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第23話 内通者

『ノード・セブンの中にも内通者がいる』


 救助艇から届いた言葉に、艦橋が静かになった。


「それ、確かなの?」

『ロウがノード・セブンから情報を受け取ってるのを見た。ヴァイス少佐の宿泊区画、移動予定、乗った船まで全部だ』

「アストライアに乗ったことも?」

『そうだ』


 ユウはセラを見る。


「じゃあ俺たちが出た時点で筒抜けだった?」

「可能性は高い」


 セラの表情は険しい。


「誰か分かる?」

『名前までは知らない。ロウは通信相手を《管理側》としか呼んでなかった』


「管理側って広すぎない?」

「港湾、警備、軍連絡所、商会関連施設。候補はいくらでもある」


 リアが嫌そうな顔をした。


「ノード・セブン戻れないじゃん」

「戻ること自体はできる。ただし、何も考えずに戻るのは危険だ」


 ユウは救助艇二基を見る。

 十二人。

 その中に証拠を持っているという技術員がいる。


「まず、この人たちどうする?」

「全員そのまま艦内へ入れるのはやめた方がいい」


 セラの返答は即答だった。


「ロウの部下じゃないって言ってる人もいるよ?」

「十二人全員が同じ立場とは限らない」

「内通者が混ざってる可能性?」

「ああ」


 ユウは少し考えてから、通信を開いた。


「救助艇の人たち。こちらアストライアです。全員救助します。ただ、安全確認のため一艇ずつ収容します。武器を持っている人は艇内に置いてきてください」

『了解した』


 先ほどの男が答える。


「あと、さっき名前ノアって聞こえたんですけど」

『ノエルだ。ノエル・ベルク。通信が悪かったみたいだな』

「あ、よかった」

『何が?』

「いや、こっちの話です」


 将来困りそうな気がしただけである。


「ノエルさんはどっちの艇?」

『二号艇だ』

「じゃあ一号艇から入れます」


 セラがユウを見る。


「分ける理由は?」

「先にノエルさん以外を見る。もし誰かが証拠狙ってるなら、本人を最後にした方がいいかなって」

「悪くない」


 セラに認められた。

 少しだけ嬉しい。


「リア、貨物区画使える?」

「救助者入れるなら大丈夫。固定具どかせば広いよ」

「アイリス、生命反応と危険物スキャンお願い」

『了解しました』


     *


 一号救助艇には五人乗っていた。

 アストライアの貨物区画へ接続し、一人ずつ入ってもらう。


 セラは購入したばかりのパルス拳銃を腰に下げている。

 ユウも同じ装備だ。

 リアは少し後方。今回は艦内なので軽装防護服までは着ていない。


「軍人みたい」

「元軍人だ」


 セラが短く返す。


「俺のこと」

「お前はまだ銃持った一般人に近い」

「評価低いな」

「二時間訓練しただけだろ」

「否定できない」


 一人目。

 二人目。

 三人目。


 全員、身体検査と所持品確認。

 目立った武器はない。


 四人目は腕を負傷していたため、そのまま医療区画へ。

 五人目も問題なし。


「こっちは大丈夫そう?」

『現時点では危険物反応なし』

「じゃあ二号艇」


 二号艇には七人。

 ノエルもそこにいる。


 接続が完了し、最初の二人が入ってくる。

 三人目。

 四人目。


 五人目がノエルだった。


「ユウ船長?」

「はい」

「助かった。さっきは通信だけだったからな」


 年齢は二十代半ばくらい。

 細身で、灰色の作業服を着ている。軍人というより、確かに技術職に見えた。


 セラが前へ出る。


「ノエル・ベルク」

「……ヴァイス少佐」

「少佐はやめろ」

「失礼しました」


「証拠は?」

「持ってる」


 ノエルが胸元へ手を伸ばす。

 その瞬間、セラの手が拳銃へ動いた。


「ゆっくり」

「分かってます」


 ノエルが作業服の内側から小さな記録媒体を取り出す。

 指先ほどの黒い板。


「これです」

「中身は?」

「補給契約書、整備品の出庫記録、検査ログ。それとロウが使ってた通信記録の一部」

「複製?」

「はい。元データは多分もう消されてる」


 セラの目が記録媒体から離れない。


「確認できる?」

「ここでは開かない方がいい」

「理由は?」

「軍用暗号化が残ってます。オンライン端末で解除しようとすると認証照会が飛ぶ可能性がある」

「位置がバレる?」

「最悪は」


 ユウはアイリスへ聞く。


「アストライアの中だけで見られる?」

『外部通信から隔離した解析環境を構築可能です』

「できるんだ」

『はい』


 ノエルが少し驚く。


「船載AIで?」

「うちのアイリス結構できるみたいです」

『結構、という評価基準は不明です』

「今そこいいから」


 ノエルが初めて少し笑った。


 残る二人も船内へ入る。

 どちらも問題なし。


「これで十二人全員?」

『はい』


 ユウが少し力を抜いたところで、セラが首を振った。


「まだだ」

「何が?」

「事情聴取」


 十二人を一か所に集める。

 ロウの船へどういう経緯で乗ったのか。

 誰から命令を受けたのか。

 今回の任務内容をどこまで聞かされていたのか。


 一人ずつ簡単に確認する。

 結果はかなりばらばらだった。


「護衛任務とだけ聞いてました」

「臨時編成です。ロウ監査官の移動警護だと」

「標的が民間船だとは知らなかった」

「発砲命令が出てからおかしいと思った」


 全員が完全に無関係とは言い切れない。

 ただ少なくとも、ロウと一緒にセラを消そうとしていた人間ばかりではなさそうだった。


「軍人?」

 ユウが聞く。


「現役は八人。残り四人は契約要員です」


 答えたのは救助艇の操縦士だった。


 セラが続ける。


「第七码頭警備隊を名乗るよう指示されたのは?」

「ロウ監査官です。演習上の偽装識別だと説明されました」


「民間船へ実弾を撃った時点で疑わなかった?」

「疑いました」


 男は少し俯く。


「でも命令でした」


 セラの表情が冷える。


「その言葉で死人が出る」


 男は何も返せなかった。


 ユウは二人を見る。

 セラが厳しいのは当然だと思う。

 同時に、目の前の男が最初から殺すつもりで乗っていたようにも見えなかった。


「今回は誰も死ななくてよかったですよ」

「ダンが死んだ」


 セラの言葉に、ユウは口を閉じた。


「……そうだった」


 機関区に残った男。

 十二人を逃がすため、一人で炉を押さえていた。


 助かった人数だけで終わった話ではない。


     *


 事情聴取のあと、十二人は貨物区画と空いている居住区へ分けて待機させた。

 医療が必要な者は医療区画。

 それ以外は自由に船内を歩かせない。


「悪いけど、ノード・セブン着くまでこのままで」

「仕方ない」


 ノエルは素直に受け入れた。


「ただ、本当にノード・セブンへ戻るんですか?」

「それを今から相談する」


 艦橋へ戻る。

 ユウ、リア、セラ。

 ノエルだけは証拠の説明役として同席させた。


「選択肢は?」

 ユウが聞く。


 セラが星図を出す。


「一つ。予定通りヘリオスへ行く」

「証拠の控えがあるところ」

「ああ。二つ目はノード・セブンへ戻って警備局へ全員引き渡す」

「内通者がいるかもしれない」

「そこが問題だ」


 リアが聞く。


「別の場所は?」

「近隣に小規模中継施設が三つ。ただし証拠を安全に預けられる保証がない」


 ノエルが口を挟む。


「俺はヘリオスを勧めます」

「理由は?」

「ヴァイスさんが隠したデータと俺の記録を合わせれば、かなりの証拠になる」


 セラがノエルを見る。


「私がヘリオスに記録を残したことを、ロウは知っていたか?」

「場所までは知らなかったと思います。ただ、外部に複製があるとは疑ってました」


「じゃあ追手が来る可能性はある」

「はい」


 ユウは星図を見る。

 現在位置からヘリオスまでは四時間弱。

 ノード・セブンへ戻るなら三時間ほど。


「アイリス、さっき来るって言ってた警備局艇は?」

『当宙域へ接近中。到着予測十八分』


 セラがすぐに反応した。


「所属照会できるか?」

『ノード・セブン警備局所属。識別情報は現行登録と一致』

「本物っぽい?」

『通信認証上は』


「でも中に内通者がいたら分からない」

「そういうことだ」


 面倒だった。


「じゃあ警備艇来たらどうする?」

「今回の戦闘記録は渡す。ただしノエルと証拠のことは伏せる」

「十二人は?」

「引き渡さない方がいい」


 ノエルが少し驚く。


「全員?」

「ああ。誰が何を知っているか、こちらもまだ分からない」


 セラがユウを見る。


「問題は、お前がそれをやると警備局に理由を聞かれることだ」

「何て答える?」

「ヘリオスまで輸送する民間契約があると言えばいい」

「嘘にならない?」

「今から契約する」


 リアが笑う。


「強引」

「必要なら書類は作る」


「元軍人というより役人みたい」

「軍は書類が多い」


 妙なところで説得力があった。


     *


 十八分後。

 二隻の警備艇が到着した。


『こちらノード・セブン警備局。アストライア、状況を報告せよ』

「こちらアストライア。偽装識別船二隻から攻撃を受けました。一隻は炉心暴走で喪失。もう一隻は航行不能状態です」


 通信先の警備官は、すでにビーコンから届いた記録を確認していた。


『こちらでも戦闘記録を受信している。救助者がいるな?』

「十二名います」

『引き渡しを要請する』


 ユウは一瞬セラを見る。

 セラは小さく首を振った。


「現在、一部負傷者を治療中です。それと全員、ヘリオスまでの臨時輸送契約に切り替えました」

『全員か?』

「はい」


 沈黙が入る。


『なぜヘリオスへ?』

「依頼人の希望です」


 完全な嘘ではない。


『身元確認が必要だ』

「こちらで取得した名簿と生体情報は送ります。正式な事情聴取はヘリオス側でも可能ですよね?」


 少し長い沈黙。


 ユウの背中に嫌な汗が出る。


「怪しまれてる?」

 小声で聞く。


「普通は怪しむ」

 セラも小声で返した。


「先に言ってよ」


 通信が戻る。


『……了解した。ただし偽装船一隻はこちらで回収する』

「それはもちろん」


『アストライアは現場離脱を許可する。ヘリオス到着後、現地警備局へ救助者情報を提出しろ』

「了解しました」


 通信が切れる。


「通った」

「少し不自然だったがな」

「そこは言わないで」


 ユウは息を吐く。


「じゃあヘリオス?」

「ああ」


 アストライアが進路を変える。


     *


 航行開始から一時間。

 艦内は落ち着いていた。


 ノエルの記録媒体は、アイリスが外部から隔離した状態で解析中。

 まだ暗号化解除には至っていない。


 ユウは艦長席で次の航路を確認していた。


「ヘリオスってどんなところ?」

「独立居住区。人口は二十万くらい」

「結構大きい」

「元は採掘企業の居住施設だった。今は自治領に近い」

「軍の影響は?」

「ノード・セブンより弱い」


 それなら証拠を扱うには都合がいいのかもしれない。


 リアは機関表示を見ながら聞く。


「セラ、証拠出したらどうするの?」

「監察へ再提出する」

「今度は潰されない?」

「同じ経路は使わない」

「その後は?」

「分からない」


 セラが短く答えた。


 ユウは少しだけ気になった。

 事件が片付いたら、セラはどこへ行くのか。


 だが今聞く話ではない気がして、口には出さなかった。


『艦長』


「何?」


『貨物区画に異常』


 ユウの表情が変わる。


「何の異常?」

『監視映像が三・二秒間遮断されました』


 セラが即座に立ち上がる。


「原因」

『内部端末からの干渉』


「救助者?」

『可能性が高いです』


 画面へ貨物区画の映像を出す。


 十二人のうち、待機しているのは十人。


「二人いない」

『はい』

「誰?」

『ノエル・ベルク、および救助者リスト七番、マルク・ヘインズ』


 セラの顔が変わる。


「ノエルはどこだ?」

『居住区通路を移動中』

「マルクは?」

『位置不明』


 その直後。


『警告』


 艦内表示の一部が赤くなる。


『乗員装備保管区画への不正アクセスを検出』


 ユウとリアが同時に顔を上げた。


「装備庫!?」


 あの、復旧したばかりの古い装備庫。


「誰がいる?」

『扉前に生命反応一』


 映像が切り替わる。


 装備庫の扉の前。

 一人の男が端末を接続している。


 救助者リスト七番。

 マルク・ヘインズ。


 セラの手が拳銃へ伸びた。


「ユウ」

「分かってる」


 だが、男が狙っているのは証拠ではなかった。


 アストライアの中でも、ユウたち自身がまだ正体を理解していない区画だった。

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