25日目 ~後編・日本神域~
## 25日目 ~後編・日本神域~
俺はエルフ街のワープゲートから役場へ戻ってきた。
そのままエレベーターへ乗り込み、大国主命がいるフロアへ向かう。
静かに扉が開く。
「失礼します。」
部屋へ入ると、そこは落ち着いた雰囲気の応接室だった。
大きな窓の前にはソファとテーブル。
香りの良い紅茶が用意されている。
「どうぞ。」
穏やかな声に顔を上げる。
そこにいたのは、一人の男性だった。
黒いスーツに眼鏡。
長い髪は後ろで綺麗にまとめられている。
……え?
神様って、もっとこう……
狩衣とか着てるんじゃないの?
そんな俺の表情に気付いたのか、大国主命は優しく笑った。
「この姿のほうが楽なんですよ。」
「あ、そうなんですね……。」
勧められるままソファへ腰を下ろす。
一口、紅茶をいただく。
ほっとする味だった。
大国主命は静かに微笑んだ。
「ダ・ヴィンチさんから、日本神話がお好きだと伺っています。」
「はい!」
「俺! アマテラスさんに会ってみたいんです! ファンなんです! 前世からずっと憧れだったんです! 一度でいいから、お会いしてみたくて! サイ……」
そこまで言って、慌てて口を押さえた。
……危ない。
また言いそうになった。
大国主命は穏やかな笑みを浮かべる。
「はい。」
「お気持ちは十分伝わりました。」
「そのような純粋なお気持ちでしたら、問題ありません。」
「日本神域への入域を許可します。」
「ありがとうございます!」
俺は勢いよく立ち上がり、頭を下げた。
大国主命は静かに立ち上がる。
「では、ご案内します。」
部屋の奥へ歩き、何もない壁の前で立ち止まった。
手をかざす。
空間がゆっくりと揺らぎ、一枚の光の扉が現れる。
「この先が、日本神域です。」
俺は大きく息を吸い込み、その扉をくぐった。
◇ ◇ ◇
大国主命の後ろを歩く。
やがて視界いっぱいに、一つの巨大な社が姿を現した。
「……。」
思わず足が止まる。
天へ届くほど高くそびえる社殿。
巨大な柱が幾重にも建物を支え、その姿はまさに圧巻だった。
どこまでも続く階段。
見上げてもなお、その頂は遠い。
「ほんとに……。」
「どーん、ばーん!って建ってる……。」
(AIWatch『現在ご覧になっているのは、日本神域に現存する本来の出雲大社デス。人間界で発見された巨大柱跡は、この社殿の一部である可能性が高いと考えられていマス。』)
言葉も出ないまま、俺は大国主命の後を追って階段を上った。
本殿へ辿り着くと、大国主命は静かに振り返る。
「それでは。」
「私はこれで失礼しますね。」
「えっ?」
そう言って微笑むと、大国主命は静かにその場を後にした。
広い本殿に、一人残される。
「……。」
「えっと。」
(AIWatch『神域では、会いたい神様のお名前をお呼びください。願いが届けば、お越しになられマス。』)
「そ、そういうシステムなの?」
俺は深呼吸を一つして、大きく息を吸い込んだ。
「アマテラス様ーーーー!」
次の瞬間。
本殿いっぱいに柔らかな光が満ちていく。
その光はゆっくりと一人の女性の姿を形作った。
眩いほど神々しい光。
思わず息をのむ。
女性は小さく首をかしげた。
「ん?」
「ワタクシを呼んだのは?」
「うわっ……!」
「うわうわうわーーー!」
「アマテラス様ーー!!」
「お、俺! アマテラス様に会ってみたかったんです! ファンなんです! 前世からずっと憧れだったんです! 一度でいいから、お会いしてみたくて! さ、サイ……」
また慌てて口を押さえる。
……危ない。
初対面で何を言おうとしてるんだ俺は。
アマテラスは楽しそうに微笑んだ。
「外をご覧になってくださいませ。」
言われるまま外へ目を向ける。
空は夕焼けから群青色へと変わり始めていた。
「そろそろ夜も更けますわ。」
「お話は明日にいたしましょう。」
そう言うと、アマテラスは辺りを見回した。
「スサノオー。」
「いますかー?」
「いるよ、姉上。」
どこからともなく一人の青年が姿を現した。
「この方を客殿までご案内してくださいな。」
「はいはい。」
スサノオは苦笑いしながら俺へ向き直る。
「こっちだ。」
俺は慌てて頭を下げ、その後を追った。
◇ ◇ ◇
客殿へ案内され、一息ついていると、廊下の向こうから誰かの声が聞こえてきた。
「姉上が、また……。」
「ぶつぶつ……。」
「毎回毎回……。」
「ぶつぶつ……。」
声は少しずつ近付いてくる。
やがて襖が静かに開いた。
「失礼します。」
白い装束をまとった青年が、夕食を載せた盆を手に頭を下げた。
「夕食をお持ちしました。」
そう言うと、小さくため息をつく。
「姉上が、また……。」
「ぶつぶつ……。」
俺は思わず苦笑いした。
神様って、もっと厳かで近寄り難い存在だと思っていた。
だけど実際は……
なんだか、とても温かい。
そう思いながら、俺は静かに夜を迎えるのだった。




