第45話 眠っていた造船所
HM-417に戻ってからというもの、ユウの朝は忙しくなった。以前なら起きて食事を済ませ、アストライアの状態を確認すれば一日が始まったのだが、今では基地の運営報告が待っている。
「艦長、本日の確認事項は十四件です」
「昨日は二十七件だったから、減ったね!」
「昨日の未処理分が九件あります」
「合計二十三件じゃん!」
「はい。まずは補給倉庫の追加整備についてですが」
「……コーヒー飲んでからでいい?」
「三分でお願いします」
ハンナが立ち去ると、ユウは深いため息をついた。基地を持つというのは、どうやら船の艦長になるのとは別の才能が必要らしい。
『艦長、ガルムより優先度の高い報告があります』
「え、何? またお金?」
『今回は支出ではありません。第三衛星の反対側で発見された人工構造物についてです』
「ああ、昨日の四百八十メートルのやつ?」
『はい。施設名称の一部が判明しました』
ユウの前に、第三衛星の立体地図が現れた。HM-417から衛星の反対側、厚い岩盤の下に、細長い人工構造物が埋まっている。
『第七航路艦隊・大型艦建造支援区画。識別番号YD-09。現在のHM-417管理記録には存在しない施設です』
「大型艦建造……って、船を造るところ?」
『その可能性が高いと判断しています』
「……アイリス」
『はい』
「リア呼んで。あとセラも」
『すでに呼び出しています』
「仕事早いなあ」
ユウは端末に映る四百八十メートルの構造物を見つめた。大型艦建造支援区画。言葉だけでも妙に魅力的だった。
*
「造船所!?」
リアの声が会議室に響いた。
「それって船を造れるってこと!? しかも古代文明の!?」
「落ち着け。まだ何が残っているか分からん」
「でも造船所だよ!? ドックとか製造設備とかあるかもしれないじゃん!」
「だから確認するんだろう」
セラは呆れたように答えたが、ユウもリアと似たような気分だった。つい昨日、大きな戦艦が欲しいと話していたところである。偶然にしては出来すぎている気がした。
「それで、どうやって調べる?」
ジェイドが立体地図を拡大した。
「地下施設なら、入り口があるはずだろう。まずはそこを探すのがよさそうだ」
『ライラによる地表観測では、施設上部に複数の人工構造物を確認しています。ただし、地表から直接進入できるかは不明です』
ガルムの説明に合わせて、地図上に三つの地点が表示された。
『第一候補は旧搬入口。第二候補は作業員用連絡通路。第三候補は大型搬送路ですが、こちらは岩盤崩落によって閉塞しています』
「じゃあ、まずは第一候補だな」
「待て。防衛設備が生きている可能性もある」
セラが言った。
「そうだね。ライラで詳しく調べてから行こう」
ユウが答えると、セラは少しだけ満足そうに頷いた。
「以前なら、すぐ出発すると言っていただろうな」
「俺だって成長するんだよ」
『艦長の危険行動発生率は、直近の任務で依然として高い水準にあります』
「アイリス、余計な分析しなくていいから」
ジェイドが笑いながら立体地図を回転させた。
「ただ、調査する価値は大きい。たとえ造船設備が使えなくても、古代規格の大型艦用部品が残っていれば相当な資産になる」
「それだよね。売るにしても使うにしても、まずは中身を見たい」
リアが勢いよく頷いた。
「絶対行こう!」
*
翌日、ユウたちはペガサスで第三衛星の反対側へ向かった。
全長十九・二メートルの小型連絡艇は、修理後初めての有人航行だった。操縦はジェイドが担当し、ユウ、セラ、リアの四人が乗り込んでいる。ライラは先行して現地の観測を続けていた。
「これ、思ったより快適だね」
ユウは座席に体を預けながら周囲を見回した。ペガサスの船内は狭いが、操縦席の後ろには小さな作業区画があり、救助用の設備も備わっている。
「元々は救難と連絡用の艇だからな。長距離航行には向かないが、基地周辺で使うなら十分だ」
ジェイドが答える。
「アストライアより操縦しやすい?」
「操作系が単純だからな。ただし機動性能は比較にならない。あっちは小型艦とは思えない動きをする」
「やっぱアストライアって優秀なんだね」
『ありがとうございます』
アイリスの声が通信機から聞こえた。
「……ペガサスにもいるの?」
『通信接続しているだけです。艦長が心配ですので』
「俺、そんなに信用ない?」
セラが即答した。
「ない」
「即答やめて!」
しばらくして、ペガサスの前方に巨大なクレーターが現れた。直径は二十キロメートルほど。その中央付近に、岩盤からわずかに突き出した人工構造物が見える。
『こちらライラ。対象施設周辺の観測を完了しました』
アイリスを経由して映像が送られてくる。岩と氷に埋もれた巨大な扉、その周囲には崩れた搬送設備らしき構造物が広がっていた。
「……でかいな」
ユウが呟いた。
扉だけでも幅六十メートル近くある。小型艇なら、そのまま内部へ入れそうな大きさだった。
「大型艦用の搬入口かもしれない」
リアが目を輝かせる。
「いや、四百八十メートルの施設で大型艦を丸ごと建造するのは難しいだろう。部品の製造や組み立てを行う施設じゃないか?」
ジェイドが答えた。
「それでも十分すごいよ!」
ペガサスは扉から少し離れた平坦な場所へ着陸した。
*
四人は宇宙服を着用し、旧搬入口へ向かった。重力は弱く、歩くたびに身体が軽く浮き上がる。ユウはアストライアから持ち出した補助外骨格を装着していたが、慣れない低重力歩行に少し苦労していた。
「これ、歩きにくいな」
「足を上げすぎだ。地面を蹴る力を抑えろ」
セラが教える。
「分かってるつもりなんだけど」
「なら、もう少しゆっくり歩け」
リアは先頭で携帯端末を操作していた。
「ねえ、これ見て!」
彼女が示したのは、搬入口の横に埋め込まれた古代文字だった。
《第七航路艦隊 大型艦建造支援区画 YD-09》
「間違いないね」
ユウは扉を見上げた。
「アイリス、開けられる?」
『施設の認証装置を確認しています。ガルムからも管理権限の照合を試みていますが、現在の施設記録に登録がありません』
「じゃあ、俺の認証は?」
『試す価値はあります。ただし、認証成功が施設の安全を保証するわけではありません』
「了解」
ユウが端末へ手を近づけると、古い装置が微かに発光した。
《認証要求を受信》
《所属識別:第七航路艦隊》
《管理権限照合中》
数秒後、端末に新しい文字が現れた。
《鍵保持者認証》
《暫定管理権限を確認》
《外部搬入口の開放を許可》
「おお、開いた!」
巨大な扉の内部で、低い振動が始まった。
しかし、扉はわずかに動いただけで停止した。
《駆動機構異常》
《補助動力不足》
「……あれ?」
リアがすぐに端末を確認した。
「動力が足りないんだ。扉の駆動装置も傷んでるみたい」
「修理できる?」
「できると思う。でも外からだと大変だね」
セラが周囲を見回した。
「別の入り口を探すか?」
『作業員用連絡通路の位置を再確認しました。現在地点から約八百メートルです』
「じゃあそっちに行こう」
*
連絡通路は、岩盤の裂け目に隠れるように存在していた。大型搬入口と違い、こちらの扉は比較的小さく、幅三メートルほどしかない。
ユウが認証を行うと、今度は問題なく扉が開いた。
「よし!」
内部は真っ暗だったが、宇宙服の照明を点灯すると、細長い通路が奥へ続いているのが見えた。壁面には古代文字の案内板があり、床には長い間使われていない搬送レールが埋め込まれていた。
「……本当に造船所なんだな」
ジェイドが呟く。
「まだ中を見てないよ」
リアが答える。
「いや、こういう施設の作り方は現代の造船所にも似ている。作業員用の通路と搬送路を分けているんだ」
四人は慎重に奥へ進んだ。セラが先頭で安全確認を行い、リアが設備を調査する。ユウはアイリスと通信を維持しながら、周囲の様子を観察していた。
しばらく進むと、通路の先に広い空間が現れた。
「……うわ」
ユウは思わず立ち止まった。
そこは巨大な製造区画だった。
天井からは何本もの大型作業アームが吊り下げられ、床には長い搬送レールが並んでいる。壁面には無数の工具や部品収納庫が設置され、中央には船体構造物を固定するための巨大な支持台があった。
その支持台の上に、一つの構造物が残されていた。
「……船?」
ユウが呟いた。
それは船体の一部だった。
長さ百五十メートルほどの巨大な骨組み。装甲板はほとんど取り付けられておらず、内部構造がむき出しになっている。
「これは……」
リアがゆっくりと近づく。
「大型艦の船体フレームだ」
ジェイドが言った。
「少なくとも百五十メートル以上。ここで組み立て途中だったんだろう」
ユウは巨大な骨組みを見上げた。
「これ、完成させられるかな?」
「待て待て」
セラがすぐに止めた。
「まだ何の船かも分からん。動力も推進器も武装もないんだぞ」
「分かってるけどさ」
ユウは笑った。
「なんか、夢があるじゃん」
リアも同じように笑っていた。
「ある! めちゃくちゃある!」
*
施設の調査は、その後も続いた。
大型製造区画のほかに、部品加工室、資材倉庫、組立支援設備、そして設計データを管理する中枢区画が存在していた。
ただし、設備の多くは停止しており、稼働可能なものはごく一部だった。動力供給も不足しているため、現時点で大型艦を建造することはできない。
「それでも、すごい発見だよ」
リアは端末に次々と記録を保存していた。
「HM-417には整備設備があるけど、こっちは製造設備が中心なんだ。両方使えるようになれば、かなりいろんなことができると思う」
「新しい船も造れる?」
ユウが尋ねる。
「設計図と資材と設備があればね。でも大型艦を一から造るなら、相当な時間とお金がかかるよ」
「……お金か」
ユウは少し肩を落とした。
せっかく造船所を見つけたのに、また金の話である。
ジェイドが笑った。
「艦長、船は簡単には増えないぞ」
「分かってるんだけどねえ」
そのとき、アイリスから通信が入った。
『艦長、施設中枢の一部データを復旧しました』
「何か分かった?」
『当施設は大型艦の新造だけでなく、損傷艦の船体再建や改修も担当していたようです』
「改修?」
『はい。既存艦の船体延長、装甲更新、推進器換装などを行う設備が存在します』
リアが勢いよく振り返った。
「それ! すごいよ!」
「何が?」
「アストライアも改修できるかもしれない!」
ユウは目を丸くした。
「え、アストライアを?」
「そう! 今は九十五メートルくらいだけど、船体を延長したり、格納庫を増やしたりできるかも!」
セラが首を傾げる。
「ただし、古代艦の船体構造は特殊だ。下手に改造すれば性能が落ちる可能性もある」
「もちろん調べてからだよ!」
ユウは少し考えた。
アストライアは今でも十分に優秀な船だ。機動力も高く、アイリスとの連携も良い。無理に大型化する必要はないかもしれない。
「……アストライアは今のままでもいいかな」
リアが驚いた顔をした。
「え?」
「いや、将来的にはもっと大きい船が欲しいけど、アストライアにはアストライアの良さがあるし。大型艦は別に手に入れたい」
セラが頷いた。
「その方がいいだろう。小型の高性能艦は艦隊にとっても貴重だ」
「だよね」
ユウは巨大な船体フレームを見上げた。
「でも、ここが使えるようになれば、いつか大きい船を修理できるかもしれないな」
*
調査を終えたユウたちは、夕方にはHM-417へ帰還した。
会議室では、ハンナとダリオが調査結果を確認していた。
「大型艦建造支援区画、ですか……」
ハンナは資料を読みながら眉を寄せた。
「これを復旧させるとなると、相当な費用が必要ですね」
「やっぱり?」
ユウが尋ねる。
「はい。まずは動力設備と搬送設備、それから製造機械の状態確認が必要です。さらに、施設までの輸送経路も整備しなければなりません」
ダリオが補足した。
「だが、価値はある。部品を外から買うだけじゃなく、自分たちで加工できるようになれば、長期的には整備費を抑えられる」
「それはいいね!」
「ただし、すぐに黒字になるわけじゃないぞ」
「……分かってる」
ハンナは少し考えてから提案した。
「まずは小規模な加工設備だけ復旧させてはどうでしょう。大型艦建造は将来の目標として、当面はHM-417で使う補修部品の製造に活用するんです」
ユウは頷いた。
「いいね。それなら無駄にならない」
『施設の一部設備を復旧させる場合、必要資材の概算を算出できます』
ガルムが答えた。
「お願い。できるだけ安くね」
『費用を最小化する計画を作成します』
ユウは満足そうに頷いた。
「よし。これで少しずつ自給自足に近づけるかな」
リアが笑った。
「いつか自分たちで船を造れるようになったら最高だね!」
「だね。まずは小さいのからかな」
そんな会話をしていると、リーネから通信が入った。
『ユウ、ちょっといい?』
「お、リーネ。どうした?」
『商会の追加投資について、正式な調査チームを派遣する準備が進んでるわ。それと、傭兵協会の方から連絡があったの』
「協会?」
『この前の宙賊船団の件、拿捕船の査定が終わったそうよ』
「おお! 追加報酬!」
ユウは思わず身を乗り出した。
『それだけじゃないわ。あなたの戦闘実績を見て、別の依頼を紹介したいって』
「どんな依頼?」
『アルフェリア商会の輸送船団護衛よ。複数の護衛艦が必要な案件なんだけど、あなたたちに参加してほしいらしいの』
「でも、うちはアストライア一隻だよ?」
『だから、他の傭兵艦と共同で受ける形になるわ』
ユウはセラとジェイドを見た。
「共同任務か」
「いい経験になるだろう」
セラが答える。
「他の艦と連携する機会は、今後の艦隊運用にも役立つ」
ジェイドも頷いた。
「艦隊を作りたいなら、やっておいて損はない」
ユウは少し笑った。
「よし、受けてみようか」
リーネが嬉しそうに答えた。
『じゃあ、詳細を送るわね。報酬も悪くないわよ』
「それが一番大事!」
『……本当に分かりやすいわね』
*
その夜、YD-09の中央管理区画では、ガルムが回収した古代データの解析を続けていた。
施設の管理記録は大部分が失われていたが、製造履歴の一部だけが残っている。
『アイリス。製造履歴に不整合があります』
『どのような不整合ですか』
『当施設の最終稼働記録では、大型艦の建造支援が複数件実施されています。しかし、完成艦の引き渡し記録が存在しません』
『記録の欠損では?』
『その可能性もあります。ただし、最終製造対象の識別番号のみが残されています』
モニターに、古い艦艇識別情報が表示された。
《建造支援対象:大型戦闘支援艦》
《艦艇識別:ERB-01》
《艦名:エレボス》
《最終状態:記録なし》
アイリスはしばらく沈黙した。
『……エレボス』
『該当艦艇に関する情報は、アストライアの現存記録にもありません』
『当施設の製造履歴には、最終作業地点として別の座標が記録されています』
『座標を確認してください』
ガルムがデータを展開すると、第三衛星の周辺宙域ではなく、別の星系を示す古代航路座標が現れた。
『……第七航路網の未復旧区間です』
アイリスは解析結果を保存した。
『艦長への報告が必要ですね』
そして、少しだけ間を置いて付け加えた。
『ただし、現在の艦長に知らせると、すぐに探しに行くと言い出す可能性があります』
『同意します』
二つのAIは、まず航路の安全性を確認することにした。
その頃、ユウは居住区で次の傭兵任務の資料を読んでいた。
「……護衛艦三隻、輸送船五隻か。結構大きい船団だな」
まだ知らない。
自分たちが見つけた古代造船所に、いつか欲しいと思っていた大型艦の手掛かりが眠っていることを。
そして、その艦の名がエレボスであることを。




