第60話 帝国企業からの招待状
ノルディア資源開発機構からの特別依頼が届いた翌朝、HM-417の会議室には、主要メンバーが集まっていた。
中央のモニターには、傭兵協会を通じて送られてきた依頼書が表示されている。
《特別依頼:古代施設に関する技術相談/依頼主:ノルディア資源開発機構/対象:傭兵団アストライア/報酬:応相談/面談希望地:ノード・セブン》
「……で、どう思う?」
ユウが尋ねると、セラが腕を組んだ。
「正直に言えば、怪しい」
「だよね」
「だが、依頼書自体に不審な点はない。傭兵協会を通した正式な申請で、面談場所も連邦領内の商業ステーションだ」
ジェイドが資料を拡大した。
「わざわざ正式な手続きを踏んでいるのは興味深いな。こちらが警戒していることを承知で、接触してきたようにも見える」
「じゃあ、向こうも俺たちが調べてることを知ってるのかな?」
「可能性はある。ただし、判断材料は足りない」
ハンナが口を開いた。
「依頼の受諾については慎重に判断すべきですが、面談だけなら協会の立ち会いを求めることもできます。非公開の技術情報を提供する義務もありません」
「なるほど」
ユウは少し考えた。
「……じゃあ、まず話だけ聞いてみようか」
セラが頷いた。
「私も同行する」
「もちろん。こういう交渉、俺だけじゃ不安だし」
「自覚があるのはいいことだ」
「最近セラの俺に対する評価、厳しくない?」
「以前から変わっていないと思うが」
ユウは肩を落とした。
会議室に小さな笑いが広がったものの、誰も今回の依頼を軽く考えてはいなかった。
*
ノルディアから面談の正式な日程が提示されたのは、その日の午後だった。
場所はノード・セブンの商業区画にある会議施設。傭兵協会が利用することもある中立的な施設で、武器の持ち込みや通信妨害装置の使用は禁止されている。
面談にはユウとセラ、それにリーネが同席することになった。
『私も行くわ。商談なら、相手の条件を見極める必要があるでしょう?』
「助かる!」
ユウが素直に喜ぶと、リーネは少し笑った。
『それと、祖父にも今回の話は伝えてあるの』
「レオンさんに?」
『ええ。ノルディアは帝国側でも一定の規模を持つ企業だから、商会としても取引状況を確認しておきたいのよ』
セラが頷いた。
「商会の情報網は頼りになるな」
『ただし、私たちも万能じゃないわ。相手が何を隠しているのかまでは分からないもの』
「うん。分かってる」
ユウは少し考えたあと、リーネに尋ねた。
「……危ないと思ったら、途中で帰ってもいいよね?」
『もちろんよ。交渉は、相手の言いなりになることじゃないもの』
「よかった」
通信の向こうで、リーネが笑った。
『本当に、あなたらしいわね』
*
面談当日。
ノード・セブンの商業区画は、相変わらず多くの人々で賑わっていた。
様々な星系から集まった商人や傭兵、輸送会社の関係者が行き交い、大型表示板には貨物相場や航路情報が絶えず更新されている。
ユウたちは指定された会議施設へ向かった。
「……こういう場所って、なんか緊張するなあ」
ユウが呟くと、セラが横目で見た。
「宙賊の艦隊相手には平然としているのにな」
「いや、戦闘は何をすればいいか分かるじゃん。こういう交渉って、相手が何考えてるのか分かんないし」
リーネが笑った。
「なら、無理に駆け引きしようとしなくていいわ。分からないことは分からないと言えばいいし、即答できないことは持ち帰ればいいの」
「なるほど」
「それと、相手が褒めてきても調子に乗らないこと」
「……俺、そんなに簡単に乗る?」
セラとリーネが同時に頷いた。
「乗るな」
「乗るわね」
「……ひどい」
*
会議室には、すでに二人の人物が待っていた。
一人は四十代半ばほどの男性で、灰色の髪を後ろへ流し、落ち着いた雰囲気の濃紺のスーツを着ている。もう一人は、端末を持った若い女性だった。
男性はユウたちが入室すると、丁寧に立ち上がった。
「初めまして。ノルディア資源開発機構、外縁事業部のエドガー・ヴェインです」
「アストライアのユウです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。お会いできて光栄です」
エドガーはセラとリーネにも挨拶を済ませ、全員が席についた。
「まず、突然の依頼をお受けいただき、ありがとうございます」
「いえ。まだ依頼を受けたわけじゃなくて、話を聞きに来ただけですけど」
ユウが答えると、エドガーは穏やかに笑った。
「もちろん承知しています。まずは我々の事業について説明させてください」
会議室のモニターに、複数の未開発星系が表示された。
「我々ノルディアは、辺境星系における資源開発と、放棄された旧施設の再利用を主な事業としています。特に近年は、古い航路設備や観測施設の調査に力を入れております」
「……古い航路設備?」
ユウが反応すると、エドガーは頷いた。
「ええ。人類が現在使用している航路網には、過去の調査記録が十分に残っていない区間も存在します。我々は、そうした地域に眠る資源や設備を調査しているのです」
セラが口を開いた。
「それで、我々に何を依頼したい?」
「古代施設の調査に関する技術的な助言です」
エドガーはユウを見た。
「傭兵団アストライアは、過去に複数の古代施設を発見し、復旧に成功したと伺っています。ぜひ、その経験を活かしていただきたい」
ユウは少し考えた。
「……どこまで情報を知ってるんですか?」
エドガーは微笑んだ。
「公開されている範囲だけですよ。古代施設の所有権登録、航路設備の限定運営許可、それに資源開発事業の認可。いずれも正規の登録情報から確認できるものです」
リーネが静かに尋ねた。
「では、具体的にはどの施設の調査を依頼したいのでしょうか?」
「現時点では、複数の候補があります」
エドガーは星図の一部を拡大した。
「ですが、その前に一つ確認させていただきたい。アストライアが管理している古代航路設備は、現在も稼働しているのでしょうか?」
会議室の空気が、わずかに変わった。
*
ユウはすぐには答えなかった。
エドガーの質問は自然に聞こえたが、今回の技術相談には直接必要のない情報でもある。
隣に座るセラが、さりげなくユウへ視線を向けた。
ユウは小さく頷き、口を開いた。
「それは、今回の依頼と関係ありますか?」
エドガーは一瞬だけ目を細めた。
「もちろんです。古代航路技術の復旧経験をお持ちなら、我々の調査に大きく貢献していただけると考えています」
「なるほど。でも、うちの設備の詳細は公開していないので、そこは答えられません」
ユウがそう言うと、エドガーは少し意外そうな表情を見せた。
「……失礼しました。確かに、貴重な設備の情報を簡単に開示できないのは当然ですね」
リーネが微笑んだ。
「具体的な調査対象と契約条件を提示していただければ、対応可能な範囲を検討できます。まずはそちらをお願いできますか?」
「承知しました」
エドガーは別の資料を表示した。
《古代施設調査支援契約案》
《契約期間:三十日間》
《基本報酬:600,000Cr》
《調査成果に応じた追加報酬:最大400,000Cr》
《調査対象:ノルディア指定の未開発星系》
《技術情報提供:契約内容に基づき協議》
「……六十万」
ユウは思わず呟いた。
エドガーが微笑む。
「ご関心をお持ちいただけましたか?」
「いや、金額はいいと思うんですけど……」
ユウは資料を見つめた。
「これ、三十日もかかるんですよね?」
「ええ」
「その間、うちの基地の整備も進めたいし、ほかの傭兵任務もあります。拘束期間を考えると、ちょっと安いかなって」
リーネが隣で小さく頷いた。
エドガーは少しだけ驚いた表情を見せた。
「……なるほど。確かに、貴方ほどの実績を持つ傭兵団なら、ほかの選択肢も多いでしょう」
「それに、調査対象がはっきりしていないのも気になります」
ユウが続ける。
「どこへ行って、何を調べるのか分からない仕事は、ちょっと受けづらいです」
セラが穏やかに口を挟んだ。
「特に古代施設は危険な場合もある。詳細な事前情報なしに契約することはできない」
エドガーはしばらく考えたあと、頷いた。
「おっしゃる通りです。では、調査対象を限定した契約案を改めて提示しましょう」
*
交渉は一時間ほど続いた。
エドガーは最後まで丁寧な態度を崩さなかったが、ユウたちが古代航路設備の情報を提供しないと分かると、質問の方向を少しずつ変えていった。
古代施設の保守技術、船体修復能力、AIによる制御の可能性。
いずれも、アストライアの技術的な能力を探るような質問だった。
ユウは分かる範囲で一般的な回答をしたが、具体的な装備やシステム構成については答えなかった。
そして、面談の終盤。
「最後に、もう一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
エドガーが言った。
「何でしょう?」
「貴方が所有されている古代施設について、共同開発の可能性はありますか?」
ユウは少し考えた。
「共同開発?」
「ええ。我々は古代施設の復旧と資源開発に必要な資金や技術、人材を提供できます。もちろん、所有権を奪うつもりはありません。あくまで事業協力の提案です」
リーネの表情がわずかに変わった。
ユウも、その反応に気づいた。
「……それって、うちの基地にノルディアの人が入るってことですか?」
「契約内容によりますが、現地の技術者派遣は必要になるでしょう」
「なるほど」
ユウは少し考えたあと、首を振った。
「すみません。今は考えていません」
エドガーが眉を上げた。
「理由を伺っても?」
「まだ基地を整備してる途中ですし、何より、俺たち自身でやりたいことがたくさんあるので」
「資金面では、我々の支援が有利になると思いますが」
「それはありがたいんですけどね。でも、知らない人に基地の中を見せるのは嫌ですし」
ユウは少し笑った。
「うちの仲間たちと相談して決めたいんで、今すぐは無理です」
エドガーはしばらくユウを見つめた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……分かりました。では、その件については改めて機会を設けましょう」
*
会議室を出たあと、ユウたちは商業区画の休憩スペースへ向かった。
「……疲れた!」
ユウが椅子にもたれると、リーネが笑った。
「お疲れさま。思ったよりちゃんと対応できていたわね」
「思ったよりって何!?」
「褒めてるのよ」
セラも頷いた。
「特に、古代航路の稼働状況について答えなかったのは正解だ。あの男は何度も情報を引き出そうとしていた」
「やっぱり?」
「ああ。質問の内容自体は不自然ではなかったが、こちらの設備に関心が集中していた」
ユウは少し考えた。
「……でも、悪い人には見えなかったね」
リーネが頷く。
「そうね。少なくとも、交渉の場では礼儀正しかったわ」
「それに、あの人が襲撃を指示した証拠もないんでしょ?」
「ええ。ただし、ノルディアが資金の一部に関係している可能性はある」
セラは静かに続けた。
「だからこそ、今は慎重に距離を取るべきだろうな」
ユウは頷いた。
「了解」
リーネが端末を閉じる。
「それと、共同開発の話は断って正解だったと思う」
「そう?」
「ええ。あの施設は、まだ価値が確定していない部分も多い。今の段階で外部企業を深く関与させると、後々の権利関係が複雑になる可能性があるわ」
ユウは少し考えた。
「……アルフェリア商会とは違うの?」
リーネは一瞬、言葉に詰まった。
「……え?」
「いや、リーネたちは基地の開発に協力してくれてるじゃん。でも、所有権を取ろうとはしてないし」
「それは、きちんと契約を分けているからよ」
「うん。だから安心して任せられるんだよね」
リーネは少しだけ視線を逸らした。
「……そういうこと、さらっと言うのね」
「何が?」
「……何でもないわ」
セラは二人を見ながら、小さく笑った。
*
その夜、HM-417へ帰還したユウは、今回の面談内容をハンナとジェイドに報告していた。
「……というわけで、結局契約は保留になった」
ユウが説明すると、ハンナが頷いた。
「適切な判断だったと思います。特に、調査対象と情報提供範囲が不明確なまま契約しなかった点は重要です」
ジェイドも同意した。
「相手が何を求めているか分からない以上、無理に仕事を受ける必要はないな」
セラが続けた。
「ただし、今回の面談で相手はこちらの反応を確認したはずだ。今後は別の形で接触してくる可能性がある」
「……だよね」
ユウは少し考えた。
「でも、今回はそれでいいんじゃないかな。向こうも、俺たちが簡単には情報を出さないって分かっただろうし」
ハンナが頷いた。
「それに、基地の運営も少しずつ安定しています。今すぐ外部企業へ依存する必要はありません」
「そうそう!」
ユウは笑った。
「ちゃんと自分たちで稼げるようになってきたしね」
*
同じ頃、ノード・セブンの商業区画にある宿泊施設では、エドガー・ヴェインが端末で面談報告書を作成していた。
《対象:傭兵団アストライア》
《代表者:ユウ》
《面談結果:技術相談契約保留/共同開発提案辞退》
《古代航路設備の詳細情報:取得できず》
《対象組織の特徴:小規模ながら技術・軍事・商業面の協力体制を保有》
エドガーはしばらく画面を見つめていた。
「……思ったより手強いな」
隣にいた女性補佐官が尋ねる。
「追加の提案を行いますか?」
「いや。今は必要ない」
エドガーは報告書を閉じた。
「少なくとも、彼らは自分たちの持つ技術の価値を理解している。強引な交渉では協力を得られないだろう」
「では、どのように?」
「まずは信頼関係を築くべきだ。取引を成立させるなら、相手にも明確な利益が必要になる」
補佐官は頷いた。
「了解しました」
エドガーは窓の外を眺めた。
巨大な宇宙港には、さまざまな国籍の船が出入りしている。
「……しかし、気になるな」
「何がでしょう?」
「ユウという男だよ」
エドガーは少し考えた。
「こちらが提示した資金援助にも、それほど関心を示さなかった。古代施設の所有者としては、随分と欲がない」
「傭兵として十分な収入があるからでは?」
「それもあるだろう。だが、あの男の関心は金そのものではなく、船や仲間、そして自分たちの拠点にあるように見えた」
エドガーは小さく笑った。
「……面白い人物だ」
補佐官が尋ねる。
「本部への報告は?」
「事実だけを伝えろ。憶測は不要だ」
「承知しました」
エドガーは端末を閉じた。
「それと、中継施設への襲撃に関する調査はどうなっている?」
補佐官の表情が少し険しくなった。
「……依然として、我々の下請け企業を経由した資金の流れが確認されています。ただし、襲撃そのものを指示した人物は特定できていません」
「そうか」
エドガーは静かに息を吐いた。
「その件は急いで調べろ。我々の名義が使われたとなれば、事業全体に影響する」
「了解しました」
補佐官が退室すると、エドガーはしばらく窓の外を眺めていた。
アストライア。
古代航路艦を所有し、未開発星系に拠点を築いた小さな傭兵団。
彼らは、まだ自分たちの持つものがどれほどの価値を持つか、完全には理解していないのかもしれない。
「……さて、どうなることやら」
エドガーは小さく呟いた。
*
一方、HM-417では、ガルムが中継施設の防衛状況を確認していた。
『アルゴス、定期巡航完了。異常なし』
ユウは居住区の端末で報告を受け、満足そうに頷いた。
「よし。順調だね」
『はい。固定防衛設備との連携も安定しています』
「じゃあ、しばらくは安心かな」
『大規模な襲撃への対応能力は依然として限定的です』
「……そこは毎回言わなくても分かってるよ」
ユウは苦笑した。
『重要な事項ですので』
「はいはい」
ユウは端末を閉じ、椅子にもたれた。
ノルディアとの面談は、思っていたほど危険なものではなかった。
だが、相手の本当の目的が分かったわけでもない。
中継施設への襲撃、通信ブイに取り付けられた不審な装置、そして帝国の資源開発企業からの接触。
それぞれの出来事には、どこか繋がりがあるように思える。
しかし、今はまだ確かな証拠がない。
「……ま、焦っても仕方ないか」
ユウは小さく笑った。
「やることは変わらないしね」
『次の任務を検索しますか?』
アイリスが尋ねる。
「うん。今度は普通の仕事がいいなあ」
『普通の仕事、という条件は曖昧です』
「……変な会社に狙われない仕事!」
『その条件を事前に保証することは困難です』
「だよねえ!」
ユウは笑いながら、新しい依頼一覧を開いた。
その中には、護衛、救助、資源調査、船舶回収といった、いつもの仕事が並んでいる。
そして、少し離れた場所には、アーデントが整備を終えて待機していた。
艦隊は着実に成長している。
だからこそ、次に何が起きても守れるようにしておきたい。
ユウはそう考えながら、次の依頼を選び始めた。




