウはいつかこの艦を完成させたいと思っていた。
「……いつか、こいつで飛びたいな」
ユウが呟く。
『艦長、そのためには相当な資材と人員が必要です』
「分かってるよ」
『現在の基地の生産能力では、大型艦の建造を継続することは困難です』
「それも分かってる」
『さらに、現代技術との統合には多数の試験が必要となります』
「……アイリス、現実的な話ばっかりだね」
『現実ですので』
ユウは小さく笑った。そして、もう一度巨大な船体を見つめた。
「……でも、やろう」
『……了解しました』
アストライアの艦長として始まった旅。仲間が増え、船が増え、基地ができた。そして今、ユウたちは新しい艦を自分たちの手で造ろうとしている。
それは、まだ遠い未来の話だった。だが、すべてはここから始まる。古代と現代、二つの技術を結びつける、まったく新しい艦を造るために。




