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第59話 招かれざる商談

 無人警備艇アルゴスが中継施設へ正式配備されてから、五日が経過した。


 長径九・二キロメートルの小惑星を拠点とするアルゴスは、ガルムの管理下で周辺宙域を定期巡航している。固定防衛砲塔との連携試験も順調に進み、中継施設の警備体制は以前と比べて格段に強化されていた。


 もっとも、ユウにとっては一つだけ不満があった。


「……せっかく船を買ったのに、全然乗る機会がない」


 HM-417の食堂で朝食を取りながら呟くと、向かいに座っていたセラが呆れたように顔を上げた。


「無人警備艇なんだから当然だろう」

「いや、分かってるんだけどさ。新しい船って、やっぱり一度は操縦したくならない?」

「試験航行のときに乗ればよかっただろう」

「ジェイドが楽しそうに操縦してたから、邪魔するのも悪いかなって」


 隣で食事をしていたジェイドが笑った。


「気を遣ってくれてたのか。次の整備で有人操縦に切り替える機会があれば、艦長にも乗ってもらおう」


「お、ほんと?」


「その前に操縦特性を覚えてもらうがな。アストライアとは随分違うぞ」


 ユウが頷くと、セラが静かに付け加えた。


「そのときは私も同乗する」


「……何で?」


「お前が調子に乗らないようにだ」


「信用ないなあ!」


 食堂に笑い声が広がった。


 中継施設への襲撃以降、警戒態勢は続いている。それでも、こうした何気ない時間が戻ってきたことに、ユウは少し安心していた。


     *


 その日の午前中、ユウは久しぶりにアストライア単独で短期任務へ出る予定だった。


 依頼内容は、辺境航路に設置された通信中継ブイの点検と交換。作業自体は難しくないが、民間の整備船が宙賊に襲われたことのある地域で、護衛能力を持つ艦艇が求められていた。


《C級任務:通信中継設備保守支援/作業対象:中継ブイ六基/基本報酬:280,000Cr/予定期間:二日間》


「二十八万か。悪くないね」


『ただし、今回は作業費用を含めた契約です。交換部品は依頼主から支給されますが、作業機の消耗品はこちらの負担となります』


 アイリスの説明に、ユウは頷いた。


「了解。ライラは使える?」


『長距離航行用の母艦支援が必要ですが、現地での設備点検には適しています』


「じゃあ連れていこう。ああいう小さい設備を見るなら、ライラの方が得意そうだし」


 整備区画では、リアがライラの点検を終えたところだった。


「ユウ、準備できてるよ! でも、無理に岩石帯へ突っ込ませないでね!」


「分かってるって!」


「前もそれ言って、結構ギリギリまで近づけたでしょ!」


「あれはアイリスが大丈夫って……」


『安全距離は確保されていました』


「ほら!」


「アイリスもユウに甘いんだよ!」


『当艦は運用上の判断を客観的に行っています』


 リアが大げさにため息をついた。


「はいはい。二人とも気をつけてね」


     *


 最初の四基のブイ交換は順調だった。


 アストライアが周辺を警戒し、ライラが設備へ接近して外部診断を実施する。劣化した部品を回収し、交換用ユニットを取り付ける作業は、予定よりも早く進んでいた。


 しかし、五基目のブイで問題が起きた。


『対象設備に不審な改造を確認しました』


 アイリスの報告に、ユウは作業画面を拡大した。


「……改造?」


『標準規格に存在しない通信装置が追加されています。外部から取り付けられたものと推定されます』


 画面には、ブイの裏側に固定された小型の機器が映っていた。


 正規の設備とは明らかに材質が異なり、電源配線も後から接続されたものだった。


「……誰かが勝手につけたってこと?」


『その可能性が高いです』


 ユウはセラへ通信を繋いだ。


「セラ、ちょっと見てほしいものがある」


『どうした?』


「通信ブイに変な装置がついてる。これ、依頼主に報告した方がいいよね?」


『もちろんだ。勝手に取り外すな。証拠になる可能性がある』


「了解」


 ユウはライラを安全距離まで下がらせ、周辺宙域を確認した。


 その直後だった。


『未登録船舶一隻、接近中』


「……え?」


 前方に、小型の輸送艇らしき船影が現れた。


『対象船舶より通信を受信しました』


「何て?」


『こちらは設備点検業者であると主張しています。作業を引き継ぐので、現場から退去するよう要求しています』


 ユウは首を傾げた。


「……そんな話、聞いてないんだけど」


     *


 通信画面に現れたのは、四十代ほどの男性だった。


 作業服を着ているが、胸元に会社の識別章はなく、背後の艦橋も薄暗い。


『そちらが作業中の設備は、我々の契約対象です。これ以上の作業は不要ですので、速やかに離れてください』


「いや、こっちは傭兵協会を通して正式に受けた仕事なんですけど」


『契約に行き違いがあったのでしょう。こちらで処理します』


「じゃあ、依頼主に確認しますね」


 ユウが答えると、男の表情がわずかに変わった。


『その必要はありません』


「いや、必要でしょ。こっちも報酬もらう仕事なんで」


『……余計な問題を起こさない方が、お互いのためだと思いますが』


 ユウは少しだけ眉を寄せた。


「それ、どういう意味?」


 男は答えなかった。


 代わりに通信が切断され、輸送艇がゆっくりと接近を始めた。


『対象船舶、当艦への進路を維持』


 アイリスが報告する。


「……なんだかなあ」


 ユウはため息をついた。


「とりあえず、依頼主に連絡して確認しよう」


     *


 依頼主からの返答は明確だった。


『そのような業者への作業委託は行っていません。対象設備の作業権限はアストライア側にあります』


「ですよね」


『なお、対象設備には過去にも不正な接続が確認されています。可能であれば、装置を保全したうえで回収してください』


「了解しました」


 ユウは通信を終えると、再び輸送艇を確認した。


 相手はまだ近くに留まっている。


「アイリス、向こうに正式な作業権限がないことを伝えて。あと、これ以上近づかないように警告して」


『了解しました』


 警告を送信すると、輸送艇はしばらく沈黙した。


 やがて、ゆっくりと後退を始める。


「……帰るのかな?」


 しかし次の瞬間、輸送艇の船体側面から、小型の無人機が二機放出された。


『無人機二機を確認。通信ブイへ接近しています』


「……おいおい!」


 ユウはすぐにライラへ指示を出した。


「ライラ、離れて! アイリス、あの無人機を止められる?」


『妨害用の低出力射撃で進路を制限できます。ただし、通信設備への誤射を避ける必要があります』


「じゃあ、慎重に!」


 アストライアの小型防御砲が旋回し、短い射撃を行った。


 一機目の無人機は進路を変えたが、二機目はそのまま通信ブイへ向かった。


『対象無人機、ブイに取り付けられた不審装置へ接近』


「……回収しようとしてる?」


『その可能性があります』


 ユウは少し考えた。


「……じゃあ、ブイを壊さないように捕まえよう!」


 アストライアから小型作業機が射出され、無人機の進路へ回り込んだ。


 作業機は無人機の本体を掴もうとしたが、相手は急激に加速して回避する。


「……速っ!」


『対象無人機、高機動型です』


 ユウが目を細めた。


「……面倒なやつだな」


 そのとき、ライラからの観測情報が更新された。


『敵無人機の推進器に周期的な出力低下を確認しました』


「……癖があるってこと?」


『はい。急加速後、短時間ですが姿勢制御能力が低下します』


「なら、そのタイミングを狙おう!」


 ユウは作業機の進路を修正させた。


 無人機が再び加速した瞬間、作業機が横方向から接近する。


 今度は逃げきれなかった。


『対象無人機を捕獲』


「よし!」


 もう一機は逃走を試みたが、アストライアの防御砲に推進器を破壊され、航行不能となった。


     *


 輸送艇は無人機を失うと、急速に後退を始めた。


「……逃げる気だね」


『追撃可能です』


 アイリスが答える。


 ユウは一瞬迷った。


 相手を追えば、何者なのか調べる手掛かりが得られるかもしれない。


 だが、通信ブイにはまだ不審な装置が残されている。周辺に別の船が潜んでいない保証もない。


 そして、今回の契約は設備の保守作業だった。


「……追わない」


『了解しました』


「今はブイを守る方が大事だし。あいつらの船は記録しておいて」


『識別情報と航行記録を保存しました』


 輸送艇は遠ざかり、やがてセンサーの範囲外へ消えた。


 ユウは小さく息を吐いた。


「……なんか、最近こういうの多いなあ」


『当艦の活動に関係する可能性がありますが、現時点で関連性は確認されていません』


「うん。分かってる」


 ユウは少し考えた。


「……でも、気になるね」


     *


 HM-417へ帰還したユウは、回収した装置をセラとリアに見せた。


 不審な装置は、通信ブイの送受信データを記録するための機器だった。


 ただし、通常の通信傍受装置とは少し違っていた。


「……これ、妙だね」


 リアが内部構造を確認しながら言った。


「通信を記録するだけなら、もっと簡単な仕組みでいいはずなのに、わざわざ高精度の時間同期装置が入ってる」


「時間同期?」


 ユウが尋ねる。


「複数の場所で受信した信号を、正確に比較するための装置だよ。例えば、遠くから飛んできた通信がどの方向から来たか調べるときとか」


 セラが眉を寄せた。


「……つまり、単なる盗聴ではなく、通信の発信元を探っていた可能性がある?」


「うん。しかも、かなり広い周波数帯を観測できるようになってる」


 アイリスが解析結果を表示した。


『中継施設襲撃時に検出された特殊通信と、使用周波数帯の一部が一致します』


 ユウは画面を見つめた。


「……またあの信号か」


 セラが頷いた。


「ただし、同じ周波数を使っているからといって、同じ組織とは限らない」


「うん。でも、偶然にしては重なるね」


 ユウは少し考えた。


「……これって、誰かが古代航路の場所を探してる可能性ある?」


 アイリスが答えた。


『現時点では否定できません』


 セラは腕を組んだ。


「もしそうなら、中継施設を襲撃した者たちとは別の方法で情報を集めていることになるな」


「……面倒だなあ」


 ユウはため息をついた。


「俺たち、普通に仕事してるだけなんだけど」


「残念ながら、お前の持っている施設は普通じゃない」


「……そうでした」


     *


 その夜、ユウはリーネへ今回の件を報告した。


『通信ブイに不審な装置?』


「うん。しかも、取り外そうとしたら怪しい船が来た」


『……それは気になるわね』


「一応、船の情報は傭兵協会に提出したよ」


『分かった。商会の取引記録でも確認してみる』


 リーネは少し考えたあと、続けた。


『ただ、ユウ。今回の件はあまり深追いしない方がいいかもしれない』


「……どうして?」


『相手の目的が分からないからよ。もし古代航路を探している組織だとしても、今の段階でこちらから動けば、逆に施設の存在を教えることになるかもしれない』


 ユウは少し考えた。


「……確かに」


『だから、まずは情報を集めること。守るべきものを守りながらね』


「了解」


 ユウは笑った。


「リーネって、こういうところ本当に頼りになるよね」


『……そう?』


「うん。俺だったら、気になってすぐ調べに行っちゃいそうだし」


 リーネは少し笑った。


『あなたがそういう性格だから、私が止めないといけないんでしょう?』


「……そうかも」


『それに、あなたが危ないことばかりしてると、商会としても困るもの』


「商会として?」


『……ええ。大事な取引先だから』


 ユウは少し笑った。


「そっか。じゃあ、取引先として気をつけます」


『……もう』


 リーネが小さくため息をついた。


     *


 翌朝、ユウはハンナから任務報告を受け取った。


《通信中継設備保守支援:任務達成》

《基本報酬:280,000Cr》

《不正装置発見・証拠保全加算:60,000Cr》

《合計報酬:340,000Cr》


「おお! 追加報酬もらえた!」


 ユウが喜ぶと、ハンナが頷いた。


「はい。依頼主から高い評価をいただいています。特に、不審装置を破壊せず回収した点が評価されたようです」


「よかった!」


「ただし、回収した装置は証拠品として協会へ引き渡す必要があります」


「もちろん。解析結果は保存してるし、問題ないよ」


 ハンナは少し驚いたようにユウを見た。


「……最近、手続きにも慣れてきましたね」


「そりゃあ、これだけ仕事してればね!」


 ユウは笑った。


「俺だって成長してるんだよ!」


 セラが隣から言った。


「なら、報告書も自分で書けるな」


「……それはハンナにお願いしたいかな」


「……まだまだだな」


     *


 その日の午後、中継施設からガルムの定期報告が届いた。


『アルゴス、警戒巡航を完了しました。異常なし』


「おお。順調だね」


『はい。固定防衛設備との連携も安定しています』


 ユウは満足そうに頷いた。


「これなら、俺たちが傭兵任務で出ていても少し安心できるかな」


『防衛能力は向上しています。ただし、大規模な艦隊攻撃への対応能力は限定的です』


「分かってる。少しずつ強化していこう」


 ユウは画面に表示された中継施設を眺めた。


 外部ではアルゴスがゆっくりと巡航し、固定砲塔が周辺宙域を監視している。


 以前はガルムの警備機と二基の砲塔しかなかった場所だ。


 それが、少しずつ本当の防衛拠点になろうとしていた。


「……うん。いい感じだね」


『はい』


 アイリスが静かに答えた。


『艦長の目指す拠点防衛体制に、一歩近づきました』


 ユウは笑った。


「じゃあ、次はもう少し稼がないとな!」


『次の傭兵任務を検索しますか?』


「お願い!」


 ユウは端末を操作し、新しい依頼一覧を開いた。


 その中に、一件だけ見慣れない依頼が表示されていた。


《特別依頼:古代施設に関する技術相談》

《依頼主:ノルディア資源開発機構》

《依頼対象:傭兵団アストライア》

《報酬:応相談》

《依頼内容:非公開》


「…………」


 ユウはしばらく画面を見つめた。


「……え?」


 アイリスが答えた。


『艦長。当該企業は、現在調査対象となっている組織です』


「……だよね」


 ユウはゆっくり椅子にもたれた。


「……向こうから来ちゃったか」


 セラが端末を覗き込み、表情を引き締めた。


「……直接接触してきたか」


 ユウは少し考えた。


「……どうする?」


 セラはすぐには答えなかった。


 相手は、中継施設への襲撃に関与している疑いがある企業だ。だが、今のところ直接的な証拠はなく、今回の依頼も傭兵協会を通した正式なものだった。


 断ることは簡単だ。


 しかし、相手の目的を知る機会になるかもしれない。


「……話を聞くだけなら、悪くないかもしれないな」


 セラが静かに答えた。


 ユウは頷いた。


「じゃあ、まずは何が目的なのか聞いてみようか」


 こうして、アストライアとノルディア資源開発機構の最初の接触が、静かに始まろうとしていた。

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