第32話 セラの戦い方
ヘリオスでの騒ぎから三日後。アストライアは久しぶりに、余計な裏事情のない傭兵任務へ出ていた。依頼内容は、周辺輸送路を荒らしている宙賊船団の排除。確認されているのは四隻で、輸送船への襲撃が二件、貨物強奪が一件。討伐または航行不能化で報酬が支払われる。
「こういうのでいいんだよ」
「何が?」
「普通の仕事」
「宙賊四隻相手が普通になってる時点で感覚がおかしくなってるよ」
リアの言葉に、ユウは少し考えた。
「確かに」
艦橋にはユウ、セラ、リア。セラが正式に乗員となってから、初めての通常任務でもある。
「それで、今回はどうする?」
セラが聞いた。
「俺に聞くんだ」
「船長だろ」
「そうでした」
ユウは戦術表示を見る。対象宙域は小惑星が点在する旧採掘区。宙賊側は小型艦三隻と、少し大きい一隻。大型と言っても九十メートルほどで、アストライアと同程度だった。
「まず見つける。見つけたら……足の速そうなのから止める」
「理由は?」
「逃げられて仲間呼ばれたり、輸送船狙われたりするのが面倒だから」
「悪くない。次は?」
「相手がこっちに向かってくるなら、武装が強い船を優先。逃げるなら推進器」
「状況で変える、と」
「前に教わったからね」
セラが少しだけ頷く。
「なら今日は私から細かく指示しない。危ない時だけ口を出す」
「急に難易度上がったな」
「実戦で覚える方が早い」
「それセラが強いから言えるやつだよ」
リアが笑った。
*
宙賊船団は、予定宙域へ入って二十分ほどで見つかった。小惑星の影に四隻。輸送船らしい一隻を囲んでいる。
『対象船団確認。宙賊識別登録と一致』
「襲ってる最中?」
『輸送船のシールド低下。通信妨害を確認』
ユウの表情が変わる。
「じゃあ武装優先」
「理由は?」
「輸送船が今撃たれてるから。逃げられるより、まず被害止める」
「正解」
セラの返答は短かった。
「アイリス、輸送船に近い二隻から。武器位置出して」
『表示します』
アストライアが加速する。宙賊側もこちらに気づき、二隻が向きを変えた。
『敵二隻、当艦へ照準』
「一隻目のレーザー砲」
『照準可能』
「撃って」
パルスレーザーが走り、敵艦前方シールドを削る。二射目で局所シールドが崩れ、三射目が砲塔基部へ命中した。
『敵一番艦、主レーザー停止』
「次、二番艦」
「ユウ」
セラが止める。
「何?」
「一番艦、まだ実弾兵装が残ってる」
「あ」
表示を見る。確かにもう一基。
「全部潰す必要はない。でも輸送船に撃てる武器を残したまま次へ行くな」
「了解」
アストライアが少し角度を変え、残った実弾兵装へレーザーを当てる。
『一番艦、攻撃能力大幅低下』
「今度こそ二番艦」
宙賊側も黙ってはいない。二番艦と三番艦からレーザーが飛ぶ。ユウは回避を入れ、アストライアを小惑星の陰へ滑らせた。
「今のは?」
「悪くない。ただ隠れた後を考えろ」
「追ってくる?」
「来る」
セラの言葉通り、二番艦が小惑星を回り込んでくる。
「じゃあ出てくるところ狙う」
「そういうことだ」
敵艦の進路を予測し、アストライアは逆側へ回る。相手が姿を見せた瞬間、側面が完全に露出した。
「武器じゃなく推進器?」
「今ならどっちでもいい。相手は輸送船から離れてる」
「じゃあ足」
レーザーが後部へ集中する。
『敵二番艦、左主推進器停止』
敵艦の機動が鈍る。
「もう片方も?」
「必要ない」
「なんで?」
「この速度なら追えない。熱と時間を使うな」
「なるほど」
ユウはそのまま次へ切り替える。
*
残る二隻のうち、一隻が輸送船から離れた。明らかに逃走姿勢。
「逃げる」
「どうする?」
「追う」
「理由」
「今止めないと逃げ切られるから」
アストライアが加速する。
「大型の方は?」
「リア、輸送船側見て」
「まだいる。でも攻撃止まってる。こっち見てる」
「なら一旦逃げる方」
セラは何も言わなかった。
逃走艦は速かった。アストライアより小さく、加速性能も高い。
「追いつける?」
『時間を要します』
「主砲?」
「当てられるなら」
セラが言う。
「ただし撃沈するな」
「推進器狙い」
「そうだ」
ユウは少し考え、主砲照準を相手そのものではなく、進路上へ置いた。
「前回の予測射撃みたいに?」
「今回は中枢補助なしだぞ」
「分かってる。だから自分でやる」
セラが少しだけ笑った。
「やってみろ」
相手の速度。進路。回避傾向。アイリスから出る通常の予測値だけを使う。
「ここ」
『命中確率三十八パーセント』
「低いな」
「撃つ?」
「いや、もう少し」
相手が小惑星帯を避けるため進路を絞る。
「今」
『主砲発射』
高密度加速砲が走る。
直撃ではない。船尾付近。
敵艦が回避しようとした瞬間、弾体が推進器基部をかすめるように貫いた。
『敵艦、主推進出力急減』
「当たった!」
「完全には止まってない」
「でも追いつける」
「なら十分」
セラの評価は淡々としていたが、前より少しだけ柔らかい。
*
最後に残った大型艦は、輸送船を放棄してこちらへ向かってきた。
「やる気満々」
「たぶん船団長だな」
『敵大型艦より通信』
『てめえら、なにもんだ!』
「アストライアです」
『聞いてねえよ!』
「名前聞いたのそっちじゃん」
セラが呆れた顔をする。
「挑発するな」
「してないよ」
敵艦がレーザーを撃つ。
「来る!」
ユウが回避。アストライアのシールドに一発だけ当たる。
『シールド九十一パーセント』
「相手の武器多いな」
『レーザー四。実弾二』
「どうする?」
セラが聞く。
ユウは少し考えた。
「真正面から武器全部潰すと時間かかる。先に姿勢制御」
「理由は?」
「旋回できなくしたら、こっちに武器向けにくくなる。そこから死角取る」
セラが頷く。
「やれ」
アストライアが敵艦側面へ回る。レーザーで局所シールドを削り、姿勢制御ノズルへ攻撃。
『右舷姿勢制御群停止』
敵艦の回頭が鈍る。
「逆側行く」
ユウは船体を大きく回さず、相手の動きに合わせて後方へ滑り込む。
「今」
『パルスレーザー発射』
推進器基部へ二射。
『敵主推進出力五十二パーセント』
「まだ動ける」
「でも追えない」
ユウが答える。
「次、武器」
「いい判断だ」
セラが初めてはっきり褒めた。
ユウは少しだけ笑う。
「じゃあ仕上げる」
敵艦が苦し紛れに船体を振る。残った武装の一部がアストライアを捉える。
『敵発砲』
「回避!」
一発。
二発。
シールドへ一発命中。
『シールド八十四パーセント』
「まだ大丈夫」
アストライアがさらに後方へ回り込み、レーザー砲塔を一基ずつ潰していく。
『敵攻撃能力、残存三十一パーセント』
「降伏勧告」
『送信します』
『こちらアストライア。推進器と武装を大きく損傷しています。降伏してください』
『ふざけるな!』
「続ける?」
ユウが聞く。
セラが答える。
「まだ武器が生きてる。撃つ意思もある」
「じゃあ止める」
今度は迷わなかった。
残った砲塔へ一射。
実弾兵装へ二射。
『敵攻撃能力、実用域以下』
もう一度通信。
『これ以上続けるなら、完全に航行不能にします。降伏してください』
しばらく沈黙。
やがて。
『……降伏する』
「武器管制落として、推進停止」
『了解した』
反応が一つずつ消える。
『敵艦降伏を確認』
ユウは息を吐いた。
「終わり?」
「輸送船確認」
「そうだった」
セラが少し笑った。
*
輸送船の損傷は軽かった。乗員に重傷者もいない。
宙賊船四隻のうち三隻を航行不能、一隻は降伏。撃沈ゼロ。逃走ゼロ。
『任務条件達成を確認』
「かなり綺麗に終わったな」
リアが言う。
「セラのおかげ?」
「半分」
ユウが答える。
「残り半分は俺」
「言うようになったな」
セラが言う。
「今日結構よかったでしょ」
「前よりは」
「前よりは、かあ」
「ただし」
「まだある?」
「逃走艦に主砲撃つ判断は悪くないが、命中率三十八パーセントで撃つ必要はなかった」
「当たったじゃん」
「結果論だ」
「厳しい」
「弾数と熱に余裕がある戦闘ばかりじゃない。撃たなくても追い詰められるなら、そっちを選べ」
ユウは少し考えてから頷いた。
「了解」
「あと大型艦への姿勢制御狙い」
「それは?」
「良かった」
「おお」
「状況を見て狙う場所を変えられてる。そこは続けろ」
ユウは素直に嬉しかった。
「先生に褒められた」
「先生と呼ぶな」
「もう諦めたら?」
リアが笑う。
*
帰還前、傭兵協会から戦闘記録の受領通知が届いた。
『任務達成評価:優良』
『輸送船被害最小』
『敵船四隻制圧』
『民間人死傷者なし』
その下に、もう一つ表示が追加される。
《昇格審査対象》
「何これ?」
『傭兵ランク審査です』
「もう?」
リアが画面を見る。
セラは驚かなかった。
「遅いくらいだろ」
「俺まだEだよ?」
「知ってる。だからだ」
これまでの記録が一覧で表示される。護衛、救難、宙賊制圧、警備艇救助、複数船戦闘。そして今回の討伐任務。
《E級規定実績充足》
《D級昇格審査を帰還後に実施》
「Dランク」
「これで少し報酬のいい仕事が増える」
リアが言う。
「修理進む?」
「たぶん」
「そこが一番大事そうだな」
セラが呆れる。
「大事だよ。今回だって主砲撃った後まだ冷却遅いし」
リアがすぐ反応する。
「それなんだけど、この前の旧戦闘支援で使った補助冷却路、二本とも完全に死んだわけじゃない」
「直せる?」
「部品次第。ちゃんと繋ぎ直せれば、通常時でも一部使えると思う」
「じゃあ今回の報酬で?」
「足りれば」
ユウは口座残高を思い浮かべる。
「宙賊船四隻あるし、鹵獲分も入るよね」
「またその顔してる」
リアが言う。
「修理代の顔です」
セラが少し笑った。
「まず帰れ。金の計算はその後だ」
アストライアは制圧した宙賊船と輸送船を後方に残し、回収部隊の到着を待ちながら帰還航路へ入った。
中枢の旧戦闘支援は使っていない。隠された機能にも頼っていない。それでも今回は、自分たちだけで四隻を止められた。
ユウはそれが少しだけ嬉しかった。




