第4話 初戦
警告表示が艦橋に重なった。
不明船からの射撃管制照準。
対象はアストライア。
距離はまだある。それでも、状況が穏やかでないことだけは十分すぎるほど分かった。
「アイリス、これって撃ってくる?」
『射撃管制照準のみでは断定できません。ただし、攻撃準備と判断するのが妥当です』
「カリストは?」
『迎撃位置へ移動中です』
正面画面では、中継警備艇カリストがアストライアと不明船の間へ割って入ろうとしている。
相手は速度を落とさない。
むしろさらに加速していた。
『不明船、距離三万二千キロメートル』
「遠いような近いような」
『宇宙戦闘では近距離に分類されます』
「そういう世界なんだ……」
今さらながら、ユウは自分がどんな場所へ来たのか実感し始めていた。
地球で三万キロと言えば十分すぎるほど遠い。だがここでは、武器が届く距離らしい。
カリストから通信が飛ぶ。
『未登録船、こちら第六中継管理局所属警備艇カリスト。直ちに減速し、識別信号を送信しろ。従わない場合は敵対行動と判断する』
返答はない。
数秒後。
不明船から光が走った。
『発砲を確認』
「え?」
ユウが反応するより早く、カリストが進路をずらした。
その横を白い光線が通過する。
「撃った!?」
『はい』
「警告なし?」
『通信への応答はありません』
次の瞬間、中継施設側から複数の警報が飛び交う。
《敵対船確認》
《周辺船舶は退避》
《警備部隊出動》
中継施設に接続していた船が急いで係留を解除し始める。
作業艇も施設の陰へ逃げていく。
ユウはそこで、自分だけが妙な位置にいることに気づいた。
「俺、どこ行けばいい?」
『施設側退避区画へ移動することを推奨します』
「行こう」
『警備艇から新規通信』
『アストライア、そのまま施設側へ下がれ! こっちは俺たちがやる!』
「了解!」
言われるまでもない。
戦闘経験ゼロ。
船の操作経験もゼロ。
今のアストライアは故障だらけ。
ここで格好をつけて戦う理由はなかった。
「アイリス、施設側へ!」
『進路変更します』
アストライアがゆっくり向きを変える。
同時に、カリストが不明船へレーザーを撃ち返した。
細い光が二本。
相手の船体周辺で青白い光が広がる。
「当たった?」
『シールド反応を確認。船体損傷なし』
「シールドあるんだ」
『はい。当艦にも存在します』
「そういや聞いてなかった!」
知識不足が多すぎる。
不明船も反撃する。
今度はカリストへ向けて複数の光線が飛び、そのうち一発が警備艇のシールドへ直撃した。
『カリスト、シールド出力低下』
「大丈夫?」
『現時点では航行能力維持』
もう一隻、中継施設から警備艇が離脱する。
しかし距離がある。
援護に入るまで少し時間がかかる。
「相手、一隻だけ?」
『現在確認できるのは一隻です』
なら警備艇が二隻になれば勝てる。
そう思った直後。
『不明船、針路変更』
「逃げる?」
『いいえ』
画面上で相手の進路が曲がる。
カリストを避けるように。
そして。
「……こっち来るじゃん」
『はい』
不明船は明確にアストライアを追っていた。
「なんで!?」
『不明です』
「俺、何もしてないよね!?」
『はい』
「初対面だよね!?」
『はい』
理不尽だった。
カリストも気づく。
『アストライア! そいつはお前を狙ってる! 速度を上げろ!』
「上げろって言われても!」
アイリスが即座に答える。
『推進出力を安全上限まで上昇可能』
「やって!」
『了解』
艦内の振動が少し強くなる。
アストライアが加速。
だが、不明船の方が速い。
『距離二万八千』
「縮んでる?」
『はい』
「こっちはどれくらい出せるの?」
『現在の推進系状態では追跡艦より低速です』
「ダメじゃん!」
笑えない。
*
不明船から再び射撃。
今度はアストライアへ。
『被弾予測』
正面画面に赤い線が表示される。
「避けられる?」
『自動回避を実行』
船体が大きく傾くような感覚はない。
だが星の位置が一気に動き、直後にレーザーがアストライアの横を通過した。
「うお……」
『回避成功』
「今の、アイリスがやった?」
『はい』
「全部任せたいんだけど」
『可能ですが、艦長判断が必要な場面は発生します』
「そこだけ俺か」
不明船がさらに距離を詰める。
カリストも追っているが、相手の方がアストライアに近い。
『敵船、距離二万一千』
「こっちのレーザー届く?」
『有効射程内です』
「撃てる?」
『武器管制待機状態を解除すれば』
「解除して」
『警備艇から武器使用許可は得ていません』
「……そういうのいる?」
『当該宙域の法規は不明ですが、施設警備下での無断発砲は問題となる可能性があります』
「今撃たれてるんだけど!」
『その点は考慮可能です』
「じゃあ撃たれたら撃ち返していいと思う!」
かなり雑な判断だった。
だが命の方が大事だ。
「レーザーだけ。あの前方のデカいやつは?」
『高密度加速砲』
「それはまだ使わない」
『妥当です』
武器管制が起動する。
画面に照準表示。
相手の船が枠で囲まれる。
「俺が撃つ?」
『手動発射も可能です』
「当てられる気しない」
『射撃計算は私が行います』
「じゃあ俺いらなくない?」
『発射承認が必要です』
「なるほど」
少しだけ安心した。
『敵船、射撃準備』
「先に撃てる?」
『可能』
「じゃあレーザー。シールド狙いで」
『照準完了』
「撃って!」
アストライアの船体上部。
旋回式パルスレーザー砲塔が動く。
次の瞬間、光が走った。
一本。
少し遅れて二射目。
不明船の周囲で青白い膜が強く発光する。
『命中』
「おお!」
ユウは思わず声を上げた。
『敵シールド出力低下。推定軽微』
「軽微かあ」
『連続射撃しますか?』
「熱とか大丈夫?」
『短時間であれば』
「じゃあ続けて!」
レーザーがさらに二度。
三度。
不明船も回避機動に入る。
その動きを見て、ユウは初めて少しだけ実感した。
戦っている。
ゲームではない。
向こうには人が乗っているかもしれない。
こちらも撃たれれば死ぬ。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、少し手が冷えた。
「……これ、本当に撃っていいやつだよね」
『相手艦は当艦へ複数回攻撃を実施しています』
「そうだよね」
『防衛行動です』
「分かってる」
言い聞かせるように返す。
次の瞬間。
敵船からレーザー。
『被弾』
艦内に低い衝撃音が響いた。
座席がわずかに揺れる。
「当たった!?」
『シールドで受けました』
「船体は?」
『損傷なし』
「シールド残りは?」
『全体出力、約七十八パーセント』
「一発でそんな減るの!?」
怖い数字だった。
『当艦シールド系も損傷状態です』
「それ先に知りたかった!」
また一つ、聞いていなかった故障が増えた。
カリストが追いつき、敵船の側面へレーザーを撃つ。
今度は相手のシールドが強く揺れた。
『敵シールド、局所低下』
「局所?」
『右舷側が弱まっています』
「そこ狙える?」
『可能』
「じゃあそこ!」
アストライアのレーザー砲塔が追従する。
敵船が回避しようとするが、カリストの攻撃を避けた直後で動きが読みやすい。
『照準』
「撃って!」
レーザーが右舷へ命中。
青白い膜が瞬き、消える。
『右舷局所シールド崩壊』
「崩れた?」
『はい』
その言葉と同時に、カリストのレーザーが同じ場所へ入る。
今度は光が船体表面で散った。
『船体損傷確認』
「……当たった」
敵船の右舷後部から小さな破片が飛ぶ。
推進器の一部が不安定に点滅し、速度が落ちた。
『敵船、加速低下』
「逃げる?」
『針路変化を確認』
今度こそ、相手はアストライアから離れる方向へ向いた。
「逃げる気だ」
カリストから通信。
『アストライア、追うな!』
「追わないです!」
即答だった。
追う理由がない。
むしろ、このまま消えてほしい。
だが敵船は完全には逃げなかった。
一度距離を取りながら、船体をこちらへ向ける。
「まだ撃つ?」
『武器反応』
ユウの顔が引きつる。
「しつこいな!」
ところが、敵の照準先はアストライアではなかった。
『対象、中継施設』
「え?」
敵船の船腹。
これまで使っていなかった装置が開く。
『高熱源反応』
「何?」
『推定、ミサイルまたは誘導弾』
カリストから怒鳴るような通信。
『迎撃! 施設を狙ってる!』
敵船から四つの光点が離れる。
一直線に中継施設へ向かう。
「撃ち落とせる?」
『近接防御レーザー射程外』
「カリストは?」
『迎撃中』
カリストのレーザーが一本。
一発撃破。
二発目。外れる。
もう一隻の警備艇もようやく射程へ入り、迎撃を始める。
残り三。
二。
一。
『一発残存』
「どこ狙ってる?」
『中継施設中央部』
ユウは考えるより先に言った。
「アイリス、撃てる?」
『パルスレーザーでは迎撃角が不足』
「他は?」
『前方固定式高密度加速砲なら射線を確保可能』
「ミサイルにあのデカい砲?」
『推奨しません』
「じゃあ近接防御は?」
『進路を合わせれば射程へ入ります』
「間に合う?」
『推定成功率六十二パーセント』
「やって!」
アストライアが急旋回。
施設へ向かう誘導弾の進路へ、自分から割り込む。
「これ危なくない!?」
『危険です』
「先に言って!」
近接防御レーザーが起動する。
『射程まで三秒』
三秒。
長い。
二秒。
誘導弾が近づく。
一秒。
『射程内』
「撃て!」
三基の近接防御レーザーが一斉に光る。
一本が外れる。
二本目が誘導弾の外装を削る。
三本目。
直撃。
正面画面の中で、小さな爆発が広がった。
『迎撃成功』
「よっしゃ!」
思わず拳を握る。
だが、その直後。
アイリスの声が変わった。
『敵船、再加速』
「逃げる?」
『はい』
今度は明確だった。
中継施設とは反対方向へ。
速度を上げて離脱する。
カリストは追わない。
もう一隻の警備艇も、施設防衛を優先している。
数分後。
敵船の反応は小惑星帯の向こうへ消えた。
*
艦橋に静けさが戻った。
ユウは艦長席に座ったまま、しばらく動かなかった。
手を見る。
少し震えている。
「……終わった?」
『現時点では』
「俺、撃ったよね」
『はい』
「当てたよね」
『はい』
「相手、死んだかな」
『乗員状況は不明です』
その答えに、少しだけ安心したような、逆に落ち着かないような感覚が残る。
「ゲームと全然違うな」
『比較情報がありません』
「そうだったね」
ユウは深く息を吐いた。
怖かった。
でも、何もしなければ撃たれていた。
最後の誘導弾も、放っておけば中継施設へ当たっていた。
「……まあ、生きてる」
『はい』
「施設も無事?」
『大きな損傷反応なし』
それで十分だと思うことにした。
そこへカリストから通信が入る。
『アストライア』
「はい」
『怪我は?』
「たぶんないです」
『船体は?』
「シールド減ったくらいです」
『……そうか』
少し間。
『さっきの迎撃、助かった』
「間に合ってよかったです」
『お前、本当に一人なのか?』
「はい」
『本当に今日初めてその船を動かしてる?』
「はい」
『……信じにくいな』
「俺もそう思います」
通信の向こうで、小さく笑う声が聞こえた。
『ともかく、今度こそ施設へ来い。事情を聞かせてもらう』
「怒られます?」
『さっき勝手に武器を使った件なら、自衛と施設防衛として処理できる』
「よかった」
『問題はそっちじゃない』
「え?」
『その船だ』
ユウは一瞬、黙った。
「アストライア?」
『ああ。近くで見ても、船体照合に一致する型式が一つも出ない』
「……やっぱ変です?」
『変どころじゃない。船籍なし、登録番号なし、メーカー不明、型式不明。それで百メートル近い船が普通に飛んでる』
そこまで言われると、さすがに異常さが分かる。
『技術班が見たがってる』
「壊されないですよね?」
『なんで最初にそこ心配するんだ』
「俺の唯一の財産っぽいので」
『気持ちは分かるが、まだお前の船かどうかも怪しいだろ』
「艦長認証はされてます」
『……余計に話を聞きたくなった』
通信が切れる。
ユウはしばらく正面画面を見ていた。
「アイリス」
『はい』
「俺ら、目立ってる?」
『可能性は高いです』
「嫌だなあ」
『先ほど戦闘へ参加しましたので』
「それもそうか」
アストライアは再び中継施設へ向かう。
今度は警備艇二隻に挟まれる形で。
ようやく人のいる場所へ入れる。
ようやく食料も情報も手に入るかもしれない。
ただし、どうやらその前に。
アストライアが何者なのか。
ユウ自身も知らないその答えを。
この世界の人間たちから聞くことになりそうだった。




