第49話 中古フリゲートの値段
C級傭兵への昇格を果たした翌日、ユウたちは中古艦の売却を行っている辺境警備会社を訪れていた。
場所はノード・セブンから通常航行で約七時間の位置にある、工業ステーション《ベルクハルト》。複数の整備ドックを備えた中規模の施設で、軍や民間警備会社の中古艦取引も行われている。
「おお、結構大きいステーションだね」
アストライアの艦橋から外を眺めながら、ユウは感心したように呟いた。
「この辺りでは有名な艦艇整備拠点だ」
ジェイドが答える。
「以前、警備会社にいた頃にも何度か来たことがある」
「じゃあ、詳しい?」
「多少はな。ただ、中古艦は同じ型式でも状態がまったく違う。実物を確認しないと何とも言えない」
今回同行しているのは、ユウ、セラ、リア、ジェイド、ダリオの五人だった。エリナはHM-417で医療区画の整備を進めており、ハンナとガルムも基地に残っている。
リアは到着する前から上機嫌だった。
「百九十一メートルのフリゲートだよ! どんな整備区画があるのかな!」
「買う前から修理するつもりなの?」
「中古艦だもん。絶対どこか壊れてるよ!」
「嬉しそうに言うことじゃないと思うんだけど」
ダリオが苦笑した。
「まあ、今回は俺も楽しみだ。古代艦とは違う、現代規格の大型艦だからな。部品の調達はこっちの方が楽なはずだ」
「なるほど。それはいいね」
アストライアは指定されたドックへ向かった。
*
ベルクハルトの商談区画でユウたちを出迎えたのは、灰色の作業服を着た中年の男性だった。
「ようこそ。私はベルクハルト艦艇管理部のオスカー・フェルトです」
「ユウです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。C級傭兵に昇格されたばかりと伺っています。おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
オスカーは端末を操作し、売却対象艦の一覧を表示した。
「今回ご案内するのは、民間警備会社が保有していた護衛フリゲートです。会社の事業縮小に伴い、売却が決定しました」
画面に、細長い艦影が表示された。
《護衛フリゲート アーデント級》
《艦名:アーデント》
《全長:191.4m》
《標準乗員:38名》
《最少運用乗員:12名》
《主兵装:中口径連装砲二基》
《副兵装:近接防御砲六基/小型ミサイル発射機二基》
《現状:主推進器一基停止、艦首兵装一基故障》
《希望売却価格:2,400,000Cr》
ユウは表示を見つめた。
「……標準乗員三十八人?」
「はい。最少運用は十二名ですが、長期間の任務や戦闘運用には、より多くの人員が必要になります」
「うち、今七人しかいないんだけど」
セラが答える。
「全員をこの艦に乗せるわけにもいかんしな」
ジェイドは艦の諸元を確認していた。
「旧式ではあるが、悪くない設計だ。船団護衛を想定した艦だから、防御性能と継戦能力は高いはずだ」
「では、実物をご覧になりますか?」
オスカーの言葉に、ユウは即答した。
「ぜひ!」
*
案内されたドックには、全長百九十一メートルの巨大な艦が停泊していた。
アストライアの約二倍の長さを持つ船体は、細長い艦首と幅広い中央区画を備え、左右に大型の推進器ユニットが配置されている。船体表面には長年の使用による傷や補修跡が見えるものの、全体としてはしっかりした造りだった。
「……でっか」
ユウは思わず呟いた。
「これでもフリゲートだからな」
セラが言う。
「戦艦クラスになれば、もっと大きいぞ」
「いやあ、分かってるけど実際に見ると違うね」
リアはすでに船体の下へ走っていた。
「ユウ! 見て! ここの装甲、結構厚いよ!」
「早いって!」
ダリオも船体を見上げながら頷いた。
「外装の状態は悪くないな。ただ、推進器の補修跡が気になる」
オスカーが説明した。
「三年前に推進器ユニットの交換を行っています。その後、主推進器一基に不具合が発生し、現在は停止状態です」
「修理費は?」
ユウが尋ねる。
「メーカー純正部品を使用する場合、約三十八万Crの見積もりです」
「……高っ!」
ダリオが小さく唸った。
「部品交換だけなら、もう少し安くできるかもしれん。ただし原因次第だな」
リアが勢いよく頷く。
「分解してみたい!」
「まだ買ってないから!」
*
艦内へ入ると、ユウはさらに驚いた。
アストライアとは違い、アーデントの内部には広い通路と多数の区画が存在していた。乗員用の居住区、食堂、整備区画、弾薬庫、医療室、小型艇格納庫。そして艦橋は、アストライアの数倍の広さがあった。
「……すごいな」
ユウは艦橋中央の艦長席を眺めた。
「ここに座ったら、ちょっと偉くなった気分になりそう」
ジェイドが笑った。
「艦長席だからな」
「ジェイド、座ってみたら?」
「俺が?」
「うん。将来的にはこういう艦を任せたいし」
ジェイドは少し驚いた顔をした。
「……本気で言ってるのか?」
「もちろん。俺はアストライアがあるし、セラには戦術面で支えてもらいたい。二隻目の艦長、ジェイドがいいと思ってるんだけど」
セラが頷いた。
「操艦経験もあるし、船団護衛の知識もある。悪くない人選だ」
ジェイドはしばらく艦長席を見つめたあと、ゆっくりと腰を下ろした。
「……なるほど」
少しだけ笑う。
「確かに、悪くないな」
ユウも笑った。
「でしょ?」
しかし、ジェイドはすぐに立ち上がった。
「ただし、船を手に入れてからだ。今はまだ、買えるかどうかも分からない」
「……現実的だね」
*
艦内点検は三時間ほど続いた。
リアとダリオは推進器、兵装、電力系統を確認し、セラとジェイドは艦橋設備や戦闘システムを調査。ユウは各区画を見て回りながら、アストライアとの違いを楽しんでいた。
調査を終えた一行は、商談室へ戻った。
「それで、どうだった?」
ユウが尋ねると、ダリオが端末を開いた。
「結論から言えば、修理すれば十分使える艦だ。ただし、思ったより問題は多い」
「どんな?」
「まず主推進器。完全交換までは必要ない可能性があるが、制御系と冷却系に異常がある。次に艦首兵装。砲そのものより給電系統の故障が疑われる」
リアが補足した。
「あと、船内の配線も古いところがあるね。今すぐ危険ってほどじゃないけど、長く使うなら更新したい」
セラが続ける。
「戦闘システムも旧式だ。標準乗員三十八名の艦を十二名で動かすことはできても、戦闘中の損傷対応まで考えれば不足するだろう」
「なるほど……」
ユウは少し考えた。
「じゃあ、いくらくらいかかる?」
ダリオが概算を表示した。
《推進器制御系修理:約140,000Cr》
《艦首兵装修理:約90,000Cr》
《船内配線・安全設備更新:約110,000Cr》
《その他予備費:約100,000Cr》
《修理概算合計:約440,000Cr》
「四十四万……」
「これはHM-417で修理する前提だ。外部へ依頼すれば、もっと高くなる」
ユウは頭を抱えた。
「船が二百四十万、修理が四十四万……」
「さらに人件費と運用費だな」
セラが言った。
「分かってる! 分かってるけど!」
ジェイドが笑いながら頷いた。
「中古艦は安く買えても、維持費で苦労するからな」
*
商談室で、オスカーがユウたちを待っていた。
「いかがでしたか?」
「いい船ですね。ただ、修理が結構必要そうで」
「その点は承知しています。価格にも反映しておりますが……」
ユウは少し考えてから尋ねた。
「二百四十万って、値下げできません?」
オスカーは苦笑した。
「交渉は可能ですが、どの程度をお考えでしょうか?」
「……百五十万?」
「かなり大胆ですね」
セラが横で小さくため息をついた。
ユウは続けた。
「だって主推進器も兵装も直さなきゃいけないし、乗員も集めなきゃいけないし。修理費だけでも四十四万かかる見込みなんですよ」
「なるほど……」
オスカーは端末を操作し、しばらく考えていた。
「百五十万は難しいですが、二百万までなら検討の余地があります」
「二百万かあ……」
ユウはジェイドを見た。
「どう思う?」
「状態を考えると悪くない。ただ、すぐに決める金額じゃないな」
セラも頷いた。
「少なくとも、整備履歴の詳細と所有権の確認が必要だ」
「ですよね」
オスカーは少し考えてから言った。
「では、こういう方法はいかがでしょう」
「方法?」
「弊社では、売却対象艦の一部について、分割払いと整備契約を組み合わせた譲渡も扱っています。頭金を支払い、残額を一定期間で返済する形です」
ユウの目が輝いた。
「分割払い!」
「はい。ただし審査はありますし、金利も発生します」
ジェイドがすぐに確認した。
「艦の所有権はどうなる?」
「完済までは担保権が設定されます。契約条件によっては運用上の制限もあります」
セラは少し考えた。
「傭兵任務で使用するなら、その制限は慎重に確認する必要があるな」
「なるほど……」
ユウは腕を組んだ。
船は欲しい。だが、勢いだけで契約するわけにはいかない。基地の維持費もあり、人件費も増える。
「……一度持ち帰って検討します」
オスカーは頷いた。
「承知しました。正式な見積書をお送りします」
*
帰りのアストライアでは、ユウがずっと端末を眺めていた。
「……二百万かあ」
セラが呆れたように言った。
「さっきからそればかりだな」
「だって欲しいんだもん」
リアが笑った。
「私も欲しい! あれ、絶対直せるよ!」
ダリオは首を振った。
「直せることと、買っていいことは別だぞ」
「分かってるって!」
ジェイドは少し考えてから口を開いた。
「艦長、俺から一つ提案がある」
「何?」
「購入するなら、まず運用人員を確保しよう。十二名でも最低限動かせるが、戦闘艦として使うには厳しい。少なくとも二十名前後は欲しい」
「そんなに?」
「ああ。操艦、兵装、機関、通信、整備、警備。それぞれに担当が必要だ。それに、長期間の任務では交代要員も必要になる」
「なるほど……」
ユウは少し考えた。
「じゃあ、船を買う前に人を探す?」
「それがいいだろうな」
セラも頷いた。
「艦を手に入れても、動かせなければ意味がない」
「分かった。じゃあ、まずは人員募集だね」
ユウは端末を開いた。
「……どうやって募集するんだろ」
『傭兵協会には、艦艇乗員の求人登録制度があります』
アイリスが答える。
「おお! 便利!」
『ただし、待遇条件と雇用主の信用審査が必要です』
「……また審査か」
*
HM-417へ帰還した翌日、ユウはハンナとリーネを交えて購入計画を相談していた。
「二百万Crの中古フリゲート……ですか」
ハンナは資料を読みながら、少し困った顔をした。
「無理?」
「無理とは言いません。ただし、現時点では慎重に考える必要があります」
リーネも頷いた。
『商会の投資資金は基地開発用だから、艦の購入には使えないわよ』
「分かってるって!」
『ならいいけど』
ハンナは資金管理表を表示した。
「ここ一か月の傭兵任務で、かなりの収入がありました。ただし、基地の運営費と設備整備費も発生しています。全額を艦の購入へ回すことはできません」
「うん」
「ただ、分割払いであれば可能性はあります。問題は、毎月の返済と乗員人件費を含めた運用収支です」
ユウは端末を眺めた。
「……やっぱり稼がないと駄目か」
『その通りよ』
リーネが笑った。
そのとき、ジェイドが別の資料を表示した。
「艦長、少し気になる情報がある」
「何?」
「アーデントを売却しているノルド・セキュリティのことなんだが、どうやら事業縮小だけが理由じゃないらしい」
ユウが顔を上げた。
「どういうこと?」
「外縁警備契約の終了に加えて、最近かなり大きな損失を出している。複数の艦を短期間で売却する必要があるようだ」
「……つまり?」
ジェイドは少し笑った。
「交渉次第では、もっと安く買えるかもしれない」
ユウの目が輝いた。
「おお!」
リーネがため息をついた。
『ユウ、安く買えるかどうかだけで判断しないでね』
「分かってる!」
『本当に?』
「……多分」
ハンナが静かに言った。
「では、私の方で資金計画を作成します。ジェイドさんは必要乗員の募集条件を整理してください」
「了解」
ダリオも頷いた。
「俺は修理計画を詰める。部品の再利用ができれば、もう少し費用を下げられるはずだ」
リアが嬉しそうに手を挙げた。
「私も手伝う!」
「当然だ。お前が一番やる気だろう」
ユウは皆の顔を見回した。
以前なら、大きな買い物は自分一人で悩むしかなかった。
だが今は、資金計画を作る仲間がいて、船の状態を見極める仲間がいて、修理できる仲間がいる。
「……何か、買えそうな気がしてきた」
セラが笑った。
「まだ何も決まっていないぞ」
「分かってる。でも、みんながいれば何とかなりそうじゃん」
リーネが通信画面の向こうで微笑んだ。
『それじゃあ、私も少し調べてみるわ。商会の取引先に、ノルド・セキュリティと付き合いのある会社があるの』
「おお、助かる!」
『ただし、私が交渉するなら条件は厳しく見るからね』
「もちろん!」
ユウはアーデントの立体模型を表示した。
全長百九十一メートルの護衛フリゲート。
アストライアに続く、二隻目の戦闘艦。
まだ手に入れたわけではない。だが、その艦が自分たちのドックに並ぶ光景を想像すると、自然と笑みが浮かんだ。
「よし。何とか手に入れよう!」
ユウの言葉に、仲間たちが頷いた。
小さな傭兵団が初めて大型艦を保有する日は、そう遠くないのかもしれなかった。




