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第42話 基地を持つということ

 HM-417に新しい仲間が加わってから、三日が経った。


 その間、ユウが最も驚いたのは、基地の復旧速度でも、新しい仲間たちの働きぶりでもなかった。


 自分が何もしなくても、仕事が進んでいることだった。


「……すごいな」


 居住区に設けられた臨時事務室で、ユウは端末に表示された作業予定表を眺めていた。中継施設の警備設備復旧、ライラの推進系修理、ペガサスの最終点検、居住区の空調整備。昨日まで相談段階だった項目に担当者と期限が設定され、すでにいくつかは完了している。


「普通はこうやって管理するんです」


 隣でハンナが言った。


「今までも管理はしてたよ?」

「ガルムさんが、ですね」

「……はい」


 否定できなかった。


 ハンナは商会で船舶運航管理を担当していただけあって、仕事が早い。施設の復旧状況をガルムから取得し、現代規格の資材管理表へ変換。人員配置、物資消費、今後の補給予定まで、三日で一通り整理してしまった。


「それで艦長、確認していただきたいことがあります」

「お、何?」


「今月の支出見込みです」


 ユウは何の警戒もなく表示を開いた。


《HM-417運営費・初月暫定見積》


 人件費、42,000Cr。


 食料・生活物資、8,600Cr。


 現代規格補修部品、31,500Cr。


 通信・航路設備維持、12,400Cr。


 中継施設警備復旧、68,000Cr。


 ライラ・ペガサス修復追加費、47,000Cr。


 その他予備費、20,000Cr。


《初月支出見込み:229,500Cr》


「…………」


 ユウは端末を閉じた。


「ハンナ」

「はい」

「これ、誰かの見積書と間違えてない?」


「間違えていません」


「桁が一個多くない?」

「多くありません」


「……そっか」


 もう一度開く。


 やっぱり229,500Crだった。


「二十二万?」


「二十二万九千五百です」


「細かいところまで追い込んでくるね」


「大切な数字なので」


 ユウは椅子の背もたれに体を預けた。


「……基地って、お金かかるんだね」


「今さらですか?」


 ハンナの返事は容赦がなかった。


     *


「というわけで、緊急会議です」


 ユウの呼びかけで集まったのは、セラ、リア、ジェイド、ダリオ、ハンナ、そしてリーネだった。ガルムは四脚端末で参加し、アイリスは壁面モニターに通信表示を出している。


「何かあったのか?」

 ジェイドが尋ねる。


「基地が高い」


「……基地が?」

「維持費が」


 ハンナが先ほどの見積書を共有すると、リアが首を傾げた。


「でも三十万も投資してもらったじゃん」

「そうなんだよ。三十万もあると思ってたんだよ」


 ユウは数字を指さした。


「初月で二十二万使うってことは、残り七万じゃん!」


「投資金の全額を使う前提ではありませんよ」


 リーネが苦笑する。


「私の資金は設備整備と立ち上げ費用に優先して使って。日常の運営費まで全部頼られると困るわ」


「ですよねえ」


 セラが腕を組む。


「そもそも施設の規模を考えれば安い方だ。動いている設備は全体の三割にも満たないんだろう?」


『現在稼働率二九・一パーセント』


 ガルムが答えた。


「増えたな」

 ユウが言う。


『復旧作業は計画通り進行しています』


「ということは、もっと動かしたら?」


「もっと費用がかかります」


 ハンナの即答だった。


「……ですよね」


 リアが勢いよく手を挙げる。


「でも古代設備の備蓄資材があるよ! 全部買う必要はないし、作業機だって自分たちで直してる!」


「その点は大きな強みです。ただ、消耗品や現代船との接続部品は外部調達が必要です。それに、備蓄も無限ではありません」


 ダリオが補足した。


「古代規格の部品は再生できるものも多い。だが、今の復旧ペースを続ければ使える資材から先に減っていく。どこかで回収か製造を始めないと、いずれ止まるぞ」


「なるほど……」


 ユウは少し考えた。


「じゃあ、俺たちが稼げばいいのか」


 全員がユウを見る。


「いや、だってそうでしょ。今までだって船の修理代を稼ぐために傭兵やってたんだから、今度は基地の維持費を稼げばいい」


 セラが小さく笑った。


「ようやく本業を思い出したか」


「忘れてないよ! ちょっと基地が面白すぎただけで!」


『直近十日間の傭兵任務受注数はゼロです』


 アイリスが追い打ちをかける。


「数字で殴るのやめて」


     *


「でも、ユウが傭兵任務に戻るのは賛成よ」


 リーネが言った。


「ここを本格的な商業拠点にするには、まだ時間がかかる。現時点で外部船を大量に受け入れるのは危険だし、施設の権利も正式確定していないもの」


「そっちはリーネに任せていい?」

「もちろん。ただし、私も商会の仕事があるから常駐はできないわよ」


「それは分かってる」


 リーネは端末を操作し、傭兵協会の公開依頼一覧を表示した。


「それと、今のうちに傭兵ランクを上げておいた方がいいと思う」


「なんで?」


「信用よ。今はまだ、あなた個人がD級傭兵として活動しているだけ。でも将来、複数の艦を保有して船団護衛や星系警備を請け負うなら、実績が必要になるでしょう?」


「なるほど」


「それに、艦を増やしたいんでしょう?」


「増やしたい」


 即答だった。


「大きいのも?」

「欲しい」


「じゃあなおさらね。船は買って終わりじゃないわよ。乗員も整備費も必要なんだから」


「……そうだった」


 つい先ほど学んだことを、もう忘れかけていた。


 ジェイドが笑う。


「艦長、艦隊を持ちたいのか?」


「うん。いつか大きい戦艦とか空母とか手に入れてさ。何隻も連れて動いてみたい」


「いい目標だな」


「ジェイドも艦長やってみたくない?」


「俺が?」


「そのうち船が増えたら」


 ジェイドは少し意外そうな顔をしたあと、笑った。


「そのときに考えるよ。まずは今の艦で仕事を覚えないとな」


「だな」


 セラが二人を見比べる。


「話を進めるのはいいが、まだ二隻目の戦闘艦もないぞ」


「夢を見るのは無料だから」


「維持費は無料じゃないがな」


「それ今日何回も聞いてる!」


     *


 会議の結果、HM-417の運営方針は大きく二つに分かれた。


 基地の復旧は継続。ただし、当面は航路設備、居住区、補給機能、防衛設備を優先し、急がない区画の修復は後回しにする。


 もう一つは、アストライアの傭兵活動再開だった。


「ジェイドはどうする?」

 ユウが尋ねる。


「乗せてもらえるなら、ぜひ。アストライアの操艦特性も覚えたい」


「決まり。セラ、よろしく」

「お前も教える側になるんだぞ」


「俺が?」


「艦長だろう」


「……そうでした」


 リアも当然のように手を挙げた。


「私も行く!」


「基地の修理は?」


「ダリオがいるし、ガルムもいる。アストライアの整備は私が見たい!」


 ダリオが頷く。


「こっちは任せろ。ただし、帰ってきたらライラの推進器調整を手伝ってもらうぞ」


「了解!」


 ハンナは基地に残り、ガルムと運営管理を担当することになった。中継施設にはガルムの分離端末と警備機を配置する予定で、作業機の移送はすでに始まっている。


「そういえば、ペガサスは?」

 ユウが聞く。


『基本機能の復旧が完了しています。現在、無人航行試験を準備中です』


「おお!」


「ライラはあと二日くらいかな」

 リアが答える。

「遠隔操縦と自律観測は使えるようにするよ。人が乗るのはその後で」


「いいね。帰ってきたら試そう」


 こうして、HM-417の復旧を止めることなく、アストライアは再び外へ出ることになった。


     *


 翌朝、ユウたちは中継施設を経由してノード・セブンへ戻った。


 古代航路の通過自体は問題なく、わずか一分ほどで四・七一光年を移動する。その後、通常航行で傭兵協会の活動圏へ向かった。


「改めて考えると、とんでもない距離だよな」


 ユウが星図を眺めながら呟く。


『通常の亜光速航行では実用的な移動時間に収まりません』


「それが一分か」


「だからこそ中継施設を守る必要がある」

 セラが言った。

「入口を失えば、基地への補給も人員移動も難しくなる」


「うん。あそこはちゃんと強化しよう」


 ジェイドは副操縦席でアストライアの操作系を確認していた。


「この艦、面白いな。古い設計なのに操縦支援が妙に洗練されてる」


『お褒めいただきありがとうございます』


「アイリスが優秀だからね」

『艦長も一定の貢献をしています』


「一定って」


 ジェイドが笑う。


「いいコンビだ」


「まあね」


     *


 ノード・セブンの傭兵協会へ到着すると、受付担当のダグラスが少し驚いた顔をした。


「久しぶりだな、ユウ。最近姿を見なかったが、どこか遠出でもしていたのか?」


「ちょっと基地を見つけて」


「……基地?」


「いや、古い整備施設を」


「お前は本当に、毎回妙なものを見つけてくるな」


 ダグラスはそれ以上追及せず、依頼一覧を開いた。


「今日は何を探してる?」


「報酬が良くて、実績にもなる仕事」


「ずいぶん欲張りだな」


「維持費がね……」


「何の?」


「いろいろ」


 ダグラスは怪訝そうな顔をしたが、すぐに一件の依頼を表示した。


《傭兵協会・D級推奨依頼》


《外縁輸送航路における武装船団の調査・排除》


《依頼主:外縁物流共同組合》


《確認対象:武装船三〜五隻》


《基本報酬:96,000Cr》


《敵性船舶の無力化・拿捕に応じた追加報酬あり》


《協会実績評価対象》


「最近、外縁航路で輸送船が襲われている。単独の宙賊じゃなく、ある程度まとまった連中らしい」


「被害は?」

 セラが聞く。


「輸送船二隻が損傷、一隻が行方不明。乗員の安否も分かっていない」


 ユウの表情が少し引き締まった。


「救助対象がいる可能性は?」


「ある。だから単純な撃沈依頼にはなっていない。調査と救助を優先し、必要なら敵性船を排除する」


 セラが依頼内容を確認する。


「三〜五隻なら、こちらの戦力でも対応可能だ。ただし敵の構成次第だな」


「ジェイドは?」

 ユウが尋ねる。


「俺も同意見だ。護衛対象がいない分、動きやすい。ただし行方不明船が拘束されているなら話は変わる」


「よし」


 ユウは依頼受注の確認画面を開いた。


「これ受けよう」


「即決か?」

 ダグラスが聞く。


「うん。救助できるならしたいし、報酬もいいし」


 少し考えてから付け加える。


「あと、基地の電気代が怖い」


「……何の話だ?」


「こっちの話」


     *


 アストライアが出港準備を進める頃、HM-417ではハンナが新しい運営予算表を作成していた。


「ガルムさん、今月の電力消費見込みを更新してください」


『了解しました』


「中継施設の警備機配備が終わったら、次は補給倉庫の在庫確認です」


『作業機を割り当てます』


 ハンナは端末の数字を見つめ、少しだけ眉を寄せた。


「……この基地、まだ相当お金がかかりそうですね」


『全施設の復旧には長期間を要します』


「でしょうね」


 その横ではダリオが資材搬入の指示を出し、作業機が整然と動いている。以前は静まり返っていた巨大施設に、少しずつ日常の音が戻り始めていた。


 一方、アストライアの艦橋ではユウが出港許可を待っていた。


「さて、久々の傭兵仕事だ」


「久々と言っても十日程度だろう」

 セラが言う。


「基地にいると時間の感覚がおかしくなるんだよ」


『艦長、出港許可が下りました』


「了解。アストライア、出港!」


 艦がゆっくりと港を離れていく。


 ユウは正面の星空を見ながら、少し笑った。


「よし、稼ぐぞ!」


「救助と調査が先だ」

 セラが釘を刺す。


「分かってるって!」


『なお、今回の基本報酬だけでは初月運営費を賄えません』


「アイリス!」


『事実です』


 ジェイドが隣で吹き出した。


 こうしてユウは、宇宙傭兵としての活動を再開した。


 ただし以前とは違い、帰る場所には仲間たちがいて、帰るたびに増えていく設備があり、そして毎月支払わなければならない請求書が待っている。


 どうやら、船一隻で暮らしていた頃よりも、ずっと忙しくなりそうだった。

最後まで読んで読んでいただきありがとうございます!

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