第35話 ガルム
最優先は失踪者の救助だった。アストライアは旧中継施設の入口付近へ停船し、セラ、ユウ、リアの三人で脱出艇へ向かう。施設防衛管理端末を名乗った四脚機械は、入口で動きを止めたままこちらを監視していた。
「襲ってこないよね?」
『管理権限照合済み。鍵保持者への攻撃は禁止されています』
「俺以外は?」
『同行者識別を要求』
「怖い聞き方するなあ」
セラが一歩前へ出る。
「セラ・ヴァイス。アストライア乗員、戦術・操艦補佐」
『照合』
『AIRI-S乗員登録と一致』
次にリア。
「リア・フェルナー。整備担当」
『照合』
『AIRI-S乗員登録と一致』
「これで大丈夫?」
『両名を暫定友軍登録』
「暫定なんだ」
「今は十分だ」
セラが言う。
「救助に行くぞ」
脱出艇は施設外壁へ強引に固定されていた。船体に損傷はあるが気密は保たれている。内部では三人が簡易生命維持装置に繋がれ、全員意識を失っていた。
「酸素は?」
『残量九パーセント』
「結構ギリギリだったな」
ユウは一番装備の補助を低出力に設定し、慎重に一人ずつ運び出す。リアとセラも残り二人を搬送し、アストライアの医療区画へ収容した。
『三名とも生命状態安定。脱水および軽度低酸素症を確認。回復見込みあり』
「これで五人全員?」
『バルカ三名、ニム二名、脱出艇三名。合計八名です』
「依頼資料と合う?」
『両船合計登録乗員八名。全員確認』
「救助完了」
「ようやく本来の仕事が終わったな」
セラが言う。
「じゃあ?」
「施設を見る」
「ですよね」
*
旧中継施設の内部は予想以上に広かった。小惑星の中に直径数百メートル規模の空間が掘られ、中央に細長い構造体が通っている。周囲には格納庫、電力区画、通信設備らしい構造が並んでいたが、その大半は暗い。
「これ中継施設って規模じゃなくない?」
『本施設は長距離航路中継・補給・緊急整備機能を有します』
ガルムが答える。
「それ最初に言ってよ」
『要求されていませんでした』
「アイリス系だな」
リアが言う。
『私はAIRI-S系列ではありません』
「そこ否定するんだ」
ガルムは四本の脚を使って先を進む。動きは意外と滑らかで、床の段差もほとんど気にしていない。
「ガルムって名前、自分で付けたの?」
『識別名として登録されています』
「誰が?」
『記録欠損』
「どのくらいここにいる?」
『回答不能』
「また?」
『基準時刻情報が破損しています』
セラが周囲を見る。
「ここもアストライアと同じか」
「時間が分からない?」
「少なくとも相当古い」
リアが壁へ手を当てる。
「でも構造材は生きてる。すごいな」
『施設機能稼働率一一・四パーセント』
「そんな低いの?」
『主電源停止。補助炉一基のみ稼働。航路中継機能停止。整備設備停止。防衛機能限定。管理中枢接続不能』
「ほぼ死んでるじゃん」
『否定しません』
ガルムの返答は淡々としていた。
*
制御区画へ到着すると、事故原因も分かった。
ガルムが中央端末へ接続する。
『外部船舶接近記録を提示』
バルカとニムの航跡が表示される。二隻は施設から発せられた微弱信号を拾い、調査のため接近していた。
『施設自動保安機能が未登録船舶を検出』
『旧式航路干渉回避信号を送信』
『現行船舶側制御系が異常応答』
「それで安全停止した?」
リアが聞く。
『肯定』
「攻撃したわけじゃない?」
『否定。航路開拓艦隊所属船舶に対しては、接近時の自動同期信号として使用されます』
「現代船には合わなかったんだ」
『そのようです』
ユウは頭を掻いた。
「危ない施設だな」
『現在、該当信号を停止しました』
「早い」
『鍵保持者管理下への移行に伴い、外部船舶保護を優先しました』
セラがガルムを見る。
「ユウの命令なら設定変更できるのか?」
『管理権限範囲内で可能』
「じゃあ、この施設そのものも?」
『限定的には』
ユウが反応する。
「俺、もう管理者なの?」
『旧規定上は』
「また旧規定」
『現行法制度は認識していません』
「そこはリーネ案件かな」
「多分ね」
リアが笑う。
*
中継施設から得られる情報で、最も重要なのは航路記録だった。
『HM-417への航路データを確認』
星図に一本の線が表示される。
「これ使えば四・七一光年行ける?」
『現状では不可』
「ですよね」
『本中継施設には航路接続補助機能があります。しかし主航路形成設備が停止しています』
「直せば?」
『一部機能復旧により、移動可能性があります』
リアの目が輝く。
「どこ壊れてる?」
「お前は本当にそれ好きだな」
セラが呆れる。
「壊れてるもの見ると直したくなるでしょ」
「普通はならない」
ガルムが施設図を表示する。
『主電源系統三箇所損傷。航路形成制御装置一箇所停止。外部投射設備二基のうち一基破損。もう一基は診断不能』
「部品ある?」
『施設内予備資材を検索』
『不足』
「現代品で代用できる?」
『不明』
リアが前へ出る。
「現物見たい」
「今日はやめとけ」
セラが止める。
「救助者八人乗せたままだ」
「確かに」
ユウも頷く。
「一回帰ろう。報告して、修理できるもの揃えて戻ってくる」
『帰還』
ガルムが反応した。
「何?」
『第七整備拠点への帰還時期を質問』
「まだ分からない」
『推定を要求』
「いや、四・七一光年あるし」
『本端末の優先任務はHM-417への帰還です』
ガルムの声に感情はない。それでも同じ言葉を繰り返す様子に、ユウは少し引っかかった。
「なんでそんなに戻りたいの?」
数秒の沈黙。
『本端末は施設防衛管理機能の一部です』
「それは聞いた」
『本来の管理中枢はHM-417に存在します』
「じゃあ今のガルムは?」
『分離運用端末』
リアが首を傾げる。
「本体が向こうにいるってこと?」
『表現としては不正確です。本端末にも独立判断機能があります。しかし本来の防衛管理機能の大部分はHM-417側に存在します』
「戻れば強くなる?」
『肯定』
「どのくらい?」
『回答不能』
『HM-417の現状不明』
セラが聞く。
「最後に接続した時点では?」
『施設防衛機能稼働率六八パーセント』
『無人機管理数 二一八四』
『固定防衛設備 十四』
『警備機動体 四十八』
艦橋組が黙る。
「……二千?」
ユウが聞き返す。
『無人機管理数 二一八四』
「全部戦闘用?」
『否定。大半は整備、輸送、建設、採掘、点検用途です』
「警備用は?」
『四十八』
セラの目が少し変わった。
「それが全部残ってるなら、ちょっとした基地どころじゃないぞ」
『現存数は不明』
「でも可能性はある」
リアが言う。
ユウも星図を見る。
四・七一光年先。
今までただの謎だった《第七》が、急に現実味を持ち始めていた。
*
「ガルムはどうする?」
帰還準備を始めたところで、ユウが聞いた。
『質問の意味を確認』
「俺たち一回ノード・セブンに戻るけど、ここに残る?」
『本施設の管理継続は可能』
「それとも一緒に来る?」
「持って帰る気?」
リアが楽しそうに聞く。
「いや、本人次第かなと」
セラがユウを見る。
「機械相手にもそれ言うんだな」
「喋ってるし、自分で判断してるし」
ガルムは数秒沈黙した。
『選択権を確認』
「あるよ」
『理由を要求』
「管理者だから命令することもできるんだろうけど、別にそこまでする必要ないし」
また沈黙。
『本施設防衛は現状、自動設備のみでも継続可能』
「じゃあ?」
『鍵保持者同行を選択』
「決まりだね」
リアが嬉しそうに言う。
「アストライアへ乗る?」
『搭載スペースを要求』
「そのサイズなら余裕」
ガルムはユウの方へ身体を向ける。
『一項目要求』
「何?」
『HM-417への帰還任務を放棄しないこと』
ユウは少し考えた。
「絶対いつまでに行く、とは約束できないよ。船の修理も必要だし、航路も直さなきゃいけない」
『許容』
「でも行けるようになったら、行くつもり」
『了解』
短い返答だった。
『暫定同行契約を成立』
「契約なんだ」
『管理権限下での強制移動ではないことを記録します』
セラが小さく笑った。
「律儀だな」
「結構好きかも」
『評価基準が不明です』
「やっぱアイリス系じゃん」
リアが言う。
『否定します』
*
ガルムを貨物区画へ収容し、アストライアは救助者八人を乗せて帰還航路へ入った。
依頼そのものは完全成功。失踪者全員救助、二隻の所在確認、事故原因も特定。さらに未登録の旧施設まで発見した。
「追加報酬かなり出そう」
「また金の話か」
セラが言う。
「航路設備直すなら金いるでしょ」
「それは正しい」
リアが施設から持ち帰った診断データを見ている。
「部品、何とかなるかも」
「本当に?」
「全部じゃないけど、電源周りは現代品で置き換えられそう。航路形成装置は中見ないと無理」
「じゃあ戻ってこれる?」
「たぶん」
貨物区画からガルムの通信が入る。
『艦長』
「どうした?」
『ASTRAIA船内構造を確認中』
「勝手に触らないでね」
『了解』
数秒後。
『質問』
「何?」
『当艦の防衛能力が不足しています』
「乗って五分でダメ出しされた」
セラが笑う。
「間違ってはいない」
『近接防御設備三基。艦内警備戦力不足。無人防衛機なし』
「それ今から増やせる?」
リアが食いつく。
『本端末に小型警備機設計情報があります』
ユウが振り返る。
「作れるの?」
『資材および加工設備があれば可能』
リアの目が完全に変わった。
「見せて」
『データ転送』
「ちょっと待って。今航路修理の話してたよね?」
「両方やればいいじゃん」
「金」
「稼げばいい」
ユウは少し黙った。
「……俺の台詞取られた」
セラが呆れたように二人を見る。
「船を直す。航路を直す。防衛機を作る。ずいぶん忙しくなったな」
ユウは星図の先を見る。
「でも、その先に拠点があるかもしれない」
『訂正』
ガルムが割り込む。
『HM-417は拠点です』
「残ってればね」
『残存を前提として行動します』
「前向きだなあ」
アストライアはノード・セブンへ向かう。
今まで三人だった乗員に、正式な乗員とは少し違う四体目の仲間が加わった。
そして四・七一光年先には、二千を超える無人機を管理していたという古い整備拠点が眠っている。
そこへ辿り着くための最初の鍵は、すでに手の中にあった。




