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第44話 商会会頭の訪問

 ノード・セブンからHM-417へ戻ったユウを待っていたのは、出迎えの言葉ではなかった。


「艦長、確認事項が二十七件あります」


 着艦したばかりのアストライアの前で、ハンナが端末を片手に立っていた。


「……ただいま」

「お帰りなさい。まずは中継施設の警備機配置について、承認をお願いします」


「帰って五秒なんだけど」

「出港前に承認いただく予定だったものです」

「……俺が悪いやつだ」


 ハンナは淡々と頷いた。


「はい」


 隣でジェイドが笑いをこらえている。


「艦長、人気者だな」

「人気ってこういうことじゃないと思う」


 セラは二人を横目に、そのまま整備区画へ向かった。今回の戦闘で損傷したアストライアの前部外装を確認するためだ。


 リアはすでにダリオと合流している。


「ただいま! 船ぶつけちゃった!」

「何やってんだお前!」


 整備区画からダリオの声が響いた。


「人助け!」

「便利な言葉だな!」


 ユウは聞こえないふりをした。


     *


 臨時事務室では、ガルムが中継施設の復旧状況を報告していた。


『警備機六機の移送完了。作業機十八機を配置。固定防衛設備二基のうち一基は復旧済み、残る一基は四十時間以内に稼働予定です』


「おお、進んでるね」


『航路接続設備の安定化作業も進行中です。現在、登録船舶に限り接続を許可しています』


「じゃあ勝手にHM-417へ来る船はいない?」


『少なくとも、当施設の航路形成設備を使用した無許可侵入は阻止可能です。ただし、外部からの施設発見や直接攻撃を完全に防ぐものではありません』


「そこはセラにも言われたな」


 中継施設は小惑星内部に埋め込まれた古代施設であり、外見だけなら廃棄された採掘設備に近い。だが、今はそこがHM-417へ繋がる唯一の実用航路だった。


「将来的には人も置きたいね」

『常駐人員を配置する場合、生命維持設備および避難設備の復旧を推奨します』


「そっちも必要か」


「それより先に、遠隔監視と補給体制を完成させるべきです」

 ハンナが言った。

「人を増やすと、それだけ生活物資も必要になりますから」


「……人を雇うって大変だなあ」


「はい。ですので承認をお願いします」


 差し出された端末には、まだ二十六件の確認事項が残っていた。


     *


 その日の夕方、ライラの修復が一段落した。


 全長約三十メートルの古代観測支援艇は、外装こそ傷だらけだったが、主推進器と姿勢制御系の復旧が完了している。武装は限定的で、防御性能も高くない。だが、観測機器だけはアストライアに匹敵するほど充実していた。


「すごいよ、これ!」


 リアが整備台の上から手を振った。


「何が?」

「センサー! アストライアと情報を共有できるんだけど、ライラ単独でもかなり広い範囲を調べられる!」


 ダリオが横から補足する。


「ただし戦闘には向かない。機体構造も観測優先だ。無理な機動をさせれば、せっかく直した推進器がまた壊れる」

「了解。偵察専門だね」

『ライラの制御系は、アイリスおよびガルムの双方から遠隔操作が可能です』


 ガルムの説明を受け、ユウは頷いた。


「じゃあ普段は無人運用。必要なときだけ人が乗る感じにしよう」


「それがいいな」

 セラが答える。

「先行偵察や航路確認に使える。わざわざアストライアを危険な場所へ突っ込ませる必要も減る」

「俺、そんなに突っ込んでる?」


 セラとリアが同時に頷いた。


「……そうですか」


 ライラは翌日、HM-417周辺で初めての無人飛行試験を行うことになった。


     *


 翌朝、ユウは観測室の大型モニターを眺めていた。

 画面には、第三衛星の地表が映っている。

 岩と氷に覆われた荒涼とした大地。無数のクレーターと長い亀裂。その地下深くに、HM-417の巨大な施設群が眠っている。


『ライラ、発進準備完了』


「よし。行ってみよう」


 格納庫から小さな船体がゆっくりと浮かび上がった。


 操縦席に人はいない。アイリスが基本航行を担当し、ガルムが施設周辺の観測計画を管理している。


『発進』


 ライラが静かに格納庫を離れ、衛星の地平線へ向けて加速した。


「おお……」


 ユウは思わず声を漏らした。


「何?」

 隣のリアが尋ねる。


「いや、俺たちの船が増えたんだなって」


「ペガサスもあるよ」

「そうなんだけどさ」


 アストライア一隻で始まった宇宙生活だった。それが今では、ライラとペガサスが加わり、基地まで持っている。


「なんか、艦隊っぽくなってきた」


「戦闘艦はまだ一隻だけどな」

 セラが言った。


「そこはこれから!」


 ジェイドが観測画面を拡大する。


「でも、無人偵察艇があるのは大きい。護衛任務でも先行偵察に使えるし、敵の位置を早く把握できれば戦い方が変わる」


「だよね」


『観測データ受信開始』


 ライラから送られてきた情報が、次々とモニターへ表示された。


 地表の地形図、地下空洞の分布、古代施設の外部構造、周辺宙域の微小天体。


 その中に、ガルムが一つの反応を検出した。


『第三衛星の反対側に、未登録の人工構造物を確認』


「……人工構造物?」


 ユウが画面を覗き込む。


『推定全長四百八十メートル。地下に埋設されています』


「でかくない?」


「待て、艦艇とは限らないぞ」

 セラが言う。


『施設構造の可能性が高いと判断します。現時点で稼働反応はありません』


 リアの目が輝いた。


「見に行こう!」


「いや、まずは調べよう」

 ユウが答える。

「いきなり近づいて防衛装置が動いたら困るし」


 セラが少し驚いた顔をした。


「成長したな」


「俺だって学ぶよ!」


『詳細観測を継続します』


 新しい発見に胸が躍ったが、今は別に優先しなければならないことがあった。


 アルフェリア商会の会頭が、今日到着するのだ。


     *


 リーネから連絡が入ったのは、昼過ぎだった。


『ユウ、もうすぐ中継施設へ着くわ』

「了解。こっちは準備できてる」

『本当に?』

「掃除したよ」


『……それだけじゃないでしょうね』

「ハンナが全部やってくれた」

『でしょうね』


 リーネは笑った。


『祖父は少し気難しいところもあるけど、商売の話になればちゃんと聞いてくれる人よ』

「分かった」

『あと、あまり緊張しなくていいから』

「してないよ?」


『……そうなの?』

「うん。別に怒られるようなことしてないし」


 通信の向こうで、リーネが小さく笑った。


『そういうところ、あなたらしいわね』


     *


 会頭を乗せた輸送船がHM-417へ到着したのは、それから二時間後だった。


 中継施設で登録確認を受け、ガルムの管理する航路を通過してきた船は、アストライアより少し大きい百二十メートル級の商用輸送船だった。


 ドックに着艦した船から、リーネと数名の護衛が降りてくる。


 その後ろに、一人の老人がいた。


 白髪をきっちりと撫でつけ、落ち着いた濃紺の上着を着ている。背筋は伸び、年齢を感じさせない鋭い目をしていた。


「ユウ、紹介するわ」


 リーネが老人の隣に立った。


「祖父のレオン・アルフェリア。アルフェリア商会の会頭よ」

「初めまして。ユウです」


 ユウが頭を下げると、老人はしばらく無言でこちらを見ていた。


「……君が、孫娘の言っていた傭兵か」

「はい」

「D級と聞いたが」

「そうです」

「この施設を見つけたのも君か」

「はい。正確には、うちの船とAIのおかげですけど」


 レオンはわずかに眉を上げた。


「ほう」


 そして、巨大なドックを見上げた。


「……なるほど」


 それだけ言って、歩き始める。


「案内してもらおうか」

「了解です」


 ユウはリーネを見る。

 彼女は小さく頷いた。


     *


 レオンの視察は、リーネ以上に細かかった。


 ドックの寸法、補給設備の稼働率、整備機械の種類、現代船との規格互換性、施設の所有権、航路の安全性。質問は途切れることなく続き、ハンナとガルムが交互に回答していく。


「この施設は、現在どの程度まで復旧している?」

『稼働率二九・四パーセント』

「全体を復旧させるには?」

『現時点では正確な期間を算出できません。未調査区画および資材不足の影響が大きいためです』

「正直で結構」


 レオンは頷いた。


「外部船の整備は可能か?」


「小型船なら一部可能です」

 ダリオが答える。

「ただし、現代規格への対応設備がまだ不足しています」


「中型以上は?」


「設備そのものはありますが、今すぐ商業運用できる状態ではありません」


「なるほど」


 レオンは端末に何かを書き込んだ。


 次に案内したのは、居住区と補給倉庫だった。


「生活設備は六十四人分か」


「今使えるところは、です」

 ハンナが答える。

「未復旧区画を含めれば、さらに多くの人員を収容できる可能性があります」


「補給物資は?」


「現状の人数なら当面は問題ありません。ただし、外部船の受け入れを始めるには備蓄が不足しています」


 レオンはまた頷いた。

 ユウは隣のリーネに小声で尋ねた。


「……ずっと質問してるね」

「商人だから」

「リーネも同じだったよね」

「祖父の方がずっと厳しいわよ」

「なるほど」


 その会話が聞こえたのか、レオンが振り返った。


「ユウ君」

「はい」

「君は、この施設をどうしたい?」


 突然の質問だった。


「どうしたい、ですか?」

「そうだ。整備基地として使うのか。商業拠点にするのか。それとも軍事施設として運用するつもりか」


 ユウは少し考えた。


「……全部、ですかね」


 レオンの目が細くなる。


「全部?」


「はい。まずは自分たちの船を整備する基地として使います。でも、設備が直れば外部の船も修理できると思うし、補給拠点にもできる。防衛設備もあるので、ちゃんと守れる場所にしたいです」


「なるほど」


「あと、俺は傭兵を続けるつもりなので、将来的には船を増やして艦隊を作りたいんです。その本拠地にもしたいですね」


 レオンはしばらく黙っていた。


「……随分と欲張りだな」


「そうですね」


 ユウは笑った。


「でも、せっかく手に入れたんで。できることはやってみたいです」


 老人は初めて、わずかに口元を緩めた。


     *


 視察を終えた一行は、臨時会議室へ移動した。

 レオンは席に着くと、リーネへ視線を向けた。


「三十万だったな」


「はい」


「君が先行投資した額だ」


「そうです」

「……少ないな」


 ユウは思わず顔を上げた。


「え?」


 レオンは気にせず続ける。


「この規模の施設を商業拠点へ転用するなら、三十万では話にならん。最低限の物流設備を整えるだけでも足りないだろう」


「それは分かっています」

 リーネが答える。

「だから、まずは可能性を確認するための先行投資にしました」


「判断は悪くない」


 レオンは頷いた。


「だが、ここまでの施設とは思っていなかった」


 そしてユウを見る。


「君は追加投資を受ける気はあるか?」

「条件次第です」


 レオンの目が少し鋭くなった。


「ほう。金は必要だろう?」

「めちゃくちゃ必要です」


 即答だった。

 リーネが小さく吹き出す。


「でも、基地そのものを渡すつもりはないです。俺たちの帰る場所なんで」


 レオンは黙ってユウを見つめた。

 やがて、ゆっくりと頷いた。


「いい答えだ」


     *


「では、こうしよう」


 レオンが端末を操作し、新しい投資案を表示した。


《アルフェリア商会・HM-417開発支援案》

《追加投資予定額:2,000,000Cr》

《用途:物流設備、居住区、補給設備、通信設備、整備区画の商業転用》

《施設所有権:ユウ側に留保》

《商会側権利:優先補給契約、商業区画の優先利用権、将来収益の一部配分》


 ユウは数字を二度見した。


「……二百万?」

「そうだ」

「ゼロ多くないですか?」

「少ないくらいだ」

「……マジか」


 レオンは平然としていた。


「ただし、無条件ではない。正式な権利関係の確認、航路の安全性、収益計画、そして商会内部の承認が必要になる」

「なるほど」

「すぐに全額を渡すわけではない。段階的に投資し、進捗を確認する」


 リーネが補足する。


「つまり、まずは追加調査と計画作成。その後、条件が整った段階で資金を投入する形ね」

「分かった」


 ユウは少し考えてから尋ねた。


「それって、リーネが担当するんですか?」


 レオンが孫娘を見る。


「本人が望むならな」


「もちろん」

 リーネが答えた。

「最初に見つけた案件だもの。最後まで担当したいわ」


「じゃあ安心です」


 ユウがそう言うと、レオンは少しだけ笑った。


「孫娘を随分信用しているようだな」

「はい。今まで何度も助けてもらってますから」


 リーネが一瞬だけ目を逸らした。


「……仕事だからよ」

「分かってるって」


 セラがその様子を見て、小さくため息をついた。


     *


 会談が終わったあと、レオンは一人でドックを眺めていた。

 ユウが近づくと、老人は視線を向けずに口を開いた。


「ユウ君」

「はい」

「君は、この施設の価値をまだ十分に理解していないな」

「……多分そうだと思います」

「正直で結構」


 レオンは巨大な整備アームを見上げた。


「私が若い頃、辺境の補給所一つを手に入れるために、何年も奔走したことがある。設備も人員も不足していたが、航路上の重要な場所だった。それだけで商会の成長を支える資産になった」


「へえ……」

「ここには、その何十倍もの可能性がある」


 老人はユウへ向き直った。


「だが、同時に危険もある。これほどの施設を欲しがる者は必ず現れる。金だけでは守れんぞ」

「分かってます」

「本当に?」


 ユウは少し考えた。


「だから、傭兵を続けます。もっと強くなって、仲間も船も増やしたいんです」


 レオンはしばらくユウを見ていた。


「……なるほど。孫娘が気に入るわけだ」

「え?」

「いや、何でもない」


 老人は楽しそうに笑った。


     *


 会頭一行が帰路についたあと、ユウは会議室で追加投資案を眺めていた。


「二百万かあ……」


「まだ確定じゃないわよ」

 リーネが釘を刺す。


「分かってる。でもすごいね」

「祖父があそこまで前向きになるとは思わなかった」

「リーネのおかげだね」

「あなたがこの施設を見つけたからよ」

「いや、俺だけじゃ無理だったし」


 リーネは少し笑った。


「じゃあ、みんなのおかげね」

「うん」


 ユウは頷いた。


「……ところでさ」

「何?」

「二百万あったら、大きい船買えるかな?」


 リーネが固まった。


「……ユウ」

「はい」

「そのお金は基地の開発資金よ」

「ですよね」

「船が欲しいなら、自分で稼ぎなさい」

「はい!」


 ユウは勢いよく立ち上がった。


「よし、次の傭兵仕事探そう!」


 リーネは呆れたように笑った。


「本当に分かりやすいんだから」


     *


 その夜、HM-417の観測室では、ライラが送信してきたデータの解析が続いていた。


『未登録人工構造物の詳細観測を完了』


 ガルムの報告に、アイリスが応答する。


『構造解析結果を表示してください』


 モニターに、第三衛星の地下構造が映し出された。


 全長約四百八十メートル。細長い中央区画を中心に、複数の大型格納空間が連結している。外部からは岩盤に埋もれて見えないが、内部には人工的な隔壁と搬送路が存在していた。


『第七航路整備拠点の旧式施設構造と部分一致』


『施設名称を照合中』


 数秒後、古代文字が現代語へ変換された。


《第七航路艦隊・大型艦建造支援区画》


《施設識別:YD-09》


《最終稼働記録:不明》


 ガルムが沈黙した。


『……当該区画の存在は、現在の施設管理記録に含まれていません』


『意図的な記録削除の可能性があります』


 アイリスも解析を続ける。


『大型艦建造支援区画……』


 そして、わずかな間を置いて付け加えた。


『艦長が興味を持ちそうですね』


 その頃のユウは、そんな発見があったことも知らず、居住区で次の傭兵依頼を探していた。


「……大型船団護衛か。報酬いいなあ」


 どうやら、欲しいものはまだまだ増えそうだった。

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