~破天荒貴族・小野篁~
~破天荒貴族・小野篁~
ここは、六道珍皇寺の庭。
「今夜もあちらに赴くとしよう。」
私は歩みを進める。空には満天の星。
私は隠岐へと流された折に、たくさんの人々の死に逝く様を見た。
ある者はこの世を怨み、人を怨み。ある者は嘆き苦しみながら。
♢♢♢♢♢♢
数年前。隠伎之三子島、島後。
ここは黒曜石の採掘が盛んな島である。
ある日、私は海岸沿いの今は廃採掘地となった場所を歩いていた。
「そこのお人、危ないぞ。」
私に声をかけてきた方。
伊邪那岐命。その方である。
私の廻りにはいつしか紫色の靄がかかっていた。
その方が太刀を一振りすると靄がすっかりと晴れた。
「この黒い石には魔素というものが集まりやすい。これを魔石といい、この靄は穢れというのだ。」
「……穢れ……ですか。ここまで流されてきた我が身。もう……どうなろうとも……」
「穢れは人を死に至らしめることもある。お前はそれを望んでいるのか?」
「…………いえ。」
「ですが!私はたくさんの人々の死に逝く様を見てきました……あの人々の行く末は……と考えてしまうのです。」
「行く末か……」
イザナギは静かに私を見つめた。
(見てみたい……私はそれを……)
「それを……その目で見てみたいとは思わぬか?」
(そうか。このお方は神なのであるな。)
私はうなずくことしか出来なかった。
そして神は私にこう告げた。
「京に帰ることがあれば、六道珍皇寺の井戸へ行ってみるとよい。お前が望むものがあるかもしれぬぞ。」
と。
♢♢♢♢♢♢
六道珍皇寺の井戸。
ここへ通うようになって数年が経つ。
井戸の入口。いつ見ても小さい。6尺(現在の単位で190センチ)を超える私の身体がここに入るのか?といつも思うのだが……
結界とやらが発動してすんなりと入れる様だった。
閻魔大王の間の隣。冥官室。
「篁さーん!仕事が溜まってるんやーー!手伝ってくれー!」
暗黒童子が書類を両手に抱えて走って来た。
「篁さん。どこかで飢饉があったんか?凄い量や。」
「常に各地で起こってる……と言わざるを……」
この書類の山は誰かの死。
閻魔大王の間では司命菩薩、司録菩薩、倶生神が閻魔大王の補佐をしていると聞く。
「おお!お前が篁か!?」
顔は赤みを帯び、鋭い目と強い眉。冠をかぶり笏を持った1丈(三メートル)ほどはあろうかという冥府の王が初めて私の前に現れた。
「あ!閻魔大王様!!ええ!この者が最近ここへ出入りするようになった小野篁ですよ!」
暗黒童子が答える。
「篁よ!よろしく頼むぞ!!」
「閻魔大王様、どこまでやれるかはわかりませぬが精一杯勤めさせていただきます。」
♢♢♢♢♢
閻魔大王が帰った後。
「篁さん、あれやて?隠岐におったんやて?」
「ええ。少しの間流されておりました。(苦笑)」
「聞いてるで!なんや遣唐使蹴ったんやて?それもバカ正直に反対してあげくに朝廷を皮肉る歌を詠んだらしいやんか。」
「なぜにそれを?」
「イザナ……まぁあれや書類や!書類があってや。」
ああ。あのお方か……
「でな!この話を閻魔様がえらく気に入ってな。井戸の結界を開くことにしたんやわ。」
「というと?」
「篁さんはバカ正直ってことやな(笑)」
「ウチ等冥界のモンはな、正直者は大好きやでー!」
♢♢♢♢♢
私は京に戻ってから昼間は朝廷の仕事をしている。
文書作成、朝廷の行政、政策審議
、天皇への奏上、官僚のまとめ役。
夜の仕事も同じようなものであるが……嘘と駆け引きが無い分、冥界での仕事の方が楽かもしれぬ。
「あちら」と「こちら」での仕事を繰り返していたある夜の事。
私と藤原高藤殿が朝廷からの帰り道。それぞれ牛車に乗り大路を通っていた。
ギギーーッ!
大きな音をあげて、牛車が急停止した。
「お、鬼だァアァア!!」
高藤殿の声が大路に響き渡る。
紫色の靄が高藤殿の牛車を覆い尽くしている。
(穢れ……)
その靄はいつしか姿を変え、大鬼、小鬼、念仏鬼……無数の鬼となって牛車を取り囲んでいた。
「高藤殿ーーー!」
私は叫ぶ事しか出来なかった。
すーーっ。
紫色の靄が高藤殿の体へと吸い込まれていく。
靄は消えた。消えたが……
まるで魂を抜かれたかの様な高藤殿がそこにいたのだった。
……数日後……
高藤殿急死の報せが届いた。
この数日何も口にする事も出来ず。水も飲まず。衰弱死したと。
陰陽寮から陰陽師が駆けつけ、都中の医者も集まったとも聞いた。
高藤殿は譫言で
「鬼が……鬼が……」とだけ言っていたという。
私はその夜、井戸へと駆けつけていた。
【閻魔大王の間】
中央の高座に閻魔大王。
司命菩薩、司録菩薩、倶生神が横に控える。
「閻魔大王様!お話がございます!藤原高藤という者の事でございます!」
「その者は?」
閻魔大王の問いに司命菩薩が答える。
「この者は死して1日も経っていないので、閻魔大王様の裁きはまだ早いかと……」
「そうであった。我は死後35日目しか死者の前に姿は見せぬのだよ。」
私は自分が見たこと体験したことを閻魔大王様に話した。
「穢れか……藤原高藤をこちらに呼べ。」
高藤殿が閻魔大王の間へ通された。
「司命菩薩この者の寿命は?」
「まだまだ先の様です。」
「篁よ。お前はこの者を生かしたいのか?」
「わかりませぬ。わかりませぬが。私に少しの力があれば高藤殿を救えたのではないか……とは思っております。」
「それは思い上がりというものじゃ!だが、穢れに対抗する術をお前たち生きる者は考えているのではないのか?」
「……そうかもしれません。」
「お前がこれからも我や冥界の者を助け、今生においてそのままの心根でおるのなら、その者を現世へと戻そう。」
高藤殿はキョロキョロ辺りを見回し、私と大王を交互に見ていたが、言葉を発することは無かった。
後に藤原高藤は
「小野篁が閻魔大王の冥官としてなにやら進言をして、そのおかげで現世に戻ってこられたのだ。」
と周りに語ることになるのだが。
私はというと
今生、冥界と現世を行ったり来たりしながら寿命が尽きるまで働き続けることになる。
そして、死して尚
閻魔大王の補佐官としての仕事についているのであった。
「仕事が好きなのか?」と問われれば
「否」と答える。
私は今も昔も
「生きるということは何か?」と問い続けてるのだ。
【小野篁について】
小野篁は、平安時代に実在した人物です。
遣唐副使に任命された際、遣唐大使・藤原常嗣との船をめぐる一件から渡航を拒否し、隠岐へ流されました。
その際に詠んだとされる歌は、百人一首にも収録されています。
また小野篁には、
「昼は朝廷に仕え、夜は冥府で閻魔大王のもとに仕えていた」
という有名な伝説があります。
さらに、藤原高藤が亡くなった後、閻魔庁で小野篁が進言したことで現世へ戻ったという説話も残されています。
今回のお話では、これらの史実と伝説をもとに、アトランティスの設定を加えて小野篁の物語として描いてみました。




