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第54話 狙われた航路の入口

 HM-417で資源採掘が始まってから、三週間が経過した。


 その間も、ユウたちは傭兵としての活動を続けていた。ただし以前のように、依頼を見つけるたびに飛びつくことはなくなっている。アストライアとアーデントの整備予定、乗員の休暇、基地の運営状況を確認しながら、無理のない範囲で仕事を受けるようになったのだ。


「次はこの護衛任務かな」


 ノード・セブンの傭兵協会で、ユウは端末に表示された依頼を眺めていた。


《C級任務:精密機器輸送船団護衛/護衛対象:輸送船四隻/目的地:外縁工業ステーション・リュケイオン/基本報酬:420,000Cr/任務期間:三日間》


「悪くないな」

 セラが頷く。

「アーデントの護衛性能も活かせるし、アストライアは周辺警戒に回れる」


 ジェイドも通信越しに同意した。


『こちらも問題ない。乗員の訓練にもなるし、今の戦力なら十分対応できる依頼だと思う』


「じゃあ、受けよう!」


 ユウが受注手続きを済ませると、アイリスが次の予定を表示した。


『なお、帰還後はアーデントの定期点検と、アストライアの冷却系整備が予定されています』

「分かってる。帰ったら少し休もう」


 セラが横から言った。


「お前がそれを言うとはな」

「俺だって学習するんだよ!」


     *


 今回の船団護衛は、比較的穏やかな任務となった。


 航行二日目に未登録の小型武装艇二隻が接近してきたものの、アーデントが警告射撃を行うと、戦闘を避けるように離脱していった。


「……逃げたね」


 ユウが少し拍子抜けしたように呟く。


「それでいい」

 セラが答える。

「護衛任務は戦闘に勝つことが目的じゃない。輸送船を無事に届けることが目的だ」


「分かってるって!」


 目的地のリュケイオンへ到着すると、依頼主から予定通り報酬が支払われた。さらに、途中で発生した通信障害への対応が評価され、追加報酬も認められた。


《任務報酬:420,000Cr/追加報酬:35,000Cr/合計:455,000Cr》


 ユウは満足そうに頷いた。


「戦わなくても四十五万。いい仕事だったね」


『損傷がない分、整備費用も抑えられます』

 アイリスが補足する。


「そうそう! やっぱりこういう仕事も大事だよね」


 続いて引き受けたのは、小惑星帯で消息を絶った資源調査船の捜索任務だった。


 こちらはライラが大活躍した。狭い岩石群の間を無人で先行偵察し、アストライアでは接近しにくい空洞内部から調査船の救難信号を発見。推進器を損傷して漂流していた乗員八名を救助し、船体も曳航することに成功した。


《任務報酬:310,000Cr/救助加算:90,000Cr/合計:400,000Cr》


 そして三件目は、辺境補給所の臨時警備任務だった。


 アーデントを現地へ派遣し、ジェイドが指揮を執る。ユウはアストライアで別の短期調査任務を担当し、初めて二隻が別々の依頼を同時にこなすことになった。


『こちらアーデント。警備任務、問題なく終了した』


 ジェイドからの通信に、ユウは笑った。


「お疲れ! こっちも調査終わったよ!」


『そっちはどうだった?』

「遭難船の残骸を見つけた。依頼主が探してた船だったみたい」


 セラが隣で頷いた。


「二隻を別々に動かせるようになったのは大きいな。収入だけでなく、対応できる依頼の幅も広がった」


「うん。なんか本当に艦隊っぽくなってきた!」


 こうして三週間の間に、ユウたちは計四件の傭兵任務を達成した。大きな戦闘はなかったものの、報酬総額は百三十万Crを超え、艦隊の運用も徐々に安定してきていた。


     *


 HM-417へ帰還したユウを待っていたのは、久しぶりの余裕ある休日だった。


 アーデントは定期点検へ入り、アストライアも冷却系の整備が予定されている。少なくとも二日間は、大きな任務を受ける予定がなかった。


「……休みだ!」


 居住区の食堂で、ユウは両手を広げた。


「大げさだな」

 セラが呆れたように笑う。


「だって、最近ずっと仕事してたじゃん!」

「自分から受けていたんだろう」

「そうなんだけどさ」


 エリナが飲み物を置きながら頷いた。


「いいことですよ。艦長もちゃんと休んでください」


「はい!」


 リアは端末を操作しながら言った。


「私はYD-09の加工設備を見に行こうかな」

「リアさんも休んでください」

 エリナが即座に言う。


「えー!」

「先週も休みの日に整備区画へ行ってましたよね?」

「趣味みたいなものだから!」

「趣味でも休息は必要です」


 ユウは笑った。


「エリナが来てから、みんな健康的になったよね」


 セラが静かに言った。


「特にお前とリアがな」


「……はい」


     *


 その日の午後、ユウはハンナから基地運営の報告を受けていた。


 資源採掘事業は順調だった。オルガの指揮で採掘用作業機が増強され、精錬設備の稼働率も改善している。今月は約十二万Crの販売売上を見込んでおり、関連経費を差し引いても数万Crの利益が残る計算だった。


「おお、増えてる!」


「はい。まだ大きな利益ではありませんが、安定して生産できるようになってきました」


 ハンナが続ける。


「それと、YD-09の加工設備で製造した補修部品を、アーデントの整備に使用できるようになりました。今後は外部調達費用も少しずつ下げられる見込みです」


「いいねえ。基地がどんどん便利になってく」


『資源採掘・精錬・加工の連携によって、施設全体の運用効率が改善しています』


 ガルムの報告に、ユウは満足そうに頷いた。


「この調子なら、いつか基地の利益だけで艦隊を維持できるかな?」


「将来的には可能性があります。ただし、今の生産規模ではまだ遠いですね」


「ですよね」


 ユウは笑いながら端末を閉じた。


 そのときだった。


『緊急警報。第七航路中継施設より防衛要請を受信』


 ガルムの声が、突然変わった。


「……え?」


『未登録船舶三隻が中継施設へ接近。警告を無視して進入しています』


 ユウは立ち上がった。


「何だって!?」


     *


 会議室のモニターに、中継施設の監視映像が表示された。


 長径九・二キロメートルの小惑星。その内部に埋め込まれた古代航路中継施設へ、三隻の武装船が接近している。


 全長百メートル前後の武装警備艦が二隻と、七十メートルほどの高速艇が一隻。いずれも民間船を改造したような外見だが、兵装は明らかに戦闘用だった。


『対象船舶より、施設への接近許可要求を受信しました』


「何て?」


『当施設は放棄された旧採掘設備であり、先着権による調査を開始すると主張しています』


「……いやいや、うちの施設なんだけど!」


『正式な所有権情報を送信しましたが、応答はありません』


 セラが会議室へ入ってきた。


「状況は?」


「中継施設が知らない船に襲われそう!」


 ガルムが続ける。


『対象船舶は施設外部の防衛設備を走査しています。敵対行動の可能性が高いと判断します』


「警備機は?」


『六機が配置されています。ただし、艦艇に対する迎撃能力は限定的です。固定防衛設備二基は稼働していますが、広範囲の戦闘には対応できません』


 セラが腕を組んだ。


「……まずいな。あそこは航路設備がある。破壊されたらHM-417への出入りに影響する」


 ユウはすぐに通信を開いた。


「ジェイド! アーデント動かせる?」


『こちらでも警報を確認した。定期点検中だが、主機はすぐ起動できる。十五分あれば出せる』


「了解! アストライアも出る!」


 リアから通信が入った。


『アストライアの冷却系、点検途中だけど航行には問題ないよ! ただし最大出力での連続戦闘は避けて!』


「分かった!」


 ユウはセラを見た。


「……休み、終わっちゃったね」


 セラが苦笑した。


「残念だったな」


「ほんとだよ!」


     *


 中継施設では、すでに戦闘が始まっていた。


『未登録船舶一隻より砲撃を受けました。外部装甲に軽微な損傷』


 ガルムの報告と同時に、映像の端で閃光が走る。


 敵警備艦の一隻が、中継施設の外部構造物へ向けて砲撃していた。


「……撃ってきたか」


 ユウの表情が引き締まる。


『固定防衛設備一基が反撃を開始。敵艦のシールドへ命中しました』


 中継施設の岩盤から小型砲塔が姿を現し、敵艦へ向けて射撃を行う。しかし、敵艦はシールドで防ぎながら距離を取り、別方向から再び接近してきた。


「……これ、防衛設備二基じゃ厳しいね」


 セラが頷いた。


「相手が三隻いれば、死角を突かれる。中継施設の外部構造を守るには、もっと火力と観測能力が必要だ」


 ユウはアストライアの艦橋へ駆け込んだ。


「アイリス、出港準備!」


『主機起動完了。出港許可取得済みです』


「よし!」


 アストライアがドックを離れ、少し遅れてアーデントも発進した。


     *


 古代航路を通過し、中継施設側へ到着したのは、最初の警報から二十分あまりが経過した頃だった。


 アストライアが航路出口から飛び出すと、正面に三隻の敵艦が映った。


『敵艦三隻を確認。中継施設外部設備に損傷あり』


「ガルム、防衛状況は?」


『固定砲塔一基が損傷。もう一基は稼働中。施設内部の主要設備に被害はありません』


「よかった……!」


 ユウは大きく息を吐いた。


「ジェイド、右の警備艦を頼む! 俺たちは左の一隻を止める!」


『了解! アーデント、戦闘開始!』


 アーデントの艦首連装砲が火を噴いた。


 重い砲撃が敵警備艦のシールドを叩き、敵艦が慌てて旋回する。


 一方、アストライアは左側の警備艦へ急接近した。


『敵艦、こちらを捕捉』


「避ける!」


 敵艦のレーザーがアストライアのシールドをかすめる。ユウは姿勢を変え、相手の側面へ回り込んだ。


「アイリス、兵装を狙って!」


『了解』


 連続射撃が敵艦のシールドを削り、砲塔基部へ直撃した。


『敵艦一、主兵装停止』


「よし!」


 その間に、残る高速艇が中継施設の外部搬入口へ接近していた。


「……あいつ!」


 ユウが声を上げる。


 高速艇の船体側面から、小型の切断装置らしき機器が展開されている。


『敵高速艇、施設外部装甲への接触を試みています』


「ガルム、近づけさせないで!」


『警備機を配置しています。ただし、艦艇の接近阻止は困難です』


 セラがすぐに言った。


「ユウ、あの高速艇を優先しろ! 施設内部へ入られたら面倒だ!」


「了解!」


 アストライアが急旋回し、高速艇へ向かった。


     *


 高速艇はアストライアの接近に気づくと、すぐに加速した。


 だが、速度ではアストライアの方が上だった。


『敵高速艇、逃走行動』


「逃がさない!」


 ユウは相手の進路を予測し、短い射撃を行った。


 最初の一射でシールドを削り、続く射撃が主推進器へ命中する。


『敵高速艇、主推進停止』


 高速艇は姿勢を崩し、そのまま中継施設から離れる方向へ漂っていった。


「よし!」


 その頃、アーデントも敵警備艦を追い詰めていた。


『こちらアーデント。敵艦の主砲を無力化した。降伏勧告を送る』


「了解!」


 ジェイドからの通信の直後、敵艦が武装停止信号を発した。


 残る警備艦も戦闘継続を断念したらしく、施設から離れるように後退を始めた。


「逃げるか?」


 ユウが尋ねると、セラが首を振った。


「深追いする必要はない。まず施設の安全確認だ」


「了解!」


 アストライアとアーデントは中継施設の周辺を警戒しながら、敵艦の動きを監視した。


 敵警備艦一隻は降伏し、高速艇は航行不能。残る一隻は損傷した状態で離脱していった。


     *


 戦闘終了後、ユウたちは中継施設へ入った。


 ガルムの分離端末が出迎え、施設の損傷状況を説明する。


『外部装甲の損傷、三か所。固定防衛設備一基が機能停止。外部通信アンテナ一基破損。主要航路設備に被害はありません』


「……よかった」


 ユウは心底安心した。


「航路が壊れたら、HM-417に帰れなくなるところだった」


『現在の施設設備であれば、航路形成は継続可能です。ただし、外部防衛機能は十分ではありません』


 セラが頷いた。


「今回はこちらがすぐに駆けつけられたからよかった。だが、傭兵任務で遠くへ出ていたら間に合わなかったかもしれん」


「……確かに」


 ジェイドも通信に加わった。


『アーデントが別任務に出ていた場合も同じだな。中継施設だけで一定時間は持ちこたえられるようにする必要がある』


 ユウは損傷した砲塔を見上げた。


「……防衛設備、増やそうか」


 セラが頷いた。


「それだけじゃ足りない。観測範囲を広げて、敵が近づく前に察知できるようにした方がいい」


「なるほど」


『当施設の防衛強化案を提示可能です』


 ガルムが答えた。


「お願い!」


     *


 中継施設の管理室に、ガルムが作成した防衛強化案が表示された。


《中継施設・防衛強化計画》

《固定防衛砲塔:二基 → 六基》

《警備機:六機 → 十二機》

《広域観測センサー:新規三基》

《外部通信設備:冗長化》

《非常用電源:増設》

《航路形成設備:緊急停止・隔離機能強化》

《概算費用:680,000Cr》


「……六十八万?」


 ユウは画面を見つめた。


「高っ!」


 セラが苦笑する。


「艦艇を失うよりは安いだろう」


「それはそうなんだけど……」


 ジェイドが腕を組んだ。


「それでも、これだけでは完全とは言えない。固定砲塔は数が増えても、敵が大型艦を連れてきたら突破される可能性がある」


「じゃあ、どうする?」


「最終的には警備艦を常駐させたいな。百メートル級でも一隻いれば、防衛力はかなり違う」


 ユウは少し考えた。


「……三隻目?」


 セラがすぐに言った。


「今すぐ買う話じゃないぞ」


「分かってる!」


 リアが通信越しに口を挟んだ。


『でもさ、HM-417の古代防衛設備を移設できないのかな? 使ってない砲塔とか、まだあるんでしょ?』


 ガルムが答えた。


『旧防衛設備の一部について、移設可能性があります。ただし、電力供給と制御系統の改修が必要です』


「おお!」


 ユウは嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、それも検討しよう。新しく全部買うより安くなるかもしれないし!」


 ダリオも通信に加わった。


『中古の警備艇や無人迎撃艇を整備して配置する方法もあるな。固定砲塔だけじゃ、どうしても死角ができる』


「なるほど……」


 ユウは腕を組んだ。


 中継施設はHM-417への唯一の実用的な入口だ。


 ここを守れなければ、どれだけ基地を発展させても意味がない。


「……よし。ここをちゃんとした防衛拠点にしよう」


 セラが頷いた。


「賛成だ」


 ジェイドも笑った。


『艦長、今度は防衛基地まで持つつもりか?』


「いや、もう持ってるんだけどね」


 ユウは苦笑した。


「ただ、守れるようにしないと意味ないじゃん」


     *


 その夜、HM-417へ帰還したユウは、リーネへ今回の襲撃について連絡した。


『中継施設が襲われたの!?』


「うん。幸い大きな被害はなかったけど、防衛設備が一部壊された」


『……正式な所有権が認められたばかりなのに』


「そうなんだよね」


 リーネは少し考えた。


『今回の件、商会側でも調べてみるわ。誰があの施設を狙ったのか、気になるもの』


「お願い」


『それと、防衛強化に必要な部品や設備があれば、商会の取引先を紹介できるわ。費用もできるだけ抑えられるようにする』


「助かる!」


 ユウは少し笑った。


「リーネにはいつも助けられてるね」


『……仕事だからよ』


「分かってるって。でもありがとう」


 通信の向こうで、リーネが小さく笑った。


『どういたしまして』


     *


 翌朝、ユウはハンナと中継施設の防衛予算について話し合っていた。


「六十八万Crの防衛強化計画ですが、古代設備の移設と自前の部品製造を組み合わせれば、費用を抑えられる可能性があります」


「どのくらい?」


「現時点では未確定ですが、四十万Cr台まで削減できるかもしれません。ただし、作業期間は少し長くなります」


「じゃあ、まずは急いで直さないといけないところからだね」


 ハンナが頷いた。


「はい。防衛砲塔の復旧、観測設備の強化、通信の冗長化を優先します」


 ユウは端末を眺めた。


「……しかし、基地を持つと本当にお金がかかるなあ」

「はい。ただし、その分だけ守る価値もあります」

「そうだね」


 ユウは少し笑った。


「もっと稼がないとな」


 セラが隣で言った。


「傭兵任務も大事だが、今回は防衛体制を整えるまで少し慎重に動いた方がいい」


「うん。次の仕事はアストライアだけで受けられるものにしようかな。アーデントはしばらく基地周辺の警備に回してもいいし」


 ジェイドから通信が入った。


『了解。こっちは中継施設の防衛訓練も兼ねて、しばらく周辺警戒を担当する』

「よろしく!」


     *


 その頃、中継施設で拘束された敵艦の乗員たちは、傭兵協会の調査員による事情聴取を受けていた。


 降伏した警備艦の艦長は、当初こそ黙秘していたものの、やがて奇妙なことを口にした。


『俺たちは、ただの施設調査を依頼されただけだ』


 調査員が眉を寄せる。


「武装して砲撃したのに、調査だと?」

『あそこは放棄された旧採掘施設だって聞いてたんだ。中に何があるか調べろって……』

「依頼主は?」

『知らねえ。仲介業者を通して仕事が来た』


 男は少し迷ったあと、続けた。


『ただ、一つだけ妙な条件があった』

「何だ?」

『施設の奥にある古い装置には手を出すなって。そいつが使える状態なら、壊さずに確保しろって言われたんだ』


 調査員は端末に記録を残した。


「……何の装置だ?」

『知らねえよ。ただ、依頼主は場所まで指定してきた。俺たちより、あの施設のことを詳しく知ってたみたいだ』


 その報告は、ほどなくしてユウたちのもとへ届くことになる。

 だが、その時点でユウはまだ知らなかった。

 中継施設を狙った者たちが、単なる宙賊でも、偶然通りかかった調査船でもなかったことを。

 そして、古代航路の存在に気づき始めた者が、少しずつ増えていることを。

最後まで読んで読んでいただきありがとうございます!

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