17日目 ~赤の町~
17日目 ~赤の町~
カッパドキアからモヘンジョダロまでは一泊の道程だった。
「ギュルル、お疲れ様。」
「ギュルル……。」
ギュルルの背から降り立つと、朝の涼しい風が頬をなでた。
目の前には小高い丘が広がり、その先には赤茶色の町並みが朝日に照らされていた。
真っ直ぐに伸びる道。
整然と並ぶ家々。
巨大な神殿も、高くそびえる塔もない。
それでも、その町には不思議な存在感があった。
「……町だ。」
思わず言葉が漏れる。
遺跡というより、人が昨日まで暮らしていた町。
そんな錯覚を覚えるほど、その景色には生活の面影が残っていた。
誰も口を開かなかった。
ドワーフくんも。
AIWatchも。
ただ静かに、目の前の町を見つめていた。
しばらく景色を眺めたあと、俺はゆっくりと丘を下り始める。
赤茶色の町へ。
かつて、多くの人々が暮らした場所へ。
「町だぞーー!」
ドワーフくんが嬉しそうに駆け出した。
俺もその後を追い、モヘンジョダロの町へ足を踏み入れる。
足元には赤茶色の焼きレンガが隙間なく敷き詰められ、真っ直ぐな道が遠くまで続いていた。
左右には同じような高さの建物が整然と並び、所々には階段や壁が当時の姿を残している。
風が静かに吹き抜ける。
聞こえるのは、その音だけだった。
人の姿はない。
それでも、不思議と寂しさは感じなかった。
今にも路地の向こうから誰かが歩いてきそうな。
そんな生活の気配が、この町には残っていた。
俺は足元のレンガを見つめる。
一つ。
また一つ。
どれもほとんど同じ大きさだった。
「……すごいな。」
思わず声が漏れる。
「あの時代に、こんなに揃った焼きレンガなんて……。」
「そこを見るかーー!」
ドワーフくんが満足そうに笑った。
「焼きレンガだ。土を型に入れ、乾かし、窯で焼く。焼くことで硬くなり、雨にも強くなる。」
「それだけじゃない。大きさを揃える。それが町を造る第一歩だ。一つ二つなら偶然でもできる。全部同じだから技術なんだーー!」
俺はレンガでできた台の前で足を止めた。
高さは腰ほど。
部屋の隅に当たり前のように置かれている。
「これ……何に使ってたんだ?」
「分からんぞーー!作業台かもしれない。食卓かもしれない。荷物置きかもしれない。現場で使いやすいように作っただけかもしれないぞーー!」
「つまり……何でもあり?」
「そういうことだーー!」
その時だった。
AIWatchが静かに反応した。
『当時の保存記録を検索シマス。』
目の前に淡い光が広がる。
そこには、人々が暮らすモヘンジョダロの町が映し出されていた。
朝。
同じレンガの台を囲み、家族が食事をしている。
映像が切り替わる。
昼。
職人が工具を並べ、作業台として使っている。
また映像が切り替わる。
夕方。
子どもが腰掛け、大人たちが談笑している。
どの映像にも音はない。
人々は笑い、話し、働いている。
それでも聞こえるのは静寂だけだった。
最後に映像が切り替わる。
広い部屋。
大きな机の上には、一枚の都市計画図が広げられていた。
人間。
エルフ。
ドワーフ。
そしてダークエルフ。
四人は真剣な表情で図面を囲み、道路を指差し、何かを書き加え、静かに頷き合っている。
その映像も、音のないまま終わった。
光がゆっくりと消えていく。
「……今の人たちは?」
『都市設計時の保存記録デス。』
「みんなで、この町を考えたんだな……。」
「町は一人じゃ作れないぞーー!」
ドワーフくんが胸を張る。
「道。家。井戸。排水路。」
「全部繋がって初めて町になるぞーー!」
そう言って、俺たちは町の奥へ歩き始めた。
「こっちだーー!」
ドワーフくんに呼ばれ、その後を追う。
「見ろーー!」
足元を見ると、レンガの下には細い溝が続いていた。
「これ……。」
「排水路だ。」
「雨水も生活で使った水もここを流す。」
「流れを考えて町全体を造ってある。」
俺はしゃがみ込み、静かにその溝を眺めた。
「上下水道まで考えてたのか……。」
「全部あとから付け足したらダメだぞーー!最初に考える。だから町は設計図から始まるんだーー!」
俺はゆっくりと立ち上がり、もう一度町全体を見渡した。
真っ直ぐに伸びる道。
規格の揃った焼きレンガ。
人が暮らすために考え抜かれた町。
町を一通り見学し、帰ろうとしたその時だった。
俺は、一部だけ黒く変色したレンガを見つけた。
表面はガラスのように光を反射している。
「そういえば……。」
「核兵器が使われた説もあるけど?」
『それは事実ではないと考えられマス。諸説ありマスが、アトランティスでは魔法暴発事故によるものと伝えられてイマス。詳細はダークエルフを訪ねることを推奨シマス。』
「ダークエルフか……。」
俺は静かにガラス化したレンガへ目を向けた。
俺は一つの謎を抱えたまま、次の遺跡へと旅立つのだった。




