第30話 旧戦闘支援
ヘリオス外縁へ現れた六隻は、進路を変えなかった。先頭を進む大型艦を中心に、五隻の小型艦が広がるように配置されている。速度も編隊も、これまで相手にしてきた宙賊とは明らかに違った。
「距離は?」
『約二十八万キロ。接近速度から推定、交戦圏到達まで十一分』
「ヘリオス側は?」
『警備艦艇三隻が発進。追加出動準備を確認しています』
セラが戦術表示を睨む。
「三隻じゃ足りない」
「相手そんなに強そう?」
「動きを見れば分かる。五隻が護衛、中央が指揮艦か回収艦。最初から役割を決めて来てる」
ユウも表示を見る。大型艦は全長百五十メートル前後。周囲の五隻も七十から九十メートルほどあり、少なくとも数だけで押してくる相手ではなさそうだった。
「逃げる?」
「選択肢には入れる。ただ、ヘリオスに接続したままでは動けない」
「じゃあまず離れる」
『ヘリオス管制より通信』
『アストライア、現在外縁部に未識別武装艦艇を確認している。ドック内待機を推奨する』
「待機したら狙われるんですけど」
『こちらでも相手艦隊の進路を確認している。現時点ではヘリオスへの敵対行動は――』
『敵艦隊より高出力通信を受信』
「割り込んできた?」
通信が開く。
『ヘリオス自治管制へ通告する。当方は船舶ASTRAIAの回収を目的とする。それ以外の船舶および施設に敵対意思はない』
男とも女とも判別しにくい、加工された声だった。
『ASTRAIAを引き渡せ。応じる限り、ヘリオスへの攻撃は行わない』
「……随分堂々としてるな」
セラの表情が険しい。
「ヘリオス側は飲まないだろ」
「民間区画守るために、俺たち追い出される可能性は?」
「ある」
「あるんだ」
「自治政府は住民二十万人を守る立場だ」
それは責められない。
すぐにヘリオス管制から通信が返る。
『未識別艦隊へ告ぐ。当自治領内における武装威圧行為を直ちに停止せよ。ASTRAIAは合法的な入港船であり、引き渡し要求には応じない』
「おお」
「ちゃんとしてるな」
リアが少し安心したように言う。
『これ以上接近した場合、敵対行動と判断する』
相手からの返答は短かった。
『了解した』
「引く?」
「そんなわけない」
セラの予想通りだった。
『敵艦隊、加速』
「来た」
*
アストライアは緊急離港許可を受け、ドックから離れる。拘束した侵入者三人と救助者たちはそのまま船内。マルクも隔離中で、ノエルは居住区へ戻している。
艦橋にはユウ、セラ、リアの三人。
「セラ、どうする?」
「まずヘリオスから離す。ここで戦えば流れ弾が居住区へ飛ぶ」
「相手は俺たち狙いだからついてくる?」
「おそらく」
ユウが進路を取ろうとした瞬間、中枢区画から声が響いた。
『鍵保持者への外部脅威を確認』
「また来た」
《脅威数 六》
《保護成功率算出》
数秒。
《現行状態――不足》
「不足って何が?」
『不明です』
アイリスにも分からない。
《旧保護規定を適用》
《制限機能開放を申請》
「誰に申請してるの?」
『推定では艦長です』
ユウの前に新しい表示が出る。
《緊急戦闘支援》
《限定開放》
《承認》
「押していいやつ?」
「待て」
セラが内容を確認する。
「何が開く?」
『表示されている項目を解析します』
アイリスが順番に読み上げる。
『姿勢制御予測補助。局所防御最適化。火器管制補助演算。熱処理補助経路。近接防御統合制御。いずれも限定開放』
リアの目が変わった。
「熱処理補助経路?」
「知ってる?」
「知らない。でも主砲の冷却に使えるなら欲しい」
セラはまだ慎重だった。
「自動攻撃は?」
『項目にありません』
「操艦権限を奪う機能は?」
『確認できません』
「なら使う価値はある」
ユウも頷く。
「承認」
《鍵保持者承認》
《旧戦闘支援 一部復帰》
その瞬間、艦橋の表示が大きく変わった。
「うわ」
六隻の敵艦。それぞれの進路予測が複数の線で表示される。武装射角、加速余力、シールドの偏り、推定射撃タイミングまで次々に重なっていく。
「情報多っ」
「全部見るな!」
セラがすぐに言う。
「必要なものだけ拾え。敵の位置と、次にどこへ来るかだ」
「了解」
『操艦補助方式変更』
ユウが操艦入力へ触れる。
「ん?」
アストライアが動く。
「まだ操作してないけど」
『艦長の視線および入力傾向から進路候補を提示しています』
「提示?」
『現在は予備入力のみです』
ユウの前に薄い航路線が出る。右上方。敵二隻の射線が重なる直前を抜ける経路。
「ここ行けって?」
『推奨経路です』
「セラ?」
「悪くない。使え」
ユウが承認すると、アストライアが加速した。
「速っ!」
身体が座席へ押し付けられる。
「リア、出力上がってない?」
「上がってる! でも主機じゃない。姿勢制御の使い方が変わった!」
これまでは大きく船体を振っていた旋回が、複数の推進器を細かく組み合わせることで滑るような動きに変わる。
「こんな動きできたの?」
『現在まで該当制御テーブルは利用不能でした』
「今まで封印されてたってこと?」
『結果としては』
セラが正面を見る。
「感心するのは後。来るぞ」
*
敵小型艦二隻が先行する。
『敵一番、二番艦より射撃準備』
「どっちから?」
『一番艦、〇・八秒先行』
表示に射線予測が出る。
「避ける」
ユウが船首を振ろうとする。
その前に、シールド表示が変わった。
『局所防御配分変更』
「アイリス?」
『私ではありません』
船体左前方へシールド出力が集中する。
『敵発砲』
二本のレーザー。
一発は外れ、一発が左前方へ命中。
『局所防御成功。総シールド九十三パーセント』
「今の勝手に?」
『中枢戦闘支援による防御補助です』
「俺何もしてないよね?」
『はい』
「便利すぎない?」
「気を抜くな!」
セラが敵二番艦を指す。
「右の船が前へ出すぎてる。あれから止める」
「推進器?」
「ああ。相手は捕獲目的だ。こっちを囲みたい。先に編隊を崩す」
ユウが二番艦を見る。
その瞬間、表示が自動で拡大される。
《推奨制圧点》
《右主推進器基部》
《局所シールド低下予測 三・四秒後》
「狙う場所まで出た」
「撃つかどうかはお前が決めろ」
「アイリス、レーザー準備」
『完了』
敵艦が回頭する。
表示された後方シールドが一瞬だけ薄くなる。
「今!」
『発射』
パルスレーザーが走る。
一射目。
二射目。
『局所シールド低下』
「もう一発」
三射目。
『後方シールド崩壊』
ユウは推進器基部へ照準を移す。
「撃って」
四射目。
推進炎が一つ消える。
『敵二番艦、右主推進器停止』
「冷却は?」
ユウがリアへ聞く。
「まだいける! 熱が別経路に逃げてる!」
「前より全然違う?」
「全然!」
リアが興奮気味に表示を見る。
「でもこれ、今まで死んでた冷却路使ってる。長くは持たないと思う!」
「了解」
アストライアが離脱する。
敵二番艦は編隊から遅れ始めた。
「一隻」
「まだ五隻だ」
セラは淡々としている。
*
敵三隻が同時に広がった。
「囲みに来る」
「正面は?」
「大型艦が動いてない」
「指揮してる?」
「それだけじゃないかもな」
セラが敵大型艦を見る。
「回収用なら、最後まで温存する」
ユウも納得した。
「小さいので止めて、大きいのが持って帰る?」
「その可能性が高い」
『敵三番、四番、五番艦より誘導弾発射』
「何発?」
『十二』
「PDL!」
『近接防御統合制御へ移行』
三基の近接防御レーザーが動き始める。
今までとは違った。
一基ずつ別々に狙うのではなく、三基が完全に連動している。最も効率のいい順番で射線を交差させ、正面から来る誘導弾だけでなく、回り込もうとするものまで先回りして撃ち落としていく。
一発。
二発。
四発。
七発。
「速い」
『残存五』
ユウが回避を入れる。
『推奨姿勢変更』
「これ?」
表示された角度へ合わせる。
アストライアが船体を捻る。
三発が後方へ抜ける。
『残存二』
PDLがさらに発射。
『全弾迎撃』
「ゼロ?」
『はい』
セラが少しだけ黙った。
「……この船、今までどれだけ眠ってたんだ」
「やっぱそう思う?」
「思う」
ただし敵も止まらない。
『敵四番艦、高出力レーザー照射』
「来る!」
回避が間に合わない。
ユウが身構える。
その直前。
《危険》
《鍵保持者防護》
アストライアが突然、大きく横へ滑った。
「うわっ!」
レーザーが船尾近くを通過する。
「今の俺じゃない!」
『私でもありません』
「勝手に動いた!?」
『緊急回避補助です』
セラがすぐに聞く。
「操艦権限は?」
『艦長にあります。ただし致命的攻撃予測時のみ限定介入』
「解除できる?」
『可能です』
「ユウ」
「今は残す」
即答だった。
「死ぬよりいい」
「同意する」
リアだけが苦笑する。
「でも急に動くって先に言ってほしい」
『私も初めて認識しました』
「誰も仕様知らないじゃん」
*
敵艦隊が一度距離を取った。
「様子見してる?」
「こっちが変わったことに気づいた」
セラの予想を裏付けるように、敵側から通信が入る。
《戦闘状態変化確認》
《旧式防護層起動》
ユウの眉が動く。
「知ってるじゃん」
「少なくとも向こうは、この状態を想定してた」
通信が続く。
《回収優先度変更》
《船体損傷許容値 上昇》
《鍵保持者生存 必須》
「……俺のこと知ってる?」
艦橋が静かになる。
セラがすぐ通信を開く。
「そちらはORPHEUSか」
数秒後。
《肯定》
「本当に答えた」
「目的は何だ」
セラが続ける。
《ASTRAIAの回収》
「艦長は?」
《保護対象》
ユウが嫌そうな顔をする。
「俺、頼んでないんだけど」
《意思確認は回収後に実施》
「拉致じゃん」
リアが思わず言う。
「それ保護って言わないよね」
相手は返答しない。
ユウが通信へ入る。
「俺はアストライアを渡す気ないです」
数秒。
《意思を確認》
「じゃあ帰ってくれる?」
《拒否》
「ですよね」
《鍵保持者の判断能力に不確定要素》
《現状維持を危険と判断》
ユウの顔が引きつる。
「なんか勝手に危険人物扱いされてない?」
「少なくとも信用はされてないな」
「初対面なのに」
セラが相手艦隊を見る。
「ユウ。話は後だ。大型艦が動いた」
*
中央の大型艦が加速する。
『大型艦より複数照準』
「武装数多いな」
『レーザー八。実弾兵装四。誘導弾発射機二。その他二基は用途不明』
「まともにやったら?」
『不利です』
「正直でよろしい」
セラが即座に指示を出す。
「小型艦全部相手にするな。大型だけ遅らせて離脱する」
「逃げる?」
「ヘリオスから十分離した。目的は達成した」
ユウは頷いた。
「進路は?」
「このまま外縁へ。足の速い奴だけついてくる形にする」
「各個撃破?」
「できればな」
アストライアが加速する。
『敵艦隊追従』
「全部来る?」
『損傷した二番艦を除く五隻が追従』
「まだ五」
その時、中枢から新しい表示が出た。
《鍵保持者離脱行動を確認》
《追跡脅威 五》
《生存率再算出》
数秒。
《不足》
「また不足?」
《追加機能開放を推奨》
「まだあるの?」
リアが画面を見る。
《長距離観測統合》
《高密度加速砲 予測射撃補助》
《熱処理緊急迂回》
《使用時間制限 四百八十秒》
「八分」
セラが言う。
「それ以上は?」
『安全保証なし』
「使う?」
ユウが聞く。
セラは一瞬だけ考える。
「使う。ただし主砲は私が撃てと言うまで撃つな」
「了解」
ユウが承認する。
《追加開放》
艦橋の表示が再び変わった。
敵艦の現在位置ではない。
数秒後。
十秒後。
二十秒後。
未来の位置が複数の点として表示される。
「これ……」
『敵艦機動予測です』
主砲照準線が、そのうち一隻の進路上へ自動で伸びる。
「まだそこにいないよ?」
『推定十九・六秒後に通過』
セラが表示を見る。
数秒。
「……使える」
「撃つ?」
「まだ」
セラは敵艦隊の動きを見る。
「もっと引きつけろ」
「どのくらい?」
「大型艦が小型艦の後ろに重なるまで」
ユウは理解した。
「一発で二隻止める?」
「違う」
セラが少し笑う。
「一隻を盾にする」
「なるほど」
アストライアは逃げる。
敵小型艦が前へ出る。
その後ろを大型艦。
距離が縮む。
『敵前衛艦、射撃準備』
「まだ?」
「まだ」
予測線が重なる。
「今?」
「まだ」
ユウの手に汗が滲む。
敵小型艦がさらに加速。
大型艦の正面へ入る。
セラが言った。
「今だ。小型艦の推進器を主砲で潰せ」
「主砲!?」
「撃て!」
『照準補正完了』
「発射!」
アストライアの船首から、高密度加速砲が放たれた。
まだ敵艦がいない空間へ。
一瞬、外したように見えた。
だが十九秒後。
回避運動へ入った小型艦が、その射線へ自分から飛び込んだ。
直撃。
『敵前衛艦、主推進部損傷』
小型艦が急激に減速する。
その真後ろ。
大型艦。
「うわ」
大型艦が緊急回避。
編隊が大きく乱れる。
「今離れる!」
「了解!」
アストライアが全力加速する。
敵艦隊との距離が開いていく。
「主砲冷却!」
リアが表示を見る。
「いつもより早い! 緊急迂回路動いてる!」
「次撃てる?」
「撃てるけど、これ八分以上続けたら多分どっか死ぬ!」
「じゃあ逃げるの優先」
セラも頷く。
「その判断でいい」
ユウは前を見る。
アストライアは速い。
今までより明らかに速い。
ただし、無限ではない。
中枢の表示には時間が出ている。
《旧戦闘支援残時間 421》
「これ切れたら?」
『現在開放された補助機能は停止します』
「急に?」
『はい』
「怖っ」
*
敵艦隊は追ってくる。
しかし先ほどまでとは違い、無理に距離を縮めてこない。
「警戒してる?」
「予測射撃を見たからな」
セラが言う。
「向こうもアストライアの本来性能を完全には把握してない」
「オルフェウスなのに?」
「知ってることと、実際に扱えることは別だ」
その時、相手から最後の通信が入った。
《鍵保持者》
ユウが見る。
《その船は、あなたを守るためのものではない》
「何?」
《ASTRAIAの目的を確認せよ》
「どういう意味?」
《航路を開けば、同じことが起きる》
セラの表情が変わる。
「同じこと?」
返答はない。
《次回接触までに判断を求める》
《回収行動を中止》
「……帰る?」
『敵艦隊、減速』
本当に追跡を止めた。
「なんで?」
「分からない」
六隻のうち動ける五隻が、損傷艦を回収しながら反転していく。
「逃がしていい?」
ユウが聞く。
「追う理由がない」
「でも色々聞きたい」
「だからって五隻相手に追撃する馬鹿はいない」
「はい」
もっともだった。
敵艦隊が離れていく。
戦闘終了。
そのはずだった。
『艦長』
「何?」
『旧戦闘支援停止まで三百四十二秒』
「もう使わないから切っていいよ」
『停止命令を送信します』
数秒。
『拒否されました』
「え?」
リアが振り返る。
「何に?」
『中枢管理機能です』
艦橋に新しい表示が出る。
《外部脅威後退》
《鍵保持者保護継続》
《航路復帰準備へ移行》
ユウの顔が固まる。
「待って」
《航路探索機能 一部復旧》
「誰も頼んでない」
《近傍接続点検索》
星図が勝手に切り替わる。
現在の航路。
ヘリオス。
ノード・セブン。
そのどれとも違う場所に、一つの光点が現れた。
《旧航路中継候補》
《距離 4.71光年》
「四・七一光年?」
セラが画面を見る。
「今の航行能力じゃ行けない距離だ」
『はい』
アイリスが答える。
中枢は構わず表示を続ける。
《航路形成設備――応答なし》
《代替接続先を検索》
さらに二つ。
三つ。
遠い星系が表示される。
そして最後に、一つだけ赤く点灯した。
《弱応答検出》
《識別――第七》
セラが眉をひそめる。
「第七?」
ユウにも意味は分からない。
アイリスも答えられない。
『記録に該当なし』
中枢は短い表示を残した。
《帰還候補》
それだけだった。




