↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
50/83

第50話 二隻目の艦長

 アーデントの購入を検討し始めてから、五日が経った。


 その間、ユウたちは何もせずに待っていたわけではない。セラとジェイドは新しい乗員の候補者を探し、リアとダリオは修理計画を詰め、ハンナは毎日のように資金計画を更新していた。


 そしてユウはというと、アーデントの立体模型を眺めていた。


「……やっぱ格好いいなあ」

『艦長、本日の閲覧回数は十七回目です』

「数えなくていいよ」

『購入資金は閲覧回数に比例して増加しません』

「分かってるって!」


 アイリスの容赦ない指摘に、ユウは苦笑した。


 全長百九十一メートルの護衛フリゲート、アーデント。アストライアのおよそ二倍の大きさを持ち、厚い装甲と複数の砲塔を備えた戦闘艦だ。機動性や古代技術ではアストライアに及ばないものの、長時間の護衛任務や複数目標との交戦では、十分な戦力になるはずだった。


 ただし、問題は金と人だった。


「艦長、会議室へお願いします」


 ハンナから通信が入った。


「お、何か進展?」

『購入計画について、皆さんから報告があります』

「了解。すぐ行く!」


     *


 会議室にはセラ、ジェイド、リア、ダリオ、ハンナが集まっていた。リーネも通信で参加している。


「じゃあ、まずはお金の話から」


 ユウが席に着くと、ハンナが資金管理表を表示した。


「今回の艦艇購入に充当できる資金は、現時点で約七十二万Crです。これは基地運営費、給与、必要な設備整備費、緊急予備費を確保した後の金額です」


「七十二万かあ」


「はい。以前の任務で得た収入と、拿捕船の処分益が含まれています」


 ユウは頷いた。


「じゃあ、二百万の船を買うには、まだ百二十八万足りないね」


「その通りです。ただし、価格交渉に進展がありました」


 リーネが通信画面の向こうで微笑んだ。


『ノルド・セキュリティの状況を調べたわ。どうやら、警備契約の打ち切りに伴う清算期限が迫っているみたい』


「ということは?」


『売却を急いでいるの。しかも、アーデントの推進器不具合は、以前から修理を先送りしていたらしいわ』


 ダリオが腕を組んだ。


「やっぱりな。整備履歴を見たときから気になっていたんだ」


『だから、こちらから再交渉してみたの』


「おお!」


 リーネは新しい見積書を表示した。


《アーデント売却条件・再提示》


《当初希望価格:2,400,000Cr》


《前回提示価格:2,000,000Cr》


《再交渉価格:1,650,000Cr》


「……百六十五万!?」


 ユウは思わず立ち上がった。


「三十五万も下がった!」


『ただし、現状引き渡しが条件よ。売却側は追加修理を行わないし、引き渡し後の不具合も原則として買い手負担になるわ』


「なるほど……」


 ジェイドが資料を確認した。


「所有権と整備履歴の問題は?」


『所有権は確認済み。担保や差押えもないわ。ただし、整備履歴には一部欠落があるから、そこは追加検査が必要ね』


 セラが頷いた。


「なら、価格だけで飛びつくのは危険だな」


「うん。ちゃんと調べよう」


 ユウが素直に答えると、リーネは少し驚いたように笑った。


『成長したわね』

「みんなそれ言うんだけど!」


     *


 次に報告したのは、ジェイドだった。


「乗員についてだが、候補者が見つかった」


「本当?」


「ああ。元警備会社の乗員や、傭兵協会に登録している船員を中心に声をかけた。現時点で十五名が面談を希望している」


「十五人!」


「ただし、全員採用するわけじゃない。技能と経歴の確認が必要だし、艦内で協調して働けるかも重要だ」


 セラが補足した。


「アーデントの最少運用人数は十二名だが、それで戦闘任務を継続するのは難しい。当面は二十名前後を目標にしたい」


「二十人かあ……」


 ユウは少し考えた。


「ジェイドが艦長なら、ほかの役職は?」


「副長、航法・通信担当、機関長、兵装担当、それに整備員と警備要員だな」


「副長は誰か候補いる?」


 ジェイドは少し笑った。


「ハンナにお願いできればと思ってる」


「……え?」


 ユウはハンナを見た。


 彼女はいつも通り落ち着いた表情で頷いた。


「お話はいただいています。商会で船舶運航管理を担当していましたので、航法や通信、物資管理の経験はあります」


「でも、基地の管理は?」


「引き継ぎ体制が整えば、常時私がいる必要はありません。ガルムさんもいますし、事務担当の採用を進めれば対応できます」


 ユウは少し考えた。


「……ハンナはどうしたい?」


 彼女は少し意外そうな顔をした。


「私ですか?」


「うん。ジェイドの副長、やりたい?」


 ハンナは数秒考えてから答えた。


「……興味はあります。基地の管理も重要ですが、船に乗って仕事をするのは好きなので」


「じゃあ、いいんじゃない?」


 ジェイドが笑った。


「まだ決まったわけじゃないが、前向きに考えてくれるなら助かる」


「はい。正式に艦が決まったら、改めて相談させてください」


 ユウは満足そうに頷いた。


「よし。少しずつ形になってきたね」


     *


 その日の午後、ユウたちは再びベルクハルトを訪れた。


 今回は購入前の最終検査が目的だった。


 アーデントの機関室では、リアとダリオが推進器制御系を詳しく確認していた。


「……やっぱり、これだね」


 リアが端末の診断結果を示した。


「何が分かった?」

 ユウが尋ねる。


「主推進器そのものは大丈夫そう。問題は冷却制御装置と、出力を調整する制御回路だね」


 ダリオが頷いた。


「メーカーは推進器ユニットごと交換する見積もりを出しているが、そこまでする必要はなさそうだ」


「じゃあ、安く直せる?」


「HM-417で部品を加工できればな。ただし、耐久試験は必要だぞ」


 ユウは嬉しそうに頷いた。


「それはもちろん!」


 続いて、艦首兵装の点検が行われた。


 こちらも砲そのものに大きな問題はなく、給電系統の一部に不具合があることが判明した。配線の更新と制御装置の交換で修理できる見込みだった。


「……思ったより悪くないね」


 リアが笑った。


「うん! むしろ直しがいがある!」


「リアは本当に修理が好きだなあ」


 ダリオは苦笑した。


「だが、こいつの言う通りだ。大きな構造損傷もないし、修理不能な箇所も見つからなかった」


 セラが確認する。


「戦闘システムは?」


「正常だ。ただし古い型式だから、センサーと通信装置は更新したい」


 ジェイドが答えた。


「それなら、運用開始後でも対応できるな」


 最終検査の結果、アーデントは購入候補として十分な状態にあると判断された。


     *


 商談室へ戻ると、オスカーが待っていた。


「いかがでしたか?」


「購入したいと思っています」


 ユウが答えると、オスカーは少し驚いたように笑った。


「それはありがとうございます」


「ただし、条件を確認させてください」


 ユウはリーネから渡された資料を開いた。


「売却価格は百六十五万。現状引き渡し。所有権に問題なし。追加検査で重大な不具合が見つかった場合は、引き渡し前に協議できる。この条件で間違いないですか?」


「はい。合意しております」


「あと、分割払いについては?」


 オスカーは新しい契約案を表示した。


《売買価格:1,650,000Cr》


《頭金:600,000Cr》


《残額:1,050,000Cr》


《返済期間:18か月》


《月額返済:約61,000Cr》


《担保:購入艦艇》


《傭兵任務での使用:許可》


《所有権移転:引き渡し時》


《担保権解除:完済時》


「……月六万一千か」


 ユウは少し考えた。


「これなら、何とかなるかな?」


 ハンナから送られてきた資金計画を確認する。


 頭金六十万を支払っても、運転資金として確保した予備費は残る。ただし、修理費や新規乗員の給与は別途必要になる。


 セラが尋ねた。


「購入後の初期修理費は?」


 ダリオが答える。


「今回の検査結果を反映して、約三十万Crまで下げられる見込みだ。ただし、予備費込みなら三十五万は見ておきたい」


「なるほど」


 ユウは少し考えた。


 安い買い物ではない。


 だが、アーデントを手に入れれば、アストライア一隻では受けられなかった任務にも挑戦できるようになる。


「……買おう」


 ユウが言った。


 セラが頷く。


「決めたか」


「うん。みんなも賛成してくれてるし、資金計画も確認した。あとは俺が決めるだけでしょ?」


 ジェイドが少し笑った。


「その通りだな」


 ユウはオスカーへ向き直った。


「アーデント、購入します」


 オスカーは立ち上がり、手を差し出した。


「ありがとうございます。では、契約手続きを進めましょう」


 ユウはその手を握った。


 こうして、アストライアに続く二隻目の戦闘艦が、正式にユウたちの所有となることが決まった。


     *


 契約手続きが終わったのは、夕方だった。


 アーデントの所有者情報が更新され、傭兵協会への艦艇登録申請も受理された。正式な戦闘運用には整備と乗員の確保が必要だが、引き渡し手続きは完了している。


 ユウたちは再びアーデントの艦橋へ向かった。


「……さて」


 ユウは中央の艦長席を見た。


「ジェイド」


「何だ?」


「座って」


 ジェイドは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。


「またか?」


「今度は本当に俺たちの船だから」


 ジェイドはゆっくりと艦長席へ腰を下ろした。


 広い艦橋にはまだ乗員がおらず、端末の一部も停止している。それでも、艦長席から見える景色は悪くなかった。


「……いいな」


 ジェイドが呟いた。


「でしょ?」


 ユウは笑った。


「じゃあ、正式にお願いしようかな。アーデントの艦長、ジェイドに任せたい」


 ジェイドは立ち上がり、ユウへ向き直った。


「……本当にいいのか?」


「もちろん。俺はアストライアの艦長だし、これから船が増えたら一人じゃ全部見られないから」


 セラも頷いた。


「適任だと思うぞ」


 ジェイドは少しだけ黙ったあと、右手を差し出した。


「分かった。引き受けよう」


 ユウもその手を握った。


「よろしく、ジェイド艦長!」


「こちらこそ、よろしく頼む」


 リアが嬉しそうに声を上げた。


「おめでとう! これからいっぱい修理するね!」


「できれば、修理が必要ない状態にしてほしいんだが」


 ダリオが笑った。


「そこは俺たちに任せろ。ちゃんと動く船にしてやる」


     *


 アーデントをHM-417へ回航する準備は、翌日から始まった。


 主推進器一基は停止していたが、残る推進器と姿勢制御系は使用可能だったため、速度と出力を制限した状態で移動することになった。


 ジェイドが操縦を担当し、セラとダリオが補助。アストライアはユウとリアが乗り込み、護衛として随伴する。


「二隻で並んで飛ぶの、初めてだね!」


 アストライアの艦橋で、ユウは隣を航行するアーデントを眺めていた。


『正式な艦隊登録は未完了ですが、実質的には複数艦による編隊航行です』


「おお、艦隊!」


『二隻です』


「二隻でも艦隊って言っていいじゃん!」


 アイリスは少し間を置いた。


『少なくとも、単艦ではありません』


「そうそう!」


 中継施設へ到着すると、ガルムが航路の接続準備を開始した。


『アーデントの通過について、事前登録を確認しました。機関出力制限を維持したまま、指定位置へ進入してください』


 ジェイドから通信が入る。


『了解。こちらアーデント、航路接続準備完了』


「じゃあ、先に行って。こっちは後ろからついていく」


『了解した』


 アーデントがゆっくりと古代航路の接続領域へ進入した。


 巨大な船体が光に包まれ、次の瞬間には姿を消す。


「……おお」


 ユウは思わず声を漏らした。


「何度見てもすごいな」


『続いてアストライアの通過を開始します』


「了解!」


 こうして二隻は、四・七一光年離れたHM-417へ帰還した。


     *


 アーデントがHM-417のドックへ進入すると、整備区画に集まっていた仲間たちから歓声が上がった。


「でっかい!」


 エリナが思わず呟いた。


「アストライアの倍近いからね!」


 ユウは得意げに答えた。


 ハンナも艦を見上げながら頷いた。


「これがアーデントですか。写真で見るより大きいですね」


 ガルムが静かに報告する。


『第二戦闘艦の入港を確認しました。整備ドックの一部設備を再配置します』


「修理、よろしく!」


『了解しました』


 リアとダリオはすでに整備計画を確認していた。


「まず推進器だね!」

「ああ。その次に給電系統と安全設備を確認する。艦内の古い配線も交換だ」


 ユウは二人に任せ、ジェイドとともにアーデントの艦橋へ向かった。


     *


 その夜、HM-417の会議室では、アーデントの運用計画について話し合いが行われた。


「まずは整備完了まで十日程度を見込んでいます」

 ダリオが報告する。

「その後、試験航行と兵装試験を実施。問題がなければ正式な任務投入が可能になります」


 ジェイドが頷いた。


「乗員についても、採用候補者の面談を進めている。最初は二十名前後で運用し、必要に応じて増員するつもりだ」


「いいね」


 ユウは満足そうに頷いた。


 ハンナが続ける。


「ただし、二隻体制になることで運営費は増えます。アーデントの返済と乗員給与、整備費を含めると、毎月の固定費はかなり大きくなります」


「……ですよね」


 ユウは少し肩を落とした。


「でも、二隻あれば大きな任務も受けられるようになるんでしょ?」


「もちろんだ」

 セラが答える。

「護衛能力も上がるし、複数艦での戦闘にも対応しやすくなる」


 ジェイドも頷いた。


「それに、アーデントは船団護衛に向いている。アストライアは機動力を活かした偵察や迎撃に回れるから、相性はいいはずだ」


「なるほど!」


 ユウは笑った。


「じゃあ、これからは二隻で稼ごう!」


 ハンナが静かに言った。


「はい。ただし、収入が増えるまでは支出を抑える必要があります」


「……頑張ります」


 仲間たちが笑った。


     *


 会議が終わったあと、ユウは一人でドックを眺めていた。


 アストライアとアーデント。


 九十五メートルの古代航路艦と、百九十一メートルの現代護衛フリゲート。


 二隻が並ぶ光景は、想像していた以上に迫力があった。


「……いいなあ」


 ユウは小さく呟いた。


『艦長、満足されていますか?』


 アイリスの声が聞こえた。


「うん。めちゃくちゃ」


『それは何よりです』


「でも、まだ二隻なんだよね」


『はい』


「いつか、もっと増やしたいな。フリゲートも、駆逐艦も、もっと大きい戦艦も」


『艦隊規模の拡大には、相応の資金と人員が必要です』


「分かってるよ。でも、少しずつならできるでしょ?」


『その可能性は十分にあります』


 ユウは笑った。


「よし。次は三隻目だ!」


『艦長』


「何?」


『まずは二隻目の修理費を確保してください』


「……はい」


 巨大なドックに、ユウの苦笑が響いた。


 こうして、小さな傭兵団は二隻の戦闘艦を保有する組織へと成長した。


 ユウの目指す大艦隊には、まだほど遠い。


 だが、その第一歩は確かに踏み出されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。