第41話 商人の目
リーネがHM-417へ到着したのは、ライラの修復が始まってから三日後だった。彼女が乗ってきたのはアルフェリア商会所属の小型輸送船で、資材と食料、それにユウが頼んでいた人員候補を三人連れている。
「本当に来た」
『来ると言ったでしょう』
通信越しのリーネは少し呆れていた。
「いや、四・七一光年あるから」
『あなたたちが航路を繋いだんでしょう』
「そうだけど」
『なら使うわよ』
中継施設を経由し、輸送船がHM-417星系へ入ってくる。ガルムが事前登録済みの船舶として認識し、航路接続も問題なく完了した。
『来訪船識別。アルフェリア商会所属』
『敵性反応なし』
「ガルム、ちゃんと迎えてあげてね」
『標準入港処理を実施します』
「歓迎メッセージとかないの?」
『不要と判断』
「そういうところだぞ」
*
リーネはドックへ降りた瞬間から、ほとんど喋らなくなった。
「どうしたの?」
「……ちょっと待って」
巨大な主整備ドック。停止しているものを含めれば複数存在する補助ドック。自律作業機が行き交い、壁面では大型整備アームがアストライアを修復している。
「これ全部使えるの?」
「全部じゃないよ。今動くのは一部」
「一部でこれ?」
「そうらしい」
リーネの表情が変わる。
ユウには見慣れてきた施設でも、初めて見る側には異常な規模らしい。
「居住区は?」
「今使えるところで六十四人」
「補給設備」
「一部稼働」
「整備ドック」
「主ドック一、補助三」
「自動作業機」
「今は二百ちょっとだったかな」
『現在稼働数二一七』
ガルムが訂正する。
「増えてる」
リーネがガルムを見る。
「あなたが管理してるの?」
『施設防衛および一部運用を担当しています』
「防衛は?」
『固定防衛設備五基。警備機動体八機。追加復旧中』
リーネが黙る。
「何?」
「ユウ」
「はい」
「これ、あなた自分が何を持ってるか分かってる?」
「基地?」
「そういう意味じゃないわよ」
やっぱり言われた。
*
視察は三時間続いた。
リーネが最も長く見ていたのは古代技術そのものではなく、整備設備と物流区画だった。補給倉庫、ドック、居住設備、中継施設との航路接続。それらを一つずつ確認し、端末へ何かを書き込んでいく。
「何見てるの?」
「商売になる部分」
「古代技術じゃなくて?」
「それも価値はある。でも私は研究者じゃないもの」
リーネが管理図を表示する。
「例えばここ。今はあなたたちしか使ってないけど、将来外部船の整備を受けられるようになったら?」
「儲かる?」
「かなり」
「補給は?」
「航路の先に活動圏が広がればもっと大きい。ここが唯一の整備拠点なら、燃料、食料、部品、宿泊、全部商売になる」
さらに第三衛星の開発区域を表示する。
「しかも優先開発権まで申請中」
「リーネがやってくれてるやつ」
「そう」
今度は中継施設。
「そして入口をあなたが管理してる」
「今のところね」
「これが一番大きいかもしれない」
「なんで?」
「誰でも勝手に来られないから」
リーネがユウを見る。
「安全性を維持できるなら、ここは辺境じゃなくて独立した経済圏になれる」
「そんな大げさな」
「今はね」
その言い方が少し怖かった。
*
「それで、連れてきた人」
視察が一区切りついたところで、リーネが三人を紹介した。
「ジェイド・クロウ」
最初の男は三十代前半くらい。背は高いが威圧感はなく、短く整えた黒髪に落ち着いた雰囲気がある。
「元民間警備艦乗り。操艦、艦載兵器、船団護衛経験あり」
「ジェイドです。話は聞いてます」
「どこまで?」
「よく分からない船に乗って、よく分からない基地を見つけた人がいると」
「大体合ってる」
次は女性だった。
「ハンナ・ベル」
二十代後半。髪を後ろでまとめ、端末を抱えている。
「航法、通信、商会事務。船舶運航管理もできる」
「ハンナです。よろしくお願いします」
「基地管理も?」
「帳簿、補給、出入港記録、人員管理くらいなら」
「神では?」
「普通です」
リアが小声で言う。
「ユウがやってない仕事全部できるね」
「言い方」
最後は大柄な男だった。
「ダリオ・クランツ。整備と補給」
「ダリオだ。現代規格の船なら大体触れる」
リアが即座に反応する。
「古代規格は?」
「初めてだ」
「楽しいよ」
「その顔見る限り楽しいんだろうな」
「リアと相性よさそう」
ユウが言う。
「そこは見てから判断して」
リーネが返す。
*
三人には最初からHM-417の全情報を見せたわけではない。開示したのは、未登録の旧式整備拠点であること、ユウが暫定管理者になっていること、今後復旧と運営を進める予定であること。その程度だった。
「ここで働く条件は?」
ジェイドが聞く。
「まだ決めてない」
「ユウ」
セラが横から呼ぶ。
「はい」
「人を雇うなら先に決めろ」
「ですよね」
結局、雇用条件の原案はリーネとハンナがその場で作った。
「俺いる?」
「署名する人」
リーネが答える。
「役割重要だな」
ジェイドはアストライア乗員候補。操艦と戦闘補助を担当し、当面はセラの下で動く。ハンナはHM-417の運営事務と航法・通信を兼務。ダリオはリアの補佐として、現代規格設備と補給管理を担当する。
「全員ここ残る?」
ユウが聞く。
ジェイドが施設を見回す。
「俺は残る。普通の警備会社じゃまず触れない仕事だ」
「私も」
ハンナが答える。
「運営体制が何もないのが逆に面白いです」
「褒められてる?」
「多分違う」
ダリオはリアを見る。
「古代設備、触らせてもらえる?」
「壊さないなら」
「それはこっちの台詞だ」
「採用」
リアが即答した。
「俺より決断早いじゃん」
*
人員紹介が終わったあと、リーネがユウを別室へ呼んだ。
「話がある」
「怖いやつ?」
「お金の話」
「聞きます」
反応が早かった。
リーネが笑う。
「あなた、本当に分かりやすいわね」
端末に数字が表示される。
《300,000Cr》
「……何これ?」
「出す」
「誰が?」
「私」
「三十万?」
「先行投資」
ユウは少し黙った。
「リーネそんな金持ちだったの?」
「そこから?」
「いや普通気になるでしょ」
リーネは少し考えてから椅子へ座った。
「ちゃんと話してなかったわね。私、アルフェリア商会会頭の孫なの」
「……孫?」
「そう」
「令嬢?」
「その言い方やめて」
「いや令嬢じゃん」
「一応そうだけど」
ユウはしばらくリーネを見る。
「全然そんな感じしなかった」
「どういう意味?」
「もっとこう、取り巻きとかいるものかと」
「偏見がひどい」
リーネはため息をつく。
「祖父の名前だけで仕事したくなかったから、現場側に出てるの。商会の仕事も覚えたいし、自分で案件を見つけたい」
「それで俺拾った?」
「あなたを拾った覚えはないわよ」
「仕事いっぱい紹介してくれたじゃん」
「それは仕事になると思ったから」
「今も?」
「今はもっとなると思ってる」
リーネの表情が完全に商人のものへ変わった。
*
「投資条件は?」
ユウが聞く。
「拠点の所有権はいらない」
「いいの?」
「むしろ取らない方がいい」
「なんで?」
「この施設があなたを管理者として認証してるから。所有関係を複雑にするより、ユウが管理者のまま商会が経済面を支援した方が価値が出る」
「じゃあ何が欲しい?」
「HM-417での優先補給契約。それと将来、外部向け整備や商業区画を開いた時の優先交渉権」
「それだけ?」
「今はね」
「安くない?」
「三十万でこの拠点の可能性に乗れるなら安いと思ってる」
ユウはセラを見る。いつの間にか同席していた。
「どう思う?」
「条件としては悪くない。所有権を渡さないなら特にな」
「リアは?」
「部品買えるなら賛成」
「判断基準それなんだ」
リーネが続ける。
「用途もある程度決めておきたい」
投資先が一覧表示される。
《中継施設防衛復旧》
《HM-417居住設備》
《通信中継設備》
《整備資材》
《人員雇用費》
《ライラ・ペガサス修復》
「全部必要だね」
「だから出すの」
「返済は?」
「融資じゃないわ。投資」
「失敗したら?」
「私が損する」
「それ怖くない?」
「怖いわよ」
リーネはあっさり答えた。
「でも、それ以上に面白い」
*
その日のうちに、中継施設の復旧計画も更新された。
ガルムの分離管理端末一基。
小型警備機六機。
作業機十八機。
固定防衛設備二基。
航路形成設備の常時監視。
HM-417との定期通信同期。
「これでかなり固くなる?」
ユウが聞く。
『小規模侵入への対応能力は大幅に向上します』
「オルフェウス級は?」
『不足』
「正直だなあ」
セラが答える。
「そこまで一気に備える必要はない。今は入口を誰でも使える状態にしない方が重要だ」
「航路は?」
『登録船舶のみ接続許可へ変更可能』
ガルムが答える。
「それで」
《航路接続規則更新》
《未登録船舶 接続拒否》
《管理者承認時のみ例外許可》
「これでHM-417の場所も少し守れる」
「少し?」
ユウが聞く。
「絶対はない」
セラが言う。
「でも何もしないよりは遥かにいい」
*
翌日から、HM-417の中に人の声が増えた。
ジェイドはセラとアストライアの操艦記録を確認し、ハンナは今まで存在しなかった出入港台帳と資材管理表を作り始める。ダリオはリアと一緒に整備区画へ入り、現代規格部品の整理を始めた。
「一気に会社っぽくなった」
ユウが言う。
「六人で会社は早いだろ」
セラが答える。
「ガルムもいる」
『人数には含めなくて構いません』
「本人が拒否してる」
リーネも数日はHM-417へ滞在することになった。商業利用の可能性と、追加投資に必要な資料を集めるためらしい。
「追加もあるの?」
「場合によっては」
「三十万より?」
「それは祖父を説得してから」
「会頭?」
「そう」
「俺会うの?」
「そのうち」
「怖いな」
「たぶん向こうも同じこと思うわよ」
*
夕方、ユウはドックを見下ろせる通路に立っていた。
アストライア。
修復中のライラ。
ペガサス。
動き回る作業機。
新しく加わった人たち。
数週間前までは、自分とアイリスしかいなかった。
「増えたなあ」
隣に来たリーネが同じ景色を見る。
「まだ始まったばかりよ」
「もっと増える?」
「増やすんでしょう?」
「そうなるかな」
リーネが少し笑う。
「そのうちここ、あなた一人じゃ把握できなくなるわよ」
「もう若干そうなってる」
「早すぎ」
ユウも笑った。
船を直すために始めた傭兵生活は、いつの間にか船だけでは済まなくなっている。
仲間が増えた。
基地ができた。
商人まで投資を始めた。
それでもユウ自身は、まだD級の宇宙傭兵だった。
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