第21話 偽りの臨検命令
後方の二隻から武器管制照準を受けながら、アストライアは速度を落とさなかった。
「セラ、どう動く?」
「まず相手を軍艦だと思うな」
「でも識別は連邦軍だよ?」
「識別信号は偽装できる。問題は行動だ」
セラは戦術画面を操作し、後方二隻の情報を並べる。
「第七码頭警備隊がこの宙域まで来るなら、ノード・セブン管制を通す。臨検命令も、まず正式回線で船籍照会が入る」
「今回はいきなり止まれだった」
「ああ。それに二隻とも武装を向けるのが早すぎる」
リアが横から表示を覗く。
「じゃあ偽物?」
「その可能性が高い」
『後方艦より再通信』
男の声が響く。
『アストライア。命令違反を確認した。直ちに推進を停止せよ』
ユウはセラを見る。
「返す?」
「時間を稼ぐ。正式な命令番号を聞け」
通信を開く。
「こちらアストライア。臨検命令番号と発令部署を送ってください」
少し間があった。
『命令に従え。詳細照会は停船後に行う』
「確認できない命令では止まれません」
『逃亡容疑者を匿っている船に拒否権はない』
セラの表情が冷える。
「その言い方もおかしい」
「何が?」
「軍が民間船へ臨検するなら、容疑内容と権限を明示する。少なくとも普通はな」
通信の向こうから、苛立った声が返ってくる。
『五十秒以内に推進停止しろ。従わない場合、強制停止させる』
通信が切れた。
「ほぼ黒?」
「かなり」
ユウは操艦表示を見る。
「逃げ切れる?」
『後方二隻の最大加速は当艦を上回る可能性があります』
「やっぱり戦う?」
「まだ」
セラは周囲の航路図を拡大した。
「前方十一万キロに貨物中継ビーコンがある」
「そこ行く?」
「いや。そこまで行けば監視網に入る」
「相手が嫌がる?」
「本当に偽物ならな」
ユウは理解した。
「じゃあビーコン方向へ」
「全速は出すな。逃げる気を見せすぎると撃ってくる」
「難しい注文だな」
「速度十二パーセント増。進路は自然に寄せろ」
「アイリス」
『了解』
アストライアがわずかに加速する。
進路も少しずつビーコン側へ寄せていく。
後方二隻も追従した。
「ついてくる」
「まだいい」
セラは落ち着いている。
「距離は?」
『十一万七千。縮小中』
「武器は?」
『一番艦、レーザー三基。実弾兵装一。二番艦、レーザー二基、誘導弾発射機一』
「船体規模」
『六十二メートル、五十七メートル』
「二隻ともアストライアより小さい」
「小さいから弱いとは限らない」
「ですよね」
リアが機関表示を見る。
「主電源問題なし。冷却も今のところ余裕」
「主砲は?」
「撃てる。でもまだ使わないで」
「分かってる」
修理したばかりの冷却系。
こんなに早く実戦で試すとは思っていなかった。
*
ビーコンまで残り八万キロ。
後方艦との距離は九万を切った。
『後方一番艦より高出力通信』
『アストライア、進路変更を確認した。停船命令に従え』
セラが短く言う。
「無視」
「了解」
さらに一分。
『後方艦、加速』
「来る?」
『距離急速縮小』
セラの指が戦術画面を滑る。
「ユウ、ここから手動」
「任せて」
「リア、シールド準備」
「いつでも」
「アイリス、ビーコン監視網までの距離」
『六万三千キロ』
セラは少し考えた。
「あと二万縮めたい」
「そこまで待つ?」
「ああ」
『敵艦より射撃管制強度上昇』
ユウの手に力が入る。
「セラ」
「まだ」
距離七万。
『一番艦、実弾兵装展開』
「まだ?」
「まだ」
リアがセラを見る。
「結構ギリギリまで引っ張るね」
「撃つなら証拠が欲しい」
ユウはそこで気づく。
「監視網に近づけて、向こうから撃たせる?」
「そうだ」
セラがユウを見る。
「偽装軍艦だろうが何だろうが、民間船への無警告発砲記録が残れば話が早い」
「元軍人怖いな」
「制度は使える時に使え」
後方一番艦から通信。
『残り十秒』
ユウは正面を見る。
「アイリス、監視網」
『三万八千キロ』
「間に合う?」
「十分」
十秒。
九秒。
八秒。
ユウは速度を少しだけ上げる。
『後方艦、射撃準備』
三秒。
『貨物中継ビーコンの外部監視圏へ進入』
セラが即座に言った。
「記録送信」
『実行』
その直後。
『敵艦発砲』
「来た!」
レーザー二本。
ユウは船首を振る。
一発は外れた。
もう一発がアストライアのシールドへ当たる。
『シールド九十六パーセント』
セラの声が変わった。
「よし。これで十分」
「反撃?」
「反撃する」
ユウの口元が少し上がる。
「待ってました」
*
「まず二番艦」
「小さい方?」
「誘導弾持ちだ。放置すると面倒になる」
前までなら武装から潰していた。
だが今回は相手が二隻いる。逃げ回られながら挟まれる方が危険だ。
「足止める?」
「そう。動きを奪って一隻ずつ処理する」
ユウは自然に頷いた。
「アイリス、二番艦の後方シールド」
『現在七十八パーセント』
「進路予測」
『表示します』
セラがユウの画面へ一本の線を送る。
「ここへ入れ」
「敵の横?」
「一番艦の射線と重なる」
「前にもやったやつだ」
「意図してやれれば戦術だ」
ユウはアストライアを旋回させる。
二番艦が追従。
一番艦もこちらへ回り込もうとする。
「今の位置?」
「もう少し」
「結構近いよ」
「分かってる」
『敵一番艦発砲』
「来る!」
ユウは直前で船首を下げた。
レーザーがアストライアの上を通り抜け、その先にいた二番艦のシールドへ命中する。
『二番艦後方シールド低下』
「今だ」
「アイリス!」
『パルスレーザー発射』
アストライアのレーザーが同じ場所へ集中する。
一射。
二射。
『二番艦後方局所シールド崩壊』
「推進器右側」
『照準』
三射目。
推進器基部で装甲が弾ける。
『右主推進器出力停止』
「左もいける?」
『冷却余裕あり』
「撃って」
四射目。
『左主推進器出力六十一パーセントへ低下』
二番艦の速度が一気に落ちる。
「早い」
「止め切るな。あとで逃げられない程度でいい」
セラの判断は早かった。
「次、一番艦」
「二番艦の武器は?」
「まだ撃てる」
「放置して大丈夫?」
「姿勢制御と加速が落ちてる。距離取れば当てにくい」
ユウは少し感心する。
「一個ずつ全部壊さないんだ」
「必要な分だけ壊す。時間も熱も弾薬も有限だ」
実戦慣れしている。
アストライアが一番艦へ向く。
『敵一番艦、進路変更』
「逃げる?」
『ビーコン監視圏外方向へ加速』
セラの目が細くなる。
「逃がすな」
「追う?」
「あいつらは軍識別を偽装して民間船を撃った。捕まえれば誰が後ろにいるか分かるかもしれない」
ユウも同意した。
「推進器狙う」
「そうしろ」
アストライアが追う。
一番艦は速い。
だが、アストライアとの差は大きくない。
「追いつける?」
『現在加速を維持すれば約五分』
「五分は長いな」
「主砲なら?」
「セラ、さらっと怖いこと言うね」
「撃てるんだろ?」
「撃てるけど、当てたら後ろ半分なくならない?」
『出力調整可能です』
リアがすぐ口を挟む。
「冷却は余裕ある。でも推進器に主砲はおすすめしない」
「理由は?」
「壊しすぎる。情報欲しいんでしょ?」
「その通りだ」
セラは即座に切り替えた。
「レーザーで追う。ユウ、相手の進路をビーコン側へ寄せられるか?」
「やってみる」
相手の進行方向へ少し先回りする。
一番艦が避ける。
その先へまたアストライアを置く。
「こっち嫌がってるな」
「それでいい。逃げ道を選ばせろ」
ユウは何度か進路を押し込む。
少しずつ、一番艦の逃走方向が変わっていく。
ビーコン側へ。
「こう?」
「上手い」
セラが初めて素直に褒めた。
「おお」
「喜ぶな。次来る」
『敵一番艦、反転』
「え?」
逃走していた船が突然こちらへ船首を向けた。
『実弾発射。六』
「迎撃!」
近接防御レーザーが動く。
三発撃破。
四発目。
五発目。
『一発残存』
ユウが回避。
最後の実弾がシールド表面をかすめて爆発する。
『シールド八十七パーセント』
同時に敵船が突っ込んでくる。
「近い!」
「そのまま!」
セラが叫ぶ。
「え?」
「すれ違え!」
ユウは反射的にアストライアを加速させた。
両船が高速で接近する。
一万キロ。
七千。
四千。
「撃たないの?」
「まだ」
二千。
「セラ!」
「今、船首下げろ!」
ユウが操作を入れる。
アストライアが敵艦の下を潜り抜ける。
「アイリス、後方照準!」
『旋回砲塔追従』
すれ違った直後。
敵艦の後部が、完全にこちらへ晒された。
「推進器!」
パルスレーザーが至近距離から走る。
一射。
二射。
三射。
『敵後方シールド崩壊』
「もう一回!」
四射目が主推進器へ直撃した。
『主推進器出力急減。残存二十八パーセント』
敵艦の速度が落ちる。
「これで逃げられない」
「まだ終わってない」
セラが戦術画面を見る。
「二番艦」
「さっきの?」
『二番艦、誘導弾発射』
止まりかけた船から四発の誘導弾が飛んでくる。
「こっち?」
『いいえ』
アイリスの答えに、ユウは嫌な予感がした。
「どこ?」
『貨物中継ビーコンです』
「は?」
四発の誘導弾が、無人の監視施設へ向かっていた。
セラの表情が変わる。
「証拠消す気だ」
「撃ち落とせる?」
『距離が遠すぎます』
ユウはすぐに進路を変えようとする。
「間に合う?」
『現速度では困難』
「主砲で?」
『誘導弾への命中率は低いです』
リアが叫ぶ。
「ビーコン自体に防御ないの?」
『近接防御設備を一基確認。ただし現在待機状態』
セラがユウを見る。
「管制へ接続できるか?」
「アイリス!」
『試行します』
誘導弾が迫る。
『ビーコン管理権限を要求』
『応答なし』
「時間ない!」
『外部緊急防衛規定を確認』
アイリスの声が少し変わった。
『当艦から一時防衛権限を取得可能』
「やって!」
『実行』
ビーコン外壁の一部が開く。
小型レーザー砲が姿を現した。
「そんなの付いてたの?」
「あと!」
セラが指示する。
「アストライアも追え! 迎撃漏れだけ取る!」
「了解!」
ビーコンのレーザーが発射される。
一発撃破。
二発目。
外れる。
残り三。
アストライアが全速で接近する。
『近接防御射程まで十二秒』
「長い!」
ビーコンが二射目。
二発目撃破。
残り二。
『十秒』
誘導弾は施設へ迫る。
『七秒』
ビーコンから三射目。
直撃。
残り一。
『四秒』
「間に合え!」
『近接防御射程』
三基のレーザーが一斉に光った。
最後の誘導弾がビーコン目前で爆発する。
『全弾迎撃』
「よし!」
ユウが拳を握る。
「セラ、あいつら――」
振り返った時。
セラはすでに一番艦を見ていた。
「ユウ」
「何?」
「これでもう確定だ」
「何が?」
「軍じゃない」
セラの声は冷たかった。
「軍の追手なら、自分たちの犯罪記録を消すために公共監視設備を破壊したりしない」
ユウも二隻を見る。
「じゃあ誰?」
「私を消したい連中」
その言葉と同時に、一番艦から新しい通信が入った。
『ヴァイス少佐』
セラの顔が止まる。
初めて。
相手が彼女の名前を直接呼んだ。
『余計なことをしなければ、お前一人で済んだものを』
セラの目が鋭くなる。
「その声……」
『覚えているか?』
通信の向こうで男が笑う。
『第四機動艦隊補給監査部。エドガー・ロウだ』
ユウはセラを見る。
セラの顔から、完全に表情が消えていた。
「知り合い?」
返事まで少し時間がかかった。
「ああ」
セラは男の声を聞きながら、静かに答えた。
「私が告発した人間の一人だ」




