第62話 守るための撤退
敵大型艦の主砲が、船団中央へ向けられていた。
全長百八十メートル級の武装艦。その艦首に増設された砲塔は、通常の民間船には到底必要のない大きさだった。
『敵主砲、充填率八十パーセント』
アイリスの報告が艦橋に響く。
「間に合う!?」
『現在の位置からでは、敵主砲の破壊は困難です』
アストライアの主推進器が唸りを上げ、速度が上昇していく。しかし、敵艦との距離はまだ遠い。しかも正面には岩石群が広がり、一直線に接近することはできなかった。
セラが戦術画面を見つめる。
「ユウ、砲塔を壊すことに拘るな。撃たせなければいい」
「……どうやって?」
「照準を乱せ。敵艦の前方を横切って、射撃管制を妨害するんだ」
ユウは一瞬考えた。
「……なるほど!」
『敵主砲、充填率九十パーセント』
「アイリス、敵の射線を表示!」
『了解』
赤い予測線が、敵大型艦から船団中央の大型輸送船へ伸びた。
ユウは操縦桿を倒した。
「そこだ!」
アストライアが急旋回し、敵大型艦の側面へ向かう。敵艦の副砲が反応し、迎撃射撃を開始した。
光弾がシールドをかすめ、艦橋に警告音が響く。
『左舷シールドに被弾。損傷軽微』
「構わない! もう少し!」
ユウは敵艦の前方へ回り込むと、短い射撃を繰り返した。
狙ったのは主砲ではない。
艦首の照準用センサー群だった。
『敵艦前方観測装置に命中』
小さな閃光が走る。
敵主砲の砲身がわずかに動いた。
「よし!」
だが、次の瞬間、敵艦は主砲を発射した。
強烈な光が宇宙を貫く。
「……撃った!?」
『砲撃を確認。予測射線から外れています』
光条は船団の上方を通過し、遠くの岩石へ命中した。
巨大な岩塊が砕け散る。
「……危なかった!」
ユウが息を吐く。
セラはすぐに通信を開いた。
「全艦、今のうちに船団を岩石帯の内側へ移動させろ! 敵主砲の再装填前に距離を取る!」
輸送船団がゆっくりと進路を変更し始めた。
だが、戦闘はまだ始まったばかりだった。
*
『こちらアーデント。右舷シールドの出力が回復しない』
ジェイドの声が通信に入った。
アーデントは船団中央の右舷側に位置を維持していたが、先ほどの電磁妨害弾によってシールド制御系統に異常が発生していた。
《アーデント防御状況/右舷シールド出力:43%/左舷シールド出力:91%/制御系統:部分障害》
「……四十三パーセント?」
ユウが画面を見つめる。
通常ならば、損傷したシールドを補助系統へ切り替えればある程度は回復する。しかし、アーデントは中古艦だった。古い電力配線と制御装置の一部には、交換が間に合っていない箇所が残っている。
今回の電磁妨害弾は、まさにその部分へ負荷をかけていた。
『右舷シールドの再起動を試みている。だが、船団からは離れられない』
ジェイドの声は落ち着いていた。
だが、その直後、敵中型武装艦二隻が左右へ分かれた。
『敵艦二隻、船団を挟撃する進路です』
アイリスが報告する。
「……まずいな」
ユウは戦術画面を確認した。
アストライアは敵大型艦の主砲を妨害するため、船団から離れた位置にいる。一方、アーデントは右舷シールドが弱まった状態で、二方向からの攻撃に晒されようとしていた。
「ジェイド、左側の敵は俺たちが引き受ける! そっちは右側を!」
『了解!』
セラがすぐに口を挟んだ。
「待て。敵はアーデントの右舷側を狙っている。正面から迎撃するな」
『分かっている。艦首を向けてシールドを集中させる』
ジェイドはアーデントをゆっくり旋回させ、損傷の少ない艦首防御面を敵へ向けた。
主砲が火を噴き、敵中型艦のシールドを叩く。
敵艦も応射した。
複数の光弾がアーデントの艦首へ命中し、シールド表面に激しい閃光が走る。
『こちらアーデント。前方シールド、出力七十二パーセント。まだ耐えられる!』
ユウは頷いた。
「よし! じゃあ俺たちは左を……」
そのときだった。
『艦長、敵大型艦が再装填を開始しました』
「……もう!?」
ユウは敵大型艦を見た。
先ほど破壊した観測装置の代わりに、船体上部の補助センサーが展開されている。
『敵艦、補助射撃管制へ移行。主砲の再装填完了まで推定二分』
セラの表情が険しくなった。
「……厄介だな」
ユウは戦術画面を見つめた。
左側の敵を迎撃すれば、大型艦の主砲を止められない。
大型艦を止めに向かえば、アーデントが二方向から攻撃を受ける。
どちらも放置できない状況だった。
「……どうする?」
ユウが呟くと、セラが答えた。
「護衛対象を動かせ。敵艦を全部相手にする必要はない」
「……そうか!」
ユウはすぐに船団へ通信を繋いだ。
「グランディス! こちらアストライア! 船団の進路を変更してください!」
『どこへ向かえばいい!?』
「前方の岩石帯です! 大型艦が入れない狭い航路へ!」
セラが補足する。
「小型警備艇二隻を先行させ、航路上の障害物を確認させろ。輸送船は速度を落としてでも隊列を維持するんだ」
『了解した!』
船団が進路を変え始めた。
しかし、敵もそれを見逃さなかった。
*
『敵中型艦、加速!』
アイリスの報告と同時に、敵の一隻がアーデントへ向けて突進した。
砲撃を避けながら接近し、船団の進路を塞ぐように位置を取る。
ジェイドはすぐに主砲を向けた。
『アーデント、主砲発射!』
連装砲から放たれた光弾が敵艦のシールドへ命中した。
一発、二発。
敵艦のシールドが急速に低下する。
『敵艦シールド出力二十パーセント!』
「よし!」
ユウが声を上げた。
だが、敵艦は後退しなかった。
逆に、残ったシールドを前方へ集中させながら、アーデントの側面へ接近してきた。
セラが目を細める。
「……おかしい」
「何が?」
「あの距離なら撤退するはずだ。なのに、まだ近づいてくる」
その直後、敵艦の船腹が開いた。
『敵艦より小型物体四基を射出』
「……ミサイル?」
『いいえ。推進機付きの妨害装置と推定します』
四基の小型装置がアーデントの周囲へ散開した。
次の瞬間、強烈な電磁妨害が発生する。
『通信障害! アーデントとの通信品質が急低下しています!』
ユウは目を見開いた。
「……またか!」
アーデントの船体が一瞬、姿勢を乱した。
そして敵中型艦が、損傷した右舷側へ回り込もうとする。
セラが叫んだ。
「ジェイド! 右舷を見せるな!」
通信は届かなかった。
*
アーデントの艦橋では、複数の警告音が響いていた。
《通信障害発生/右舷シールド制御不安定/外部戦術通信遮断》
「通信班、妨害源を特定しろ!」
ジェイドが指示する。
「妨害装置四基です! 船体周囲に展開しています!」
「近接防御砲で排除!」
「了解!」
アーデントの近接防御砲が旋回し、妨害装置へ射撃を開始する。
しかし、敵艦はその隙を見逃さなかった。
右舷側へ回り込み、主砲を向ける。
「敵艦、右舷方向! 砲撃来ます!」
ジェイドは即座に指示した。
「姿勢制御、右舷を隠せ! 艦首を向けろ!」
「間に合いません!」
次の瞬間、敵艦の砲撃がアーデントの右舷へ命中した。
激しい衝撃が艦内を走る。
《右舷シールド出力:0%》
《右舷外部装甲被弾》
《第四区画、気密異常》
ジェイドは座席の手すりを掴んだ。
「損傷報告!」
「右舷第四区画に装甲貫通! 気密隔壁が作動しています!」
「負傷者は?」
「現在確認中!」
艦橋の空気が一気に張り詰めた。
ジェイドは一瞬だけ目を閉じた。
そして、すぐに指示を出す。
「第四区画を封鎖! 応急班を向かわせろ! 主砲は敵艦の推進器を狙え!」
彼の声は、まだ落ち着いていた。
*
一方、アストライアでは、通信障害の影響でアーデントの状況が十分に把握できなくなっていた。
『アーデント右舷に被弾を確認』
アイリスが報告する。
「……ジェイド!」
ユウはすぐに進路を変えようとした。
だが、セラが制止した。
「待て!」
「でも、アーデントが!」
「分かっている! だが今お前が離れたら、敵大型艦が船団を撃つ!」
ユウは操縦桿を握りしめた。
前方では敵大型艦が主砲の再装填を進めている。
後方ではアーデントが被弾し、通信も途絶えている。
そして船団は、まだ岩石帯へ入りきっていなかった。
「……くそっ」
ユウは小さく呟いた。
今すぐアーデントを助けたい。
だが、それでは護衛対象を危険に晒す。
どうすればいい。
そのとき、アイリスが報告した。
『艦長、敵大型艦の主砲充填率九十五パーセント』
ユウは顔を上げた。
「……アイリス」
『はい』
「主砲の発射を止められる?」
『現在の位置からでは、通常兵装による阻止は困難です』
「じゃあ……」
ユウは一瞬考えた。
「レールガンなら?」
アイリスの返答は早かった。
『射線の確保は可能です。ただし、敵艦の主砲を確実に破壊できる保証はありません。また、発射準備には一定の時間を要します』
「どのくらい?」
『最短で二十秒』
セラが目を見開いた。
「ユウ、今ここで主砲を使うのか?」
「……使う」
ユウは短く答えた。
「このままじゃ、船団もアーデントも危ない。だったら、あの大型艦だけでも止める」
セラは一瞬考えた。
「……分かった。ただし、狙うのは砲塔じゃない」
「え?」
「主砲の電力供給系統だ。艦首の下部、あの増設部分なら装甲が薄い可能性がある」
ユウは画面を確認した。
「……そこか」
『射撃目標を設定しました』
アイリスが報告する。
「よし。準備開始!」
『主兵装レールガン、充電開始』
アストライアの船体内部で、巨大な電力が主兵装へ供給されていく。
敵大型艦もアストライアの動きに気づいたらしく、副砲を向けてきた。
『敵艦、当艦を捕捉』
「避けながら撃つ!」
ユウは細かく姿勢を変え、敵の砲撃を回避した。
だが、その間にも敵主砲の充填は進んでいる。
『敵主砲、充填率百パーセント』
「……間に合え!」
『レールガン充電率九十二パーセント』
敵大型艦の砲口が輝き始めた。
『敵主砲、発射準備完了』
ユウは歯を食いしばった。
「アイリス!」
『レールガン充電完了』
「撃て!」
アストライアの艦首から、高速の金属弾が放たれた。
宇宙空間を一直線に貫いた弾体は、敵大型艦の艦首下部へ命中する。
次の瞬間、激しい爆発が発生した。
『命中確認。敵艦主砲への電力供給が停止しました』
「……よし!」
ユウが声を上げる。
敵大型艦の主砲は発射されず、砲身から光が消えていった。
しかし、アイリスが続けた。
『敵艦、推進器を使用して後退を開始。完全な戦闘不能には至っていません』
「……十分だ!」
ユウはすぐに進路を変えた。
「アーデントを助けに行く!」
セラが頷いた。
「行け!」
*
アーデントの右舷では、応急班が破損した区画の隔壁を確認していた。
第四区画は気密が失われ、内部の一部設備が破壊されている。幸い、隔壁の自動閉鎖は間に合ったものの、近くにいた乗員数名が負傷していた。
『こちら医療班! 負傷者三名を確認! うち一名は重傷です!』
ジェイドの表情が険しくなる。
「……了解した。医療区画へ搬送しろ!」
『了解!』
艦橋では、ハンナが損傷状況を確認していた。
「艦長、右舷のシールド制御装置が停止しています。補助系統への切り替えも失敗しました」
「……分かっている」
ジェイドは戦術画面を見つめた。
敵中型艦はまだ近くにいる。
アーデントの右舷を狙うように、回り込もうとしていた。
「……このままじゃ、船団を守れない」
ジェイドが呟く。
ハンナが顔を上げた。
「艦長?」
「アーデントがここを離れたら、敵は貨物船へ向かう。だが、この状態で撃ち合えば、さらに被害が出る」
彼は一瞬だけ迷った。
そして、決断した。
「艦首を敵へ向けたまま後退する。船団との距離は維持しろ。無理に追撃するな」
ハンナが頷く。
「了解しました」
アーデントは損傷した右舷を隠しながら、ゆっくりと後退を開始した。
だが、敵中型艦はその動きを見逃さなかった。
速度を上げ、アーデントの右側へ回り込もうとする。
「……しつこいな」
ジェイドが歯を食いしばった。
そのときだった。
『こちらアストライア! ジェイド、聞こえる!?』
通信にノイズ混じりの声が響いた。
「……ユウ!」
『今そっちに向かってる! もう少し耐えて!』
ジェイドは小さく息を吐いた。
「……了解!」
*
アストライアは高速で戦場を横切り、アーデントを追う敵中型艦へ接近した。
『敵中型艦、当艦を捕捉』
「構わない! 兵装を狙う!」
ユウは敵艦の側面へ回り込むと、連続射撃を行った。
一発目がシールドを削り、二発目が副砲塔へ命中する。
『敵艦副砲停止』
敵艦は慌てて旋回し、アストライアから距離を取ろうとした。
「逃がさない!」
ユウは追撃しようとした。
だが、セラが止めた。
「ユウ、追うな!」
「……え?」
「アーデントの状態を見ろ!」
ユウが画面を確認すると、アーデントの損傷表示が赤く点滅していた。
《右舷装甲損傷/第四区画気密喪失/負傷者三名/シールド制御系統障害》
「……三人も?」
ユウの声が低くなった。
セラは静かに続けた。
「今は敵を倒すより、味方を守ることを優先しろ」
ユウは一瞬、敵艦へ視線を向けた。
逃げていく敵中型艦。
追えば、撃破できるかもしれない。
だが、その間にアーデントが再び攻撃を受けたら。
あるいは船団が襲われたら。
ユウはゆっくり息を吐いた。
「……分かった」
そして通信を開いた。
「ジェイド! アストライアがそっちを守る! アーデントは船団と一緒に離脱して!」
『……了解』
ジェイドの返答には、わずかな悔しさが混じっていた。
*
船団は岩石帯の狭い航路へ入り始めていた。
敵大型艦は主砲の電力供給系統を損傷し、後退している。しかし、残る敵艦はまだ活動しており、船団への攻撃を諦めたわけではなかった。
セラが戦術画面を確認する。
「……敵はまだ六隻とも完全には離脱していない」
「どうする?」
「船団が岩石帯へ入れば、大型艦は追いにくくなる。そこまで守りきればいい」
ユウは頷いた。
「了解」
アストライアはアーデントの右舷側へ移動し、損傷した部分を庇う位置についた。
敵中型艦が再び接近する。
しかし、今度はアストライアが正面から迎撃した。
「これ以上、近づけさせない!」
短い射撃が敵艦の進路を塞ぎ、相手は回避を余儀なくされた。
その間に、船団は少しずつ岩石帯へ進んでいく。
だが、最後尾の中型輸送船が岩石群の入口へ差しかかったときだった。
『艦長、後方より小型艇二隻が接近!』
「……まだ来るの!?」
敵小型艇は、船団の最後尾を狙っていた。
アストライアが迎撃へ向かおうとした瞬間、セラが画面を確認する。
「待て。あの二隻、船を撃つつもりじゃない」
「……え?」
『敵小型艇、輸送船へ接近。係留装置を展開しています』
アイリスが報告した。
「……拿捕する気だ!」
ユウはすぐに進路を変えた。
だが、敵小型艇のうち一隻が、すでに輸送船へ接近していた。
輸送船の船体側面に、強力な磁気固定装置が取り付けられる。
『最後尾輸送船、敵艇に拘束されました!』
船団指揮船からの緊急通信が入った。
『こちらグランディス! 最後尾の輸送船が動けない! 救援を頼む!』
ユウは操縦桿を握り直した。
「……くそっ!」
セラがすぐに指示した。
「ユウ、落ち着け。輸送船ごと撃つなよ」
「分かってる!」
アストライアが加速する。
だが、その時点で、敵小型艇は輸送船の外部ハッチへ接続しようとしていた。
『敵艇、強制乗船を試みています』
ユウは目を見開いた。
「……やばい!」
セラが叫んだ。
「輸送船の乗員に隔壁封鎖を指示しろ! 敵を内部へ入れるな!」
通信が慌ただしく飛び交う。
アストライアは敵艇へ向けて接近しながら、精密射撃の準備を始めた。
しかし、輸送船にはすでに敵艇が固定されている。
下手に撃てば、輸送船ごと損傷させる危険があった。
「……どうする?」
ユウが呟いた。
アーデントは損傷し、負傷者も出ている。
船団はまだ完全には安全圏へ逃げ込んでいない。
そして目の前では、輸送船が奪われようとしていた。
今までなら、敵を倒せば何とかなった。
だが今回は違う。
何かを守るためには、何かを諦めなければならない。
ユウは短く息を吐いた。
「……セラ」
「何だ?」
「……最悪、貨物は諦めてもいいよね」
セラは一瞬、ユウを見た。
そして、静かに頷いた。
「ああ。乗員の命が最優先だ」
ユウは決意を固めた。
「……よし」
アストライアは、拘束された輸送船へ向けて接近していった。
今回の任務は、まだ終わらない。
そしてユウたちは、初めて「完全には守れない」という現実に直面しようとしていた。




