第61話 二人の艦長
ノルディア資源開発機構との面談から一週間が経った頃、ユウはノード・セブンの傭兵協会で、一件の依頼書を眺めていた。
《C級任務:重要物資輸送船団護衛/護衛対象:大型輸送船三隻・中型輸送船二隻/目的地:連邦外縁第十九補給基地/任務期間:五日間/基本報酬:1,250,000Cr/危険区域加算:300,000Cr》
「……百五十五万!」
思わず声が出た。
隣にいたセラが資料を覗き込む。
「報酬だけ見れば悪くない。だが、危険区域加算がついている理由を確認しろ」
「えーと……外縁航路で武装集団による襲撃が増加。連邦軍の巡回艦隊は別の任務で展開中、か」
「それだけじゃない。護衛対象を見てみろ」
ユウが貨物情報を開くと、輸送品目が表示された。
《主要貨物:高性能演算装置、艦艇用電力制御部品、医療設備、工業用特殊合金/推定貨物総額:48,000,000Cr》
「……四千八百万?」
「そうだ。奪われれば、宙賊にとっては相当な利益になる」
「なるほど。それで護衛報酬も高いんだね」
セラは頷いた。
「加えて、最終目的地は連邦軍の補給基地だ。貨物は民間企業からの正式な納入品だが、軍事転用可能な機材も多い。普通の宙賊以外が狙う可能性もある」
「……最近、そういうの多いね」
「だからこそ、依頼内容を慎重に確認する必要がある」
ユウは少し考えたあと、ジェイドへ通信を繋いだ。
「ジェイド、ちょっと面白そうな依頼があるんだけど」
『面白そう、という言い方が気になるな』
「高額の船団護衛。アストライアとアーデントで受けられそうなんだ」
『資料を送ってくれ』
数十秒後、返答が来た。
『……なるほど。確かに悪くない。ただし、アーデントを使うなら、俺から一つ条件がある』
「条件?」
『事前の艦隊演習だ。前回の防衛戦で、連携の甘い部分が見つかっている。次はもう少し詰めておきたい』
ユウは笑った。
「いいね! じゃあ、それでいこう!」
*
依頼はすぐには受注せず、まず詳細条件の確認から始めた。
傭兵協会の担当者ダグラスによれば、今回の護衛にはユウたちのほかに、依頼主が雇った二隻の小型警備艇が参加するという。
「つまり、護衛側は合計四隻か」
セラが確認すると、ダグラスは頷いた。
「そうだ。ただし、依頼主側の二隻は貨物船の近接警護が中心になる。外側の警戒と敵艦への対応は、お前たちに任せたいそうだ」
「なるほど」
ユウが頷く。
「それで、敵の情報は?」
「直近一か月で同航路に三件の襲撃記録がある。いずれも武装輸送艇と小型戦闘艇を使った襲撃だが、妙な点があってな」
「妙な点?」
「奪われた貨物の種類が偏っているんだ。食料や燃料はほとんど手をつけず、電子機器や制御装置を優先している」
セラが眉を寄せた。
「目的の貨物を選別しているのか」
「その可能性がある。だが、正体はまだ分かっていない」
ユウは資料を見つめた。
高性能演算装置に電力制御部品。確かに、先日ノルディアが関心を示していた古代施設の復旧にも使えそうな物資だった。
だが、それだけで関係があると考えるのは早計だろう。
「……分かった。受けようと思う」
ダグラスが頷いた。
「よし。依頼主には伝えておく。ただし、今回は通常の護衛より危険が高い。無理はするなよ」
「了解!」
ユウは笑った。
「稼ぎたいけど、船を壊して赤字になるのは嫌だからね」
「お前らしいな」
*
HM-417へ戻った翌日、アストライアとアーデントによる合同演習が始まった。
演習宙域には、ガルムが用意した標的ドローンが十機配置されている。ライラは観測役として離れた位置を飛行し、両艦の動きを記録していた。
今回の演習を提案したジェイドが、通信画面に現れた。
『まずは護衛陣形から確認したい。アーデントが貨物船の近くに残り、アストライアが外側を警戒する形だ』
「了解!」
ユウは頷いた。
「いつも通りじゃない?」
『そうだな。ただし、今回は護衛対象が五隻いる。アーデントがすべてを守れる距離には限界がある』
セラが星図を表示した。
「そこで、貨物船同士の間隔を詰め、警備艇二隻を前後に配置する。アーデントは船団中央の側面、アストライアは周辺警戒だ」
「なるほど」
演習が始まると、アストライアは船団の外側を巡回し、アーデントは中央付近で護衛位置を維持した。
最初の標的ドローン三機が接近する。
『敵役三機、右舷方向より接近』
アイリスの報告に、ユウが応じた。
「アストライアで迎撃する!」
アストライアが加速し、標的へ接近する。
短い射撃が二機を撃破し、残る一機が船団へ向かう。
『こちらアーデント。残る一機を引き受ける』
ジェイドの指示でアーデントの副砲が旋回し、標的を撃破した。
「よし!」
ユウが喜んだ直後、別方向からさらに四機の標的が現れた。
『艦長、左舷後方に新たな敵役を確認』
「えっ、そっちも?」
ユウが振り返ると、セラが落ち着いた声で言った。
「そういう演習だ。敵が必ず一方向から来ると思うな」
「分かってるって!」
アストライアは急旋回して対応したが、その間に標的の一機が船団へ接近した。
『こちらアーデント。左舷後方の一機、こちらで対応する』
ジェイドの声が通信に入った。
アーデントは船団中央から少し離れ、標的へ砲撃を開始した。
だが、その瞬間だった。
『敵役三機、船団右舷近距離に出現』
アイリスの報告に、ユウは目を見開いた。
「……え!?」
アーデントが離れたことで、船団の反対側に防衛の隙間ができていた。
標的ドローンはその隙間を狙い、輸送船へ向かっていく。
『演習判定。護衛対象二隻に被弾』
「……あちゃあ」
ユウは思わず天井を見上げた。
*
演習終了後、会議室では戦術の振り返りが行われた。
セラが立体映像を操作し、アーデントが船団から離れた瞬間を再生する。
「問題はここだ」
ジェイドが頷いた。
「俺が左舷後方の標的へ向かったところだな」
「ああ。あの時点でアストライアは反対側にいた。結果として、船団中央を守る艦がいなくなった」
ジェイドはしばらく映像を見つめた。
「……確かに、俺の判断が早すぎた」
ユウが口を開いた。
「でも、放っておいたら左側の標的が貨物船に向かってたんじゃない?」
「その通りだ」
セラが答える。
「ただ、あの標的はまだ距離があった。アーデントは位置を維持したまま迎撃できた可能性がある」
ジェイドが頷いた。
「俺は敵が近づく前に片づけたかった。だが、敵を倒すことを優先しすぎたな」
ユウは少し考えた。
「なるほど。護衛って、敵を倒すだけじゃ駄目なんだね」
「そういうことだ」
セラが答える。
「むしろ、敵を倒せなくても貨物船が無事なら成功だ」
ジェイドが苦笑した。
「小型艇の艦長をしていた頃は、近づく敵を追い払うのが仕事だった。護衛フリゲートの艦長となると、判断の仕方も変えないといけないな」
ユウは笑った。
「俺も似たようなもんだよ。アストライアが速いから、つい全部自分で倒したくなる」
ジェイドが笑い返す。
「そこは頼りにしてるんだがな」
「任せて!」
セラが二人を見比べた。
「……頼もしいのはいいが、まずは護衛対象を守ることを忘れるなよ」
「了解!」
『了解だ』
二人の返答が重なり、会議室に小さな笑いが広がった。
*
演習終了後、ユウはアーデントの艦橋を訪れていた。
普段はアストライアの艦橋ばかり使っているため、アーデントの内部は新鮮だった。
広い指揮席、複数の操作卓、独立した兵装管制席。大型艦らしく、各部署の役割がはっきり分かれている。
「……やっぱりアーデントっていい船だね」
ユウが呟くと、ジェイドが笑った。
「だろう? まだ古い部分はあるが、乗員もだいぶ慣れてきた」
艦橋にはハンナもいた。
「ただし、整備費用は想定より少し高めですね。古い配線の交換が続いています」
「……そういう報告は、もう少し後にしてほしかったなあ」
「現実は現実ですので」
ジェイドが笑いながら、艦長席へ座った。
「でも、いい艦だ。任せてもらえて感謝してる」
ユウは少し驚いた。
「……急にどうしたの?」
「いや、ちゃんと言っておこうと思ってな。俺は以前、雇われの操縦士や臨時指揮官をしていた時期が長かった。自分の判断で動かせる艦を任されるのは、久しぶりなんだ」
「そっか」
「だからこそ、今回の演習みたいな失敗は減らしたい」
ユウは少し考えたあと、笑った。
「でも、失敗してもいいんじゃない? ちゃんと直せば」
ジェイドが眉を上げた。
「……艦長らしいことを言うな」
「いや、俺もセラによく怒られてるからさ」
「ははっ、それは知ってる」
ユウは肩をすくめた。
「だから、ジェイドも遠慮しないで意見言ってよ。アーデントのことはジェイドが一番分かってるんだから」
ジェイドはしばらくユウを見つめた。
「……了解した」
その返答は、いつもより少し真剣だった。
*
出発前日の夜、エリナが医療区画から会議室へやってきた。
「今回の護衛任務、危険区域を通るんですよね?」
ユウが頷いた。
「うん。でも、準備はしっかりしてるよ」
「それは分かっています。ただ、医療体制の確認をさせてください」
エリナは端末を開いた。
画面には、アーデントとアストライアの医療設備一覧が表示されている。
「アストライアには私が乗ります。アーデントには救急処置ができる乗員がいますが、重傷者が出た場合の対応力には限界があります」
ジェイドが頷いた。
「確かに。医療設備も最低限だ」
「なので、今回はアーデントに追加の救急医療キットを積んでください。それと、負傷者が出た場合の搬送手順を事前に確認しておきたいです」
「了解!」
ユウが答えると、エリナは少し意外そうな顔をした。
「……素直ですね」
「え、何その反応?」
「以前なら『大丈夫だと思う』で済ませそうでしたから」
セラが横から頷いた。
「成長したな」
「なんか、みんな俺を子供扱いしてない!?」
エリナは笑った。
「でも、大事なことです。戦闘で勝つことだけじゃなく、負傷者を無事に帰すことも考えてください」
ユウは少し真剣な表情になった。
「……うん。分かった」
*
出発当日。
アストライアとアーデントは、ノード・セブン近郊の集合宙域で輸送船団と合流した。
大型輸送船三隻と中型輸送船二隻。それに依頼主が雇った小型警備艇二隻が、すでに待機している。
船団の代表者は、ベテランらしい落ち着いた声の男性だった。
『こちら輸送船団指揮船、グランディス。護衛艦隊アストライア、通信感度良好。今回の護衛をよろしく頼む』
「こちらアストライア、艦長のユウです。よろしくお願いします!」
『若い声だな。だが、実績は聞いている。頼りにしているぞ』
「任せてください!」
セラが隣で小さく咳払いした。
「……ただし、無茶はしない」
「分かってるって!」
輸送船団はゆっくりと航行を開始した。
アーデントは船団中央の右舷側、アストライアは外周警戒位置へ移動する。小型警備艇二隻は船団の前後を守り、航路上の障害物や不審船を監視する。
『こちらアーデント。護衛位置についた』
「了解! じゃあ出発しよう!」
ユウは前方の星々を見つめた。
今回の任務は五日間。
報酬は百五十五万Cr。
全員無事に帰還できれば、基地の設備投資にも余裕が生まれる。
「……よし。しっかり稼ごう!」
『艦長、護衛対象の安全確保が最優先です』
「もちろん分かってるよ!」
*
航行開始から二日目の夕方。
船団は、外縁航路の中でも特に障害物の多い小惑星帯へ近づいていた。
周辺には小型の岩石群が点在し、長距離センサーの観測精度が低下している。通行可能な航路も限られており、船団は速度を落として進む必要があった。
「……ここ、あんまり好きじゃないなあ」
ユウが呟くと、セラが頷いた。
「襲撃を受けるなら、この辺りだろうな」
「やっぱり?」
「ああ。大きな輸送船は自由に動けないし、周囲の岩石群に敵が隠れることもできる」
アイリスが周辺宙域の観測結果を表示した。
『現在、敵対船舶は確認されていません。ただし、センサーの死角が複数存在します』
「了解。警戒強めよう」
ユウはジェイドへ通信を繋いだ。
「ジェイド、そっちはどう?」
『こちらも異常なし。ただ、船団の速度が落ちている。敵が来るなら、このタイミングだろうな』
「そうだよね」
そのとき、アイリスが報告した。
『艦長、前方の岩石群に微弱な熱源を確認しました』
「……熱源?」
『はい。自然発生の可能性もありますが、周期的な変化が見られます』
セラがすぐに反応した。
「ユウ、ライラは?」
「連れてきてる。出そうか?」
「頼む。岩石群の外側から確認させよう」
ユウは頷いた。
「アイリス、ライラを発進!」
『了解』
アストライアの小型格納区画が開き、観測艇ライラが静かに発進した。
ライラは周囲の岩石を利用しながら、熱源が検出された方向へ接近していく。
数分後。
『対象を確認しました』
アイリスの声が変わった。
「何がいた?」
『小型戦闘艇三隻。岩石群の陰で推進器を停止し、待機しています』
ユウは目を細めた。
「……やっぱり宙賊か」
セラがすぐに通信を開いた。
「全艦へ警戒指示。船団は速度を維持したまま進路変更準備。アーデントは護衛位置を離れるな」
『了解した』
ジェイドの返答と同時に、アーデントが砲塔を旋回させた。
ユウはアストライアを外側へ移動させる。
「アイリス、敵の動きを監視して」
『了解』
その直後、岩石群の陰にいた三隻が一斉に動き始めた。
『敵艦三隻、加速開始』
「来た!」
ユウが身構える。
だが、敵艦はすぐに船団へ向かってくるわけではなかった。
三隻はアストライアから離れる方向へ移動し、まるでこちらを誘うように速度を落とした。
「……あれ?」
ユウは首を傾げた。
「何か変じゃない?」
セラの表情が険しくなる。
「……待て。追うな」
「え?」
「敵の目的は船団だ。なのに、こちらを引き離そうとしている」
アイリスが新たな情報を表示した。
『艦長。船団左舷後方に新たな熱源を確認』
「……え!?」
画面の端に、二つの船影が現れた。
それは先ほどの三隻よりも大型の武装艇だった。
さらに、その後方で別の反応が立ち上がる。
『敵艦合計六隻を確認。うち二隻は中型武装艦、一隻は識別不能』
セラが息を呑んだ。
「……誘い出しだ」
ユウは前方の三隻と、後方から接近する敵艦を見比べた。
「……なるほど。最初の三隻は囮ってことか」
『その可能性が高いです』
ユウは短く息を吐いた。
「……よし。じゃあ、予定通り船団を守ろう」
セラが頷いた。
「そうだ。アストライアは外周警戒を維持。アーデントは船団から離れるな」
通信の向こうで、ジェイドが答えた。
『了解。今度は演習のような失敗はしない』
その声は落ち着いていた。
しかし、直後にアイリスが発した報告が、艦橋の空気を一変させた。
『敵中型武装艦二隻、長距離兵装を展開』
「……長距離?」
『はい。誘導弾発射を確認。目標はアーデントではありません』
ユウは目を見開いた。
「……どこを狙ってる?」
『船団中央の大型輸送船です』
セラが即座に叫んだ。
「ジェイド! 迎撃しろ!」
『了解! アーデント、対空迎撃開始!』
アーデントの近接防御砲が一斉に火を噴いた。
次々と接近する誘導弾が迎撃され、船団の周囲に閃光が広がる。
だが、その中の一発だけが、奇妙な動きを見せた。
迎撃弾が接近した瞬間、誘導弾が小さな子弾を放出したのだ。
『分離型弾頭を確認!』
アイリスの報告に、ユウが反応する。
「……え!?」
子弾は船団へ向かわず、アーデントの側面へ回り込むように進路を変えた。
その瞬間、セラが叫んだ。
「ジェイド! 右舷シールドを上げろ!」
アーデントの右舷側で、複数の爆発が発生した。
激しい閃光がシールドを叩き、艦体がわずかに揺れる。
『こちらアーデント! 右舷シールドに大きな負荷! 出力が急低下している!』
ジェイドの声が通信に響いた。
ユウは画面を見つめた。
「……何だ、あの弾……!」
アイリスが解析結果を表示した。
『高出力電磁妨害弾と推定。シールド制御系統への干渉を確認しています』
セラの表情が険しくなった。
「……アーデントの弱点を狙っている」
「……え?」
「正面からシールドを削るんじゃない。制御系統へ負荷をかけて、一時的に防御力を落とすつもりだ」
ユウは敵艦を見つめた。
相手は、ただ火力で押してくる宙賊ではない。
こちらの陣形を崩し、護衛艦の弱点を突き、輸送船へ接近する。
そのための作戦を、最初から用意していた。
「……こいつら、今までの宙賊と違う」
セラが静かに頷いた。
「そうだな」
そして次の瞬間、敵の識別不能艦が岩石群の陰から姿を現した。
全長およそ百八十メートル。
艦体には民間船らしい塗装が施されていたが、船腹には明らかに軍用規格の砲塔が増設されている。
『敵大型艦、主砲充填開始』
アイリスの警告が響いた。
その砲口は、シールドが弱まったアーデントではなく、船団中央へ向けられていた。
ユウは操縦桿を握り直した。
「……アイリス、最大戦闘速度!」
『了解。主推進器出力上昇』
アストライアが加速する。
遠くで敵大型艦の砲口が輝き始めた。
護衛任務は、想定していたよりもはるかに危険な局面へ突入しようとしていた。




