第18話 越えてはいけない線
大型宙賊船のレーザー砲に光が集まっていく。
狙いは警備艇エルム。
中にはまだ生存者がいる。
「アイリス、間に合う?」
『通常兵装では困難です』
「主砲は?」
『充填完了まで八十四秒』
「長すぎる」
敵艦の砲口がさらに明るくなる。
リアが副席の表示を見ながら声を上げた。
「ユウ、右へ振って! エルムとの間に残骸ある!」
「使える?」
『大型構造物一。遮蔽物として利用可能』
ユウはすぐに操艦表示へ手を走らせた。
アストライアが横へ加速し、破壊された採掘設備の残骸へ回り込む。
「エルムの前に押し込める?」
『接触させる必要はありません。射線上へ移動します』
「やって!」
アストライアが残骸の側面をかすめる。
姿勢制御噴射。
巨大な金属塊がゆっくりと回転し、エルムと宙賊船の間へ入った。
『敵艦発砲』
レーザーが走る。
残骸表面が赤く焼け、金属片が飛び散った。
「防げた?」
『エルムへの直撃なし』
「よし」
その直後、敵艦から通信が入った。
『邪魔するな! そいつらはもう死にかけだ!』
「だから何だよ」
『お前も分かるだろ。船一隻のために死ぬ気か?』
ユウの表情が変わる。
「船一隻?」
『警備艇も、捕まってる連中も同じだ。捨てれば済む話だろ』
リアが黙った。
ユウも一瞬、何も言わなかった。
「捕虜がいるって分かってて撃ってるの?」
『だから何だ?』
返ってきた声には、迷いがなかった。
『どうせ売り物にもならねえ奴らだ。残しておく意味がない』
艦橋の空気が冷えた。
ユウは正面画面を見る。
大型宙賊船。
その奥には、破壊された警備艇エルム。
さらに、その船内には助けを待っている人間がいる。
「……アイリス」
『はい』
「今の通信、記録した?」
『全内容を保存しています』
「よし」
ユウの声から、さっきまでの焦りが消えた。
「リア」
「何?」
「冷却、あとどれくらい持つ?」
「パルスレーザーなら短時間。主砲は一発撃ったらしばらく無理」
「十分」
ユウは大型宙賊船を見た。
「アイリス。相手の推進器配置、全部出して」
『表示します』
船体後部に複数の赤い枠が重なる。
主推進器二基。
補助推進器四基。
姿勢制御群。
「先に足止める」
『了解』
「武器は?」
『レーザー四基のうち三基稼働。実弾兵装二基』
「そっちは足止めたあと」
リアが横を見る。
「ユウ」
「うん」
「怒ってる?」
「かなり」
声は静かだった。
「でも今は、その方がいい」
アストライアが加速する。
*
大型宙賊船は再びエルムを狙おうとした。
ユウはその射線へ入らず、船体後方へ回り込む。
『敵艦、当艦へ照準変更』
「来るよ」
『レーザー射撃予測』
ユウが船首を振る。
二発が外れ、一発がシールドへ命中した。
『シールド二十九パーセント』
「まだ持つ?」
『短時間であれば』
「十分」
相手が逃げようと加速する。
「今」
アストライアのパルスレーザーが敵艦後方へ集中する。
一射。
二射。
後方シールドが青白く広がる。
『敵後方シールド低下』
「続けて」
「冷却八十六!」
「あと一回!」
三射目。
『後方局所シールド崩壊』
「主推進器右」
『照準完了』
「撃って」
レーザーが露出した推進器基部へ直撃する。
一度。
二度。
敵艦の右側推進器が不規則に明滅し、出力が急落した。
『右主推進器停止』
「左も」
『照準変更』
敵船が船体を振って逃げようとする。
ユウはその動きを追った。
「もう逃がさない」
パルスレーザーが左側推進器へ走る。
一発目で外装が弾け、二発目で推進炎が消えた。
『左主推進器停止。補助推進のみ』
「足止まった」
「冷却限界近いよ」
「レーザー止める」
敵艦は速度を大きく失った。
まだ動ける。
だが、さっきまでのような機動はできない。
『敵艦より通信』
『待て! 何してやがる!』
「止めてる」
『話し合おうじゃねえか』
「さっきまで人質ごと撃とうとしてたよね」
『あれは脅しだ!』
「実際撃っただろ」
返事が詰まる。
「アイリス、武装状況」
『レーザー三基、実弾兵装二基。全て稼働中』
「じゃあまだ終わってない」
ユウは通信を切った。
「次、実弾発射機」
『主砲使用を推奨します』
「狙える?」
『左舷実弾兵装付近のシールドは低下しています』
「船体中央へ抜かないよう出力落として」
『調整します』
リアが表示を見る。
「主砲撃ったら冷却完全に詰まるよ」
「これで終わらせる」
「了解」
アストライアがゆっくり船首を向ける。
『充填完了』
敵艦も気づいた。
『待て! 待てって!』
「武器停止」
『何?』
「全部止めろ。今すぐ」
『分かった! 分かったから撃つな!』
数秒。
『敵レーザー一基停止』
『実弾兵装一基停止』
「全部って言った」
『止めてる! 時間かかるんだ!』
アイリスが淡々と告げる。
『右舷レーザー砲、射撃準備を確認』
ユウの目が冷えた。
「撃って」
『発射』
高密度加速砲が放たれる。
敵艦左舷。
実弾兵装の基部が吹き飛んだ。
装甲板と砲架が大きく裂け、周囲へ破片が散る。
『左舷実弾兵装消失。隣接区画損傷』
「残り」
『レーザー三。実弾一』
敵艦から怒鳴り声。
『てめえ! 降伏するって言ってんだろ!』
「まだ武器動いてる」
『今止めてる!』
「さっきも嘘ついたよね」
通信の向こうが黙る。
「本当に降伏するなら、武器管制落として、推進器止めて、乗員全員を一か所に集めろ」
『そんなことしたら――』
「嫌なら続ける」
ユウの声には抑揚がなかった。
『……分かった』
一基。
二基。
レーザー砲の反応が消えていく。
最後に実弾兵装も沈黙する。
『敵艦武器管制停止を確認』
「推進器」
『補助推進出力低下中』
「姿勢制御は?」
『最低限を残して停止』
ユウはようやく息を吐いた。
「攻撃停止」
『了解』
リアが少しだけ肩の力を抜く。
「終わった?」
「まだ。捕虜確認するまで」
*
ノード・セブンからの増援は、まだ到着していない。
カイルたちのような僚船もいない。
今ここにいるのは、アストライアと無力化した宙賊船三隻。それに壊れた警備艇エルムだけだ。
「俺が行く」
「一人で?」
「捕虜いるなら早く助けたい」
「私も行く」
「リアは艦に残って」
「なんで?」
「整備できるのリアだけだから」
リアが言い返そうとして止まった。
「アストライアに何かあったら困る。あと、向こうで何かあったらアイリス経由で見てて」
「……分かった。でも無茶したら戻すからね」
「どうやって?」
「考える」
「怖いな」
ユウは船外活動服を着る。
今回は前回の救助より装備を増やした。
救難カッター。
簡易拘束具。
医療キット。
さらに、リアに渡された小型スタン装置。
「人に使うの初めてなんだけど」
「撃たれるよりマシ」
「それはそう」
アストライアから点検ドローンを先行させる。
敵艦外壁。
損傷した推進器。
破壊された武装。
船体中央部にある接続口。
「アイリス、生命反応」
『三十一』
「多いな」
『うち十一名が一か所へ集められています』
「捕虜?」
『可能性があります。残り二十名は複数区画』
「宙賊側かな」
ドローンを先に侵入させる。
船内は暗い。
ところどころ非常灯が点いている。
「映像来た」
狭い通路。
剥き出しの配線。
汚れた壁。
床には空の容器や工具が放置されている。
ドローンが船体中央へ進む。
扉。
外側から鍵がかけられている。
『内部に十一名』
「開けられる?」
『ドローン単体では困難です』
ユウが接続口から船内へ入る。
重力は生きている。
「静かだな」
『宙賊乗員は艦橋付近および居住区へ集合中』
「こっちに来る可能性は?」
『現時点ではなし』
拘束命令に従っているらしい。
ユウは中央区画へ向かう。
扉の前まで来た。
「開けるよ」
『内部生命反応に大きな変化なし』
カッターを使う。
ロック部分だけを焼き切る。
扉が開いた。
ユウは中を見て、言葉を失った。
十一人。
男女。
年齢もばらばら。
全員、手首を拘束されている。
まともに立てない者も多い。
一人は肩から腕にかけて大きく腫れ、服の上からでも骨が正常ではないことが分かる。
別の男は顔の半分が黒く腫れ、片目が開いていない。
壁際には若い女性が座っていた。
服は破れているが、身体を隠すように毛布が巻かれている。
隣の女性が、その肩を抱いていた。
床には血の跡がいくつも残っている。
乾いたものも、新しいものもあった。
そして奥。
一人の男が横たわっている。
胸は動いていなかった。
「……アイリス」
『生命反応なし』
ユウは奥歯を噛んだ。
「大丈夫です。助けに来ました」
何人かが顔を上げる。
すぐには信じてもらえなかった。
「傭兵です。宙賊船は全部止めました。ノード・セブンからも増援が来ます」
年配の男がかすれた声で聞く。
「……本当に?」
「はい」
ユウは一人ずつ拘束を外していく。
「歩ける人は?」
「何人か……」
「重傷者からアストライアに運びます」
そこで若い男がユウの腕を掴んだ。
「奴らは?」
「降伏しました」
「殺したのか?」
「いいえ」
男の表情が歪む。
「……そうか」
その声に含まれたものを、ユウは聞かなかったことにできなかった。
「何されたんです?」
男は少し黙った。
「金になる奴と、ならない奴を分けてた」
「金?」
「身代金取れる奴。技術者。女。若い奴」
ユウの手が止まる。
「抵抗した奴は?」
「見せしめだよ」
男が奥の遺体を見る。
「一人ずつ痛めつけて、他の奴らに見せてた。逃げようとしたら次はもっと酷くするって」
ユウは何も言わない。
「エルムの警備員も何人か連れてこられた。でも、あいつらは言うこと聞かなかった」
「どこに?」
「別の区画だ。二人はまだ生きてたはず」
ユウは立ち上がる。
「アイリス、位置分かる?」
『隔離区画に二名の生命反応。微弱です』
「案内して」
歩き出そうとしたところで、女性の一人が小さく言った。
「気をつけて」
ユウが振り返る。
「あいつら、降伏するふりするから」
胸の奥で、何かが切れた。
*
二人の警備員は生きていた。
一人は意識不明。
もう一人も酷い状態だったが、会話はできた。
「アストライア……?」
「そうです」
「助かった……」
男はかすかに笑う。
「エルムで通信送ってたの、あなた?」
「ああ……予備端末……使った」
「ありがとうございます。あれなかったら帰ってました」
「帰れば……よかったのに」
「無理ですよ」
ユウは男を支える。
「仲間は?」
「艦に……一人残ってる」
「生存者?」
「機関室……隠れたはず」
エルムにもまだいる。
「分かりました。そっちも助けます」
警備員をアストライアへ運ぶ。
リアが医療区画で待っていた。
「ひどいね」
「うん」
ユウの返事は短かった。
「リア」
「何?」
「この人たちお願い」
「任せて」
ユウはもう一度宙賊船へ戻ろうとする。
「どこ行くの?」
「艦橋」
「ユウ」
リアが呼び止める。
「一人で行く?」
「ドローン先に出す」
「そうじゃなくて」
ユウはリアを見る。
「大丈夫。殺しに行くわけじゃない」
少し間を置く。
「ちゃんと降伏してるならね」
*
宙賊船の艦橋前。
扉の向こうには八人いる。
『武器反応二』
「持ってるじゃん」
降伏条件では、全員武装解除のはずだった。
「アイリス、船内通信」
『接続』
「艦橋の中にいる奴、聞こえるよな」
返事はない。
「武器二つ確認してる。床に置け」
沈黙。
「十秒待つ」
『ユウ』
「何?」
『艦橋内部で移動反応』
ドローン映像。
二人が扉脇へ移動する。
手には銃。
「なるほど」
ユウは壁際へ下がる。
「アイリス、扉開けた瞬間にドローン入れて」
『了解』
扉が内側から開く。
男が飛び出す。
銃口がユウへ向く。
同時にドローンが頭上を抜けた。
「はい、アウト」
ユウは身を伏せ、スタン装置を撃つ。
男の身体が硬直して倒れた。
二人目。
銃を構える前に、ドローンが視界を塞ぐ。
ユウがもう一発。
倒れる。
「他は?」
『武器反応なし』
ユウは艦橋へ入った。
残り六人。
その中に、通信で話していた男がいた。
「お前……」
「武器捨てて」
『もう捨ててる!』
「じゃあ床に伏せろ」
『俺が船長だぞ!』
「だから?」
男の顔が引きつる。
『俺たちは降伏した! 傭兵協会の規則なら――』
「知ってるよ」
ユウは男を見る。
「だから撃ってない」
『なら――』
「でも、降伏したふりして銃持ってた二人は倒した」
男が黙る。
「捕虜を盾にする。証拠消すために警備艇撃つ。降伏するって言いながら武器残す」
ユウは一歩近づく。
「俺、最初は宙賊って言っても色々いると思ってた」
男が後ずさる。
「今もそう思ってるよ。全員があんたらみたいだとは思わない」
ユウの声は低い。
「だから、あんたらが特別クソなんだ」
男が何か言おうとする。
「伏せろ」
今度は逆らわなかった。
*
ノード・セブンの増援が到着した頃には、三隻の宙賊船すべてが完全に制圧されていた。
捕虜十一名。
エルム生存者二名。
さらにエルム機関区から一名を救助。
宙賊側は死亡者なし。
スタン装置で倒した二名も生きている。
警備局へ船内映像と通信記録をすべて渡す。
『……十分だ』
増援部隊の指揮官は、映像を最後まで見なかった。
『こいつらはこちらで引き取る』
「お願いします」
『よく沈めずに残したな』
「捕虜がいたので」
少し間があった。
『捕虜がいなかったら?』
ユウは大型宙賊船を見る。
「降伏したなら止めてましたよ」
それは変わらない。
「でも、降伏するまでに必要な遠慮は、もうしないと思います」
指揮官は何も言わなかった。
アストライアへ戻る。
艦橋ではリアが待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「大丈夫?」
「うん」
ユウは艦長席へ座る。
「アイリス」
『はい』
「今日の戦闘記録、残しておいて」
『保存済みです』
「次から宙賊相手に、こっちが撃たれるまで待つのやめよう」
『条件を確認します』
「敵対行動が確定してるなら、先に足を止める。民間船狙ってるなら武器から潰す。降伏したら止める」
リアが横から聞いていた。
「かなり具体的になったね」
「今日で分かったから」
武器を持っていること自体ではない。
宙賊と呼ばれていることだけでもない。
何をしているか。
何をしようとしているか。
そこを見る。
「でも人質使う奴は?」
「優先して止める」
「証拠隠滅で人ごと撃つ奴」
「止める」
「降伏するふりして撃ってくる奴」
「次から最初から疑う」
リアは少しだけ笑った。
「怖い船長になってきた」
「嫌?」
「敵じゃなくてよかったとは思う」
ユウも少し笑った。
正面には、警備艇に曳航されていく三隻の宙賊船。
そのうち一隻は、推進器も武装もほとんど失っていた。
「そういえば」
『はい』
「あれ、今回も回収権ある?」
「今その話する?」
リアが呆れた声を出す。
「いや、大事でしょ。修理代」
『戦闘記録上、当艦の貢献割合は高いと推定します』
「売れる?」
『大型艦を含むため、前回以上の評価額となる可能性があります』
ユウの目が少しだけ明るくなる。
「冷却、直せるかも」
「切り替え早すぎない?」
「怒ってても金は必要だから」
リアが笑った。
「そのくらいの方がいいか」
アストライアはノード・セブンへ向けて針路を取る。
船体は傷ついていない。
シールドはかなり減った。
主砲とレーザーは冷却中。
それでも、救えた人間はいる。
そして今回の戦闘で、ユウの中には一つ明確な基準ができた。
敵だから殺すわけではない。
宙賊だから問答無用で撃つわけでもない。
だが、民間人を盾にし、傷つけ、命を道具として扱う相手にまで甘くするつもりはなかった。
次に同じような相手と出会った時は、もっと早く止める。
ユウはそう決めていた。




