第20話 セラ・ヴァイス
リーネが指定した場所は、ノード・セブンの商業区から少し外れた宿泊区画だった。
人通りは少なく、長期滞在者向けの簡易宿や個室型の食堂が並んでいる。
「こういう場所に元少佐がいるの?」
「目立ちたくないなら、むしろこういうところじゃない?」
リアの言葉に、ユウも少し納得する。
今回は話を聞くだけなので、アストライアは第三ドックに残してきた。アイリスとは端末で繋がっているが、リアまでついてきたのは本人の希望だ。
「ユウだけで行かせると、またその場で仕事受けそうだから」
「信用ないな」
「ある程度あるから一緒に来てるんだよ」
「それ褒めてる?」
「半分くらい」
指定された店へ入る。
店内は静かで、客も少ない。
奥の席にリーネが座っていた。その向かいには、見知らぬ女性がいる。
「来たね」
リーネが手を上げる。
ユウは女性へ視線を向けた。
二十代後半くらい。
短い濃紺の髪。背は高めで、細身に見えるが姿勢が妙に安定している。
服装は普通の濃色ジャケットとパンツ。軍服ではない。
それでも、一目見てなんとなく一般人ではないと感じた。
女性もユウを見た。
視線が一瞬だけ手元、腰、足元へ動く。
「……武器持ってないですよ」
「確認しただけ」
声は低く、落ち着いていた。
「セラ・ヴァイス」
「ユウです。こっちはリア」
「リア・フェルナー。整備士です」
「聞いてる」
セラは軽く頷いた。
リーネが隣の席を示す。
「まず座ろうか」
四人でテーブルを囲む。
ユウは注文する前に、単刀直入に聞いた。
「それで、追われてるんです?」
「可能性がある」
「誰に?」
「元所属先の一部」
セラの返答は短い。
「連邦軍?」
「正確には軍内部の人間」
「軍全体じゃない?」
「違う」
ユウは少し安心した。
国家規模で追われている人間を匿えと言われたら、さすがに困る。
「何したんです?」
「内部告発」
「おお」
リアがユウを見る。
「思ったより重いやつだね」
「俺も思った」
セラの表情は変わらない。
「第四機動艦隊にいた頃、補給契約と船舶整備記録の改ざんを見つけた」
「横領?」
「それだけならまだ単純だった」
セラがテーブルに小型端末を置く。
表示されたのは、艦船の整備記録らしい。
「廃棄予定の部品を新品として再納入。検査記録の書き換え。故障率の隠蔽。戦闘艦だけじゃなく、哨戒艇や救難艇にも使われていた」
「それ危なくない?」
「危ない。実際に事故が出た」
セラの声がわずかに低くなる。
「救難艇一隻。推進制御故障。乗員四名死亡」
「……それで調べた?」
「ああ」
ユウは黙って続きを待つ。
「契約先だけの問題じゃなかった。艦隊側にも協力者がいた。私は証拠を集めて監察へ出した」
「それなら普通は終わりじゃない?」
「普通なら」
セラが少しだけ口元を歪める。
「提出した翌日、私のアクセス権が停止された。その三日後には機密情報不正取得の疑いをかけられた」
「逆に?」
「そう」
リアが眉をひそめる。
「分かりやすく潰しに来てるね」
「だから先に退役手続きを出した。幸い、監察側にもまともな人間はいたから、正式な逮捕まではされなかった」
「じゃあ今は無罪?」
「処分保留」
「微妙だなあ」
かなり微妙だった。
「それで、なんで護衛が必要なんです?」
「昨日、尾行された」
「軍人に?」
「分からない。二人。民間服だったが動きは訓練されていた」
セラが端末を操作する。
監視映像らしきものが出る。
宿泊区画の通路。
少し離れて歩く二人の男。
「今日ここに来る前にも?」
「一人確認した」
「今も?」
「たぶん」
ユウは反射的に周囲を見る。
リアも入口へ視線を向ける。
「それ先に言ってほしかったな」
「言えば来なかった?」
「来ましたけど、もっと警戒してた」
「なら結果は同じ」
妙に理屈っぽい。
リーネがため息をつく。
「この人、こういう感じだから」
「リーネと知り合いなの?」
「商会の輸送警備で何度かね。セラは前にうちの船を助けてくれたことがあるの」
「それで紹介?」
「信用できる人だから」
ユウはもう一度セラを見る。
「依頼内容は?」
「ノード・セブンを出たい」
「どこまで?」
「隣接する独立居住区」
「距離は?」
「アストライアなら六時間前後」
リアがすぐに聞く。
「追手がいるなら、出航時にバレない?」
「その可能性がある」
「じゃあ護衛っていうか逃走支援?」
「近い」
ユウは腕を組む。
「正式依頼にできない理由は?」
「私の名前で登録すれば照会される可能性がある」
「でも俺たちが受けたら、結局乗船記録残るんじゃ?」
「民間乗員として一時登録すれば、協会依頼ほど公開範囲は広くない」
リーネが補足する。
「商会の短期契約扱いにすれば、外から簡単には見えないよ」
「なるほど」
制度的には問題ないらしい。
「報酬は?」
「一万二千」
「結構高い」
「危険手当込み」
ユウの反応を見て、リアが横から肘で軽く突いた。
「金額で即決しない」
「まだしてないよ」
「顔がしてる」
セラが初めて少し笑った。
「金に困ってる?」
「船直してるんで」
「アストライアか」
「知ってる?」
「港で噂になってる」
「やっぱり目立ってるなあ」
セラは少し考えてから続ける。
「護衛を頼みたい理由はもう一つある」
「何です?」
「昨日の宙賊船三隻の戦闘記録を見た」
「見られるんだ」
「公開部分だけ」
セラの視線がユウへ向く。
「操艦は悪くない」
「褒められた」
「判断はまだ甘い」
「すぐ落とされた」
リアが笑いを堪える。
「何が甘い?」
「三隻に囲まれた時、最初の突破判断が遅い。あと敵船へ乗り込むのに白兵戦装備が不足してる」
「そこは昨日ちょうど反省しました」
「スタン装置だけで宙賊船に乗ったと聞いた」
「誰から?」
「戦闘報告」
「全部書かれてるなあ」
セラが真顔で言う。
「死ぬぞ」
「リアにも言われた」
「なら聞け」
「はい」
軍人だった頃の癖なのか、言い方に妙な圧がある。
「でも、降伏後に撃たなかったのは正しい」
「そこは変える気ないです」
「ならいい」
セラはそれ以上何も言わなかった。
*
話を聞いたあと、ユウは一度席を外してリアと相談した。
「どう思う?」
「怪しい」
「やっぱり?」
「話が嘘って意味じゃなくて、面倒ごととして」
リアは小声で続ける。
「軍内部の揉め事でしょ。普通の護衛より絶対ややこしい」
「でもヘリオスまで送るだけ」
「そういう依頼ほど途中で何か起こるんだよ」
「最近学んだね」
「ユウと乗ってるからね」
ひどい。
「断る?」
「ユウは受けたいんでしょ」
「まあ」
金もある。
それ以上に、セラの話が気になった。
「リーネが信用してるってのも大きい」
「そこは私もそう思う」
リアは少し考える。
「ただ条件つけよう」
「何?」
「セラ自身も戦えるんでしょ?」
「元軍人だしね」
「なら護衛対象だからって何もしませんはなし。もし戦闘になったら手伝ってもらう」
「本人に聞こう」
席へ戻る。
「受けます」
「本当に?」
「はい。ただし条件あります」
セラがユウを見る。
「戦闘になった場合、できる範囲で協力してほしい」
「当然だ」
「あとアストライアの中を勝手に調べない」
「興味はあるが、許可なく触る気はない」
「もう興味あるんだ」
「珍しい船だからな」
リアが小さく笑う。
「みんな同じ反応するね」
「それと」
ユウは少し考える。
「もし追ってくる人が本当に軍だった場合、できるだけ戦闘は避けたい」
「同意する」
「俺、軍と喧嘩したくないです」
「私もしたくない」
それならいい。
「出発いつ?」
「できれば今日」
「早いな」
「尾行が確定する前に動きたい」
ユウはリアを見る。
リアは少し考えてから頷いた。
「アストライアは出せる」
「じゃあ準備しよう」
*
第三ドックへ戻る途中、ユウは白兵戦装備を扱う店へ立ち寄った。
昨日のことがあったので、先延ばしにする気はなかった。
「これ何?」
「船内戦用の軽装防護服」
セラが商品を見る。
薄い装甲板が胸部と腹部、太腿、前腕へ配置された気密対応スーツ。
真空でも短時間活動可能。
磁気ブーツ。
簡易生命維持。
「値段一万八千……」
「安い方だ」
「高いんだけど」
「死ぬより安い」
「みんなそれ言うな」
リアは別の棚を見ている。
「ユウ、こっち強化外骨格付き」
「三万四千」
「高いね」
「リアが勧めたんでしょ」
「見るだけ」
結局、ユウは軽装防護服を購入した。
さらに個人用の小型パルス拳銃。
出力調整で非殺傷から殺傷まで切り替え可能なタイプだ。
「これでいい?」
ユウがセラに聞く。
「最低限」
「最低限か」
「訓練は?」
「ゼロ」
「……本当に?」
「はい」
セラがしばらくユウを見る。
「出航まで時間あるか?」
「二時間くらい」
「射撃場行くぞ」
「今から?」
「銃買って撃ち方知らないまま船に持ち込む気か?」
「教えてくれる?」
「依頼料に含める」
リアが少し楽しそうに言う。
「元少佐の個人訓練付きなら一万二千安いかも」
「そういう考え方ある?」
*
ノード・セブンの簡易射撃場。
ユウは標的へ向けて拳銃を構えていた。
「腕に力入れすぎ」
「こう?」
「肩も」
「難しいな」
「引き金を引く前に目閉じるな」
「閉じてない」
「閉じてる」
セラの指導は容赦がなかった。
一発撃つ。
標的の端に当たる。
「当たった」
「端だ」
「当たりは当たり」
「実戦なら相手は動く」
「厳しいなあ」
二発目。
今度は中央に近い。
「少しマシ」
「褒められた」
「少しだ」
リアは後ろで見ている。
「私もやった方がいい?」
「当然」
「え」
「傭兵船に乗るなら最低限は覚えろ」
セラの標的がリアへ移る。
「私整備士なんだけど」
「宙賊は整備士だから撃たないなんて言わない」
「それ言われたら何も言えないなあ」
今度はユウが少し笑った。
二時間後。
二人とも上手いとは言えないが、安全に扱う最低限の手順くらいは覚えた。
「セラって教えるの慣れてる?」
「部下がいたからな」
「怖がられてた?」
「何人かには」
「やっぱり」
セラは否定しなかった。
*
出航準備を終えたアストライア。
セラは臨時乗員として登録され、空いている個室へ最低限の荷物を置いた。
「荷物これだけ?」
「移動中だったからな」
「リアより少ない」
「比較する意味ある?」
艦橋へ入る。
ユウが中央席。
リアが整備・機関系を表示する副席。
セラには空いていたもう一つの席を使ってもらう。
「ここでいい?」
「ああ」
セラが端末へ触れる。
一瞬で表示形式を切り替えた。
「使い方分かるの?」
「軍艦とは違うが、基本は同じだ」
操作が速い。
リアが横から覗く。
「すご」
「何?」
「初見だよね?」
「ああ」
「ユウより慣れるの早い」
「比較対象に俺使うのやめない?」
『出航許可を受信しました』
「じゃあ行こう」
アストライアが第三ドックを離れる。
目的地はヘリオス。
通常なら六時間ほどの短い航程。
セラはノード・セブンが遠ざかるまで、黙って後方映像を見ていた。
「追手いる?」
「今のところ見えない」
ユウも少し安心する。
出航から約一時間。
ノード・セブンの交通圏を抜けた頃だった。
『後方より船舶反応二』
セラが即座に表示を見る。
「距離」
『約十四万キロ。進路一致』
「いつから?」
『交通圏離脱直後から同一方向へ航行』
ユウの表情が変わる。
「偶然の可能性は?」
『あります』
セラは画面を見たまま言う。
「進路を三度変えて」
「なんで?」
「確認する」
ユウがアストライアを少しだけ航路から外す。
後方の二隻。
数分後。
同じように進路を変えた。
「もう一度」
今度は反対方向。
二隻も追従。
セラの目が細くなる。
「尾行だ」
「軍?」
「まだ分からない」
アイリスが二隻の映像を拡大する。
『船舶識別信号を受信』
ユウは表示された情報を見る。
《連邦軍所属》
《第七码頭警備隊》
《臨検命令》
「……軍じゃん」
通信が入る。
『前方のアストライア。直ちに減速し停船せよ。逃亡容疑者の乗船情報を確認している』
ユウはセラを見る。
「逃亡容疑者って」
「私だろうな」
その顔に驚きはなかった。
ただし。
セラは表示された部隊名を見て、はっきり眉をひそめた。
「おかしい」
「何が?」
「第七码頭警備隊は、ここまで出てこない」
ユウが後方の二隻を見る。
「じゃああれ、誰?」
セラは少しだけ間を置いた。
「分からない。でも止まるな」
通信がもう一度入る。
『アストライア。これは最終警告だ。直ちに停船せよ』
その直後、アイリスが静かに告げた。
『後方二隻より武器管制照準を確認』
ユウは操艦表示へ両手を置く。
「話だけで済む感じじゃなさそうだね」
セラも席の表示を戦術画面へ切り替えた。
「ユウ」
「何?」
「ここからは私の言う通りに動け」
「……元少佐の本気、見られる?」
セラの口元がわずかに動いた。
「生き残れたらな」




