第37話 古代航路
ユウたちが旧中継施設へ戻ったのは、ノード・セブンを出てから十一時間後だった。前回と違い、今回は救助任務ではない。目的はただ一つ。施設を直し、その先へ続く航路を開くことだった。
「なんか帰ってきた感あるね」
『暫定占有施設への帰還を確認』
「ガルムが言うと本当に基地っぽいな」
施設側の自動灯が順番に点灯し、アストライアを迎え入れる。前回停止した異常同期信号はそのまま無効化されており、接近しても船体制御に影響は出なかった。
「まず何から?」
ユウが聞く。
『主電源補助系統の復旧』
ガルムが即答する。
「やっぱそこ?」
『電力不足状態では航路形成設備を起動できません』
「じゃあリアの出番だね」
「もう準備してるよ」
リアは完全にやる気だった。
*
修理そのものは、思っていたより早く進んだ。
現代製の電力変換器をそのまま繋げることはできなかったが、施設側の旧式変換装置を残し、その手前に新しい制御回路を噛ませることで安定した電力供給が可能になった。
「無理やりだね」
「動けばいいの」
「リアらしい」
『電力安定率七六パーセント』
「十分?」
『航路形成設備の限定起動条件を満たします』
「じゃあ次」
航路制御装置はさらに面倒だった。物理的な破損は少なかったが、制御系の一部が完全に死んでいた。
「ここは現代品に置き換えられない」
リアが言う。
「規格が違いすぎる」
「じゃあ終わり?」
『代替案があります』
アイリスが割り込む。
『アストライア側の航路演算機能を一時的に接続し、施設側の欠損演算を補完できます』
「そんなことできるの?」
『中枢管理機能から接続許可が出ています』
「中枢また勝手に話進めてるな」
ユウが言う。
『訂正。今回は許可のみです』
「それならまだマシか」
セラが表示を見る。
「リスクは?」
『接続中、一部航法機能が施設側へ割り当てられます。戦闘中の運用は推奨しません』
「今日は戦う予定ない」
「そういう時ほど出るんだよ」
セラが返す。
「縁起でもないなあ」
*
作業開始から六時間後。
施設全体へ、低い振動が走った。
《主電源補助系統 復旧》
《航路制御装置 限定稼働》
《外部投射設備 一基起動》
「一基だけ?」
『必要最低条件を満たします』
「ガルム、これで行ける?」
『確認中』
数秒。
『HM-417接続座標を認識』
艦橋の星図に、一本の線が現れた。
旧中継施設。
そして四・七一光年先の星系。
二点が一本の細い軌道で結ばれる。
「これが航路?」
『旧規格長距離接続航路です』
「普通に飛ぶのと何が違う?」
『通常航行では到達困難な距離を、形成済み航路へ接続することで短時間移動します』
「つまりワープ?」
『表現としては簡略化しすぎています』
「じゃあワープっぽいやつ」
『否定はしません』
ユウは少し笑った。
「アイリスも丸くなったな」
*
問題は、まだ本当に繋がるか分からないことだった。
『接続先応答を要求』
施設から強い信号が放たれる。
一秒。
二秒。
十秒。
「返ってこない?」
『待機』
三十秒。
やがて。
『微弱応答を確認』
ガルムが即座に反応する。
『HM-417識別信号』
声は同じなのに、明らかに反応が速かった。
「本当に残ってる?」
『応答あり。施設中枢機能の一部が生存しています』
リアが目を輝かせる。
「じゃあ整備設備も?」
『不明』
「そこはまだか」
セラが前へ出る。
「航路状態」
『不安定』
アイリスが答える。
『完全な航路形成ではありません。移動可能時間は短いと推定します』
「どのくらい?」
『起動後、約九十秒』
「短っ」
「入るならすぐ入れってことだな」
セラが言う。
ユウは正面を見る。
「帰りは?」
『HM-417側設備が同等以上に機能していれば可能』
「してなかったら?」
『現地で修理が必要です』
「片道切符の可能性あるじゃん」
『はい』
「さらっと言うなあ」
セラがユウを見る。
「やめるなら今だ」
「やめると思う?」
「思ってない」
「じゃあ行こう」
*
アストライアは中継施設の外へ出た。
航路形成装置が起動する。
宇宙空間に何かが現れるわけではなかった。ただ、正面の星々が少しだけ歪んで見えた。
「地味だね」
「派手な方が怖いだろ」
セラが言う。
『航路接続開始』
《接続先 HM-417》
《航路安定率 六九パーセント》
《接続時間 九十秒》
「六十九って大丈夫?」
『許容範囲です』
「本当に?」
『旧規定上は』
「また旧規定!」
リアが笑う。
『接続開始』
星空が伸びた。
アストライアの周囲だけが、細長い光の筒に包まれたように見える。船体へ強い加速感はない。それなのに外部表示上の距離だけが異常な速度で減っていく。
「うわ……」
「計器見るな」
セラが言う。
「感覚おかしくなるぞ」
「もう遅い」
一光年。
二光年。
数字だけが減っていく。
「こんなの昔は普通に使ってたの?」
『航路開拓艦隊にとっては標準移動手段の一つだったと推定します』
アイリスが答える。
「世界変わるじゃん」
誰も否定しなかった。
*
移動開始から四十二秒。
警告音。
『航路安定率低下』
「来た」
セラが戦術表示を見る。
「どのくらい?」
『五八パーセント』
船体がわずかに揺れる。
「原因?」
『接続先側の航路固定信号が弱い』
ガルムが割り込む。
『HM-417補助設備へ再接続要求』
数秒。
『応答』
航路安定率が戻る。
『六二パーセント』
「ギリギリ?」
『許容範囲』
「その言葉最近信用できない」
さらに二十秒。
『出口接近』
「出口ってどうなるの?」
『通常空間へ復帰します』
「普通に戻る?」
『その予定です』
「予定って言った?」
次の瞬間、正面が真っ白になった。
*
光が消える。
星が戻る。
「……着いた?」
『通常空間復帰』
ユウは正面を見る。
知らない恒星。
知らない惑星配置。
星図が自動更新される。
《未登録星系》
「本当に四・七一光年?」
『航路移動距離四・七一二光年』
「マジか」
リアも画面を見ている。
「四十秒くらいだったよね」
『六十八秒です』
「そんなもん」
セラは感心するより先に周辺警戒を始めていた。
「浮かれるのは後。周囲確認」
『敵性反応なし』
「HM-417は?」
星図に一つの惑星が強調表示される。
『第四惑星軌道上に大型ガス惑星を確認』
『衛星複数』
「第三衛星?」
ユウが聞く。
『照合中』
数秒後。
《HM-417位置情報一致》
第三衛星。
直径は四千キロ弱。
表面は灰色と青黒い岩盤に覆われ、目立った都市光はない。
「何も見えない」
「地下かも」
リアが言う。
ガルムが沈黙している。
「ガルム?」
『帰還座標確認』
「どうした?」
『HM-417』
珍しく、返答まで少し間があった。
『到達を確認』
ユウは少し笑った。
「おかえり?」
『……肯定』
その一言だけ、いつもより遅かった。
*
アストライアは第三衛星へ向かう。
距離が縮まるにつれ、表面に不自然な構造が見え始めた。
峡谷。
巨大なクレーター。
その一部に、岩盤とは明らかに違う直線。
「人工構造」
セラが言う。
『複数確認』
「どのくらい?」
『広範囲』
星図上に次々と反応が出る。
地下空洞。
格納区画。
電力反応。
巨大な構造体。
「これ全部HM-417?」
『肯定』
リアが息を呑む。
「でかすぎない?」
アストライアがさらに近づく。
第三衛星の一部が、巨大な施設そのものだった。
『外部信号を受信』
「開いて」
ノイズ。
それから、途切れ途切れの音声。
『第七……航路……整備……』
ガルムが即座に応答する。
『こちら防衛管理端末GARM』
『管理中枢への接続を要求』
沈黙。
数秒後。
衛星表面の一部に光が灯った。
一つ。
二つ。
やがて、巨大な格納口の輪郭が浮かび上がる。
『接続確認』
別の声。
ガルムと似ているが、もっと低く、重い。
『防衛管理機能――部分復帰』
ガルムの表示が一瞬停止する。
『統合を開始』
「ガルム?」
ユウが呼ぶ。
『問題ありません』
施設側の照明が次々に復旧していく。
衛星の地下。
数キロにわたる構造体。
複数のドック。
巨大な整備区画。
そして。
『管理権限照合』
《ASTRAIA》
《AIRI-S》
《鍵保持者》
ユウの前に表示が出る。
《暫定施設管理者認証》
《HM-417》
《第七航路整備拠点》
《管理権限――ユウ》
「……俺?」
『肯定』
今度は、ガルムではなく施設そのものが答えた。
アストライアの前で、巨大なドックがゆっくりと開く。
『第七航路整備拠点HM-417』
『管理者の帰還を確認』
ユウは開いていく巨大な格納口を見ながら、しばらく何も言えなかった。
「……これ、俺の基地になるの?」
セラが横を見る。
「旧規定上はな」
「それ先に言うのずるくない?」
リアが笑う。
四・七一光年先。
誰もいないはずの星系で、ユウたちはついに見つけた。
船を直せる場所。
守れる場所。
そして、いつか帰ってこられる場所を。
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