第31話 第七の応答
《識別――第七》
艦橋に残った文字を、ユウはしばらく黙って見ていた。
「第七って何?」
『該当情報なし』
「中枢は?」
『追加応答なし』
さっきまで勝手に戦闘支援を開放し、航路まで探し始めていた管理機能は、嘘のように静かになっていた。
「消えた?」
『機能自体は維持されています。ただし現在は待機状態と推定します』
「都合いいなあ」
リアは戦闘中の機関記録を確認している。さっきまで興奮していた顔が、少しずつ真面目になっていった。
「ユウ」
「嫌な顔してる」
「結構無茶してる」
表示には複数の警告が出ていた。
「どのくらい?」
「姿勢制御系は大丈夫。でも、緊急冷却で使った補助経路が二本止まった。主砲冷却も一部過熱。今すぐ戦闘するのはおすすめしない」
「壊れた?」
「完全には。でも次同じことしたら壊れるかも」
セラが画面を見る。
「一時的に本来の能力を引き出した代わりに、傷んでる部分へ負荷をかけたか」
「そんな感じ」
ユウは少し考え、中枢へ向けて聞く。
「次から勝手にやらないでほしいんだけど」
返答なし。
「聞いてる?」
『中枢管理機能からの応答はありません』
「絶対聞いてる気がする」
リアも頷いた。
「私もそう思う」
*
ヘリオスへ戻る途中、ユウたちは戦闘記録を確認した。
敵艦隊は撤退。
ヘリオスへの直接攻撃なし。
警備艦側にも損害なし。
アストライアはシールド消耗と機関系への負荷のみで、船体への直撃は受けていない。
「結果だけ見れば完勝?」
「そう言いたくなるが違う」
セラが即座に否定する。
「相手はアストライアを撃沈する気がなかった。目的は回収だ」
「本気で殺しに来てたら?」
「もっと厳しかった」
「ですよね」
それでも六隻を相手にして、追跡を断念させた。しかも相手はアストライアの一部機能を知っていた。
「こいつら、何者なんだろ」
「オルフェウスを名乗ってる。それ以上はまだ分からない」
ノエルが艦橋へ呼ばれていた。戦闘中は居住区に待機させていたが、今は先ほどの通信記録を見ている。
「俺が見た依頼書も同じ名前でした」
「組織?」
「多分。でも普通の企業検索には出ないと思います」
「ロウとの繋がりは?」
「直接じゃないと思います。ロウはアストライアの情報を横流ししてただけかもしれない」
ユウが嫌そうにする。
「俺たち、知らないところで結構売られてるな」
「お前じゃなく船の情報だ」
「生死不問って書かれてたんですけど」
「それはお前も含まれてるな」
「フォローになってない」
リアが少し笑う。
*
問題はもう一つあった。
戦闘中、オルフェウスははっきり言った。
《鍵保持者生存 必須》
セラがその記録を何度も見ている。
「ユウ」
「何?」
「鍵保持者って言葉、どこかで聞いたことは?」
「本当にないよ」
「地球でも?」
「ない」
「アストライアに乗る前の記憶は?」
「普通に会社員してたところまで。気づいたら船の中」
セラが腕を組む。
「そこが一番おかしい」
「今さら?」
「今までは遭難者か記憶障害の可能性もあった。でも、外部勢力がお前を特定してる」
「俺を?」
「少なくとも鍵保持者としてな」
ユウは少し黙る。
アイリスに聞く。
「俺が最初に目覚めた時、何か変な記録なかった?」
『確認可能な起動記録を検索します』
数秒。
『艦長認証以前の一部記録は破損しています』
「また破損」
『はい』
「復元できる?」
『時間を要します』
「やっておいて」
『了解しました』
ユウ自身は知らない。
だがアストライアの奥には、確かに最初から記録が残っていた。
《Y-01》
《覚醒確認》
《航路復帰条件――未達》
それが何を意味するのかは、まだ誰にも分からない。
*
ヘリオスへ戻ると、状況はかなり騒ぎになっていた。
入港直後から警備局職員が集まり、アストライア周辺は封鎖される。
『艦長ユウ。先ほどの襲撃について事情聴取を要請する』
「ですよね」
今回は断る理由もない。
「ただ、船内に侵入者三人拘束してます」
『三人?』
「あと、前の偽装艦から救助した人も十二人」
『……随分乗っているな』
「俺もそう思います」
セラが横から小声で言う。
「余計なこと言うな」
「普通の感想だよ」
侵入者三人はヘリオス警備局へ引き渡すことになった。救助者十二人についても正式な保護手続きへ移す。
マルクだけは別だった。
「こいつは?」
警備官が聞く。
「アストライアへ不正アクセスした人です」
「侵入者と同じ組織か?」
「多分違います」
マルクが横から言う。
「違う」
「黙ってろ」
セラが言う。
「はい」
妙に素直だった。
*
事情聴取は三時間近く続いた。
保管施設での襲撃。
アストライアへの侵入。
外縁へ現れた六隻。
オルフェウスを名乗る通信。
中枢区画については、ユウたちは最低限しか話さなかった。
「未知区画があること自体は?」
「船体構造上の未登録区画として説明すればいい」
セラの判断だった。
「鍵保持者は?」
「伏せる」
「戦闘支援機能は?」
「旧式の自動防御機能が一部復帰した、で十分だ」
「隠しすぎじゃない?」
「全部正直に話して、その情報がどこへ流れるか分からない方が危険だ」
ノード・セブンに内通者がいる可能性がある。
ヘリオスにも絶対いないとは言えない。
「なるほど」
ユウも納得した。
幸い、ヘリオス側もアストライア内部の詳細まで要求してこなかった。自領内で武装襲撃を受けた被害船という扱いの方が強いらしい。
*
一番重要だったのは、セラの証拠だった。
保管庫から回収した三つの記録媒体。
ノエルが持っていた複製。
アストライア内の隔離環境で、アイリスが照合を進める。
『暗号解除率八十一パーセント』
「もう読める?」
『主要部分は』
画面へ大量の記録が出る。
部品番号。
検査記録。
納入契約。
支払い先。
事故艇の整備記録。
セラの顔が変わる。
「これだ」
「何?」
「事故直前に交換された推進制御部品。正規品として登録されてるが、製造番号が廃棄品と一致してる」
ノエルも画面を見る。
「こっちに改ざん前の倉庫記録があります」
二つを重ねる。
一致。
リアが息を吐く。
「完全にアウトじゃん」
「ああ」
さらに資金移動記録。
アルケイド・ロジスティクス系列。
複数のダミー会社。
軍内部の承認番号。
「ロウの名前は?」
「直接はない」
セラが別の記録を開く。
「でもこの承認コードはロウの部署」
「十分?」
「監察を動かすには」
セラの声が少し変わった。
ここまで長かったのだろう。
「やっと届く」
ユウは何も言わず、その横顔を見た。
*
翌日。
セラはヘリオス側の独立監察窓口と、連邦中央監察部へ同時に証拠を提出した。
一か所へ送れば消される。
だから複数経路。
さらにヘリオス自治政府にも保全コピーを残す。
「これで消しにくくなる?」
「ああ。全部潰すなら、今度は相当派手なことになる」
「派手なことされそう?」
「可能性は下がる」
「ゼロじゃないんだ」
「世の中そんなもんだ」
セラらしい答えだった。
提出完了。
端末に受領通知が出る。
《証拠保全処理開始》
《審査案件登録》
セラはしばらくその文字を見ていた。
「終わった?」
「私ができることは、ひとまずな」
ユウは少し笑う。
「じゃあ依頼完了?」
「ああ」
その言葉を聞いて、ユウは少しだけ妙な気分になった。
*
アストライアへ戻る。
リアは機関部で修理計画を作っていた。
「補助冷却路二本、交換必要。姿勢制御は診断。あと一番装備の装甲板も直したい」
「金いくら?」
「まだ計算中」
「怖い」
「今回戦闘報酬出るんじゃない?」
「出るかな」
「ヘリオス守ったようなもんだし」
その横でセラは荷物をまとめていた。
本当に少ない。
「出るの?」
ユウが聞く。
「依頼は終わった」
「まあそうだけど」
「ヘリオスにしばらく残る。監察から追加確認が来る可能性があるからな」
「そっか」
リアが作業しながら二人を見る。
「セラいなくなるとユウまた無茶するよ」
「俺?」
「他に誰がいるの」
セラが少し笑う。
「それは心配だな」
「じゃあ残れば?」
リアが軽く言った。
「リア」
「何?」
「さらっと言うね」
「だって人手足りないし」
それは事実だった。
ユウは少し考える。
「セラ」
「何だ」
「仕事決まってる?」
「今はない」
「戻る場所は?」
「……ないな」
少し間が空いた。
「じゃあ、しばらくアストライア乗らない?」
セラがユウを見る。
「雇うってことか?」
「うん。操艦も戦闘も教えてほしいし、今回みたいなことあった時に俺とリアだけだときつい」
「役割は?」
「副艦長……は重い?」
「いきなりはな」
「じゃあ戦術担当兼パイロット?」
「整備補助もできる」
「それも」
リアが横から言う。
「働かせる気満々だね」
「人手不足だから」
セラは少しだけ考えた。
「給与は?」
「そこから?」
「当然だろ」
「月給?」
「傭兵船なら固定+任務手当が普通だ」
「いくら?」
「相場知らないのか?」
「知らない」
「……本当に船長なんだよな?」
「暫定から始まったので」
リアが笑う。
「そこから説明すると長いよ」
セラはため息をついた。
「条件は後で決める」
「じゃあ?」
「しばらく乗る」
ユウが少し笑う。
「よろしく」
「ああ」
リアも手を上げる。
「改めてよろしく」
「よろしく」
『乗員登録を更新しますか?』
アイリスが自然に割り込む。
「する」
「待て」
セラが止めた。
「何?」
「権限を先に決める」
「ああ」
「そういうところだぞ」
「先生厳しい」
「先生と呼ぶな」
*
その夜。
アストライアの乗員登録が更新された。
《艦長 ユウ》
《機関・整備 リア・フェルナー》
《戦術・操艦補佐 セラ・ヴァイス》
三人。
標準乗員十二名には、まだ遠い。
それでも最初は一人だった。
「ちょっと船っぽくなってきたな」
『当艦は最初から船です』
「そういう意味じゃなくて」
ユウは艦長席へ座る。
セラは新しく割り当てられた戦術席。
リアは機関席。
配置だけなら、随分それらしくなった。
「で、次どうする?」
リアが聞く。
「まず修理」
「正解」
セラが頷く。
「その後、オルフェウスについて調べる」
「第七も?」
「今は触るな」
「なんで?」
「四・七一光年先へどうやって行く」
「ですよね」
現実的だった。
ユウは星図を見る。
赤く表示されていた《第七》の応答は、今は消えている。
だが座標だけは残った。
『艦長』
「何?」
『一点報告があります』
「また怖いやつ?」
『判断できません』
「それが一番怖いんだけど」
アイリスが星図を拡大する。
『先ほど中枢が検出した《第七》の弱応答について、通常センサー記録との照合を行いました』
「何かあった?」
『現在の星図上、その座標には既知の有人星系が存在しません』
「無人?」
『少なくとも登録情報上は』
セラが表示を見る。
「未開拓領域か?」
『いいえ。過去に複数回、探査されています』
「何もない?」
『恒星系自体は存在します。ただし居住可能惑星、人工施設、継続的通信記録はいずれもありません』
ユウは少し考える。
「じゃあ何が返事したの?」
『不明です』
星図の一点。
四・七一光年先。
誰もいないはずの星系。
そこから、アストライアの中枢だけが拾った応答。
《第七》
ユウは画面を眺めたあと、静かに言った。
「……修理終わったら、行きたくなるやつだな」
セラがすぐ返す。
「まず金を稼げ」
「現実的だなあ」
「船は金で飛ぶ」
リアが大きく頷いた。
「それは本当にそう」
古代の謎より先に、修理代。
どうやら宇宙でも、その辺は変わらないらしい。




