第55話 航路を守るための投資
中継施設への襲撃から三日後、HM-417の大型ドックには、見慣れない物資コンテナが次々と運び込まれていた。
中身は高出力電力変換装置、長距離観測センサー、通信中継機器、それに中古の艦艇用兵装だった。いずれも中継施設の防衛強化に使用する予定のもので、アルフェリア商会を通じて調達したものだ。
「……思ったよりいっぱい届いたね」
ユウがコンテナの山を眺めていると、ダリオが端末を片手に近づいてきた。
「これでも予定の半分だ。残りは来週になる」
「半分!?」
「ああ。それに、YD-09から移設する古代防衛設備もある。しばらくは忙しくなるぞ」
リアはすでに開封されたコンテナの前でしゃがみ込み、部品を確認していた。
「ユウ! これ見て! 中古だけど状態いいよ!」
「何それ?」
「艦艇用の近接防御砲! これを施設の外部に固定すれば、小型艇くらいなら十分迎撃できると思う!」
ダリオが補足した。
「ただし、単純に取り付ければいいわけじゃない。施設側の電力供給と射撃管制に合わせる必要がある」
「そこはガルムがいるし、大丈夫じゃない?」
『制御系統の統合は可能です。ただし、現代規格の兵装を古代施設へ接続するには、専用の変換装置が必要です』
ガルムの声がドックに響く。
「なるほど。じゃあ、それも作ろう」
「簡単に言うなあ」
ダリオが苦笑した。
「でも、作れるんでしょ?」
「設備と材料があればな。YD-09の加工機が役に立ちそうだ」
ユウは嬉しそうに頷いた。
「やっぱり造船所を見つけておいてよかった!」
*
その日の午後、ユウはセラ、ジェイド、ハンナとともに中継施設の防衛計画を確認していた。
立体映像には、長径九・二キロメートルの小惑星と、その内部に埋め込まれた中継施設が表示されている。外部には二基の固定防衛砲塔が設置されているが、先日の襲撃で一基が破損し、現在は修理中だった。
「まず、今回の問題点を整理しよう」
セラが画面を操作した。
「第一に、敵の接近を発見するのが遅かった。第二に、固定砲塔の数が少なく、複数方向からの攻撃へ対応できなかった。第三に、艦艇を接近させないための機動戦力がなかった」
「……全部だね」
ユウが言う。
「そうだな。だから一つずつ改善する」
ジェイドが次の画面を表示した。
「まず観測設備だ。小惑星の周囲に三基の広域センサーを配置する。これで接近する船を今より早く発見できるはずだ」
「なるほど」
「次に防衛砲塔。既存の二基を修理したうえで、追加四基を設置する。ただし、砲塔を増やしても敵の大型艦を完全に止められるわけじゃない」
ハンナが頷いた。
「そのため、長期的には警備艇の配備も検討しています。現在は購入費用を抑えるため、中古艦の情報収集を進めています」
ユウは少し考えた。
「……それって、また船を買うってこと?」
「そうなりますね」
「おお!」
セラがすぐに言った。
「喜ぶところじゃない。防衛のために必要だから検討しているんだ」
「分かってるって!」
ジェイドが笑った。
「まあ、艦隊を増やすことには違いないな」
「でしょ!」
*
そこへ、リーネから通信が入った。
『ユウ、少しいい?』
「もちろん。何か分かった?」
『中継施設を襲った船の件よ。商会側でも調べてみたんだけど、ちょっと気になる情報があったの』
ユウは姿勢を正した。
「どんな?」
『襲撃に使われた船は、以前は民間警備会社に所属していたものらしいわ。最近になって所有者が何度か変わっているんだけど、最終的な運用者がはっきりしないの』
「……怪しいね」
『ええ。それと、あの船を集めた仲介業者が、過去にも古い施設の調査依頼を扱っていたみたい』
セラが眉を寄せた。
「古代施設を専門に狙っているのか?」
『そこまでは分からない。ただ、依頼された施設の中には、旧航路設備や軍用通信施設も含まれていたわ』
ユウは少し考えた。
「……オルフェウスと関係あるのかな?」
以前、アストライアの情報を狙っていた組織の名前だった。ヘリオスでの襲撃以来、はっきりした動きは確認できていない。
『現時点では断定できません』
アイリスが答える。
『ただし、古代航路設備を正確に指定した点は、通常の施設調査依頼として不自然です』
「だよね」
リーネが続けた。
『商会でも引き続き調べてみるけど、そっちも気をつけて。施設の正式登録が公開されたことで、存在そのものは以前より知られやすくなっているはずだから』
「了解。ありがとう、リーネ」
『それと、防衛設備の調達費用については少し値引きできたわ』
「おお! そっちもありがとう!」
『……そっちの方が嬉しそうね』
「いや、どっちも嬉しいって!」
通信の向こうで、リーネが笑った。
*
中継施設の防衛工事は、翌日から本格的に始まった。
まず、破損した固定砲塔の修理が行われた。続いて、YD-09で再生した古代規格の部品を使い、新たな砲塔基部が製作された。
ガルムは作業機を複数班に分け、外部装甲の補強、電力配線の敷設、センサー設置を並行して進めている。
「……すごいな」
ユウは監視室の映像を眺めていた。
中継施設の外部では、作業機が岩盤を削り、巨大な金属部材を運んでいる。以前は二基しかなかった砲塔が、少しずつ増え始めていた。
『第一追加砲塔の設置完了。制御系統の接続試験を開始します』
「もうできたの?」
『基部の製作と配線工事は事前に進めていました』
「仕事早いねえ」
リアが通信越しに笑った。
『こっちも頑張ってるよ! 次の砲塔も準備できてる!』
「助かる!」
ダリオも続けた。
『ただし、試験が終わるまでは戦闘に使えないぞ。焦るなよ』
「了解!」
その後、三日間で追加砲塔二基が設置され、広域センサーも一基が稼働を開始した。
防衛能力は確実に向上していた。
*
だが、工事を進めるうちに、新しい問題が見つかった。
『艦長、電力供給能力が不足しています』
ガルムの報告に、ユウは首を傾げた。
「え? 砲塔増やしたから?」
『はい。現在の補助電源では、追加砲塔を含む全防衛設備を同時に最大出力で運用できません』
「……なるほど」
ダリオが説明した。
「中継施設の主電源は、航路形成装置を動かすためのものだ。防衛設備へ回せる電力には限りがある」
「じゃあ、電源も増やさないと駄目か」
「そういうことだな」
ユウは少し考えた。
「HM-417に余ってる発電設備とかないの?」
『一部の補助電源装置は転用可能です。ただし、当施設から取り外す場合、他の復旧計画に影響します』
「うーん……」
セラが腕を組んだ。
「防衛設備だけを増やしても、動かせなければ意味がないな」
ジェイドが頷いた。
「それなら、今ある砲塔を確実に動かせるようにする方が先だ。残りの増設は電源を確保してからにしよう」
「そうだね」
ユウは頷いた。
「じゃあ、まずは電源強化を優先しよう。必要な設備があれば買うしかないかな」
ハンナが静かに言った。
「予算は再計算します」
「……お願いします」
*
さらに二日後、中継施設の防衛設備は一段階の強化を終えた。
固定防衛砲塔は四基が稼働し、広域センサー二基が周辺宙域を監視。警備機も十二機へ増強され、施設内部への侵入に備える体制が整えられた。
残る追加砲塔二基は、電源設備の増強後に稼働させる予定となっている。
『現時点での防衛能力評価を更新しました』
ガルムが報告する。
《中継施設防衛能力評価》
《固定防衛砲塔:稼働四基/増設予定二基》
《警備機:十二機》
《広域観測センサー:稼働二基/増設予定一基》
《通信設備:二重化完了》
《非常用電源:増強工事中》
《防衛体制:小規模襲撃への対応能力向上》
「おお!」
ユウは満足そうに頷いた。
「これなら、前みたいな三隻くらいの襲撃なら耐えられるかな?」
セラが少し考えた。
「前回よりは確実に耐えられる。ただし、艦艇による支援が必要になる可能性は残っている」
「やっぱり警備艇かあ」
ジェイドが頷いた。
「そうだな。固定砲塔だけでは相手を追い払えても、逃走や接近を完全に制御するのは難しい。機動戦力があると選択肢が増える」
ユウは少し考えた。
「……じゃあ、やっぱり三隻目を探そうか」
セラが笑った。
「今回は理由がちゃんとしているな」
「いつもちゃんとしてるって!」
『艦長の過去の購入動機には、艦艇の外観に対する好意が多く含まれています』
「アイリス!」
*
その日の夕方、ユウはハンナと資金状況を確認していた。
中継施設の防衛強化には、現時点で約四十五万Crの支出が見込まれている。古代設備の再利用によって当初案より費用は抑えられたものの、決して小さな金額ではなかった。
「でも、必要な投資だよね」
ユウが言うと、ハンナが頷いた。
「はい。中継施設を失えば、HM-417の物流が止まります。防衛費は単なる支出ではなく、事業継続のための投資と考えられます」
「なるほど……」
「ただし、今後も維持費は発生します。警備艇を導入するなら、購入費だけでなく乗員と整備費も必要になります」
「……また人が増えるのか」
「そうですね」
ユウは少し考えた。
「できれば無人で動かせる警備艇がいいなあ」
ハンナが首を傾げた。
「無人艇ですか?」
「うん。ガルムがいるし、無人なら乗員を増やさなくてもいいでしょ?」
ガルムがすぐに答えた。
『小型無人警備艇であれば、当施設の管理システムによる遠隔運用は可能です。ただし、戦闘時の判断と通信妨害への対策が必要です』
「なるほど」
ダリオからも通信が入った。
『無人艇なら、古い船体を改造する方法もあるな。新造するより安く済む可能性がある』
「おお!」
ユウの目が輝いた。
「それ、いいじゃん!」
*
翌朝、ユウは傭兵協会の艦艇売却情報を確認していた。
検索条件は、小型警備艇、中古、修理可能、低価格。
すると、一件の情報が目に留まった。
《中古警備艇売却案件》
《艦種:小型哨戒艇》
《全長:47.6m》
《状態:主推進器故障、兵装一部欠損》
《希望価格:180,000Cr》
「……十八万?」
ユウは身を乗り出した。
「安くない!?」
『艦長、主推進器が故障しています』
「でも修理できるかもしれないじゃん!」
『兵装も一部欠損しています』
「そこはリアとダリオが!」
『追加整備費用が発生します』
「分かってるって!」
ユウはすぐにジェイドへ通信を繋いだ。
「ジェイド! ちょっと見てほしい船がある!」
『……また船か?』
「今度は中継施設の防衛用!」
『なるほど。資料を送ってくれ』
ユウは端末から売却情報を転送した。
しばらくして、ジェイドから返答があった。
『……悪くないかもしれない。船体が無事なら、無人警備艇への改修に使える可能性はある』
「だよね!」
『ただし、現物を確認してからだ。前回みたいに、値段だけで決めるなよ』
「分かってる!」
ユウは笑った。
「よし。三隻目、見に行こう!」
こうして、中継施設の防衛強化計画は、新たな段階へ進み始めた。
今度の目標は、有人の戦闘艦ではなく、施設を守るための無人警備艇。
アストライアとアーデントが遠くで任務を遂行している間も、自分たちの帰る場所を守ってくれる戦力だ。
ユウはその小さな船影を端末に表示し、満足そうに頷いた。
「……こうやって船が増えていくの、楽しいなあ」
『艦長』
「何?」
『購入前に、ハンナの承認を取得してください』
「……はい」
どうやら艦隊を増やすには、傭兵としての腕前だけでなく、会計担当を納得させる能力も必要らしかった。




