第38話 HM-417
アストライアが巨大ドックへ入っていく。外から見た時点でも十分大きかったが、内部へ入ると規模の感覚が完全に狂った。アストライアより何倍も大きな艦を収容できそうな整備区画が奥まで続き、壁面には停止した作業アームや搬送設備が並んでいる。
「これ、何隻入るの?」
『現時点で使用可能な主整備ドックは一。補助ドック三。小型艇用設備は別区画に存在します』
「使用可能な、ってことは?」
『本来はさらに多くの設備があります』
「ですよね」
リアは完全に整備士の顔になっていた。
「降りたら見て回っていい?」
「安全確認してから」
「分かってるって」
セラが笑う。
「今の返事、信用できないな」
「なんで!」
*
着艦と同時に、床下から固定アームが伸びてアストライアを保持した。艦内へ振動が伝わるが、動きは驚くほど滑らかだった。
『ドック固定完了』
『気密確認』
『外部整備接続を開始』
「勝手に始まった」
『管理者帰還時の標準処理です』
施設側の声はガルムとよく似ている。しかし完全に同じではない。ガルムより低く、余計な言葉がほとんどない。
「ガルムは?」
『統合作業中です』
「消えたりしないよね?」
『本端末人格および独立判断領域は保持されます』
「よかった」
数秒後、聞き慣れた声が戻る。
『接続完了』
「ガルム?」
『肯定』
「何か変わった?」
『HM-417防衛管理領域へのアクセスを回復しました』
「強くなった?」
『表現としては概ね正しいです』
リアが笑う。
「やっぱりちょっとアイリスっぽい」
『否定します』
*
ユウたちはまず管理区画へ向かった。
今回はユウ、セラ、リアの三人。念のため一番装備も着用し、ガルムは四脚端末のまま同行する。
通路の照明は半分ほどしか点いていない。場所によっては完全に暗く、壁面には長期間放置された痕跡もあった。それでも崩落や大規模破損はほとんど見当たらない。
「思ったより綺麗」
「無人施設ならこんなものかもしれない」
セラが答える。
『訂正。保全機能が継続していました』
「誰が?」
『自動保全機群です』
「まだ動いてるの?」
『一部』
曲がり角の先で、小さな機械が一体止まっていた。高さは五十センチほど。箱型の本体に六本の脚が付いている。
「これ?」
『点検機です』
ガルムが近づく。
『再起動』
機械のセンサーが点灯する。
『管理者更新』
『作業継続』
六脚機械はそのまま通路脇へ移動し、壁面パネルを開けて作業を始めた。
「普通に働き始めた」
「何年休んでたんだろ」
リアがしゃがみ込んで見る。
『経過時間算出不能』
「そこはアストライアと一緒か」
*
管理区画へ到着すると、施設全体の状態が表示された。
《HM-417 第七航路整備拠点》
《施設稼働率 二七・六パーセント》
《主電源 一基稼働/二基停止》
《主整備ドック 一使用可》
《補助ドック 三使用可》
《居住区 一部使用可》
《資材庫 一部封鎖》
《防衛設備 限定》
《自動機械稼働 一七三》
「二千機以上いたんじゃなかった?」
『最終記録上は二一八四機』
「今百七十三?」
『稼働確認済み個体です。休眠、損傷、所在不明を含めた総数は未確認』
「でも百七十三動いてるんだ」
リアが嬉しそうに言う。
「十分すごいよね」
「十分どころじゃない」
セラは防衛表示を開いた。
「固定防衛設備は?」
『十四基中、稼働可能三基』
「警備機動体」
『四十八機中、起動可能六機』
「防衛拠点としては?」
「今すぐ大艦隊を相手にするのは無理だ」
セラが答える。
「でも小規模な宙賊程度なら十分追い返せる可能性がある」
「じゃあ留守番できる?」
『可能』
ガルムが即答した。
「それ大事」
*
ユウは次に、最も気になっていたことを聞いた。
「アストライア、直せる?」
『診断を開始済みです』
「もう?」
『入渠時に開始しました』
リアが食いつく。
「結果見せて」
表示が切り替わる。
《ASTRAIA》
《船体構造損傷 複数》
《主電力伝送系 劣化》
《冷却系 一部代替接続》
《推進制御 一部非標準》
《兵装系 部分稼働》
《封鎖区画 複数》
《整備適合率――高》
「高?」
『当施設規格との整合を確認』
リアが一瞬黙った。
「つまり」
『ASTRAIAはHM-417整備対象規格に含まれます』
「本当にこの船のための基地なんだ」
『正確には、同系統艦艇群の整備拠点です』
ユウはその言葉に少し引っかかった。
「同系統艦艇群?」
『記録損傷』
『詳細回答不能』
「またそこだけ壊れてる」
「都合よく壊れてるな」
セラが言う。
『否定はしません』
ユウは苦笑した。
「で、どこまで直せる?」
『現存資材のみでは完全修復不能』
「ですよね」
『ただし、主電力伝送系、冷却系、姿勢制御補助系、船体外装の一部は現地修復可能』
リアがすぐ聞く。
「どのくらい時間かかる?」
『作業機群を追加起動した場合、推定四十三時間』
「二日?」
「早すぎない?」
ユウが驚く。
『専用設備を使用します』
「やろう」
リアが即答する。
「俺に聞いてから決めようよ」
「やるでしょ?」
「やるけど」
*
修復を開始するには、資材庫の一部を開放する必要があった。
『管理者認証を要求』
ユウが端末へ手を置く。
《鍵保持者照合》
《施設管理権限確認》
《資材庫区画B-3 開放》
大型扉がゆっくり開く。
中には無数のコンテナが積まれていた。ほとんどは密閉状態で、外からでは中身が分からない。
「宝の山?」
「まだそう決めるな」
セラが言う。
リアが一つ確認する。
「構造材。こっちは冷却管。これ、アストライアと同じ規格だ」
「じゃあ使える?」
「かなり」
『修復必要資材の七一パーセントを施設内在庫で確保可能』
「残りは?」
『現代資材で代替可能と推定』
「持ってきた分で足りる?」
『不足率四パーセント』
「四パーなら何とかならない?」
ユウが聞く。
リアが考える。
「今すぐ全部やらず、優先順位つければ足りる」
「じゃあ安全性と航行性能優先」
「了解」
セラも頷く。
「武装は後でいい」
「主砲冷却は?」
「それは航行性能じゃない」
「でも大事」
「戦う予定を作るな」
*
修理が始まると、施設の雰囲気が一変した。
停止していた作業機械が次々と起動し、ドック内を移動し始める。壁面から大型アームが伸び、アストライアの外装を外し、内部へアクセスしていく。
「すご……」
ユウは観察窓から見ていた。
「これ全部自動?」
『大部分は自動です。リアによる監督設定を反映しています』
「リアもう設定したの?」
「さっきガルムと打ち合わせた」
「仕事早いな」
アストライアの船体から、今まで触れなかった部材まで外されていく。
「壊してないよね?」
「直してるの」
「見た目は解体なんだけど」
「船の修理なんてそんなもん」
セラが横から言う。
「お前、車の整備でも同じこと言ってそうだな」
「地球では車持ってたけど、ここまでバラさないよ」
「車?」
「地上走る乗り物」
「それは知ってる」
「ですよね」
*
修理中、ユウたちは居住区も確認した。
使える区画だけでも個室が三十以上。食堂、医療室、簡易娯楽室、会議室まで残っている。
「三人で使うには広すぎる」
「将来人が増えれば使う」
セラが言う。
「増えるかな」
「この規模の拠点を動かすなら増やさないと無理だ」
リアが食堂を見る。
「ここ普通に暮らせるね」
『生命維持系稼働率五九パーセント』
『使用可能居住区定員 六十四』
「六十四人」
「今三人と一体」
ユウが言う。
『私は施設管理機能です』
ガルムが答える。
「一体に数えられるの嫌?」
『不要です』
「じゃあ三人」
*
翌日、施設管理権について新しい問題が出た。
セラが管理端末を見ながらユウを呼ぶ。
「これ、外へ報告する時どうする?」
「HM-417?」
「そうだ」
現在いる星系は既知の有人圏外。現代勢力による登録も領有記録もない。つまり、前回の中継施設以上に扱いが難しい。
「リーネに聞く?」
「それが一番早い」
問題は通信だった。
「四・七一光年あるよ?」
『旧中継施設を経由した通信転送が可能です』
アイリスが答える。
「できるの?」
『航路接続時に限定帯域通信路を形成できます』
「便利すぎない?」
『常時接続ではありません』
ガルムが補足する。
『中継施設との定期同期を設定可能』
「じゃあそれでリーネに連絡」
*
数時間後、映像品質の低い通信が繋がった。
『……聞こえる?』
「聞こえる」
『で、どこにいるの?』
「四・七一光年先」
リーネが黙った。
『もう一回言って』
「四・七一光年先」
『昨日まで十一時間先の中継施設にいたわよね?』
「航路が開いた」
『そう』
声が少し低くなる。
『それで?』
「基地見つけた」
『……どのくらい?』
ユウはセラを見る。
「どう説明すればいい?」
「そのまま言え」
「衛星の地下にかなり大きい整備拠点。ドック複数。居住区六十四人。自動機械二千機以上いた記録あり」
通信の向こうが静かになる。
『ユウ』
「はい」
『前に言ったわよね?』
「勝手に申請する前に連絡しろ?」
『覚えてるじゃない』
「だから連絡した」
『それは偉いわ』
「褒められた」
『で、その拠点はあなたを管理者として認証してるの?』
「してる」
『既存所有者は?』
「現代ではいないと思う」
『星系そのものは?』
「未登録」
リーネが長く息を吐く。
『分かった。先に確保手続きだけ進める』
「もう?」
『こういうのは早い者勝ちになる可能性があるから』
「何が取れる?」
『まず施設そのものの暫定占有権。次に第三衛星の優先開発権。それと周辺宙域の安全管理権。星系全体の所有なんて話にはすぐならないけど、実質的な先行権は押さえられる』
「十分」
『ただし』
「まだある?」
『その規模なら現地調査が必要になる。ずっと隠しておくのは無理よ』
「分かってる」
『それまでに管理実態を作っておきなさい。稼働設備、居住能力、防衛能力、継続管理の記録。全部あなたの権利を強くする材料になる』
ユウは少し笑った。
「もう結構ある」
『でしょうね』
*
通信を終えたところで、ガルムから報告が入った。
『防衛機動体二機、追加復旧』
「今何機?」
『八』
「固定砲台は?」
『三基』
「これで管理実態になる?」
ユウが聞く。
セラが頷く。
「十分始まってる」
リアも戻ってきた。
「アストライアの修理も順調。あと二十時間くらい」
「なら次は?」
「施設そのものかな」
ユウは巨大な管理画面を見る。
死んでいる区画が多い。
止まっているドックもある。
資材も有限。
それでも、ここには船を直す設備があり、住める場所があり、守るための機械がある。
「本当に基地になりそうだな」
『訂正』
ガルムが答える。
『HM-417は既に基地です』
「そうだった」
ユウは笑った。
「じゃあ、俺たちの基地にしていこう」
施設のどこかで、また一つ照明が灯った。
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