第25話 艦長用装備
「測るだけなら問題ないでしょ?」
「リア、その言い方する時だいたい測るだけで終わらないよね」
「信用ないなあ」
「あるから分かるんだよ」
装備庫へ戻ると、一番ケースだけが淡い照明を点けていた。
中に収まっている強化外骨格。
改めて見ると、現代の作業用装備とはかなり形が違う。
全身を分厚い装甲で覆うタイプではない。
背骨に沿う主フレームから腰、脚、腕へ細い骨格が伸び、その上に胸部や前腕、太腿を守る装甲板が配置されている。
「思ってたより細いな」
「船内用ならこの方がいいよ」
リアがケースの周囲を見ながら答える。
「重装甲にすると通路狭いし、整備ハッチ入れないし。これ、たぶん動きやすさ優先」
「戦うためだけの装備じゃないってことか」
「うん。船外作業もするならこっちの方が便利」
『適合確認を開始しますか?』
「何するの?」
『身長、骨格、筋力、関節可動域、生体情報を取得します。装着は行いません』
「それならいいか」
「ほら」
「リアが勝ち誇るところじゃない」
「アイリス、お願い」
『開始します』
ケースの左右から光が走った。
頭から足元まで数秒。
「終わり?」
『一次計測完了』
表示が出る。
《身体寸法:許容範囲》
《骨格適合:良好》
《神経補助接続:未確認》
《主制御系との接続試験:不可》
《総合判定――》
少し間が空く。
《暫定適合率 93.1%》
「高い?」
ユウが聞く。
「比較対象分からないけど、高そう」
『通常装着に必要な身体適合条件は満たしています』
「じゃあ着られる?」
『現時点では推奨しません』
「ですよね」
リアがケースへ顔を近づける。
「電源が死んでる?」
『主電源セル容量、設計値比十一パーセント』
「それは死んでるね」
「交換できる?」
「同じ規格は無理だろうけど……」
リアは楽しそうに装備の背面を見る。
「変換器噛ませて現代セル載せればいけるかも」
『電圧および供給特性の差異に注意が必要です』
「そこは調べる」
「もう直す前提だ」
「直したくないの?」
「直したい」
即答した。
リアが笑う。
「でしょ?」
*
装備の記録を確認していく。
《船外作業補助》
《筋力増幅》
《姿勢安定》
《磁気固定》
《短時間真空活動》
《耐熱・耐圧補助》
《艦内災害対応》
《艦内保安支援》
「艦内保安って何してくれるんだろ」
『追加装備情報を検索します』
表示が切り替わる。
《外部装甲モジュール》
《衝撃吸収層》
《防弾補助》
《戦術情報投影》
《個人火器接続》
《近接戦闘補助》
《非殺傷制圧装備》
「思ったよりガチだね」
「だね」
ユウが最後の項目を見る。
「非殺傷もあるんだ」
『警備任務を想定した装備体系です』
「じゃあ普通の乗員が船外作業にも使って、いざって時は戦闘にも使う?」
『推定として妥当です』
リアが腕を組む。
「古い船だからって、全部専用品じゃないんだね」
「むしろ何でも一個で済ませる感じ?」
「長距離航海ならその方が合理的かも」
補給できない場所へ行く船。
人員も十二人しかいない。
一人が複数の仕事をする前提だったのかもしれない。
「アストライアらしいな」
ユウが何気なく言う。
『どういう意味でしょうか』
「少人数で何でもやらされる感じ」
『否定できません』
「アイリスもそう思ってるんだ」
少しずつ、この船がどんな目的で作られたのか見えてくる。
ただし、まだ断片だけだ。
リアが別の表示を開く。
「十二着全部同じ?」
『基本フレームは共通。装備構成に差異があります』
「差?」
『一番および二番は指揮・保安機能強化型。三番から六番は船外作業機能強化型。七番から十二番は標準型』
「一番が艦長用?」
『登録上、一番装備の優先使用者は艦長です』
「なるほど」
ユウはケースを見る。
自分専用。
そう言われると妙に気になる。
「ちなみに武器は?」
『装備庫内の個人火器保管部は現在アクセス不能』
「あるんだ」
「絶対あると思った」
『ただし一部記録を確認』
新しい表示。
《携行型指向性投射器》
《制圧用短射程投射器》
《多用途切断装置》
「銃?」
『現在の分類との一致率が低く、断定できません』
「また直さないと分からないやつ」
「楽しみ増えたね」
「リアはな」
「ユウもでしょ?」
「まあね」
否定はしなかった。
*
艦橋へ戻ると、セラが一人で座っていた。
「ノエルは?」
「話は終わった。今は居住区」
「何か分かった?」
セラが端末をユウへ送る。
「少しな」
表示されたのは人名と組織名。
契約会社。
整備会社。
軍内部の承認番号。
そして複数の資金移動記録。
「これ全部?」
「ノエルが覚えていた範囲だけだ。証拠媒体の方はまだ開けてない」
「でも結構ある」
「ああ」
セラは一つの会社名を指す。
《アルケイド・ロジスティクス》
「ここが中心?」
「表向きは軍向けの補給会社。部品調達、輸送、整備委託までやってる」
「でかそう」
「でかい」
リアも画面を見る。
「ロウはここから金もらってた?」
「直接ではない。間に二社入ってる」
「面倒だな」
「意図的にそうしてる」
ユウが聞く。
「ノード・セブンの内通者もここ関係?」
「まだ分からない」
「マルクが言ってたアストライアの情報買ってる相手は?」
「それも別件らしい」
「別なの?」
「ああ」
セラが少し嫌そうな顔をした。
「むしろそっちの方が気になる」
ユウも同感だった。
「ロウはセラを追ってた。マルクはアストライアを調べてた」
「目的が違う」
「たまたま同じ船に乗ってた?」
「完全な偶然とも思えない」
リアが腕を組む。
「ロウがアストライアの情報も売ろうとしてたとか?」
「あり得る」
セラが答える。
「金になるなら使う人間だった」
「じゃあ俺たち、巻き込まれたというより途中から商品扱いされた?」
「可能性はある」
「嫌すぎるなあ」
それでも、一つ分かったことがある。
アストライアを狙う動きと、セラの問題。
全部が同じ敵というわけではない。
逆に言えば、面倒が二つある。
「増えた?」
「増えたな」
「聞かなきゃよかった」
*
「それで装備庫は?」
セラが聞く。
「パワードスーツっぽいの、直せそう」
「っぽい?」
「正式には多目的船外・艦内活動支援装具」
「長いな」
「セラまで言うんだ」
リアが説明する。
「筋力補助、真空対応、磁気固定、防弾拡張、戦闘支援まである」
「使えるなら便利だな」
「直ったらセラも着る?」
「性能次第」
即答だった。
「抵抗ないんだ」
「軍でも強化外骨格は使った」
「やっぱあるんだ」
「特殊な装備じゃない。船外作業や降下部隊なら珍しくない」
ユウが少し安心する。
「じゃあアストライアだけの超技術って感じではない?」
「形を見るまでは何とも言えないが、概念自体は普通だ」
ここは重要だった。
何でもかんでもアストライアだけ特別では、さすがに困る。
「じゃあ現代製も買った方がいい?」
「古い装備の修理を待つくらいならな」
セラがユウを見る。
「特にお前は」
「また?」
「昨日買った防護服は最低限だ。接舷するなら強化外骨格か、少なくとももっとまともな装甲が欲しい」
「三万四千クレジット……」
「命と比較するな」
「セラもそれ言う」
「正論だからな」
リアが笑っている。
「金使わせる人増えたね」
「リーネは止める側なのに」
*
ヘリオスまで残り一時間半。
アストライアは定速航行を続けていた。
『艦長』
「今度は何?」
『ノエル・ベルクより面会希望』
「艦橋?」
『はい』
「通して」
しばらくしてノエルが入ってくる。
少し緊張していた。
「どうした?」
「思い出したことがあります」
セラが振り返る。
「何だ」
「ロウが受け取っていた通信です」
「ノード・セブンの内通者?」
「そっちじゃありません」
ノエルはユウを見る。
「アストライアについてです」
またこっちだった。
「何て?」
「俺は内容全部は見てません。でも、ロウが一度だけ端末を開いたまま席を離れたことがあって」
ノエルが記憶を辿る。
「依頼条件が表示されてました」
「船を確保しろってやつ?」
「それもです。ただ、一文だけ妙なのがあった」
ユウの表情が変わる。
「何?」
「確か――」
ノエルは少し迷ってから言った。
「《船体損傷は最小限。中枢区画への侵入は禁止》」
「中枢区画?」
リアが眉をひそめる。
「何それ」
「分からない。でもそれだけじゃない」
ノエルが続ける。
「《対象船が特定の応答を示した場合、接触を中止すること》」
セラが立ち上がる。
「特定の応答とは?」
「そこは暗号化されてました」
「誰が出した依頼?」
「表示されてた識別名だけなら」
ノエルは端末へ文字を入力する。
《ORPHEUS》
「オルフェウス?」
「たぶん」
ユウには聞き覚えがない。
「会社?」
「分かりません」
セラも首を横に振る。
「少なくとも軍の正式部署名ではない」
リアが画面を見る。
「中枢区画って、アストライアのどこ?」
「アイリス?」
『該当名称を現在の船内区画情報から検索します』
数秒。
『一致なし』
「じゃあ相手も正確には知らない?」
「可能性はある」
セラが考える。
「だが、損傷させるな、侵入するな、特定反応が出たら撤退しろ。随分慎重だ」
「船欲しいだけじゃなさそうだね」
ユウがそう言った直後。
艦橋中央の表示が一瞬だけ乱れた。
「ん?」
『異常を確認』
「何?」
アイリスが答える前に、画面の隅へ見覚えのない文字が浮かぶ。
《外部照会信号検出》
《照合――》
《拒否》
すぐに消えた。
ユウが固まる。
「今の何?」
『不明です』
「外から何か来た?」
『通常通信帯では信号を確認していません』
セラが鋭く聞く。
「発信源は?」
『特定不能』
リアが周囲のセンサー表示を開く。
「船いる?」
『通常センサー範囲内に該当艦なし』
誰も何も言わない。
ユウは正面を見る。
ヘリオスまでは、まだ一時間以上ある。
「……特定の応答って」
ノエルが小さく呟いた。
ユウも同じことを考えていた。
今のが、そうなのではないか。
だが確かめる方法はない。
『艦長』
「何?」
『先ほどの信号検出と同時に、乗員装備保管区画一番装備が自動起動しました』
今度こそ、リアが勢いよく立ち上がった。
「起動した!?」
「待って。今度は絶対一人で行かないからね」
「行く前提なんだ」
「当然!」
セラがため息をつきながら立ち上がる。
「私も行く」
「セラも?」
「正体不明の信号を受けて勝手に起動した装備だろ」
腰の拳銃を確認する。
「お前たち二人だけで行かせる方が怖い」
今回は、誰も反論できなかった。




