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第27話 ヘリオス襲撃

 ヘリオス第十二民間ドックへアストライアを接続したあと、ユウたちはすぐに動き始めた。


「リアは船に残って」

「やっぱり?」

「装備庫もあるし、マルクもいる。今アストライア空ける方が怖い」

「まあ、そうだね」


 リアも今回は素直に納得した。


「アイリス、船内ロック強めに」

『通常時より二段階上の警戒設定へ移行します』

「勝手に人入れないでね」


『当然です』

「なんか頼もしくなったな」

『元からです』


 言い切られた。


 ユウ、セラ、ノエルの三人は保管庫へ向かう。ノエルの記録媒体はアストライアに残したままだ。持ち歩くには危険すぎる。


「証拠、二つ揃えないの?」

「まず私の控えを回収する」

 セラが答える。

「その後、船内で照合する。外の端末では開かない」


「なるほど」


 ヘリオス内部はノード・セブンより生活感が強かった。広い通路の両側に店舗や宿泊施設が並び、作業服の人間だけでなく家族連れも歩いている。


「普通の街だな」

「だから厄介なんだ」

 セラが周囲を見ながら言う。

「戦闘になったら民間人が多すぎる」


「ならないことを祈ろう」

「そういう依頼で何回戦闘になった?」

「聞かないで」


 ノエルが少し笑った。


     *


 独立保管サービスは居住区の中心から少し外れた場所にあった。


 金融機関というより、小さな要塞に近い。分厚い扉。複数の認証ゲート。内部には武装した警備員もいる。


「ここなら簡単には盗まれないね」

「そのために選んだ」


 セラが受付端末へ個人情報を入れる。


《保管番号照合》

《本人認証》

《生体確認》


 最後に長い認証コード。


《保管庫開放》


「ちゃんと残ってた」

「当然だ」


 そう言ったセラだったが、少しだけ肩の力が抜けていた。


 案内された個室。

 壁面から小型ケースがせり出してくる。


 セラがそれを開く。


「これ?」

「ああ」


 中にあったのは記録媒体三つと、薄い紙のような物理記録板。


「紙?」

「非常用。電子データが消された場合の認証情報だけ印刷してある」

「徹底してるなあ」


 ノエルが記録媒体を見る。


「これがあれば俺のコピーと照合できます」

「かなり?」

「かなりどころじゃないです。整備番号と契約番号が一致すれば、改ざん前後まで辿れる」


 セラがケースを閉じる。


「帰るぞ」

「もう?」

「ここで確認はしない」


 ユウも同意した。


「船戻ってからにしよう」


 その時だった。

 施設内の照明が一度だけ落ちた。


「停電?」


 すぐに非常灯へ切り替わる。


『施設をご利用中の皆様へ。現在、区画内通信障害が発生しています』


 セラが足を止めた。


「ユウ」

「うん」


 嫌な感じがする。


『安全確認のため、一時的に出入口を封鎖します』


「……来た?」

「まだ分からない」


 セラはそう言いながら、すでに拳銃へ手を伸ばしていた。


     *


「アイリス、聞こえる?」

「……」


 ユウの端末に反応がない。


「繋がらない」

「施設通信ごと落としてる」


 セラが個室の扉を少しだけ開き、外を見る。

 警備員が走っている。


「本当に事故?」

「違う」

「なんで分かるの?」

「警備員が出口じゃなく監視室へ向かってる」


 ユウにはまだ違いが分からない。

 セラが続ける。


「通常の通信障害なら、まず利用者を安全区画へ集める。今はそれをしてない」


 ノエルの顔が青くなる。


「俺たちを探してる?」

「可能性が高い」


 遠くで短い破裂音。


「今の何?」

「銃声」


 ユウの表情が変わる。


「やっぱり来てるじゃん」


 セラが扉を閉じる。


「ここに籠もるのは悪手だ」

「なんで?」

「出口が一つしかない」

「じゃあ出る?」

「ああ。職員用通路を使う」

「知ってるの?」

「入る時に見た」


 ユウは少し呆れた。


「いつ?」

「普通見るだろ」

「普通ではないと思う」


 ノエルが小声で言う。


「俺もそう思います」

「二人とも黙ってついてこい」


     *


 保管庫の裏側へ回る。

 セラが非常扉の脇にあるパネルを確認する。


「ロックされてる」

「開けられる?」

「壊す」

「早いな」


 セラが携帯工具を差し込む。

 数秒で外装を外した。


「元軍人って鍵開けもするの?」

「非常時の隔壁解除訓練はある」


 配線を二本。

 一瞬だけ接触させる。


 扉が開いた。


「すご」

「行くぞ」


 狭い職員通路へ入る。

 三人で進んでいると、前方から足音。

 セラが即座に壁へ寄る。


「三人」

「分かるの?」

「聞けば分かる」

「俺二人だと思った」

「だから訓練が必要なんだ」


 こんな時まで指導される。

 セラがユウへ手で合図する。


「非殺傷?」

「相手次第」

「了解」


 足音が近づく。

 角から男が一人出た。


 黒い装備。

 防護服。

 顔はヘルメットで隠れている。


 その後ろに二人。


「止まれ!」


 相手が銃を上げる。

 セラの方が早かった。


 一発。


 先頭の男の肩へ命中。

 男が回転して倒れる。


「撃ってきた!」

「見れば分かる!」


 二人目が射撃。

 ユウは壁へ飛び込む。

 弾が角を削る。


「実弾?」

「殺傷設定だ!」


 セラが二発撃つ。


 二人目の脚。

 三人目の腕。


 正確だった。


「無力化!」

「早っ」


「見てないで前!」


 ユウが顔を出す。

 一人目がまだ動いている。

 落とした銃へ手を伸ばす。


「やめろ!」


 止まらない。

 ユウは撃った。


 パルス拳銃。

 非殺傷出力。

 男の胸へ当たり、身体が硬直する。


「当たった」

「次から撃つ前に止まれと言わなくていい」

「え?」

「すでに銃を拾おうとしてる」


「ああ、そういうこと」

「判断が一拍遅い」


 また怒られた。


     *


 三人を確認する。


「軍人?」

 ユウが聞く。


 セラが装備を見る。


「違う」


「分かる?」

「装備規格が民間警備系。ただし中身はかなり良い」


 ノエルが一人の腕章を見る。


「これ……アルケイド系列です」


「本当?」

「ロゴ消してるけど、下地が残ってる」


 セラの顔が冷える。


「来たな」


 自分を追っていた側。

 補給改ざんの中心にいる可能性が高い企業。


「じゃあ目的は証拠?」

「おそらく」


 ユウが少し安心しかける。


「アストライア側とは別か」

「まだ決めるな」


 その時、施設全体へ警報が流れた。


『警告。武装犯罪者の侵入を確認』

『利用者は現在位置から移動しないでください』

「武装犯罪者って」

「私たちにするつもりかもしれない」


 セラが倒れた男の通信端末を拾う。


「ロック」

「開けられる?」

「今は無理だ」


 しかし画面には一件だけ通知が残っていた。


《対象A確保優先》

《記録媒体回収》


「対象A?」

「私かノエルだろう」


 ユウが画面を見る。


「他に対象ある?」

「下」


 セラが通知を開く。


《対象B:船舶ASTRAIA》

《別班対応》

《内部中枢区画探索を優先》


 三人とも黙った。


「中枢区画」


 ノエルが呟く。

 ユウの顔から一気に余裕が消えた。


「リア」


     *


 同じ頃。

 アストライア艦内。


「アイリス、ユウと繋がらない?」

『ヘリオス内部通信が遮断されています』


 リアは機関席から立ち上がる。


「嫌なタイミングだなあ」


『外部接続要求を受信』


「誰?」

『ドック整備局を名乗っています』

「予定ないよね?」

『ありません』


 リアが眉をひそめる。


「拒否」

『拒否しました』


 三秒後。


『警告』

「何?」

『外部エアロックへ物理接触』

「え?」


『複数名。船体外部から接続を試行中』


 リアが固まる。


「アイリス」

『はい』

「船、閉めて」

『全区画封鎖を開始』


 重い音が艦内へ響く。

 隔壁が閉じる。


「マルクと他の人たちは?」

『居住区に隔離済み』

「装備庫も」

『封鎖済み』


 リアは少し安心する。

 しかし。


『外部接続部、強制解錠を確認』

「早くない?」


 警告表示が赤へ変わる。


『侵入者三名』

「入られた!?」


 リアが工具ベルトを掴む。

 そのまま止まる。


「いやいや、工具で戦うの無理でしょ」

『推奨しません』

「だよね!」


 アストライアの船内監視映像が表示される。


 三人。

 全員が黒い防護装備。

 手には短銃。


「どこ向かってる?」

『船体中央部』

「装備庫?」

『いいえ』


 リアが画面を見る。

 三人は装備庫へ続く通路を素通りした。


「え?」

『侵入者、艦内機構を把握している可能性があります』


 さらに一枚の隔壁を突破。

 リアの表情が変わる。


「アイリス、あの先って何?」

『現在使用されていない区画です』

「何区画?」

『記録損傷により不明』


 三人は迷っていない。

 まっすぐ進んでいる。


 そして、アストライアの船内図では灰色で表示されている場所の前で止まった。


「そこ……」

『未登録区画です』


 一人が機器を取り出す。

 壁面へ接続。


『不正アクセスを確認』


「止められる?」

『試行中』


 数秒。


『拒否』


「よし」


 リアが少しだけ息を吐く。

 侵入者が別の装置を出す。


『高出力切断装置を確認』

「それはダメ!」


 壁面へ熱が走る。

 リアが艦橋を飛び出そうとする。


『リア』

「何!」

『単独接触を推奨しません』


「でも開けられる!」

『確認しています』

「何を?」


 一瞬の沈黙。

 艦内の照明が変わった。


『艦内保安手順を検索』


「アイリス?」

『利用可能な装備を確認しました』


 装備庫。

 一番収納ケース。


 先ほどユウを優先使用者として登録した強化外骨格の表示が、自動で点灯する。


《保安支援要求》

《使用者不在》

《遠隔補助制御――限定許可》


 リアが目を見開く。


「動かせるの?」

『完全な自律行動はできません』

「じゃあ?」

『艦内設備との連携により、移動補助のみ可能です』


 収納ケースが開く。

 強化外骨格が固定具から外れた。

 自力で立つわけではない。

 天井から伸びた整備用搬送アームが背部フレームを掴み、装備を持ち上げる。


「そう来たか!」

『戦闘能力は限定的です』

「十分!」


 リアは艦内図を見る。


「アイリス。あれを侵入者のところまで運べる?」

『可能です』


「武器は?」

『未使用』

「じゃあ盾!」


 リアが一番装備の外部装甲板を見る。


「防弾性能あるんでしょ?」

『限定的です』

「私よりマシ!」

『否定できません』


 搬送アームが動き出す。


     *


 ヘリオス保管施設。


「船に戻る」

 ユウが言った。


「証拠は?」

「持ってる」

「道を開ける必要がある」


 セラが端末を見る。


「正面出口は無理だ。相手が待ってる」

「他は?」

「搬入口へ抜ける」


 ノエルが不安そうに聞く。


「アストライア、大丈夫ですか?」

「分からない」


 ユウは拳銃を握る。


「でもリアがいる」


 だからこそ急ぐ。

 三人が職員通路を走る。


 前方。

 また足音。


「今度は?」

「四」


 セラが即答する。


「増えたな」

「隠れる場所は?」

「ない」


 通路は直線。

 左右に扉。

 セラが一つを開ける。


「入れ!」


 三人が飛び込む。


 直後、通路に銃撃。

 壁が削れる。


「ノエル、奥!」

「はい!」


 ユウとセラが扉脇へ。


「四人相手どうする?」

「二人倒す」

「残りは?」

「お前」


「急に責任重くない?」

「訓練だ」

「実戦で言う?」


「実戦だから覚える」


 セラが少しだけ笑った。


「来るぞ」


     *


 アストライア。

 侵入者の一人が切断装置を壁面へ押し当てている。

 残り二人は通路警戒。


『隔壁損傷率十一パーセント』

「急いで!」

『搬送装備接近』


 天井の整備レール。

 その先から、何かが現れた。


 人型の外骨格。

 吊り下げられたまま、通路を進んでくる。

 侵入者が振り返る。


『何だ?』


 一人が銃を向けた。


「来る!」


『射撃確認』


 銃弾が外骨格へ当たる。

 胸部装甲で火花が散る。


『装甲損傷軽微』

「効いてる!」


 リアが思わず笑う。


「アイリス、そのまま押し込める?」

『可能です』

「押せ!」


 搬送アームが加速する。


『っ!?』


 吊られた強化外骨格が、そのまま侵入者へ突っ込んだ。


 一人を壁へ押しつける。

 もう一人が射撃。

 装甲板へ数発。


「まだいける?」

『可能』

「その人押さえたまま!」

『了解』


 三人目が切断装置を捨て、腰から何かを抜いた。

 リアの表情が変わる。


「何あれ?」

『高出力携行兵器』

「まずい?」

『現在の一番装備では耐えられない可能性があります』

「それ先に言って!」


 男が外骨格へ銃口を向ける。

 その瞬間。

 アストライアの照明が全て消えた。


『艦内照明停止』

「アイリス?」

『侵入者の視覚を妨害します』


 真っ暗な通路。

 非常灯すら点かない。

 リアの画面だけには、船内センサー情報が残っている。


「こっちは見える?」

『はい』

「ずるいね」

『艦内ですので』


 男たちが混乱する。


『ライト!』

『どこだ!』


「アイリス」

『はい』


「隔壁」

『閉鎖します』


 侵入者三人の間に隔壁が落ちる。


 一人。

 二人。

 一人。

 完全に分断された。


「よし!」


 リアが立ち上がる。


「これなら一人ずつ――」


『警告』


「今度は何!?」


 未登録区画の壁面。

 侵入者が切断していた場所。

 そこへ、細い光が走った。


「え?」


 切断されたわけではない。

 内側から。

 今までただの壁だった部分に線が浮かぶ。

 長方形。


『未知の扉構造を確認』

「扉?」


 リアが画面を見る。


「そこ、最初から扉だったの?」

『船内図に登録されていません』


 光が増える。


《外部接触確認》

《保安条件――不一致》

《中枢区画》


 リアの表情が止まった。


「中枢……?」


 初めて。

 アストライア自身が、その場所をそう呼んだ。

 そして次の表示。


《侵入判定》

《排除手順を開始します》


「え」


 リアが固まる。


「ちょっと待って」


『リア』


「何?」


 アイリスの声にも、わずかな違和感があった。


『この手順は、私が起動したものではありません』


 未登録だった区画の奥で。


 何かが動き始めた。

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