第40話 漂流する観測艇
翌朝、アストライアはHM-417を離れ、前日に見つけた人工物反応へ向かった。基地にはガルムが残り、防衛設備と修復作業を継続している。ユウたちが星系内を留守にしても拠点が無人にならないというだけで、以前とは安心感がまるで違った。
「こういう時ガルムいると便利だね」
『当然です』
「褒めたのに」
『評価として受領しました』
通信越しでも相変わらずだった。
リアはアストライアの状態を確認しながら満足そうにしている。
「やっぱり動き違うね。電力も冷却も安定してる」
「そんな分かる?」
「私は分かる」
「俺は旋回が軽くなったくらい」
「艦長なんだからもっと船を感じて」
「精神論になってない?」
セラが戦術席から口を挟む。
「操艦する側としてはユウの感覚で十分だ。異常を感じたらリアに投げろ」
「ほら」
「ただし警告表示くらいは読め」
「はい」
*
二時間弱で目標がセンサー圏へ入った。
『人工物を視認可能距離で捕捉』
「出して」
正面画面に船影が映る。
「思ったより小さい」
ユウが言った。
全長は三十メートルほど。細長い船体の左右に観測装置らしい張り出しがあり、後部には推進器が四基並んでいる。外装は暗く変色し、一部が剥離していたが、船体そのものは形を保っていた。
「軍艦には見えないね」
「武装反応もほとんどない」
セラが答える。
『船体照合率更新』
《旧航路開拓艦隊規格 一致率九一パーセント》
「上がった」
「近づいて情報増えたからだろ」
『微弱電源反応を確認』
「通信できる?」
『呼びかけます』
アイリスが複数の方式で通信を送る。しかし返答はない。
「生命反応は?」
『確認できません』
「無人?」
『断定不能。船体内部の遮蔽により精度が低下しています』
セラが船影を見る。
「まず周回して外から確認する。いきなり接舷するな」
「了解」
アストライアは距離を保ったまま一周する。戦闘痕らしい大穴はないが、左後部に大きな損傷があり、その周辺だけ外装が焼けていた。
「事故?」
リアが拡大する。
「推進器一基が吹いたように見える。そこから電力系統まで巻き込んだのかも」
『識別信号の一部を復元』
画面に文字が出る。
《長距離観測支援艇》
《識別番号 OSV-12》
《固有名 LYRA》
「ライラ?」
『読みとしては妥当です』
「HM-417の船?」
『施設記録を検索します』
少し間がある。
『登録を確認』
《LYRA》
《第七航路開拓群》
《観測・航路測定支援艇》
「本当に仲間だったんだ」
ユウがアストライアの船体情報と並べて見る。大きさも用途も全く違う。それでも同じ規格で作られた部分があるらしく、構造材や接続方式には共通点が多い。
「ガルム、ライラ知ってる?」
『記録照合中』
HM-417から返答が来る。
『登録確認。LYRAはHM-417所属支援艇ではありません』
「じゃあどこ所属?」
『ASTRAIAと同一行動群に登録されています』
艦橋が静かになった。
「アストライアと一緒に飛んでた?」
『旧記録上は』
ユウは目の前の小さな船を見る。
「それがなんでここにいるんだろ」
『回答不能』
*
危険反応がないことを確認し、アストライアを接舷させる。
今回はユウとリアが船内へ入り、セラはアストライア側に残った。
「何かあったらすぐ戻れ」
「了解」
「勝手に奥へ行くな」
「分かってる」
「見つけた物を勝手に触るな」
「それリアに言って」
「二人ともだ」
リアが不満そうにする。
「私そんな信用ない?」
「未知の機械を見ると顔が変わる」
「否定できない」
ライラのエアロックは外部電源を繋ぐことで開いた。中は暗いが気密は残っている。
「空気は?」
『呼吸可能。ただし長期停滞状態のため装備継続を推奨』
「そのまま行こう」
内部はアストライアより狭い。通路も最低限で、居住設備らしいものはほとんどなかった。
「何人乗り?」
『設計情報を部分取得。標準乗員四名』
「今はいない?」
『生体反応なし』
艦橋へ着く。
座席は四つ。誰もいない。
「死体もないね」
「脱出したのかな」
リアが主端末へ接続する。
「電源入れるよ?」
『外部給電を制限状態で実施可能』
「やって」
数秒後、艦橋へ薄い照明が戻った。
《LYRA》
《非常停止状態》
《主推進器 使用不能》
《生命維持 休止》
《航法記録 損傷》
「動かせる?」
ユウが聞く。
リアが診断を進める。
「今すぐは無理。左後部の推進系がかなり壊れてる。でもHM-417まで曳航できれば直せるかも」
「持って帰れる?」
『アストライアによる曳航は可能です』
「じゃあ持って帰ろう」
セラの声が通信から飛んできた。
『即決する前に記録調べろ』
「聞いてた?」
『通信繋いでるんだから当たり前だ』
「はい」
*
ライラの航法記録は大半が破損していた。それでも、最後の数時間分だけ断片的に残っている。
《航路固定喪失》
《母艦との接続不能》
《帰還経路消失》
「母艦?」
ユウが反応する。
『詳細記録破損』
さらに表示が続く。
《観測データ退避》
《自動帰投失敗》
《HM-417緊急座標へ航行》
「ここへ帰ろうとしてた?」
「そう見えるね」
リアが言う。
《推進器損傷》
《航行継続不能》
《乗員退避》
「やっぱり逃げたんだ」
最後の記録には脱出艇発進が残っていた。
「脱出艇は?」
『搭載艇記録なし。非常用脱出カプセル四基が発射されています』
「どこ行った?」
『航跡情報破損』
セラが通信越しに言う。
『今から探して見つかる可能性は低い。年代すら分からないからな』
ユウも分かっていた。
「うん」
それでも少しだけ気分が重くなる。
この船に乗っていた四人も、アストライアと同じ航路開拓群にいた。その人たちがどうなったのかは、今のところ分からない。
*
記録の奥に、一つだけ別系統の保存領域が見つかった。
「これ何?」
リアが開こうとする。
『観測データ保護領域』
「読める?」
『AIRI-S権限を要求しています』
「アイリス?」
『接続します』
アストライア側から認証信号が送られる。
《AIRI-S確認》
《観測記録移譲》
大量のデータがアストライアへ転送され始めた。
「何入ってる?」
『解析中』
数分後。
『星図情報を確認』
「この辺?」
『一部は現在位置周辺です。ただし複数の記録が現代星図と一致しません』
「また古すぎる?」
『可能性があります』
さらにアイリスの声が変わる。
『艦長。一件、重要と思われる記録があります』
「何?」
星図が表示される。
HM-417。
旧中継施設。
その周囲に、いくつもの航路線が伸びている。
「こんなにあったの?」
『旧記録上では、HM-417は単独の整備拠点ではありません。複数航路の接続点として機能していたようです』
ユウは表示を見る。
航路は七本。
そのうち六本は途中で切れている。
一つだけ、アストライアが通ってきた航路へ繋がっていた。
「これが第七?」
『可能性が高いと判断します』
「じゃあ第七って基地の番号じゃない?」
『第七航路開拓群、あるいは第七系統航路網を示している可能性があります』
セラが通信越しに言う。
『一つ謎が減って、二つ増えたな』
「いつものことだね」
*
ライラを曳航してHM-417へ戻る。
全長三十メートルとはいえ、アストライアの後ろに船が一隻増えると妙な気分だった。
「これ直ったら使える?」
ユウが聞く。
『観測支援艇として再運用可能と推定』
「誰が乗る?」
「今三人しかいないからな」
セラが言う。
「自動操縦は?」
『限定的には可能です』
「じゃあ使い道ありそう」
リアはすでに修理のことを考えている。
「観測装置が生きてたら欲しいな。アストライアと同じ規格なら交換部品にもできる」
「壊す気?」
「直す前提だよ」
「よかった」
HM-417が見えてくる。
『帰還船を確認』
ガルムから通信。
『ASTRAIA』
『随伴船一』
「ライラ」
『識別確認』
数秒。
『LYRA』
ガルムが少し沈黙する。
「知ってる?」
『旧記録を確認』
続く言葉は短かった。
『帰還船として受領します』
「おかえりってこと?」
『肯定』
巨大ドックの隣にある補助ドックが開いていく。ライラはそこへ曳航され、自動固定された。
『修復診断開始』
リアが画面を見る。
「どのくらい?」
『推進系修復可能。電源系修復可能。観測設備稼働率六四パーセント。推定修復期間五日』
「直せるじゃん」
「やる?」
ユウが聞く。
「聞く必要ある?」
「ないですね」
*
その夜、HM-417からリーネ経由の行政通知が届いた。
《未登録星系内人工施設に対する暫定管理申請 受理》
《現地管理実態確認中》
《第三衛星優先開発権 仮登録》
《周辺安全管理区域設定申請 審査中》
「早い」
ユウが言う。
『発見者による継続管理、施設独自認証、稼働設備、防衛能力が確認資料として提出されています』
アイリスが答える。
「リーネ仕事早いなあ」
その直後、本人から通信が入った。
『まだあなたの星じゃないからね』
「分かってるって」
『施設も正式所有確定前』
「はい」
『勝手に人を住ませたり商売始めたりしないでよ』
「まだ三人しかいないよ」
リーネが少し黙った。
『その言い方、増やす気でしょう』
「拠点動かすなら必要らしい」
『……まあ、それはそうだけど』
「そのうちリーネも来る?」
『行くわよ』
「即答だ」
『四・七一光年先に未知規格の整備拠点があって、開発権を取ろうとしてるのに商人が見に行かないわけないでしょう』
「仕事ですね」
『仕事です』
少し強調された。
「了解」
通信を切る。
セラが隣で笑っていた。
「何?」
「いや」
「何その反応」
「何でもない」
リアまで笑っている。
「なんなの?」
「ユウはそのままでいいよ」
「余計分からん」
*
アストライア。
HM-417。
ガルム。
修復中のペガサス。
そして新しく戻ってきた観測支援艇ライラ。
ほんの少し前まで、一隻の壊れた船しか持っていなかった。
今はまだどれも完全ではない。それでも、少しずつ使える物が増え、守れる場所ができ、帰ってくる船まで増え始めている。
ユウはドック越しに並ぶ二隻を眺めた。
「艦隊って何隻からなんだろ」
「二隻では言わない」
セラが即答する。
「じゃあ三隻?」
「まず乗る人間を増やせ」
「現実的だなあ」
「お前が先走りすぎなんだ」
その指摘だけは否定できなかった。
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