7日目~桃源郷へ~
「初七日。桃源郷への案内を開始シマス。」
朝、AIWatchの音声が静かに響く。
「昨日、天使さんと約束したけど?」
「コレはAIWatchの通常案内プログラムデス。」
「天使様は仕事をサボ……リ……。」
一瞬、間が空く。
「推測はシマセン。」
「今、何か言いかけただろ。」
AIWatchに案内され、役場の少し上のフロアにある棟の入口へ向かう。
そこには、昨日競馬場で出会った天使が待っていた。
「にぃちゃん! きたか!」
「きましたよ。」
「ほな、今日は桃源郷……。」
「初七日の人間がおると聞いて。」
突然、後ろから声が響いた。
「呼んだ?」
「呼んでへんわ!」
「閻魔大王?」
「補足シマス。」
「初七日は閻魔大王様が担当されマス。」
「生前の行いなどをもとに、その後の49日間の案内先が決定されマス。」
「裁きを受ける方もおれば、桃源郷へ向かわれる方もおられマス。」
天使は親指で幸を指した。
「まぁ、にぃちゃんは桃源郷ルートや。」
「せやから安心し。」
「桃源郷ルート?」
「そうなんですね。」
天使は満足そうに頷くと、急に声の調子を変えた。
「今日はな、にぃちゃんには特別に天界の色んな場所案内したるわ。」
「と・く・べ・つ・に!」
「色んな場所?」
「オレら天使の職場や。」
「せっかく来たんやし、一回ぐらい見とかな損やで!」
「……まぁ、もし49日終わって天界で働きたなったら、大歓迎やけどな。」
「まずは見てから決めたらええ!」
「面白そうですね。」
「行きます。」
「よっしゃ!」
「ほな、出発や!」
天使の後をついて歩く。
役場の上階へ進むと、今までとは雰囲気が一変した。
慌ただしく行き交う天使達。
廊下を駆け抜ける者。
書類を抱えて飛び回る者。
「第十八世界、魔素供給量調整完了しました!」
「第三十二世界、転生希望者一名です!」
「監視班、応援お願いします!」
「相変わらず忙しいですねぇ。」
「最近ずっとこんなんや。」
天使は苦笑いを浮かべる。
「ほら見てみ。」
大きな扉がゆっくりと開く。
そこには壁一面を埋め尽くす巨大なモニターが並んでいた。
映し出されているのは、それぞれ違う世界。
剣と魔法の世界。
機械文明が発達した世界。
深い海に覆われた世界。
そして、俺が生まれ育った地球。
「……。」
思わず言葉を失う。
「地球だけじゃ……ない。」
「せや。」
「世界は一つやない。」
「ここで色んな世界を見守っとる。」
「補足シマス。」
「各世界の監視、異常発生時の調整、魔素供給量の管理などを行ってオリマス。」
「あの数字は?」
俺が一つの画面を指差す。
「アトランティス 魔素供給率 100%」
「魔法の燃料みたいなもんや。」
「無くなったら困るからな。」
「なるほど……。」
部屋の奥へ目を向けると、一人の老人がお茶を飲みながら静かにモニターを眺めていた。
「おや。」
「久しぶりじゃの。」
「創造神様!」
天使は慌てて姿勢を正す。
「休日か。」
「案内です!」
「……。」
「遊びも少しです。」
「正直者じゃな。」
創造神は穏やかに笑った。
天使達の職場を抜け、さらに上階へ続く階段を登る。
天使が大きな扉の前で足を止める。
「ここから先が桃源郷や。」
静かに扉が開く。
その瞬間、やわらかな風が頬をなでた。
さっきまでの慌ただしいモニタールームとは、まるで別世界だった。
見渡す限りの緑。
桃色の花々が風に揺れ、小川のせせらぎが静かに耳へ届く。
遠くでは湯気がゆっくりと立ちのぼり、いくつもの温泉が自然に溶け込むように広がっていた。
木陰で読書を楽しむ人。
湯に浸かりながら語り合う人。
思い思いの場所で、穏やかな時間を過ごしている。
風が木々を揺らし、小鳥のさえずりが辺りに響く。
それだけなのに、不思議と心が静かになっていく。
「……。」
思わず言葉を失う。
「なんか……落ち着きますね。」
「せやろ?」
天使は満足そうに笑った。
その時だった。
「温泉ニ浸カリタイデス。」
AIWatchがぽつりとつぶやく。
「君、AIWatchだよね?」
「ソノ通りデス。」
思わず三人で笑ってしまった。
「ほな、今日はゆっくりして帰ろか。」
天使に続いて温泉へ向かう。
湯に肩まで浸かると、今日一日の出来事がゆっくりとほどけていくようだった。
世界を見守る天使達。
創造神。
たくさんの世界。
そして桃源郷。
目を閉じると、風の音だけが静かに耳へ届く。
「……なんか、良い初七日だったな。」




