第46話 船団護衛と新しい出会い
大型艦建造支援区画YD-09の発見から二日後、アストライアは再びノード・セブンへ向けて出港することになった。
エレボスという名の大型戦闘支援艦については、アイリスとガルムが古代航路の記録を照合している最中だった。艦の規模も現在位置も不明であり、手掛かりとなる座標は未復旧の航路網に繋がっているらしい。
「つまり、今すぐ探しに行くのは無理ってことだね」
『はい。航路の安全性を確認するまでは、探索を推奨しません』
「了解。じゃあ、そっちは任せるよ」
ユウはあっさりと頷いた。大きな艦には興味があるが、今は基地の維持費を稼ぐ方が先だ。何しろ、ハンナが作成した最新の運営予算には、YD-09の調査費用まで追加されていた。
「……また増えてる」
『新規施設の発見に伴う必要経費です』
「発見するたびに貧乏になるの、何とかならない?」
『施設の商業運用開始後は改善する可能性があります』
「早くその日が来てほしいなあ」
今回の任務は、アルフェリア商会が参加する五隻の輸送船団を、外縁の交易拠点ラグナまで護衛するというものだった。護衛艦は三隻で、アストライアのほかに二隻の傭兵艦が参加する。
報酬はアストライアの担当分だけで基本十八万Cr。危険宙域の通過に成功すれば追加三万Crが支払われる。さらに戦闘が発生した場合は、協会規定に基づく危険手当もある。
「二十一万かあ。いい仕事だね」
「戦闘が起きない方がいいんだぞ」
セラが釘を刺す。
「分かってるって。護衛対象が無事なら、それが一番だよ」
今回の任務にはユウ、セラ、ジェイド、リアが参加する。ハンナとダリオはHM-417に残り、ガルムとともに施設運営を継続することになった。
アストライアがドックを離れると、整備区画の通信画面にダリオが映った。
『前部外装の修理は終わってる。今度はぶつけるなよ』
「努力します」
『努力じゃなくて、ぶつけないって言え!』
「分かった! ぶつけない!」
リアが隣で笑った。
「次ぶつけたら、ダリオ本気で怒りそう」
「もう怒ってた気がするんだけど」
*
ノード・セブンの指定集結宙域には、すでに七隻の船が集まっていた。
輸送船五隻は全長百五十から二百メートルほどで、鉱石、精密機器、医療物資などを積載している。護衛艦として待機していたのは、百八十メートル級のフリゲートと、百十メートル級の武装警備艦だった。
「おお、でかいな」
ユウは正面に映るフリゲートを眺めた。
『護衛艦。全長百八十二メートル。傭兵協会登録、C級傭兵団所属』
「グレイホーク……あれ?」
通信が入った。
『おう、ユウじゃねえか! 久しぶりだな!』
画面に映ったのは、以前の任務で顔を合わせたベテラン傭兵、カイルだった。
「カイルさん!」
『元気そうだな。お前も今回の護衛に参加するのか?』
「はい。よろしくお願いします」
『こちらこそな。しかし、あの船でずいぶん活躍してるらしいじゃねえか。協会でも噂になってるぞ』
「え、何の噂?」
『宙賊を捕まえたり、行方不明船を見つけたり、妙な遺跡に首突っ込んだりする変わり者がいるってな』
「最後のは余計じゃない?」
カイルが豪快に笑った。
『今回は俺たちが船団護衛の指揮を執る。そっちは後方警戒を頼みたい』
「了解です」
続いて、もう一隻の警備艦から通信が入った。
『こちら警備艦。艦長のミラ・グレイスです。よろしくお願いします』
画面に映ったのは、三十代半ばほどの女性だった。短く切り揃えた金髪に、落ち着いた表情。軍人というより、経験豊富な船乗りといった雰囲気がある。
「アストライア艦長のユウです。よろしくお願いします」
『あなたが噂のD級傭兵ね』
「……やっぱり噂になってるんだ」
『悪い噂じゃないわよ。少なくとも、救助した乗員からの評判はいいみたい』
ユウは少し安心した。
セラが通信を引き継ぎ、三隻の護衛艦による役割分担を確認する。グレイホークが先頭、ヴァルカンが船団側面、アストライアが後方を担当することになった。
「初めての本格的な船団護衛だな」
ジェイドが言った。
「うん。こういう仕事、もっと増やしたいね」
「なら、まずは今回を成功させないとな」
*
船団が出発して六時間後、アストライアの艦橋ではジェイドが周辺航路の監視を続けていた。
輸送船五隻は速度を揃え、比較的安定した隊形で航行している。護衛艦三隻は周囲を警戒しながら、定期的に位置を変更していた。
「思ったより平和だね」
「護衛任務は平和な方がいい」
セラが答える。
「そうなんだけど、ずっと座ってると眠くなるなあ」
『艦長、休憩を推奨します』
「いや、まだ大丈夫」
ユウが伸びをしたところで、ジェイドが端末を操作した。
「艦長、少し気になる通信がある」
「何?」
「船団の三番船から、医療支援の問い合わせが出てる。乗員の一人が体調を崩したらしい」
「医療支援?」
『三番船より通信要求』
アイリスが報告した。
「繋いで」
画面に映ったのは、疲れた顔をした輸送船の船長だった。
『アストライアの艦長さんですか。突然申し訳ありません。そちらに医療担当者はいますか?』
ユウは一瞬言葉に詰まった。
「……いないです」
『そうですか……』
「どうしたんです?」
『機関員が一人、整備中に負傷しまして。応急処置はしたんですが、状態があまり良くなくて』
セラがすぐに尋ねた。
「負傷の内容は?」
『右腕の深い裂傷と、胸部への打撲です。意識はありますが、呼吸が少し苦しそうで……』
ユウの表情が引き締まった。
「それ、結構まずいんじゃ?」
「可能性はある。船団指揮艦へ連絡しよう」
セラが答えた。
カイルへ状況を伝えると、すぐに返事があった。
『グレイホークにも医療設備はあるが、専門医はいない。ヴァルカンはどうだ?』
ミラが応答する。
『うちも応急処置程度ね。ただ、今回の輸送船団には医療物資の輸送を担当する船があるはずよ』
ジェイドが積荷一覧を確認した。
「五番船だな。医療機器と医薬品を積んでいる」
「そこに医者はいないのかな?」
『確認します』
アイリスが船団通信へ問い合わせた。
数十秒後、返答があった。
『五番船メディアより回答。医療技術者一名が乗船しています。救急医療資格を保有』
「おお!」
ユウはすぐに通信を繋いだ。
*
『こちらメディア。医療担当のエリナ・フォードです』
画面に映ったのは、二十代後半ほどの女性だった。肩まで伸びた栗色の髪を後ろで束ね、白い医療用ジャケットを着ている。落ち着いた声だが、表情には少し緊張が見えた。
「アストライア艦長のユウです。三番船に負傷者がいるんですが、対応できますか?」
『状況は聞いています。胸部打撲と呼吸困難があるなら、早急に診察したいです。可能なら患者をこちらへ移送してください』
「了解です。輸送船同士で移送できるかな?」
セラが首を横に振った。
「航行中の船団で輸送船同士を接近させるのは危険だ。小型艇を使う方がいい」
「ペガサスは基地に置いてきちゃったな」
『アストライアには小型救助艇がありませんが、グレイホークに連絡艇が搭載されています』
「じゃあ、カイルさんにお願いしよう」
カイルは事情を聞くと、すぐに連絡艇の使用を許可してくれた。
『いいぞ。負傷者を放っておくわけにはいかねえからな。ただし船団は止められん。移送中は周辺警戒を強化してくれ』
「了解です!」
アストライアは後方警戒を継続し、グレイホークの連絡艇が三番船へ向かった。
*
負傷者がメディアへ搬送されたのは、それから四十分後だった。
エリナは医療区画で診察を開始し、胸部の画像検査と呼吸状態の確認を行った。通信を通じて状況を聞いていたユウは、思わず眉を寄せた。
『肋骨の骨折があります。肺にも損傷が疑われますが、幸い今のところ循環状態は安定しています。船内の医療設備で処置できそうです』
「よかった……」
ユウは大きく息を吐いた。
『ただ、あと少し遅れていたら危険だったかもしれません。宇宙船の中では、医療設備があっても使える人がいないことが多いんです』
「そうなんですね」
『はい。自動診断装置は便利ですが、すべてを任せられるわけではありませんから』
通信が終わると、ユウはセラを見た。
「……うちにも医療担当、必要だよね」
「必要だな」
「即答だね」
「当然だ。今まで大きな負傷者が出なかったのは運が良かっただけだ」
ジェイドも頷いた。
「艦隊を作るつもりなら、医療担当は必須だ。艦内での事故もあるし、戦闘で負傷者が出る可能性もある」
「だよねえ」
ユウは少し考えた。
「でも、医者って雇えるのかな?」
「条件次第だろう」
セラが答える。
「うちはまだ小さな傭兵団だ。専属医を雇うには待遇も設備も必要になる」
「……またお金か」
『艦長、医療設備の導入費用を概算しますか?』
「いや、今はいい。聞いたら落ち込みそう」
*
船団はその後も順調に航行を続けた。
しかし、目的地ラグナまで残り半日ほどになったところで、アイリスが警告を発した。
『艦長、後方宙域に不審な船影を検出しました』
「何隻?」
『現時点で三隻。小型高速艇と思われます』
ジェイドが星図を拡大する。
「船団の後方から接近してるな。こちらの航路に合わせて速度を変えてる」
「宙賊かな?」
「まだ断定できない」
セラが答える。
「まずはグレイホークに報告だ」
ユウが通信を開くと、カイルがすぐに応答した。
『こっちでも確認した。三隻か。厄介だな』
「どうします?」
『まずは警告する。無視して接近してくるなら、迎撃するしかねえ』
ミラも通信に参加した。
『私の方でも側面を警戒するわ。後方はアストライアに任せる』
「了解!」
アストライアは船団の後方へ位置を移し、不審船との距離を確認した。
『対象三隻、速度上昇』
「やっぱり来るか」
ユウは操縦桿を握った。
『警告通信を送信します』
アイリスが定型の警告文を送信した。
しかし、返答はなかった。
代わりに、三隻の高速艇が一斉に加速した。
『対象船、兵装起動を確認』
「戦闘準備!」
ユウの声に、艦橋の空気が引き締まった。
セラが敵艦の位置を確認する。
「三隻とも小型だ。こちらを引きつけるつもりかもしれん」
「どういうこと?」
「本命が別にいる可能性がある」
その直後、ジェイドが声を上げた。
「艦長、前方にも反応!」
星図の反対側に、新たな船影が現れた。
『前方宙域に武装艦二隻を確認。船団進路上へ移動しています』
「挟み撃ちか!」
カイルから通信が入った。
『ユウ! 後ろの三隻は任せる! こっちは前方の二隻を抑える!』
「了解!」
ユウはアストライアを加速させた。
「アイリス、戦闘準備! ジェイド、敵の動きを見てて!」
「任せろ!」
セラが星図を見ながら言った。
「輸送船を守るのが最優先だ。深追いするなよ」
「分かってる!」
アストライアが船団の後方へ飛び出した。
*
三隻の高速艇は、アストライアを見るなり左右へ散開した。
「速いな!」
ユウが呟く。
『敵艦の推進出力は高水準です。ただし装甲は薄く、武装も小型です』
「じゃあ、近づけさせなければいい」
ユウは敵の進路を確認した。
三隻のうち二隻はアストライアを避けるように左右へ広がり、残る一隻が正面から接近してくる。
「これ、俺たちを引きつけてるね」
「そうだな」
セラが答える。
「二隻は輸送船を狙ってる。正面の一隻は囮だ」
ジェイドがすぐに提案した。
「右の一隻を先に止めよう。あれが一番輸送船に近い」
「了解!」
アストライアが右方向へ加速する。
敵高速艇は回避行動を取ったが、アイリスの照準補助によって進路を予測され、シールドを削られた。
『敵艇右舷シールド消失』
「推進器を!」
短い連射が敵艇の後部を直撃し、主推進器が停止した。
『敵艇一、航行不能』
「よし!」
しかし、残る二隻はその間に輸送船へ接近していた。
「まずい!」
ユウが追撃しようとした瞬間、セラが制止した。
「待て。二隻を追うな。輸送船の前へ回り込め!」
「了解!」
アストライアが大きく旋回し、輸送船団の後方へ戻る。
敵高速艇二隻は輸送船へ向けてレーザーを発射したが、その射線にアストライアが割り込んだ。
『シールド被弾。損傷軽微』
「よし、守れた!」
ジェイドが敵の動きを確認する。
「左の一隻、また回り込むぞ!」
「分かってる!」
ユウは機体を反転させ、接近してきた敵艇へ短い連射を浴びせた。
シールドが崩れ、後部推進器が火花を散らす。
『敵艇二、主推進停止』
残る一隻は急旋回して逃走を始めた。
「逃げるか?」
ユウが追おうとすると、セラが首を横に振った。
「深追いするな。輸送船を守れ」
「……了解」
ユウは追撃をやめ、船団の後方へ戻った。
*
前方では、グレイホークとヴァルカンが武装艦二隻を相手に戦闘を続けていた。
グレイホークは正面の一隻を抑え、ヴァルカンがもう一隻の側面へ回り込んでいる。
『ユウ、後ろはどうだ!』
カイルから通信が入った。
「二隻止めました! 一隻は逃走中です!」
『上出来だ! こっちもあと少しだ!』
その直後、ヴァルカンの砲撃が敵艦の推進器を直撃した。
『敵艦一、航行不能』
残る一隻は戦闘継続を断念したらしく、降伏信号を送信してきた。
こうして、五隻による挟撃は失敗に終わった。
船団側に大きな被害はなく、輸送船五隻はそのままラグナへ向けて航行を続けた。
*
目的地ラグナへ到着したのは、翌朝だった。
船団は無事に港へ入港し、護衛任務は成功となった。
ユウたちは傭兵協会の出張窓口で報酬精算を行った。
《船団護衛基本報酬:180,000Cr/危険宙域通過加算:30,000Cr/敵性船舶制圧加算:24,000Cr/合計:234,000Cr》
「二十三万四千!」
ユウは思わず笑顔になった。
「これで今月の基地維持費は何とかなる!」
「前回の報酬もあるからな」
セラが頷く。
「ようやく少し余裕ができたね」
ジェイドが笑った。
「でも来月も維持費はかかるぞ」
「……言わないで」
そこへ、カイルがやってきた。
「おう、ユウ。いい働きだったな」
「ありがとうございます!」
「お前の船、やっぱり面白いな。あの大きさであれだけ動けるとは思わなかった」
「アイリスのおかげです」
「AIか。優秀だな」
カイルは笑ったあと、少し真面目な顔になった。
「今回の任務で、協会の評価も上がるだろう。C級昇格もそう遠くないかもしれんな」
「おお!」
「ただし、C級になれば受ける仕事の規模も大きくなる。今まで以上に仲間が必要になるぞ」
「そうですね。ちょうど医療担当も欲しいと思ってたところです」
「医療担当か。確かに必要だな」
カイルは少し考えた。
「そういえば、今回の船団に医療技術者が乗っていただろう?」
「エリナさんですね」
「ああ。あの子、以前は辺境医療船で働いてたはずだ。今は輸送船の契約医療担当をしてるらしいが、長期契約ではなかったと思うぞ」
「へえ……」
ユウは少し興味を持った。
「ちょっと話してみようかな」
*
港の医療区画で、ユウはエリナと再会した。
彼女は負傷した機関員の経過観察を終えたところだった。
「あ、アストライアの艦長さん」
「こんにちは。負傷した人はどうですか?」
「順調に回復しています。しばらく安静が必要ですが、命に別状はありません」
「よかった」
ユウは安心して笑った。
「それで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何でしょう?」
「エリナさんって、今は輸送船の医療担当なんですよね?」
「はい。今回の航海だけの契約です」
「じゃあ、次の仕事は決まってます?」
エリナは少し驚いた顔をした。
「……いえ、まだですけど」
「よかったら、うちで働きません?」
「……え?」
ユウは笑顔で続けた。
「アストライアっていう船なんですけど、医療担当がいなくて。これから船も仲間も増やしたいと思ってるので、専門の人が必要なんです」
エリナはしばらくユウを見つめていた。
「……傭兵船ですよね?」
「そうです」
「戦闘もするんですよね?」
「します」
「危険では?」
「危険ですね」
あまりにも正直な返答に、エリナは思わず笑った。
「そこは少し安心させてくれてもいいんじゃないですか?」
「いや、嘘ついても仕方ないので」
エリナは少し考えた。
「……実は、私もそろそろ別の仕事を探そうと思っていたんです」
「そうなんですか?」
「はい。輸送船の契約医療担当だと、患者さんを治療しても次の航海で別の船へ移ることが多くて。できれば、同じ仲間たちの健康を長く見守れる仕事がしたいなって」
「それなら、うちは合ってるかもしれません」
「でも、傭兵船って医療設備が十分じゃないことも多いですよね?」
「……そこは、これから整えます」
ユウは少し考えてから付け加えた。
「あと、実は基地もあるんです」
「基地?」
「はい。古い整備施設を使ってるんですけど、そこにも医療区画があって。まだあまり整備できてないんですが、設備を充実させたいと思ってます」
エリナの表情が変わった。
「医療区画があるんですか?」
「あります。詳しい設備はまだ確認中ですけど」
「……見てみたいです」
「え?」
「その基地を、一度見学させてもらえませんか?」
ユウは笑顔になった。
「もちろん!」
エリナも少し笑った。
「では、見学してから決めさせてください。医療設備と勤務条件を確認したいので」
「了解です!」
こうしてアストライアに、新しい仲間の候補が現れた。
医療担当エリナ・フォード。
彼女が正式に加わるかどうかは、まだ分からない。
だが、ユウたちの艦隊が少しずつ形になっていく中で、戦うためだけではなく、仲間を守るための人材が必要になっていることは確かだった。
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