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第28話 中枢区画

《侵入判定》

《排除手順を開始します》


 リアは画面を見たまま固まった。未登録区画の奥で何かが起動し、これまでアイリスの船内図にも存在していなかった複数の反応が浮かび上がっている。


「アイリス、止められる?」

『停止権限を確認中です』

「確認中って、今動いてるんだよね?」

『はい』


 隔壁で分断された侵入者の一人が、暗闇の中で携行ライトを点灯した。目の前には、さっきまで何もなかったはずの壁。その中央に長方形の輪郭が淡く光っている。


『何だ、これ……』


 男が一歩近づく。


「近づかない方がいいと思うんだけど」


 リアの声は届かない。


 次の瞬間、壁面の一部が開いた。


 大きな扉ではない。人の腕ほどの細い開口部。その奥から黒い何かが伸びる。


「え?」


 細長い機械腕だった。


『対象確認』


 聞いたことのない音声が船内へ流れた。アイリスの声ではない。感情のない、機械的な声。


《艦内保安規定違反》

《武装保持》

《中枢区画への不正接触》


《排除》


「待って!」


 リアが叫ぶ。

 機械腕の先端が開き、青白い光が走った。


『ぐっ!』


 男の持っていた高出力兵器が弾き飛ばされる。同時に腕へ衝撃を受け、男が床へ倒れた。


「殺してない?」

『生命反応あり。意識低下を確認』


「よかった……」


 だが機械腕は止まらない。倒れた男の武器を掴み、そのまま壁の奥へ引き込んだ。


「武器回収した?」

『そのようです』


 リアが少し引く。


「この船、そんな機能あったの?」

『私の既知情報には存在しません』


 嫌な答えだった。


     *


 ヘリオス保管施設。


「来るぞ」


 セラの声と同時に、通路の角から四人が現れた。


 二人が前。

 二人が後方。


 全員、先ほどと同じ黒い防護装備を着ている。


「ノエル、絶対出るなよ」

「はい!」


 ユウは扉脇へ身体を寄せる。手にはパルス拳銃。出力は非殺傷のままだが、今度は迷わなかった。


「左二人、私。右を見ろ」

「了解」


 先頭の男がこちらへ銃口を向ける。


「撃っていい?」

「もう撃たれてから聞くな」


 セラが先に発砲した。


 一発目が男の肩。

 二発目が後方の男の脚。


 ユウも右側へ二発撃つ。


 一発は壁。

 もう一発が胸部装甲へ当たった。


「当たった!」

「止まってない!」


 確かに男はまだ動いている。


「装甲か!」


 相手が撃ち返す。ユウは頭を引っ込めた。


「どこ狙う?」

「関節! 首じゃなく脚!」


 もう一度顔を出す。今度は膝付近を狙う。


 発射。


 男の脚が崩れた。


「よし!」

「次!」


 最後の一人が扉へ走り込んでくる。距離が一気に縮まった。


「近っ!」


 ユウが拳銃を向けるより早く、男が腕を伸ばした。

 セラが横から踏み込む。

 相手の手首を払い、そのまま身体を捻る。肘。膝。最後に足を払って床へ倒す。


「うわ」


 ユウが思わず声を出した。


「見てないで拘束具!」

「はい!」


 倒れた男がまだ動こうとする。


 セラが拳銃を向ける。


「動くな」


 男が止まった。


「今の何?」

「近接戦闘」

「知ってる。それくらいは分かる」

「なら聞くな」


 セラは呼吸一つ乱れていなかった。


「本当に強いな」

「元軍人だからな」


 それだけで済ませていい動きには見えなかった。


     *


 四人を簡易拘束し、装備を確認する。


 武器は短銃三丁。

 スタン装置一。

 通信端末。


 セラが一人の腕から小型端末を外した。


「ロックかかってる?」

「ああ。でもさっきより情報が残ってる」


 画面に短い指示文。


《対象A:セラ・ヴァイス》

《確保優先》

《抵抗時、排除許可》


「やっぱりセラ」

「ああ」


 次の項目。


《対象C:ノエル・ベルク》

《記録媒体回収後、処理》


 ノエルの顔が青くなる。


「処理って」

「意味は考えなくていい」


 セラが画面を閉じる。


「考えなくても分かりますよ」


 ユウは端末を覗く。


「対象Bは?」

「別班。アストライア」


「中枢区画探索」

「ああ」


 ユウの表情が険しくなる。


「なんで別勢力が同時に動いてるんだろ」

「別勢力とは限らない」

「でも目的違うよね?」

「金で繋がってる可能性はある」


 セラが通路を見る。


「今考えるより船へ戻る」


「正面は?」

「まだ封鎖されてる」

「別ルート?」

「搬入口まで抜ければ公共区画へ出られる」


「あと何人いる?」

「分からない」


「また撃たれるかな」

「たぶんな」


「嫌な即答」


     *


 アストライアでは、二人目の侵入者が隔壁の向こうから状況を確認していた。


『応答しろ!』


 返事はない。


『何が起きた!』


 リアは監視映像を見ながら息を整える。


「アイリス、侵入者三人だよね」

『はい。一名制圧。一名は中央通路。残る一名は外部エアロック付近です』


「残り二人」


 一番装備は整備アームに吊られたまま。装甲には複数の弾痕が残っている。


「まだ盾にできる?」

『可能ですが、高出力兵器への耐性は保証できません』

「さっきの武器は?」

『中枢区画側の機構が回収しました』


「取り返せる?」

『不明です』


「不明ばっかり増えてくなあ」


 リアは少し考える。


「中央の一人、武器は?」

『短銃一。切断工具一』


「なら外骨格ぶつける?」


『より安全な方法があります』


「何?」


『艦内重力制御』


 リアが止まる。


「そんなことできるの?」

『局所的な調整が可能です。ただし通常運用では使用しません』

「どのくらい?」

『対象区画のみ〇・三Gから一・八Gの範囲』


「じゃあ一・八」


『転倒による負傷可能性があります』

「銃持って侵入してる人だから、多少はしょうがない」


『了解』


 中央通路。

 侵入者が慎重に進む。


『リア』

「うん」

『実行』


 次の瞬間。


『ぐっ!?』


 男が突然床へ押し付けられた。

 手から銃が落ちる。


「効いた!」


 そのまま天井の整備アームが動き、一番装備が接近する。


『な、何だこれ!』


 男が銃へ手を伸ばす。


「アイリス、銃遠ざけて!」

『実行』


 床の磁気固定装置が一瞬だけ動作し、金属製の銃が横へ引かれる。


「そんな使い方できるんだ」

『想定用途ではありません』


「でも便利!」


 一番装備が男の前まで来る。


「押さえられる?」

『可能』


 外骨格の腕部フレームが整備アームによって位置調整され、男の肩を床へ固定する。


『動くな! 離せ!』

「いや、動かないで」

『誰だ!』


「この船の整備士!」


 答えたところで、リアは少し恥ずかしくなった。


「別に名乗らなくてよかったな」

『同意します』

「アイリスまで言わないで」


     *


 残る一人は外部エアロック付近にいた。


『通信を受信』

「侵入者から?」

『はい』


 リアが少し迷う。


「繋いで」


『こちら作業班。船内側から攻撃を受けている。誤解がある』


「作業班?」

『そうだ。ヘリオス整備局から――』


「予定ないけど」

『緊急検査だ』


「さっき銃持って入ってきたよね」

『護身用だ』


「船の壁切ろうとしてたよね」

『点検だ』


「無理あるよ」


 相手が黙った。


「外へ出て。武器置いて、エアロックから出るなら何もしない」


『仲間は?』

「生きてる」


『解放しろ』

「先にあなたが出て」


 沈黙。


『分かった』

「お」


 リアが少し驚く。


『今から武器を置く』

「アイリス?」

『確認。床へ置きました』


「エアロック開ける?」

『外扉のみ準備可能』


「じゃあ――」


『警告』

「何?」

『侵入者、別の装置を起動』

「何の?」


 監視映像。

 男が腰から小さな機器を外し、壁面へ押し付ける。


『船内ネットワークへの侵入試行』

「全然降伏してないじゃん!」

『遮断します』


 男が走る。


「どこ行くの?」

『船体中央方向』

「中枢区画!?」

『可能性が高いです』


 リアの顔が変わる。


「止める!」


     *


 未登録区画。

 先ほど侵入者を制圧した機械腕は壁の中へ戻っていた。

 しかし内部では、まだ複数の反応が動いている。


《保安条件更新》

《外部侵入継続》

《追加排除許可》


 さらに別の表示。


《艦長不在》

《中枢アクセス保護》

《代理保安制御――》


 処理が止まる。


《AIRI-S 接続要求》


 艦橋のアイリスが突然沈黙した。


「アイリス?」


 リアが呼ぶ。

 返事がない。


「アイリス!」


 二秒。

 三秒。


『……はい』


 ようやく返事。


「どうしたの?」

『不明な内部システムより接続要求を受信しました』


「受けた?」

『拒否しました』


「なんで?」

『権限体系が確認できないためです』


「正解だと思う」

『ただし』

「まだある?」

『要求元は私をAIRI-Sとして認識しています』


 リアが黙る。

 外部から届いた正体不明の照会信号。

 そして今度は、アストライアの内部に隠れていた中枢区画。


 どちらもアイリスを知っている。


「……この船、自分のAIのこと隠してたの?」

『回答できません』

「だよね」


     *


 ヘリオス保管施設から公共区画へ抜けるまで、さらに二度追手と遭遇した。


 一度目はセラが先に発見して回避。

 二度目は逃げ切れず、短い銃撃戦になった。


 今度はユウも最初から迷わなかった。

 相手が銃を向けた。

 撃つ。


 脚へ一発。

 外れた。

 二発目が腰の装甲へ当たる。


「もう一発!」

「分かってる!」


 三発目。

 膝。


 男が倒れる。


「今のは?」

「悪くない」

「おお」


「喜ぶのは後だ!」


 セラが別の男を制圧する。


「はい!」


 ようやく搬入口が見えた。


「公共区画出たら撃ってこない?」

「普通ならな」


 扉を抜ける。


 人がいる。

 作業員。

 輸送業者。

 警備員。


 追手は出てこなかった。


「助かった……」


 ユウが息を吐く。


「まだだ。ドックまで行く」


 セラはケースを抱えたまま周囲を警戒している。

 ノエルも無事。


「アストライアと通信できる?」

「試す」


 公共回線へ戻った端末から接続。


「アイリス、聞こえる?」

『艦長』


「よかった! リアは?」

『無事です』


『ユウ!』


 リアの声が入る。


「大丈夫?」

『今のところ! でも三人入られた!』


「三人!?」

『二人は押さえた。一人がまだ船内!』


「すぐ戻る!」

『それと!』

「何?」


 リアが一瞬言葉に詰まる。


『中枢区画、本当にあった』


 ユウの足が止まりかける。


「何がある?」

『分からない。でも、アストライアの中に私たちが知らない保安システムが動いてる』


「危ない?」

『侵入者にはかなり』


「俺たちには?」

『それが分からない』


 嫌な言葉だった。


「とにかく戻る」


     *


 アストライアまで残り数百メートル。

 ドック側の通路へ入ったところで、突然警報が鳴った。


『第十二民間ドックへ告ぐ』

『船舶ASTRAIAにおいて武装事案発生』

『周辺区画を封鎖します』


「今度は何?」


 ユウたちの前方で防火隔壁が降り始める。


「走れ!」


 三人が走る。

 間に合わない。

 隔壁が閉じる直前、セラが滑り込む。


「ユウ!」

「無理!」


 ユウとノエルは反対側に取り残された。


「セラ!」

「別ルート探せ!」


 通信は生きている。


「分かった!」


 その時。


『艦長』


 アイリスの声。


「何?」


『侵入者残存一名、中枢区画前へ到達』


「リアは?」

『別区画。安全です』


「侵入者止めて!」


『中枢区画側がすでに対応しています』


 ユウが立ち止まる。


「何してる?」


 数秒。


『扉が開きました』


「……は?」


 さっきまで侵入を拒否していたはずの中枢区画。


『侵入者が内部へ入りました』

「なんで入れたの?」

『不明です』


 そして次の瞬間。


『中枢区画、完全封鎖』

「閉じ込めた?」

『はい』


「じゃあ捕まえられる?」

『……』


「アイリス?」


 返事が遅れた。


『中枢区画内部の生命反応、一』


 ユウは眉をひそめる。

「侵入者一人だよね」


『はい』


 少し間。


『訂正します』

「何?」

『生命反応、二』


 ユウもノエルも動きを止めた。


「二?」

『はい』

「もう一人、誰?」

『不明です』


 その直後。

 完全に閉じた中枢区画の内部から。

 アストライアの艦内回線へ、短い音声が流れた。


『――AIRI-S』


 人の声だった。


『応答を確認した』


 アイリスが沈黙する。

 そして。


『鍵保持者は、どこにいる』

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