27日目 ~いただきますの国~
27日目 ~いただきますの国~
出雲大社の本殿を後にすると、アマテラスは穏やかに微笑んだ。
「それでは。」
「伊勢神宮にて、おもてなしいたしますわ。」
「本殿でお待ちしております。」
そう言うと、目の前の空間が淡く揺らぎ始める。
一筋の光が伸び、その先には見覚えのある木造の橋が静かに姿を現した。
「こちらからどうぞ。」
俺は一礼し、その橋へ足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
橋を渡る。
誰もいない。
普段なら多くの参拝客で賑わうはずの伊勢神宮。
今は風の音だけが静かに響いていた。
サク。
サク。
玉砂利を踏む音が心地良い。
木々の葉が風に揺れ、小鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。
橋を渡り終えた、その時だった。
「……。」
思わず足が止まる。
深く息を吸う。
木々の香り。
風の匂い。
何も変わらないはずなのに、不思議だった。
「空気が……澄んでる。」
(AIWatch『そう感じる方は多いようデス。』)
俺はもう一度ゆっくりと息を吸い込み、静かな参道を歩き始めた。
誰もいない伊勢神宮。
神様に招かれた者だけが歩ける、穏やかな時間。
やがて本殿が姿を現す。
柔らかな風が吹いた。
大きなのれんが、ふわりと揺れる。
その前で、一人の女性が優しく微笑んでいた。
「ようこそ。」
「幸さん。」
「お待ちしておりました。」
俺は自然と頭を下げる。
「本日は、日本の『いただきます』をご案内いたしますわ。」
アマテラスに案内され、本殿の奥へ進む。
木の香りに包まれた広間には、大きな食卓が用意されていた。
アマテラスは席へ腰掛けると、穏やかに呼びかける。
「ツクヨミー。」
静かな足音が近付いてきた。
「お呼びでしょうか。」
長い銀色の髪を揺らしながら、一人の青年が姿を現す。
「幸さんにお食事を用意してくださいまし。」
「承知しました。」
ツクヨミは静かに一礼すると、奥へ向き直った。
「ウケモチ。」
「食材をお願いします。」
「はーい!」
元気な返事と共に、一人の少女が駆け寄ってくる。
「任せてください!」
次の瞬間。
野菜。
魚。
肉。
果物。
米。
次々と食材が現れ、あっという間に台の上へ並んでいく。
「……。」
「某スライムみたいだな。」
思わず呟く。
ウケモチは意味が分からないまま首を傾げた。
「?」
そこへ、一人の女性が穏やかな笑みを浮かべながら歩いてきた。
「あらあら。」
「たくさんありますね。」
豊受大神だった。
「では、お料理いたしましょう。」
ウケモチは嬉しそうに食材を運び始める。
その様子を見ていたアマテラスが、ふと思い出したように口を開いた。
「あ。」
「ツクヨミ。」
「スサノオも呼んでくださいまし。」
「承知しました。」
しばらくして。
廊下の向こうから元気な声が響く。
「飯ーーー!?」
勢いよく襖が開く。
「呼んだ?」
スサノオだった。
「飯って聞こえたから。」
「行く行く!」
「では皆さん、お座りください。」
料理が並べられる。
炊きたてのご飯。
焼き魚。
味噌汁。
煮物。
どれも湯気を立て、美味しそうな香りを漂わせていた。
アマテラスは静かに箸を持つ。
「それでは。」
「いただきます。」
「いただきます。」
俺も手を合わせる。
「いただきます。」
◇ ◇ ◇
「美味しい……。」
思わず箸が止まらない。
どれも優しい味だった。
豊受大神は嬉しそうに微笑む。
「あらあら。」
「たくさん召し上がってくださいね。」
ウケモチも楽しそうに頷く。
「まだありますよ!」
ふと隣を見る。
スサノオは黙々と食べていた。
「スサノオさん。」
「今日は静かですね。」
「……。」
スサノオは箸を止めることなく答えた。
「姉上がおるから。」
「え?」
「目ぇ合わせたらアカン。」
「……。」
「経験上な。」
意味はよく分からない。
そのまま食事は和やかに進み、気付けば俺は満腹になっていた。
「ごちそうさまでした。」
アマテラスも静かに手を合わせる。
「ごちそうさま。」
そして、ふふっと笑った。
「ふふふ。幸さん、たくさん召し上がりましたわね?ふふふ。それでは、お仕事をしていただけますわね?少しだけ穢れを祓っていただきたいのです。ふふふ。やっていただけないと、ワタクシ、隠れちゃいますわよ?(・ω<) テヘペロ」
「…………。」
「え?」
その瞬間だった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が響いてくる。
「今、『隠れる』って聞こえた!?」
「姉上が!?」
「まだ決まってない!」
「幸さんはどこだ!」
「急げ急げ!」
「天宇受売命様を呼べ!」
「鏡は!?」
「いや、まだ早い!」
「だからまだ隠れてないって!」
廊下の向こうは一瞬で大騒ぎになった。
「……。」
「何ですか、この騒ぎ。」
俺はゆっくりとスサノオを見る。
スサノオは静かに目を逸らした。
「……。」
「経験者や。」
「え?」
ツクヨミは静かに紅茶を一口飲む。
「神域では、その一言は緊急事態なのです。」
豊受大神は困ったように笑う。
「あらあら。」
「皆さん、少し慌てすぎですねぇ。」
「毎回や。」
スサノオは即答した。
「姉上は悪気ない。」
「でも八百万は本気になる。」
その頃、廊下では。
「幸さんは!?」
「説得班を編成しろ!」
「穢れを祓っていただけば大丈夫だ!」
「スサノオ様は!?」
「食堂です。」
「何してるんですか!」
「ご飯食べてる。」
「いつものことか……。」
俺は頭を抱えた。
「えぇ……。」
アマテラスだけが、不思議そうに首をかしげる。
「ふふふ。」
「皆さん、大げさですわ。」
「全然大げさじゃないです!」
思わず全員でツッコんだ。
気付けば、廊下の襖の隙間から八百万の神々がこちらを覗いていた。
「幸さん。」
「お願いします。」
「世界の平和のためです。」
「頑張ってください!」
俺は深いため息をつく。
「断れる空気じゃない……。」
「俺、戦闘したことないですけど?」
「簡単ですわよ!」
「簡単だ。」
「簡単……。」
「あらあら、おにぎりを用意しましょうか?」
AIWatch
「サポートシマス。安心シテクダサイ。」
「……分かりました。」
「やります。」
「では明日、穢れの場所へお送りいたします。」
「お一人で。」
アマテラスは意味深に微笑んだ。




