第58話 無人警備艇アルゴス、初任務
アルゴスの改修が始まってから、二週間が経過した。
HM-417の小型艦整備区画には、以前とは見違えるほど整った姿の警備艇が係留されている。損傷していた推進器は修復され、艦首の砲塔には新しい照準装置が取り付けられた。船体側面には補助センサーが増設され、外装の一部には新しい装甲板まで追加されている。
そして、最も大きな変更点は内部にあった。
「……これで完成?」
ユウがアルゴスの艦橋を見回すと、リアが胸を張った。
「完成……って言いたいところだけど、まだ最終試験が残ってる!」
「まだあるの!?」
「もちろん! 今日は一番大事な試験だよ!」
リアが艦橋中央の制御盤を操作すると、複数の画面が立ち上がった。
《アルゴス・統合制御系統》
《有人操縦:待機》
《遠隔操縦:接続可能》
《自律安全制御:正常》
《武装管制:試験モード》
《通信認証:正常》
ダリオが隣から説明を加えた。
「今日は通信妨害と偽装命令への耐性を確認する。これが通らなければ、中継施設には配備しない」
「なるほど」
ユウは画面を眺めた。
「でもさ、偽の命令ってどうやって送るの?」
「試験用の通信装置を使う。認証情報を持たない外部からの命令と、一部を偽装した命令の両方を送る予定だ」
「それをアルゴスが無視すれば成功?」
「基本的にはな。ただし、問題はそれだけじゃない」
ダリオが画面を切り替える。
「本当に怖いのは、偽の命令を拒否できても、その間に通常の制御まで止まってしまうことだ。敵の通信妨害を受けた途端に動けなくなるんじゃ、警備艇として役に立たない」
リアが頷いた。
「だから、通信が怪しくなったら安全航行へ切り替えるようにしたんだよ。攻撃は停止するけど、衝突を避けたり、安全な場所へ退避したりはできる」
「おお、いいね!」
「でしょ!」
ユウは二人を見比べた。
「……なんか、すっかり息が合ってるね」
「必要な作業だからな」
「ちゃんと安全に作るって決めたから!」
二人の返答がほとんど同時に重なった。
「ほら、仲いいじゃん」
「だから違うって!」
*
試験はHM-417から十分に離れた宙域で行われることになった。
アルゴスには乗員を乗せず、ガルムが遠隔操縦を担当する。アストライアは試験監督、アーデントは万一の際の安全確保を担当し、実弾兵装は使用しない。
艦橋ではセラが試験手順を確認していた。
「今回は失敗しても構わない。ただし、異常が起きたらすぐ試験を停止する。いいな?」
「了解!」
ユウが答えると、アイリスが報告した。
『アルゴス、遠隔制御開始。試験宙域への移動を確認しました』
小型の船体がゆっくりと動き始める。
指定された航路を進み、旋回し、再び加速する。ガルムの制御は安定しており、先日のような姿勢制御の乱れも見られなかった。
『第一段階、通常遠隔航行試験を完了』
「よし!」
リアが嬉しそうに頷いた。
「次は通信妨害!」
アストライアから試験用の妨害信号が送信されると、アルゴスの通信状態が急速に悪化した。
《通信品質低下》
《遠隔操縦信号:不安定》
《安全航行モード移行》
アルゴスは予定通り速度を落とし、周囲に障害物がないことを確認すると、指定された待機宙域へ向けて移動を始めた。
「おお!」
ユウは思わず身を乗り出した。
「ちゃんと動いてる!」
『通信妨害下での安全航行を確認しました』
ガルムの報告に、リアが拳を握った。
「やった!」
だが、セラはまだ表情を緩めなかった。
「次が本番だな」
*
第二段階では、敵船を想定した試験装置から偽の操縦命令が送信された。
最初は単純な進路変更要求。続いて推進器の停止命令、最後に武装管制への不正接続を試みる。
《未認証命令を検出》
《受信命令を破棄》
《外部接続遮断》
「……おお。全部弾いてる」
ユウが感心していると、ダリオが通信越しに答えた。
『ここまでは想定通りだ。次は通信元をガルムに似せた命令を送る』
「……そんなこともできるの?」
『できる。だから対策が必要なんだ』
偽装された通信がアルゴスへ送信された。
一瞬、制御画面に警告が表示される。
《登録済み通信元を名乗る接続を検出》
《認証検証中》
リアが身を乗り出した。
「……どう?」
数秒後、画面が切り替わった。
《認証不一致》
《接続拒否》
《遠隔操縦系統を保護》
「……成功!」
リアが声を上げた。
ユウも笑った。
「やったじゃん!」
ダリオが満足そうに頷く。
『これなら、少なくとも簡単な偽装命令で乗っ取られることはない』
だが、その直後だった。
『……待ってください』
アイリスの声が変わった。
「どうしたの?」
『アルゴスの通信記録に、試験用とは異なる信号が混入しています』
ユウは首を傾げた。
「……え?」
*
艦橋の画面に、新しい通信ログが表示された。
試験用装置から送信された信号とは別に、短い通信がアルゴスへ向けて送られていた。
送信元は不明。
しかし、アイリスが抽出した信号には、見覚えのある特徴が含まれていた。
『この信号は、中継施設襲撃時に検出された特殊通信と、一部の周波数特性が一致しています』
セラの表情が引き締まった。
「……偶然か?」
『現時点では断定できません。ただし、試験開始後に発信されたことから、当艦隊の通信を観測していた可能性があります』
ユウは周囲の宙域を確認した。
「敵がいるの?」
『近距離に未登録船舶は確認できません。遠距離に複数の航行物体がありますが、いずれも現時点では敵対行動を示していません』
セラがすぐに指示した。
「試験を中断しろ。アルゴスは帰還させる。ジェイドには周辺警戒を強化するよう伝えてくれ」
「了解!」
ユウは通信を開いた。
「ジェイド、そっちで何か見えてる?」
『こちらでも確認中だ。今のところ怪しい動きはない。ただ、通信を観測されていたとしたら気分のいい話じゃないな』
「うん……」
ユウは画面を見つめた。
せっかく無人警備艇の試験がうまくいっていたのに、また正体不明の通信だ。
「……なんか、嫌な感じだね」
セラが頷いた。
「相手が誰であれ、こちらの試験を見ていた可能性は考慮すべきだな」
*
HM-417へ戻ったあと、ユウたちはガルムとアイリスを交えた会議を開いた。
問題の通信信号は非常に短く、内容のほとんどが暗号化されていた。送信元も複数の中継経路を経由しており、発信地点を特定することはできなかった。
「……つまり、誰が送ったか分からない?」
『はい』
アイリスが答える。
『ただし、通信形式の一部が中継施設襲撃時の信号と類似しています』
セラが腕を組んだ。
「試験を観測していたとしても、こちらの無人化技術を知ろうとしていたのか、それとも別の目的があったのかは分からないな」
ジェイドが通信画面の向こうで頷いた。
『どちらにせよ、警戒を強めた方がいい。敵がこちらの戦力を調べているなら、次は対策してくる可能性がある』
ユウは少し考えた。
「……だったら、アルゴスの配備を急いだ方がいいかな?」
セラは首を振った。
「気持ちは分かるが、まだ武装を使った試験が終わっていない。焦って配備するのは危険だ」
「……そうだね」
リアも頷いた。
「私も、ちゃんと完成させてから配備したい」
ダリオが続けた。
「それに、今回の通信の件を踏まえると、もう少し認証方式を強化した方がいいかもしれん」
ユウは皆を見回した。
「分かった。安全優先でいこう」
*
会議のあと、リーネから通信が入った。
『ユウ、少し話せる?』
「うん。どうしたの?」
『ノルディア資源開発機構の件で、商会の知り合いから連絡があったの』
ユウは姿勢を正した。
「何か分かった?」
『ええ。あの会社、最近になって連邦外縁の未開発星系について、かなり広い範囲で調査権の申請を出しているらしいの』
「調査権?」
『資源があるかどうかを調べるための権利よ。正式に認可されれば、一定期間その星系で資源調査を行える。ただし、それだけで施設の所有権が得られるわけではないけどね』
「なるほど」
リーネが資料を送信してきた。
そこには、複数の未開発星系の名称と座標が記されていた。
セラが隣から画面を覗き込む。
「……妙だな」
「何が?」
「この申請範囲、資源の豊富な星系だけを選んでいるわけじゃない」
セラは星図を操作した。
「いくつかの星系は、既存の主要交易航路から離れている。普通の採掘会社なら、輸送費を考えて避ける地域だ」
ユウは首を傾げた。
「じゃあ、何でそんなところを?」
リーネが静かに答えた。
『分からない。ただ、古い航路記録や廃棄された観測施設がある星系を優先しているようにも見えるの』
ユウは思わずアイリスを見た。
「……古代航路を探してる?」
『その可能性はあります。ただし、記録だけでは判断できません』
リーネが続けた。
『それと、もう一つ気になることがあるの』
「何?」
『ノルディアの調査申請の一部が、帝国政府の特別開発補助金を利用しているみたいなの』
ユウは少し考えた。
「……政府がお金を出してるってこと?」
『そう。ただし、補助金を受けている企業なんて珍しくないわ。だから、それだけで帝国が今回の襲撃を指示したことにはならない』
セラも頷いた。
「だが、調査の規模が大きいなら、国家が古代航路の価値に気づいている可能性は考えた方がいいな」
「……なるほど」
ユウは星図を見つめた。
「なんか、話がどんどん大きくなってるね」
リーネが少し笑った。
『そうね。でも、まだ全部が繋がったわけじゃないわ。今は情報を集めておくのがいいと思う』
「うん。ありがとう、リーネ」
『どういたしまして』
*
翌日、アルゴスの最終武装試験が行われた。
今回の試験では、艦首砲塔のみを使用し、無人標的機を相手に射撃管制を確認することになっている。
武装の使用にはガルムからの認証命令が必要で、さらにアルゴス側でも対象識別を照合する仕組みだ。
『アルゴス、射撃管制試験を開始します』
ガルムの報告とともに、小型艇がゆっくり旋回した。
前方には、試験用の無人標的機が三機配置されている。
「……緊張するなあ」
ユウが呟くと、セラが頷いた。
「ここは慎重にいこう」
『第一標的、識別完了。射撃許可を要求します』
ガルムからの要求に、セラが試験許可を出した。
「第一標的への射撃を許可」
『了解』
アルゴスの艦首砲塔がゆっくり動き、短い光が放たれた。
一射目は標的のすぐ横を通過したが、二射目が命中した。
《第一標的:撃破》
「おお!」
ユウが声を上げる。
続いて第二標的も撃破された。
そして、第三標的の試験が始まったときだった。
『第三標的の近傍に未登録の物体を検出』
ガルムの報告に、セラがすぐに反応した。
「射撃中止!」
『了解。武装管制を停止します』
アルゴスの砲塔が停止した。
画面には、標的機の近くを通過する小型の観測ドローンが映っていた。
「……何あれ?」
ユウが尋ねる。
『周辺宙域の調査に使用される民間観測ドローンと推定されます。識別信号は確認できません』
セラが頷いた。
「正しい判断だ。対象の識別が不確かな状況では撃たない。これなら最低限の安全性は確認できる」
リアが嬉しそうに笑った。
「……やった!」
ダリオも頷いた。
「ようやく形になったな」
ユウは二人を見て笑った。
「お疲れさま!」
*
アルゴスの正式配備は、さらに数日間の監視試験を終えてから行われることになった。
当面の任務は、中継施設周辺の警戒巡航と、外部から接近する船舶の確認。敵艦への積極的な追撃は行わず、施設防衛砲塔と連携しながら時間を稼ぐことを優先する。
また、通信が遮断された場合には新たな攻撃を行わず、安全な待機宙域へ退避するよう設定された。
「……よし。これなら安心して任せられそうだね」
ユウが言うと、ガルムが答えた。
『完全な安全を保証するものではありませんが、現時点で設定可能な防衛制御としては適切です』
「うん。あとは実際に運用しながら改善していこう」
セラが頷いた。
「それがいい。防衛体制は一度作ったら終わりじゃないからな」
ジェイドも笑った。
『これで、中継施設に最初の常駐警備艇が配備されるわけか』
「そうだね!」
ユウはアルゴスの船体を眺めた。
「アストライア、アーデント、アルゴス……少しずつ増えてきたなあ」
『アルゴスは拠点警備用の小型艇です。主力艦艇とは役割が異なります』
アイリスが補足する。
「分かってるよ。でも、仲間が増えたのは同じでしょ?」
『……はい』
ユウは笑った。
「じゃあ、これからよろしくな。アルゴス」
*
その夜、ユウは居住区で一人、リーネから送られてきた調査資料を読み返していた。
ノルディア資源開発機構。
ヴァルディア帝国で登記された資源開発企業であり、未開発星系の調査を積極的に進めている。そして、その資金の一部には帝国政府の補助金が使われている。
ただし、中継施設襲撃との直接的な関係を示す証拠はまだない。
「……なんか、面倒な相手だなあ」
『艦長、国家が関与していると確定したわけではありません』
アイリスが答えた。
「分かってる。でも、もし帝国が古代航路を欲しがってたら、どうなるのかなって」
『その場合、当施設の管理権や技術情報を巡って、外交上の問題が生じる可能性があります』
「……外交かあ」
ユウは小さく笑った。
「俺、傭兵の仕事してるだけなのにね」
『現在の艦長は、傭兵団の代表であると同時に、古代航路設備と資源開発施設の所有者でもあります』
「……そうだった」
『所有する資産が増えれば、それに伴う責任も増加します』
ユウは天井を見上げた。
「……なんか、会社員だった頃より大変になってない?」
『比較対象となる艦長の過去の職務情報が不足しています』
「まあ、そうだよね」
ユウは少し考えた。
「……でも、悪くないかな」
『何がでしょうか?』
「仲間も増えたし、船も増えた。帰る場所もある。大変だけど、今の生活は結構気に入ってるんだよ」
アイリスは少し間を置いて答えた。
『……それは、何よりです』
ユウは笑った。
「だから、これからもよろしくな」
『はい、艦長』
アストライアの艦内には、穏やかな時間が流れていた。
その一方で、遠く離れたヴァルディア帝国の外縁通商区では、一つの報告書が机の上に置かれていた。
《第七航路候補施設・調査結果》
《現地管理者による防衛体制強化を確認》
《小型無人警備艇の運用試験を検出》
《施設周辺の接近難度:上昇》
《古代航路設備の稼働状況:未確認》
報告書を読んでいた男が、静かに口を開いた。
「……思ったより早いな」
向かいに座る部下が答えた。
「現地の傭兵団が、自前で防衛設備を増強しているようです」
「傭兵団か」
男は報告書に記された名称を見つめた。
《アストライア》
「……民間の傭兵団が、古代施設を正式に所有しているとはな」
「次の調査はどうされますか?」
男は少し考えた。
「武力による接近は控えろ。少なくとも、今はな」
「では?」
「別の方法で接触する。施設の価値を確認するには、正面から交渉する方が早い場合もある」
男は報告書を閉じた。
「まずは、そのユウという艦長が何者なのか調べろ」
部下が頷いた。
「了解しました」
こうして、ユウたちの知らないところで、新たな接触の準備が始まっていた。
それが敵意によるものなのか、それとも別の目的を持つものなのか。
まだ誰にも分からなかった。




