第22話 告発者を追う者
『第四機動艦隊補給監査部。エドガー・ロウだ』
通信の向こうから聞こえた名前に、セラの表情が完全に消えた。
「知り合い?」
「ああ。私が告発した人間の一人だ」
ユウは正面画面へ視線を戻す。
一番艦は推進器を大きく損傷し、速度を失っている。二番艦も片側推進器を潰され、まともな加速はできない。
それでも武装はまだ残っている。
「本人?」
「声は同じだ」
「じゃあ本当に軍内部の人間?」
「元はな」
セラが通信を開く。
「ロウ。軍籍を使って何をしている」
『随分な言い方だな、ヴァイス少佐』
「その階級で呼ぶな。私は退役した」
『退役? 逃げただけだろう』
セラの目が細くなる。
『余計なものを見つけて、余計なところへ持ち込んだ。黙っていれば何も起きなかった』
「四人死んだ」
『事故だ』
「整備記録を改ざんした結果の事故だ」
『証明できなかったから、お前はここにいる』
リアが小さく呟く。
「嫌な奴だね」
「同感」
ユウは通信を聞きながら、二隻の状態を確認する。
「アイリス、相手の通信全部記録」
『保存中です』
ロウの声が続く。
『だが運が良かったな。拾った船に乗せてもらって、随分楽しそうじゃないか』
「アストライアのことも知ってる?」
『当然だ』
ユウの表情が変わる。
「どこまで?」
『型式不明。船籍なし。未知規格。最近になってノード・セブンで騒ぎになっている船』
「その程度か」
『その程度?』
ロウが笑った。
『お前、自分の船の価値も分かってないんだな』
ユウは少しだけ黙る。
セラが横から言う。
「挑発だ。乗るな」
「分かってる」
ロウはなおも続ける。
『その船を渡せ。ヴァイス少佐も一緒にな。そうすれば見逃してやる』
「二隻とも推進器壊れてるのに?」
『まだ撃てる』
確かにそうだった。
『お前のシールドもかなり減ってるだろう』
「見えてるの?」
『戦闘を見れば分かる』
ユウは少し笑った。
「じゃあ、こっちも分かるよ」
『何がだ』
「もう逃げられないってこと」
通信を切った。
「セラ」
「何だ」
「捕まえる?」
「できるなら」
即答だった。
「証拠になる?」
「あいつ本人を確保できれば大きい。船内記録も欲しい」
「じゃあ沈めない」
「ただし甘く見るな」
ユウは頷く。
「アイリス、一番艦の残り推進」
『主推進二基のうち一基停止。一基出力二十八パーセント。補助推進は三基稼働』
「姿勢制御」
『正常』
「武器は?」
『レーザー三。実弾兵装一』
セラが戦術画面へ手を伸ばす。
「先に姿勢制御を潰す」
「推進器じゃなく?」
「主推進はもう弱い。姿勢制御が生きているから砲を向けられる」
「なるほど」
ユウはすぐに理解した。
「じゃあ旋回できなくする」
「そうだ」
アストライアが一番艦の側面へ回り込む。
相手も姿勢を変えようとするが、加速が足りない。
『敵艦発砲』
「回避」
ユウが船首を振る。
一発が外れ、もう一発がシールドへ当たる。
『シールド八十三パーセント』
「まだ全然持つな」
「修理した甲斐あったでしょ」
「リア様々」
リアが少し得意そうにする。
「アイリス、姿勢制御ノズル狙える?」
『複数箇所。命中精度を優先する場合、右舷後方を推奨』
「そこ」
パルスレーザーが走る。
一射目。
シールドが揺れる。
二射目。
局所シールドが崩れる。
「もう一発」
『発射』
船体後方で小さな爆発。
『右舷姿勢制御群停止』
一番艦の回頭が鈍る。
「効いた」
「左もやる」
「了解」
敵は必死に船首を向けようとする。
だが、片側の姿勢制御を失ったことで動きが遅い。
『二番艦、射撃準備』
リアが警告する。
「そっち忘れないで」
「分かってる」
ユウはアストライアを一度離す。
「二番艦はどうする?」
「足は止まってる。武器だけ黙らせる」
「そっちは武装優先ね」
「今はな」
状況次第。
その感覚が少しずつ分かってきた。
アストライアが二番艦へ向く。
「レーザー発射機」
『照準』
一射。
二射。
『敵前方シールド低下』
相手が誘導弾を撃つ。
『誘導弾三』
「近接防御」
三基のレーザーが動く。
一発撃破。
二発目。
三発目も消える。
「今」
パルスレーザーが相手前部へ集中する。
『敵レーザー一基停止』
「もう一基」
『発射』
装甲が弾ける。
『レーザー兵装全停止』
「誘導弾発射機は?」
『残存』
「そこも」
三射目。
発射機周辺が焼ける。
『誘導弾発射機、機能停止』
「二番艦無力化」
「これで放置できる」
セラがすぐに一番艦を見る。
「戻るぞ」
*
一番艦は逃げていなかった。
逃げられない、という方が正しい。
残った推進器を使い、どうにか姿勢を変えている。
『一番艦より通信』
「つなぐ?」
セラが少し考える。
「つなげ」
『ヴァイス!』
ロウの声は、さっきまでより明らかに苛立っていた。
『いい加減にしろ! お前が何をやっているか分かっているのか!』
「分かっている」
『軍人を攻撃しているんだぞ!』
「軍人なら所属照会に応じろ」
セラは冷静だった。
「現行認証コード。所属部署。指揮系統。臨検命令番号。全部送れ」
『そんなものは――』
「送れないのか?」
沈黙。
「なら軍人を名乗るな」
ロウの声が低くなる。
『お前、本当に全部捨てる気か』
「何を?」
『戻る場所だ』
セラは少しだけ黙った。
『第四艦隊に戻れ。今ならまだ処理できる』
「何を処理する」
『告発記録だ。お前が集めたデータも、こちらで消す。全部なかったことにできる』
ユウは横目でセラを見る。
セラの表情は変わらない。
『階級も戻せる。部下も持てる。今まで通りだ』
「四人死んだ」
セラの声は静かだった。
『またそれか』
「四人だ」
『事故だと言ってるだろう!』
「お前たちが使えない部品を流した結果だ」
ロウが黙る。
「それを隠すために、記録を変えた。証拠を出した私を潰そうとした。今は偽装艦で追ってきて、民間船を撃った」
セラは画面の向こうを睨む。
「戻る場所なんて、とっくにない」
ユウは何も言わなかった。
ロウが吐き捨てる。
『なら死ね』
『敵艦、兵装出力上昇』
「まだやるか」
ユウが操艦表示へ手を置く。
「セラ」
「完全に止めろ」
「了解」
*
アストライアが一番艦の死角へ回り込む。
「左姿勢制御」
『照準』
レーザー一射。
二射。
『左舷姿勢制御群停止』
敵艦の回頭がほぼ止まる。
「補助推進」
『照準変更』
「撃って」
三射目。
『補助推進一基停止』
リアが冷却表示を見る。
「まだ余裕ある。前よりかなり楽」
「じゃあ続ける」
残り補助推進。
パルスレーザーが正確に潰していく。
『推進能力、実用域以下』
「足止まった」
「次武器」
セラの指示通り、アストライアは相手の射角外を維持しながら移動する。
「こうなると楽だな」
「先に動きを奪えばな」
「覚えた」
一番艦のシールドはまだ部分的に残っている。
ユウはレーザーで必要な面だけ削る。
砲塔一基。
停止。
二基目。
停止。
実弾兵装。
「主砲使う?」
「レーザーでいい」
「了解」
時間をかけて確実に破壊する。
『敵武装反応、残り一』
「最後」
『照準』
敵レーザーがこちらへ向こうとする。
だが船体が回らない。
パルスレーザーが発射される。
『敵攻撃兵装、全停止』
艦橋に静けさが戻る。
「終わり?」
『敵艦に有効な攻撃兵装なし。推進能力も限定的です』
ユウは通信を開いた。
「エドガー・ロウ。武器と推進は全部止めた。降伏してください」
返事はない。
「船内に他の人もいるんでしょ。これ以上やる意味ないですよ」
数秒。
『……貴様』
「はい」
『何者だ』
ユウは少し困った。
「俺?」
『その船も、お前も何なんだ!』
「それ、俺が一番知りたいんですけど」
リアが吹き出しそうになる。
セラだけは真顔だった。
「ロウ。降伏しろ」
『断る』
「なら警備隊が来るまでそのまま漂っていろ」
セラは容赦がない。
『お前が私を拘束できると思っているのか』
「できる」
ユウが口を挟む。
「さっき宙賊船三隻でやったので」
「ユウ」
「何?」
「比較対象が悪い」
「でもやること同じでしょ?」
「まあな」
少しだけセラの口元が緩んだ。
*
中継ビーコンから送信された戦闘記録は、すでにノード・セブン側へ届いていた。
返信も来る。
《所属照会結果》
《第七码頭警備隊所属記録なし》
《提示船舶識別番号 失効済み》
《偽装識別の可能性極めて高》
《現場保持を要請》
《警備局艇派遣中》
「完全に偽物」
「予想通りだ」
セラは少しだけ息を吐いた。
「これならこっちが犯罪者扱いされる心配は?」
「かなり減った」
「よかった」
ユウは一番安心した。
軍と戦った挙句に指名手配、は避けたい。
警備局到着まで三十分ほど。
その間に、セラが二隻の外観と通信記録を確認していく。
「この船、民間艇改造だ」
「軍艦じゃない?」
「ああ。外装だけ警備艇に寄せてる」
「結構手込んでるな」
「軍内部の設備を使っている可能性がある」
ユウは少し考える。
「ロウって人一人でできる?」
「無理だろうな」
セラの顔が険しくなる。
「背後にまだいる」
「告発した相手?」
「ああ。私が確認したのは複数人だ」
「じゃあヘリオス行って終わりじゃない?」
「……そうなる」
依頼は単純な護衛ではなくなりつつあった。
リアが静かに聞く。
「セラ。ヘリオスに何があるの?」
「証拠の控え」
ユウが見る。
「まだ持ってる?」
「全部ではない。退役前に一部だけ外へ逃がした」
「そこへ行くつもりだった?」
「ああ」
セラが正面画面を見る。
「今のままでは、私はただの問題を起こした元軍人だ。記録を取り戻せれば状況を変えられる」
「だから追われてる?」
「おそらくな」
ユウは少しずつ話が見えてきた。
「つまり今捕まえたロウも証拠」
「かなり大きい」
そこでアイリスが声を上げた。
『敵一番艦内部より異常電力変動』
「何?」
リアがすぐに表示を見る。
「機関出力上がってる」
「推進器壊れてるよね?」
「推進じゃない」
『炉心系統への過剰負荷を確認』
セラが立ち上がった。
「自爆する気だ」
「は?」
『敵艦より通信』
ロウの声が流れる。
『証拠が欲しいんだろ、ヴァイス』
セラの表情が変わる。
『残念だったな』
「アイリス、止められる?」
『外部からの炉制御介入は困難』
「時間は?」
『過負荷進行から推定、三分以内』
「船内の人数!」
『生命反応十四』
ユウが即座に言う。
「脱出艇は?」
『二基確認』
「通信!」
ユウが全船回線を開く。
「そっちの船の人! 炉心暴走してる! ロウが自爆させようとしてる! 脱出してください!」
返答はない。
「聞こえてるだろ!」
数秒後。
別の声が入った。
『……本当なのか?』
「本当です! こっちでも過負荷確認してる!」
通信の向こうで怒鳴り声が飛び交う。
『艦長! 何やってる!』
『炉止めろ!』
『脱出艇へ行け!』
ロウの声が割り込む。
『持ち場を離れるな!』
ユウの顔が険しくなる。
「部下まで巻き込む気かよ」
セラが低く呟く。
「あいつは昔からそうだ」
『敵艦内部で複数の移動反応』
「脱出艇向かってる?」
『一部は』
「セラ」
「分かってる」
セラが通信を開く。
「ロウ! お前の部下まで殺す気か!」
『黙れ!』
「お前一人で死ね!」
初めて、セラが声を荒げた。
ユウが彼女を見る。
「セラ」
「……すまない」
「いや」
ユウは前を見る。
「アイリス、脱出艇出たら保護」
『了解』
リアが炉心状態を見る。
「二分切った」
『敵艦より脱出艇一』
「一つ出た!」
小型艇が船体から離れる。
『乗員五名』
「もう一基は?」
『起動反応なし』
「残り九人」
ユウは歯を食いしばる。
「助けに行けない?」
『接舷および船内突入では時間不足』
「ドローンは?」
『炉制御へ到達するには間に合いません』
セラは一番艦を睨んでいる。
「ロウ……」
『残り推定六十秒』
その時。
敵艦から二基目の脱出艇が射出された。
『乗員七名』
「七!」
「残り二人」
『一名、艦橋。もう一名、機関区』
「機関区の人は?」
『移動なし』
ユウは一瞬迷う。
「通信できる?」
『個別回線を探索』
数秒。
『機関区回線接続』
「聞こえますか!」
雑音。
『……聞こえる』
「脱出してください!」
『無理だ。手動で……炉抑えてる』
リアの表情が変わる。
「その人が抑えてるから一分持ってるんだ」
『俺が離れたら……すぐ飛ぶ』
ユウは何も言えなかった。
「脱出方法ない?」
『もうない』
男は少し笑った。
『他は出たか?』
「十二人出ました」
『そうか』
短い返事だった。
『ならいい』
「よくないでしょ」
『船一隻分なら……悪くない』
通信が途切れかける。
「名前は?」
『ダン……ダン・ホルト』
「覚えます」
『別に……いい』
少し間。
『でも、あいつは……逃がすな』
通信が切れた。
『炉心臨界まで推定十五秒』
ユウは拳を握る。
「離れる」
『推奨します』
アストライアが急加速する。
脱出艇二基も牽引圏へ入れる。
十秒。
五秒。
背後で一番艦が白く光った。
次の瞬間、大きな爆発が宇宙を照らす。
アストライアのシールドが衝撃を受ける。
『爆発波到達。シールド七十二パーセント』
艦橋は静かだった。
セラは何も言わない。
ユウも、しばらく口を開かなかった。
やがてリアが小さく聞く。
「ロウは?」
『艦橋生命反応、消失』
「証拠も?」
『船体データの大半は失われたと推定』
セラが目を閉じる。
「……まただ」
ユウが見る。
「何が?」
「証拠を消して、人を巻き込む」
声は静かだったが、手は強く握られている。
「でも今回は全部消えてないよ」
「何?」
ユウは二基の脱出艇を見る。
「十二人いる。あの船に乗ってた人が」
セラも画面を見る。
「全員がロウ側とは限らない」
「むしろ最後に逃げたってことは、話聞ける人いるかも」
セラは少しだけ黙り、頷いた。
「ああ」
その時、アイリスが新しい通知を出した。
『救助艇より個別通信』
「誰?」
回線を開く。
『アストライア……聞こえるか』
若い男の声だった。
「聞こえてます」
『俺はロウの部下じゃない。命令で乗せられただけだ』
セラの表情が変わる。
『証拠ならある』
「何の?」
通信の向こうで、男は息を整える。
『ヴァイス少佐が探してるものだ』
セラが立ち上がった。
「名前は?」
『ノア・ベルク。補給監査部の技術員だ』
男は続ける。
『ロウは全部持ち出せなかった。俺がコピーを隠した』
ユウとセラが顔を見合わせる。
『ただし、ここじゃ渡せない』
「なんで?」
男の声が低くなる。
『この件、ロウ一人じゃない』
『ノード・セブンの中にも内通者がいる』




