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第57話 アルゴスの目

 HM-417の整備ドックに、小型警備艇アルゴスが運び込まれてから五日が経過した。


 全長四十七・六メートルの船体は、アストライアやアーデントと並べると随分小さく見える。しかし、間近で眺めれば十分な大きさがあり、特に艦首の砲塔は、小型艇相手なら無視できない威力を持っていた。


 現在、そのアルゴスは外装の一部を取り外され、無数の配線と機器が露出した状態になっている。


「……思ったより大工事だね」


 ユウが整備台から船体を見上げると、隣にいたダリオが頷いた。


「主推進器を直すだけなら、もう少しで終わる。問題は無人化だな」


「そっちはどう?」


「リアが制御装置を組み込んでいる。ただ、思っていたより面倒な船だ」


「面倒?」


「自動操縦の仕組みが古い。航路を指定して飛ぶ程度なら問題ないが、戦闘中の急な判断を任せるようにはできていない。新しい制御装置を載せても、船体側が命令についてこられない部分がある」


 ユウは首を傾げた。


「じゃあ、全部新しくすれば?」


「それができるなら苦労しない。新造艇を買った方が安くなるぞ」


「……なるほど」


 ダリオが苦笑する。


「まあ、リアが面白い方法を考えてる。見てくるといい」


     *


 アルゴスの艦橋では、リアが制御盤に向かって作業していた。


 操縦席の一つには仮設の演算装置が取り付けられ、床には何本ものケーブルが這っている。壁面の一部には、アストライアから持ち込んだ試験用端末まで接続されていた。


「リア、調子どう?」


「ユウ! ちょうどいいところに来た!」


 リアは目を輝かせて振り返った。


「見て! アルゴスの操縦制御を、三つの系統に分けたんだ!」


「……三つ?」


「一つ目は普通の有人操縦。二つ目はガルムからの遠隔操縦。そして三つ目が、通信が切れたときに使う独立した自律制御!」


 リアが画面を切り替えると、船体の制御系統が色分けされて表示された。


「どれか一つが故障しても、残りの系統へ切り替えられるようにしてるの。ただし、武器の使用だけは別。そこは勝手に判断しない仕組みにする」


「おお! いいじゃん!」


「でしょ!」


 リアは嬉しそうに笑ったが、すぐに表情を曇らせた。


「……ただ、問題もあってね」


「何?」


「ガルムからの命令が途絶えた場合、どこまで自律的に動かしていいのか決めないといけないの」


「自分で基地に戻ってくるとか?」


「それくらいならできる。でも、敵に追われていたら? 味方の船が近くにいたら? 通信妨害のせいで誰が誰なのか分からなくなったら?」


 ユウは少し考えた。


「……それは困るね」


「うん。だから、ダリオは最初から武装させることに反対してる」


 リアは少しだけ視線を落とした。


「私だって危ないものを作りたいわけじゃないんだけどね」


 いつも明るいリアにしては珍しく、元気のない声だった。


「ダリオと、まだ揉めてるの?」


「……揉めてるっていうか」


 リアは少し迷ってから答えた。


「私が新しいことをやろうとすると、ダリオは最初に危険なところを探すんだよね。間違ってないのは分かるんだけど、ずっとそれだと何も作れなくなりそうで」


 ユウは制御盤を眺めた。


「……リアはさ、アルゴスをどんな船にしたいの?」


「え?」


「ただ動くだけじゃなくて、どういう仕事をさせたい?」


 リアは少し考えた。


「中継施設に敵が来たとき、誰かが助けに行くまで守ってくれる船かな。できれば、人が乗ってなくても」


「じゃあ、何より大事なのは、中継施設を守ることだよね」


「うん」


「その船が間違えて味方を撃っちゃったら、リアが作りたい船とは違うんじゃない?」


 リアは黙った。


「……そうだね」


 ユウは笑った。


「だったら、ダリオが心配してるところを全部確認して、安全に動くようにすればいいんじゃない? 時間はかかるかもしれないけど、完成したときにはその方が自信持てるでしょ」


 リアは少し考えたあと、小さく笑った。


「……ユウって、時々ちゃんと艦長っぽいこと言うよね」


「時々!?」


「うん。時々」


「ひどくない!?」


 リアは声を上げて笑った。


     *


 アルゴスの修理が一段落したのは、それから三日後だった。


 主推進器の冷却ポンプは交換され、損傷していた制御回路も修復された。艦首砲塔の照準装置には中古部品を使用し、欠損していた側面防御砲については、当面搭載を見送ることになった。


 費用を抑えながらも、最低限の有人警備艇としては運用可能な状態になっている。


「よし。まずは飛ばしてみよう!」


 ユウが言うと、ダリオが頷いた。


「有人での試験航行だ。最初は整備区画の外で低速試験、そのあと推進器の出力を段階的に上げる」


「了解!」


 試験操縦はジェイドが担当し、リアとダリオが同乗することになった。


 ユウはアストライアから試験航行を見守る。


『アルゴス、出港準備完了』


 ジェイドの通信が入った。


「了解! 気をつけて!」


『任せろ。こういう小型艇は久しぶりだが、昔はよく乗っていた』


「じゃあ楽しんできて!」


『遊びじゃないぞ』


 アーデントの艦橋からもハンナの声が聞こえた。


『ジェイド艦長、試験記録はすべて提出してくださいね』


『……分かっている』


 ユウは思わず笑った。


「どこの艦長も大変だなあ」


『艦長も同様です』

 アイリスが答える。


「……そうだった」


     *


 最初の試験航行は順調だった。


 アルゴスは整備ドックを離れ、HM-417の周辺宙域で低速旋回を繰り返した。修復した推進器は安定しており、姿勢制御にも大きな問題は見られない。


『アルゴス、主推進器出力三十パーセント。異常なし』


 ジェイドの報告に、リアが嬉しそうに答えた。


『冷却系も安定してる! もう少し出力を上げられるよ!』


『了解。四十パーセントへ上げる』


 ユウは監視画面を眺めていた。


「……いい感じだね」


『はい。現時点では推進器の修復は成功しています』


 アイリスが答える。


 その後、出力を六十パーセントまで上げた段階でも問題は発生せず、アルゴスは予定通り帰還した。


「よし! 成功!」


 ユウが喜ぶと、セラが頷いた。


「まずは一段階だな。次は遠隔操縦だ」


     *


 翌日、アルゴスの遠隔操縦試験が始まった。


 今回は乗員を乗せず、ガルムがHM-417の管制室から操縦する。安全のため兵装は無効化され、指定された宙域内でのみ試験を行うことになっていた。


『アルゴス、遠隔制御を開始します』


 ガルムの報告とともに、小型艇がゆっくり動き始めた。


 旋回、加速、減速、停止。


 最初の試験は問題なく進んだ。


「おお! ちゃんと動いてる!」


 ユウが喜ぶと、リアも嬉しそうに頷いた。


「でしょ! 制御装置、うまく動いてるよ!」


 ダリオは監視画面を確認していた。


「今のところはな。次は通信遅延試験だ」


「通信遅延?」


 ユウが尋ねる。


「ガルムからの命令をわざと遅らせる。遠隔操縦には通信時間がかかるから、命令が届くまでの間も安全に動けるか確認するんだ」


「なるほど」


 試験が始まると、アルゴスの動きが少しぎこちなくなった。


 旋回の開始が遅れ、停止位置も予定からずれる。


『通信遅延〇・八秒。遠隔制御の精度が低下しています』


 ガルムが報告する。


「……あれ?」


 ユウが首を傾げた。


 画面の中でアルゴスが進路を修正しようとした瞬間、機体が予定より大きく傾いた。


『姿勢制御誤差が許容値を超過』


 警報が鳴った。


「ちょっと、待って!」


 リアが慌てて端末を操作する。


『遠隔制御を停止。自律安全制御へ切り替えます』


 アルゴスの推進器が出力を落とし、ゆっくりと姿勢を安定させた。


 数秒後、機体は完全に停止した。


 ユウは息を吐いた。


「……びっくりした」


 リアは端末を見つめたまま動かなかった。


「……通信が遅れたとき、姿勢制御の補正が重なっちゃったんだ」


 ダリオが頷いた。


「ガルムの命令と、船体側の自動補正が同時に働いたんだな。よくある問題だ」


「……うん」


 リアは小さく頷いた。


「でも、もし武装して敵と戦ってる最中だったら……」


 ダリオは何も言わなかった。


 その沈黙が、かえってリアには重く感じられた。


     *


 試験終了後、リアは整備区画で一人、アルゴスの制御記録を確認していた。


 ユウが様子を見に行くと、彼女は画面に向かったまま呟いた。


「……ダリオの言った通りだった」


「ん?」


「通信が切れたり遅れたりする問題、もっとちゃんと考えないと駄目だった。ガルムが操縦するなら大丈夫って、どこかで思ってたんだと思う」


 ユウは隣に座った。


「でも、安全装置はちゃんと働いたじゃん」


「……うん。それはそうなんだけど」


「じゃあ、失敗したわけじゃないんじゃない?」


 リアが顔を上げた。


「え?」


「危ないところが試験で分かったんでしょ? 実戦で初めて分かるより、ずっといいじゃん」


 リアは少し黙っていた。


「……ユウは、私に甘いね」


「そう?」


「うん」


 彼女は小さく笑った。


「でも、ありがとう」


 ユウも笑った。


「どういたしまして」


 そのとき、背後からダリオの声がした。


「別に俺も怒ってるわけじゃないぞ」


 二人が振り返ると、ダリオが端末を持って立っていた。


「今回の試験で問題が分かったなら、それを直せばいい。だから試験してるんだろ」


 リアは少し恥ずかしそうに笑った。


「……そうだね」


 ダリオが画面を表示した。


「で、対策案を考えてきた」


「え?」


「遠隔操縦と船体側の自動補正を分離する。通信遅延が一定以上になったら、ガルムからの細かい操舵命令を受け付けず、安全な進路だけ維持する方式だ」


 リアの目が輝いた。


「……それならできる! しかも、独立した演算装置を使えば……」


「そうだ。だから、その部分を一緒に作ろう」


 リアは嬉しそうに頷いた。


「うん!」


 ユウは二人を見ながら笑った。


「……結局、仲いいよね」


 二人が同時に振り返った。


「別にそういうわけじゃない!」

「技術的に必要なだけだ!」


「はいはい」


     *


 その日の夜、ユウはリーネから届いた調査報告を確認していた。


 中継施設を襲撃した武装船の購入経路について、さらに一つ情報が見つかったらしい。


《ヴェルナー艦艇流通・関連取引調査》

《対象:中継施設襲撃に使用された武装船》

《最終確認された資金提供元:ノルディア資源開発機構》

《登記地:ヴァルディア帝国・外縁通商区》

《主な事業:鉱区調査、資源採掘、旧施設再開発》


「……資源開発?」


 ユウは首を傾げた。


『そうなの。しかも、この会社、普通の採掘企業とは少し違うみたい』


 リーネが答える。


「どういうこと?」


『帝国領内の未開発星系で、古い施設や放棄された鉱区の再調査を行っているの。事業そのものは合法だし、連邦側の企業とも取引がある』


 セラが隣から画面を覗き込んだ。


「……ノルディアか」


「知ってるの?」


「名前は聞いたことがある。帝国政府から開発許可を受けている企業の一つだ。ただし、軍や情報機関との関係については知らん」


 ユウは少し考えた。


「……つまり、古代施設を見つけて儲けようとしてる会社かもしれないってこと?」


『その可能性はあるわ。でも、あくまで取引記録からの推測よ』


 リーネは少し間を置いた。


『それと、気になる情報がもう一つあるの』


「何?」


『今回の襲撃に使われた船、少なくとも一隻は、連邦領内の中古艦市場で購入されたあと、帝国側へ一度移送されているの』


「……わざわざ?」


『ええ。その後、再び連邦領内へ戻ってきている。移送した目的は分からないけど、船体の一部が改造された記録があるわ』


 セラの表情が少し険しくなった。


「……改造内容は?」


『不明。ただ、通常の武装追加や推進器交換としては説明がつかない部品が購入されているの』


「どんな部品?」


『高周波通信装置と、特殊な信号解析機器よ』


 ユウは思わずアイリスを見た。


「……それって」


『中継施設で検出された特殊な通信信号と関連する可能性があります』


 アイリスが答えた。


「やっぱり……」


 セラは腕を組んだ。


「古代航路設備を調べるために、専用の機器を積んでいた可能性があるな」


 ユウは画面を見つめた。


「……でも、何でそんなことを?」


 リーネが静かに答えた。


『それは、まだ分からないわ』


     *


 翌朝、セラはユウを会議室へ呼び出した。


 室内には、広域星図が表示されていた。


 アルディス星間連邦とヴァルディア帝国。その間には複数の通商航路が存在し、一部の星系は両国の経済活動が入り混じる地域になっている。


「……昨日の件なんだが」


 セラが話し始めた。


「もしノルディアが古代航路の存在を知っていたなら、目的は単なる古代技術の回収ではないかもしれない」


「どういうこと?」


 セラは星図を拡大した。


「現在、連邦と帝国を結ぶ主要な交易航路は限られている。大型輸送船団は決められた航路を通る必要があり、航路使用料や検査、補給のための時間がかかる」


「うん」


「そこに、既存航路を大幅に短縮できる古代航路が見つかったらどうなる?」


 ユウは少し考えた。


「……すごく便利になる?」


「そうだ。しかも、その航路がどこへ繋がっているかによっては、軍事的な価値も生まれる」


 セラは中継施設とHM-417の位置を表示した。


「現在、私たちが確認している古代航路は、この二地点を結んでいるだけだ。だが、古代文明がもっと大きな航路網を持っていたなら?」


 ユウは画面を見つめた。


「……ほかの星系にも繋がってるかもしれない?」


「そういうことだ」


 セラは頷いた。


「もし国境を越える航路が見つかれば、交易にも軍事にも大きな影響を与える。国家が関心を持っても不思議ではない」


「……なるほど」


 ユウはしばらく考えた。


「でも、だからって襲撃していい理由にはならないよね」


「当然だ。国家が関わっているかどうかも、まだ分からない」


 セラは少し笑った。


「ただ、お前が持っている施設の価値は、想像以上に大きいかもしれないということだ」


「……また面倒なことになりそうだなあ」


「今のうちに警備を強化しておけ」


「うん。アルゴスも早く完成させたいね」


     *


 アルゴスの制御系統が改修されたのは、それから四日後だった。


 リアとダリオは、遠隔操縦と自律制御の連携を見直し、通信遅延が発生した場合には自動的に安全航行へ移行する仕組みを完成させた。


 さらに、武器使用についてはガルム側の命令認証に加え、アルゴス側でも対象識別を照合する二重確認方式を採用した。


 ただし、通信が完全に途絶えた場合、アルゴスは新たな攻撃命令を受け付けず、指定された安全宙域へ退避する。


『遠隔制御試験を開始します』


 ガルムの報告とともに、アルゴスが再び動き始めた。


 今度は通信遅延を意図的に発生させても、機体は大きく姿勢を崩さなかった。


『通信遅延一・二秒。安全航行モードへ移行』


 アルゴスは速度を落とし、指定された待機位置へ移動した。


「……おお!」


 ユウが声を上げる。


「成功じゃん!」


 リアが嬉しそうに頷いた。


「うん! 今度はちゃんと動いた!」


 ダリオも満足そうだった。


「これなら、少なくとも通信遅延で暴走することはないだろう」


 セラが画面を確認する。


「次は通信妨害と、偽の命令を受けた場合の試験だな」


「……まだあるの?」


 ユウが尋ねると、リアが笑った。


「もちろん! 安全確認は大事だからね!」


 ダリオが少し驚いたようにリアを見た。


「……珍しく意見が一致したな」


「珍しくって何!?」


 ユウは二人のやり取りを見ながら笑った。


 少しずつだが、アルゴスは確実に完成へ近づいている。


     *


 その夜、HM-417の情報管理区画では、アイリスとガルムが中継施設の襲撃記録を解析していた。


『襲撃艇の通信装置に関する情報が追加されました』


 ガルムが報告する。


『リーネから提供された購入部品一覧と、当施設で検出された信号の特徴を照合しました。その結果、一部の周波数帯が一致しています』


『古代航路設備の制御信号と関連する可能性は?』


『高いと判断します。ただし、信号そのものは古代規格ではありません。現代の装置で模倣した可能性があります』


 アイリスはしばらく解析結果を確認していた。


『……つまり、敵は古代航路の制御方式を完全に理解しているわけではない』


『はい。外部から装置の反応を探っていた可能性があります』


『目的は?』


『不明。ただし、設備を破壊するより、作動状態を確認することに重点を置いていたと推測されます』


 アイリスは解析結果を保存した。


『艦長へ報告する必要がありますね』


『同意します』


 そして、もう一つ。


 ガルムは別の資料を表示した。


『襲撃艇の改造に使用された信号解析機器には、特定の研究機関を示す製造管理番号が存在します』


『研究機関?』


『ヴァルディア帝国の民間技術研究所です。ただし、帝国軍への納入実績も確認されています』


 アイリスは少し間を置いた。


『……それだけで国家の関与を示す証拠にはなりません』


『承知しています』


 ガルムは続けた。


『しかし、当施設への接近が偶然ではなかったことを示す材料としては、有効です』


 画面には、敵高速艇が中継施設へ接近した際の映像が表示されていた。


 その艇は、施設の外部装甲へ無秩序に接近したわけではない。


 最初から、古代航路の制御設備に近い区画を目指していたのだ。


 そして、その位置は一般公開された施設資料には記載されていなかった。


『……誰かが、内部構造を知っていた可能性があります』


 ガルムの報告に、アイリスは静かに答えた。


『ええ。その可能性も調査しましょう』


 中継施設を襲った三隻の武装船。


 その背後にいるのは、単なる資源開発企業なのか。それとも、もっと大きな目的を持つ誰かなのか。


 まだ答えは出ていない。


 ただ一つ、確かなことがあった。


 アストライアの古代航路を狙う者は、すでにその価値をある程度理解している。


 そして、ユウたちが知らないところで、次の動きが始まろうとしていた。

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