第48話 C級傭兵への道
エリナが正式に仲間となってから、アストライアの生活は少しだけ変わった。
まず、全員に健康診断が実施された。
「艦長、睡眠時間が短すぎます」
「え、そう?」
「平均五時間では足りません。特に戦闘任務の前日は、しっかり休んでください」
「アイリスが操縦を補助してくれるし……」
『補助できる範囲には限界があります。エリナの意見に賛成します』
「……はい」
次に、艦内の救急設備が更新された。医薬品の管理方法も見直され、全員が簡単な応急処置訓練を受けることになった。
そして何より、エリナは仕事をしていない時間でも、仲間たちの様子をよく見ていた。
「リアさん、また食事を抜きましたね?」
「……なんで分かるの?」
「昨日から整備区画に入りっぱなしでしょう?」
「あと少しで終わるところだったんだよ!」
「その言葉、昨日も聞きました」
ユウはその光景を見ながら、セラに小声で話しかけた。
「いい人が入ってくれたね」
「そうだな。お前とリアには特に必要な人材だ」
「俺も?」
「自覚がないのか?」
どうやら医療担当が増えたことで、艦長の自由は少し減ったらしい。
*
それから一か月、アストライアは積極的に傭兵任務を受注した。
最初の仕事は、小規模採掘施設の護衛だった。
採掘船二隻を狙う宙賊艇三隻を発見し、アストライアはそのうち二隻の推進器を破壊。残る一隻は逃走したが、採掘船に被害は出なかった。
《任務達成報酬:112,000Cr》
次は、通信途絶した調査船の捜索だった。
小惑星帯で推進器を損傷した調査船をライラが発見し、アストライアが現場へ急行。乗員六名を救助したうえで船体を曳航し、無事に依頼を完了した。
《任務達成報酬:86,000Cr》
「ライラ、便利すぎない?」
ユウは救助報告書を確認しながら笑った。
『先行観測による探索時間短縮は、今回の任務で約四時間です』
「やっぱり偵察艇があると違うな」
ジェイドが頷く。
「しかも無人で運用できるのが大きい。危険な場所へ先に送り込めるからな」
ライラは普段HM-417で整備を受けているが、必要な任務には随伴させるようになっていた。大型のアストライアでは入りにくい小惑星帯や残骸群でも、観測に特化した小型艇は役に立つ。
さらに別の日には、辺境補給所へ医療物資を運ぶ輸送船の護衛を引き受けた。
途中で輸送船の乗員が急病となったが、エリナが診察して応急対応を行い、目的地まで状態を安定させることができた。現地では医療物資の不足も確認され、リーネが商会へ追加輸送を手配することになった。
《任務達成報酬:74,000Cr》
「傭兵なのに、医療支援までやるんですね」
エリナが笑った。
「困ってる人がいたら助けたいしね」
「……ユウさんらしいです」
「それに、ちゃんと報酬も出たし!」
セラが呆れたように笑った。
「最後の一言がなければ格好良かったんだがな」
*
二週間後、アストライアの任務実績は順調に増えていた。
輸送船護衛、遭難船救助、通信中継施設の警備、宙賊の追跡、採掘船の帰還支援。危険度の高い戦闘任務だけでなく、輸送や救助を含む幅広い仕事を受けることで、傭兵協会からの評価も少しずつ上がっていった。
その中でも、大きな実績となったのが、外縁航路で発生した宙賊集団の討伐任務だった。
対象は武装艦六隻を保有する宙賊団。複数の輸送船を襲撃し、乗員を拘束して身代金を要求していた。
アストライア単独での対応は難しいため、カイル率いるグレイホークと共同で任務を受けることになった。
『ユウ、今回はお前らに側面から回り込んでもらう。正面は俺たちが引き受ける』
通信画面のカイルが作戦図を示した。
「了解です。狙うのは推進器ですか?」
『逃走しそうな艦はな。ただし、人質を積んでいる船は慎重に扱え。どこに乗せられているか分からん』
「分かりました」
セラが敵艦の配置を確認する。
「敵の主力は百五十メートル級が二隻。残りは小型艦だ。正面からグレイホークを相手にする間に、こちらが小型艦を無力化する」
ジェイドも頷いた。
「先に敵の観測艇を潰したいな。あれが生きていると、こちらの動きを読まれる」
「よし、それで行こう!」
*
戦闘は二十分ほどで決着した。
グレイホークが正面から敵主力を引きつけ、アストライアはライラの観測情報を利用して小惑星帯を迂回。敵の観測艇を無力化したあと、小型武装艦二隻の兵装と推進器を停止させた。
残る敵艦はグレイホークと交戦したが、指揮艦が大きな損傷を受けると戦意を失い、二隻が降伏した。最後の一隻は逃走を図ったものの、アストライアに進路を遮られ、推進器を破壊されて航行不能となった。
拘束されていた民間人十九名も救助され、任務は成功となった。
《共同任務報酬:286,000Cr》
さらに、拿捕船の処分益も後日分配されることになった。
「二十八万!」
ユウは端末を見ながら満足そうに頷いた。
「今回の戦闘は、かなり上手くいったな」
セラが言う。
「うん。ジェイドの提案もよかったし、ライラも活躍したし」
「艦長の操縦も悪くなかったぞ」
ジェイドが笑う。
「悪くなかったって、もう少し褒めてくれてもいいんじゃない?」
『今回の任務における艦長の操縦評価は、過去の平均を上回っています』
「おお、アイリスが褒めてくれた!」
『ただし、回避行動中に安全余裕を過小評価した場面が二回ありました』
「……最後まで褒めてよ」
*
傭兵活動が順調に進む一方、HM-417の復旧も着実に進んでいた。
ガルムの管理する作業機は三百機を超え、居住区の一部と補給設備の稼働率が改善。中継施設の警備機配置も完了し、登録船舶のみが古代航路へ進入できる運用が定着していた。
YD-09については、リアとダリオが古代の加工設備を一部復旧させ、簡単な補修部品の製造試験を開始している。
ただし、大型艦の建造設備を本格的に動かすには、まだ多くの資材と電力が必要だった。
エレボスに関する記録の解析も続いていたが、航路の安全確認が終わらないため、探索は保留となっている。
リーネからは、商会の追加投資計画が正式な審査段階に入ったという連絡があった。
『順調よ。まずは補給設備と居住区を優先して整備する予定になってるわ』
「助かる!」
『でも、投資資金で戦艦を買うのは禁止だからね』
「まだ何も言ってないじゃん!」
『言いそうだったから』
リーネの予測は、どうやらかなり正確らしい。
*
一か月が経過した頃、アストライアの任務実績は合計十一件に達していた。
そのうち戦闘を伴う任務が五件、救助・捜索が三件、護衛が三件。任務失敗はなく、協会からの評価も安定している。
報酬総額は、追加分配金を含めて約百六十万Cr。もちろん燃料、消耗品、整備費、人件費などの支出も発生しているが、HM-417の当面の運営資金を確保するには十分な成果だった。
ただし、ユウには一つ気になることがあった。
「……結構稼いだのに、あんまりお金増えてない気がする」
HM-417の会議室で、ユウは資金管理表を眺めていた。
「設備投資も進めていますからね」
ハンナが答える。
「あと、新しい人員の採用費用もあります」
エリナが補足した。
「医療設備の整備費も追加されています」
「……なるほど」
ユウは少し考えた。
「船が増えたら、もっと稼げるようになるかな?」
セラが頷く。
「複数艦で受けられる任務は増える。ただし維持費も増えるぞ」
「そこはもう分かってる!」
ジェイドが笑った。
「それでも艦隊を作りたいんだろ?」
「もちろん!」
そのとき、アイリスから通信が入った。
『艦長、傭兵協会より連絡です』
「何?」
『昇格審査の結果が通知されています』
ユウは思わず立ち上がった。
「え、もう!?」
*
ノード・セブンの傭兵協会本部で、ダグラスはユウたちを待っていた。
「来たか、ユウ」
「昇格の件で来ました!」
「分かってる。そんなに慌てるな」
ダグラスは笑いながら端末を操作した。
「この一か月の実績は見事だった。護衛、救助、戦闘任務のいずれも安定している。特に、民間人の救助を伴う任務での評価が高い」
「おお!」
「それに、他の傭兵団との共同任務でも問題はなかった。カイルからも推薦が届いている」
「カイルさんから?」
「ああ。協調性があり、判断も適切。艦の性能に頼りすぎず、状況に応じて戦術を変えられるようになってきた、と書いてあった」
ユウは少し照れたように笑った。
「ありがたいですね」
ダグラスは頷いた。
「というわけで、協会の審査は全項目を通過した」
端末に、新しい登録情報が表示された。
《傭兵協会登録情報更新》
《登録者:ユウ》
《所属艦:アストライア》
《傭兵ランク:D級 → C級》
《昇格認定:完了》
「……おおお!」
ユウは思わず声を上げた。
「C級だ!」
「おめでとう」
セラが笑った。
「よく頑張ったな」
ジェイドも頷く。
「これで受けられる仕事が増えるな」
「やったね、ユウ!」
リアも嬉しそうだった。
エリナは少し笑いながら言った。
「おめでとうございます、艦長。でも、危険な仕事ばかり受けないでくださいね」
「……はい」
ダグラスが苦笑した。
「C級になったからといって、無理な任務を受ける必要はない。むしろ、これからは指揮能力も問われるようになるぞ」
「分かりました!」
ユウは新しい登録情報を眺めた。
E級から始まり、D級へ上がり、ついにC級。
宇宙へ放り出されたばかりの頃には、想像もしていなかったことだった。
*
昇格手続きを終えたあと、ダグラスが一件の情報を表示した。
「そうだ、ユウ。C級になったなら、ちょうどいい話がある」
「何ですか?」
「艦艇の売却案件だ」
ユウの目が輝いた。
「船!?」
「ああ。辺境の警備会社が事業を縮小することになってな。保有していた護衛艦を数隻、売却するらしい」
「何メートルくらい?」
「一番大きいのは百九十メートル級のフリゲートだ。ほかにも百メートル前後の警備艦がある」
ユウはセラとジェイドを見た。
「……これ、ちょうどよくない?」
ジェイドが少し笑った。
「百九十メートルなら、アストライアの約二倍だな」
ダグラスが続けた。
「ただし中古艦だ。整備状態はまちまちだし、購入するなら慎重に確認した方がいい」
「値段は?」
ダグラスは資料を開いた。
《売却対象:護衛フリゲート級》
《全長:191m》
《状態:一部推進器・兵装に修理必要》
《希望売却価格:2,400,000Cr》
ユウは固まった。
「……二百四十万?」
「そうだ」
「高っ!」
「フリゲートだからな」
セラが苦笑した。
「今の手持ちでは難しいな」
ユウはしばらく考えた。
確かに高い。だが、アストライアだけでは受けられない任務も増えてきている。将来的に艦隊を作るなら、いつかは必要な投資だ。
「……これ、もう少し安くならないのかな?」
ダグラスは笑った。
「交渉次第だな。ただし、欲しがる者は他にもいるぞ」
ユウは端末を見つめた。
全長百九十一メートル。
アストライアの倍近い大きさの護衛フリゲート。
その船が、自分たちの艦隊に加わるかもしれない。
「……見に行こうか」
ユウが呟くと、ジェイドが目を丸くした。
「本気か?」
「うん。買えるかどうかは分からないけど、見てみたい」
セラが少し考えてから頷いた。
「現物を確認するだけなら悪くない。状態が良ければ、購入方法を検討する価値はある」
リアはすでに興奮していた。
「行こう! 絶対行こう! 中古艦なら修理もできるし!」
エリナが静かに言った。
「……また仕事が増えそうですね」
ユウは笑った。
「でも、艦隊への第一歩だよ」
*
その日の夜、HM-417の整備区画では、ダリオがユウから送られてきたフリゲートの資料を確認していた。
「百九十一メートルか……」
『購入候補艦の情報ですね』
ガルムが声をかける。
「ああ。艦長が見に行きたいらしい」
『当施設の整備能力であれば、対象艦の修復は一部対応可能です』
「問題は部品と金だな」
ダリオは資料を拡大した。
船体構造は比較的新しく、装甲も厚い。推進器の一部と兵装に修理が必要だが、完全に使用不能というわけではない。
「……悪くない船だ」
『ただし、整備履歴に不明点があります』
「そこは現物を見てからだな」
ダリオは端末を閉じた。
「それにしても、あの艦長は本当に船を増やすつもりなんだな」
『はい』
ガルムは淡々と答えた。
『艦長は将来的に大型艦隊を保有する意向を示しています』
「……その前に、ここのドックをもっと直さないとな」
『同意します』
ダリオは苦笑した。
「まったく、退屈しない職場だ」
こうしてユウは、C級傭兵への昇格を果たした。
そして次の目標は、ついに二隻目の戦闘艦を手に入れること。
小さな傭兵船一隻から始まった物語は、少しずつ艦隊を持つ者の物語へと変わり始めていた。




