第36話 最初の拠点権利
ノード・セブンへ戻る頃には、救助した八人のうち五人が意識を取り戻していた。重傷者はおらず、医療区画の診断でも全員数日以内に通常生活へ戻れる見込みだった。
「全員生還は大きいな」
「追加報酬期待していい?」
「第一声がそれか」
「航路直すのにお金いるんだよ」
セラに呆れられながら、ユウは入港手続きを進める。今回は失踪船二隻の発見だけではなく、全乗員救助、事故原因特定、未登録施設発見まである。依頼元も想定以上の成果だったらしく、着岸前から傭兵協会と港湾管理局の双方から連絡が入っていた。
『艦長、傭兵協会より報酬査定通知』
「早いね」
『基本報酬四万五千クレジット。全員救助加算三万。船舶位置特定および回収支援二万二千。事故原因特定二万。合計十一万七千クレジットです』
「おお」
「悪くないね」
リアも満足そうに頷く。
『加えて、未登録人工施設の発見報告に関する手続き案内が届いています』
「そっちが本題かも」
*
傭兵協会での報告は思ったより簡単だった。失踪船の航行記録と、旧施設から発生していた異常同期信号の記録を提出すると、依頼そのものは即座に完了扱いになった。
「で、この施設なんですけど」
ユウが端末に中継施設の映像を出す。
担当者が眉を上げる。
「未登録?」
「少なくとも検索には出ませんでした」
「現在使用者は?」
「いません。というか、機械しかいませんでした」
「機械?」
「説明すると長いんですけど、施設管理端末みたいなのが一体」
担当者は数秒黙った。
「それ、持ってきた?」
「船にいます」
「持ってきたのか……」
なぜか少し引かれた。
「まず所有登録を確認する。発見地点は連邦直轄圏外、現行の採掘権設定もなし。過去の調査記録はあるが、人工施設の登録は存在しない」
「じゃあ拾った人のもの?」
「そんな簡単じゃない。ただ、無主施設の発見者には優先占有権が発生する」
「お」
「ただし施設を安全化し、位置を届け出て、最低限の管理能力を証明する必要がある」
「安全化はした」
「異常信号停止?」
「済みです」
「管理能力は?」
「管理端末が俺を管理者として認証してます」
担当者がユウを見る。
「何者なんだ、あんた」
「俺も最近よく分からなくなってきました」
*
その日の午後、リーネがアストライアへやってきた。
「また変なもの拾ったって聞いたんだけど」
「情報早くない?」
「あなたが港へ戻るたびに問題を持ち込むから、最近は先に確認してるの」
「信用されてない」
「別方向には信用してるわよ」
リアが横から笑う。
「今回は施設一個」
「一個?」
「小惑星の中にある中継施設」
「船より悪化してない?」
リーネは額を押さえた。
「しかも管理AIも拾った」
「AI?」
「ガルムっていう四脚の」
「待って。順番に話して」
艦橋へ移動し、中継施設で起きたことを最初から説明する。途中で《第七》やHM-417については、必要最低限に留めた。セラの判断で、古代航路の詳細はまだ外部へ出さない方針だった。
「つまり、今のところ公的に届けるのは中継施設だけ?」
「そうしたい」
「それならできると思う」
リーネが端末を操作する。
「この星系は過去に資源調査されてるけど、採算性なしで放棄扱い。領有権を主張してる勢力もない。中継施設そのものが本当に未登録なら、発見者優先で暫定占有申請ができる」
「どのくらいで俺のものになる?」
「急ぐわね」
「早い方がいいじゃん」
「暫定占有なら早ければ数日。正式所有は調査と公告期間が必要だけど、第三者が既存権利を証明しない限り、かなり有利」
「じゃあ申請する」
「その前に一つ」
リーネがユウを見る。
「個人名義で取る?」
「何か問題ある?」
「将来施設が増えたり商売に使ったりするなら、管理法人を作った方が楽になる」
「法人?」
「まだ早いと思うけどね。今の規模なら個人でも問題ない」
ユウはセラを見る。
「どう思う?」
「今は個人でいい。会社経営まで始めたら何の話か分からなくなる」
「それはそう」
リアが頷いた。
「ユウ、経理できる?」
「会社員だったから多少は」
「経営は?」
「ない」
「じゃあやめよう」
「判断早いな」
*
申請には施設の座標、構造概要、安全化記録、現在の稼働状況が必要だった。最後の項目だけはガルム自身がデータを用意した。
『旧中継施設稼働率一一・四パーセント。外部危険信号停止。防衛機能自律管理可能。管理権限保持者――ユウ』
リーネが表示を見る。
「この管理権限って変更できる?」
『鍵保持者権限より派生。現時点で変更不能』
「……法務担当が嫌がりそう」
「やっぱり?」
「でも逆に、他人が勝手に使えない証明にはなるわね」
リーネは少し考え、申請書の管理者欄へユウの名前を入れた。
《未登録施設暫定占有申請》
《申請者 ユウ》
《施設種別 旧式航路中継・補給施設》
《状態 部分稼働》
《発見者による安全管理実施済》
「これで?」
「審査待ち」
「どのくらい?」
「今回の場所ならそんなに長くないと思う」
ユウが少し残念そうな顔をすると、リーネが呆れる。
「今日見つけて今日あなたの所有物になる方がおかしいでしょ」
「アストライアだと割とそういうこと起きるから」
「法律はアストライアほど雑じゃないの」
『異議があります』
アイリスが割り込んだ。
「そこ反応するんだ」
リーネが笑った。
*
次に必要なのは、中継施設を直すための資材だった。
リアとガルムが作った一覧を見たユウは、少しだけ後悔した。
「多くない?」
「最低限だよ」
「これで?」
「主電源全部直すならもっといる」
購入予定は、大容量電力変換器二基、超伝導配線、冷却材、制御用演算モジュール、汎用構造材、それに作業用ドローンの交換部品。航路形成装置そのものは未知規格のため現地修理になる。
「いくら?」
「現状見積もりで七万六千」
「今回の報酬ほぼ消えるじゃん」
「まだ残るよ」
「感覚がおかしくなってきた」
セラが腕を組む。
「必要経費だ。HM-417へ行きたいなら払え」
「行きたい」
「なら決まりだ」
「みんな俺の金だと思って簡単に言う」
「船長だからな」
「そうでした」
*
資材調達を待つ間、ガルムはアストライアの貨物区画で別の作業を始めていた。
「何これ?」
ユウが見つけた時、床には小さな金属フレームが組まれていた。
『小型艦内警備機の試作機です』
「もう作ってるの?」
『リアより使用許可を取得』
「リア」
「余ってた部品だけだよ」
「二人で勝手に進めてる」
試作機は高さ六十センチほど。二本の脚ではなく、低い四輪走行型で、上部にセンサーと小型アームが付いている。武器らしいものはまだない。
「戦闘できる?」
『現状では不可。巡回、侵入検知、映像記録、簡易搬送のみ』
「それでも便利そう」
『将来的には非致死性制圧装置および小型投射兵器を追加可能』
セラが機体を一周する。
「狭い艦内なら大型機よりこっちの方がいい」
「何体作れる?」
『現状資材では三機』
「作ろう」
「即決だな」
リアが言う。
「前に船乗っ取られかけたし」
その一言で誰も反対しなかった。
*
二日後、暫定占有申請の返答が届いた。
『艦長、行政通知を受信』
「来た?」
正面画面へ文書が表示される。
《未登録人工施設 暫定占有認定》
《施設管理者 ユウ》
《暫定占有期間 一八〇日》
《期間内の継続管理および正式登録申請を認める》
《第三者による既存権利主張なし》
「取れた」
リアが嬉しそうに画面を見る。
「ユウの基地?」
「まだ中継所だけどね」
リーネからもすぐ通信が入った。
『おめでとう。正式所有の手続きも進められるわ』
「お願いします」
『早いわね』
「もっと大きいの見つける予定だから」
通信の向こうでリーネが止まった。
『……今なんて?』
「何でもないです」
『絶対何かあるわね』
「まだ確定してないから」
『見つけたら、勝手に所有申請する前に連絡して』
「善処します」
『善処じゃなくて連絡して』
通信が切れる。
セラがユウを見る。
「HM-417を見つけた時の反応が楽しみだな」
「怒られそう」
「間違いなくな」
*
翌朝、修理資材の積み込みが完了した。
貨物区画には交換部品と工具。それに完成した小型警備機が三体並んでいる。
『警備機一号から三号、動作確認完了』
「名前つけないの?」
リアが聞く。
「三体全部?」
「ガルム一号とか」
『拒否します』
「即答された」
「自分の分身扱いは嫌らしい」
ユウは笑いながら艦橋へ戻る。
「じゃあ出ようか」
セラが戦術席へ座る。
「目的は中継施設の復旧。航路形成機能が戻れば、HM-417への移動方法を確認する」
「行けそうなら?」
「状態を確認してからだ」
「すぐ行きたい」
「四・七一光年先に何があるか分からないんだぞ」
「ガルムの家」
『訂正。管理拠点です』
「本人が一番冷静だな」
リアが機関状態を確認する。
「こっちは準備できてるよ」
『航路設定完了』
アストライアがノード・セブンを離れる。
今回向かう先は、もうただの調査地点ではない。ユウが初めて正式に管理権を得た施設であり、その先にはさらに大きな拠点が眠っている。
「次で道が開けばいいな」
ユウが言う。
『訂正します』
ガルムが応答した。
『開きます』
「言い切ったね」
『HM-417への帰還は必要です』
ユウは少し笑った。
「じゃあ直しに行こう。俺たちの最初の拠点を」
暫定ではある。
それでも、アストライア以外で初めて手に入れた、自分たちの場所だった。




