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第2話:12年後の処刑エンドと残酷な裏設定

あれから数日が経ち、俺の体調はすっかり元に戻った。いや、高熱を出す前よりも、身体の奥底から湧き上がってくるような活力を感じていた。前世の記憶と今生の記憶が完全に馴染み、魂が身体の器にしっかりと定着したような感覚だ。


「ルーク、本当に無理はしちゃ駄目よ。まだ病み上がりなんだからね」


朝の柔らかい日差しが差し込む小さなダイニングで、母親のマリアが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。テーブルの上には、固くなった黒パンを温かいスープでふやかした簡素な朝食が並んでいる。肉などは入っていない、野菜の切れ端と少しの塩気だけのスープだが、マリアが丁寧にアクを取りながら煮込んでくれたおかげで、身体の芯まで染み渡るような優しい味がした。


「うん、大丈夫だよ、お母さん。もう全然苦しくないし、元気いっぱい!」


俺は三歳児らしく、両腕をぐっと曲げて力こぶを作るような仕草をしてみせた。マリアはホッと胸をなでおろし、優しく俺の頭を撫でてくれる。その手は少し荒れていて、彼女が毎日どれだけ家事や内職で苦労しているかが伝わってくる。


「ははは、そうかそうか! ルークが元気になってくれて、父さんは本当に嬉しいぞ!」


向かいの席で豪快に笑うのは、父親のトマスだ。熊のように大きな身体と、立派な髭を蓄えた大男だが、その笑顔は信じられないほど優しく、そしてどこかおどけている。彼はローズグレイ伯爵家の厨房で働く専属料理人であり、平民でありながらその腕前を見込まれて、お屋敷で腕を振るっている。

 俺が死にかけたあの夜、彼は伯爵家の執事長に土下座をして、自分の給料の半年分を前借りし、高価な『回復薬ポーション』を買ってきてくれたのだ。


「父さん、ごめんなさい。俺のせいで、お給料がなくなっちゃったよね……」

「馬鹿を言うな、ルーク! お前がいなくなってしまったら、父さんも母さんも生きていけないんだ。金なんてものは、また俺が汗水流して働けばいいだけのことさ。伯爵様のお屋敷の厨房は忙しいが、やりがいはあるしな!」


トマスはガハハと笑いながら、俺の頭を大きな手でくしゃくしゃと撫で回した。

 その力強く温かい手に触れながら、俺の心の中にはズキリとした痛みが走っていた。


こんなにも優しく、愛情深い両親。彼らにとって、俺は何よりも大切な一人息子なのだ。

 前世の俺は、仕事に追われるだけの孤独な独身男だった。徹夜とエナジードリンクにまみれ、納期に追われて命をすり減らすだけの日々。家族の温もりなんてものは、とうの昔に忘れていた。

 だからこそ、このトマスとマリアからの無償の愛が、痛いほどに胸に突き刺さる。


彼らが、俺の書いたふざけたシナリオのせいで、十二年後に理不尽に殺されるだなんて、絶対に許せるわけがない。


「それじゃあ、父さんはそろそろお屋敷に行ってくるよ。今日は伯爵様の晩餐会があるから、帰りは遅くなるかもしれない。マリア、ルークを頼んだぞ」

「ええ、いってらっしゃい、あなた。気をつけてね」

「父さん、いってらっしゃい!」


トマスはマリアと軽く口づけを交わし、俺に力強く手を振ってから、ドタドタと足音を立てて家を出ていった。

 その背中を見送りながら、俺は改めて自分の置かれた状況の絶望感に直面していた。


* * *


朝食を終え、マリアが洗濯と内職を始めたのを見計らって、俺は自分の小さな部屋に戻った。

 木箱を裏返して作ったような簡素な机に向かい、そこにあった古びた羊皮紙の切れ端と、暖炉から拾った炭の欠片を手に取る。


三歳児が真剣な顔で炭を握りしめている姿は滑稽かもしれないが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。俺は記憶の中にある情報を整理するため、誰にも読めない前世の言語――日本語で、ノート代わりに羊皮紙に文字を書きなぐり始めた。


まずは、この世界――ダークファンタジー乙女ゲーム『ルミナス・ナイツ』の本来のストーリーについてだ。


表向きは「光の魔法を持つヒロインが、貴族学園でイケメン攻略対象たちと絆を深めながら世界を救う」という王道の乙女ゲーム。だが、その実態はかなりハードなダークファンタジーである。

 世界は常に「瘴気」と呼ばれる邪悪なエネルギーと、そこから生まれる「魔物」の脅威に晒されている。ヒロインの攻略対象となる王太子や騎士団長の子息、天才魔術師たちは、誰もが皆、心に重い『呪い』や『一族の業』といった深い闇を抱えている。


ヒロインの目的は、自身の持つ希少な『光の魔法』で彼らの心の闇を浄化し、寄り添い、最終的には魔王の封印を強固にすることだ。だが、選択肢を一つ間違えれば、攻略対象が狂気に呑まれて暴走し、凄惨なバッドエンドを迎えるルートが山のように用意されていた。


俺はそのメインシナリオを担当し、血反吐を吐きながら世界観を作り上げた。

 だが、問題はその後だ。


大ヒットを受けて制作が決定した『ルミナス・ナイツ 完全版』。

 ディレクターの「ヒロインの光を際立たせるために、周囲の闇をさらに深くしろ」という指示により、俺は数え切れないほどの「悲惨なモブキャラ」と「救いのない裏設定」を追加した。


その一つが、俺の父親が働く『ローズグレイ伯爵家』のお家騒動だ。


ローズグレイ伯爵家は、ゲーム本編における最大の障壁――『悪役令嬢』セリア・フォン・ローズグレイの実家である。

 由緒正しき大貴族でありながら、その裏では領民への過酷な重税、国家予算の横領、さらには他国との違法な奴隷売買にまで手を染めている腐敗の温床。それが俺の追加した裏設定だ。


ゲーム本編が開始される年、つまり俺が十五歳になる年。

 ヒロインの光に導かれた王太子レオンたちの調査によって、ローズグレイ伯爵家の長年にわたる悪事がついに露見しそうになる。


追い詰められた伯爵家の上層部と、彼らと癒着していた悪徳家臣は、自分たちの罪をすべて揉み消すためのスケープゴートを用意する。

 それが、お屋敷で長年働いていた、平民の料理人――トマスだ。


『あの料理人が、裏の商会と結託して勝手に帳簿を改ざんし、横領を働いていたのだ』


そんな穴だらけの言い訳が、最終的に通用するはずもない。だが、彼らの目的はあくまで「時間稼ぎ」と「見せしめ」だ。

 トマスは謂れのない罪で捕らえられ、凄惨な拷問を受ける。そして、口封じのために暗殺者が放たれ、妻のマリアと、息子のルークは、王都の裏路地で喉を掻き切られてゴミのように捨てられる。

 トマス自身も、家族の後を追うように獄中で不審死を遂げる。


「……ふざけんなよ、マジで」


俺はギリッと奥歯を噛み締め、持っていた炭の欠片をへし折りそうになった。


当時の俺は、「悪役令嬢の実家がどれだけ腐りきった外道か」をプレイヤーに印象付けるためだけに、このシナリオを書いた。名もなき料理人一家が悲惨な死を遂げることで、ヒロインと王太子が「絶対に許さない」と立ち上がるための起爆剤にしたのだ。


まさか、自分がその「名もなき料理人の息子」に転生するだなんて、夢にも思わなかった。

 因果応報と言われればそれまでかもしれない。生みの親である俺が、自らの手で書き出した理不尽な死の運命。


だが、今の俺にはトマスとマリアという、この世界で最も愛すべき両親がいる。

 彼らを、俺が書いた三流の追加シナリオの生贄になんて、絶対にさせてたまるか。


* * *


深呼吸をして、昂る感情を無理やり落ち着かせる。

 怒りや絶望に身を任せている暇はない。俺には、やるべきことがある。


処刑エンドを迎えるのは十二年後だ。

 それまでに、俺はローズグレイ伯爵家の暗部を暴き、スケープゴートにされる前に悪徳家臣たちを物理的に排除し、家族の安全を確保しなければならない。

 そして何より、あの悪役令嬢セリアが、ゲーム本編のような残虐な性格に育つのを阻止できれば、伯爵家そのものの運命を変えることができるかもしれない。


だが、そのための最大の問題は――今の俺が、ただの「三歳の平民の子供」であるということだ。


初期ステータスは最低最悪。魔力の器も、身体能力も、王族や貴族である攻略対象たちとは比べ物にならないほど貧弱だ。

 彼らは生まれながらにして強大な魔力と才能を与えられた、いわば「SSRキャラクター」。対する俺は、ガチャのハズレ枠にすら入っていない「背景のモブ」である。まともにやり合えば、虫けらのように潰されるのは火を見るより明らかだ。


「……それでも、俺はこの世界の『シナリオライター』だぞ」


俺は羊皮紙に書かれた文字を指でなぞりながら、口角を吊り上げた。


俺は誰よりもこの世界を知っている。ボツになった裏設定も、強力な隠しアイテムの場所も、凶悪なダンジョンのトラップを全スルーできるデバッグ用の隠し通路の存在も。


だが、それらの知識を活用する前に、どうしても確かめておかなければならないことが一つあった。

 ここは、ただ前世のゲームと「似ているだけの異世界」なのか?

 それとも、「ゲームのシステムや物理エンジンが、現実の法則として完全に適用されている世界」なのか?


もし後者であれば、俺の知識は単なる予知夢の枠を超え、この現実世界で意図的に『バグ技』を引き起こすことができる。

 そして、その「システムリンクの検証」を行うのに、最も適したオブジェクトが一つだけ存在した。


「……あの没イベントの『女神像』が残っていれば、一石二鳥だ」


この世界において、魔法の強さを決定づける最大の要因は「魔力器官の容量(初期値)」である。これは生まれつきの才能で決まり、後天的に増やすことはできないのが常識だ。

 しかし、俺の記憶が正しければ、王都の平民区の片隅に、その常識を覆すバグの遺物が転がっているはずなのだ。


もしそれが存在し、かつゲーム通りに機能するのであれば、この世界がシステムとリンクしている完璧な証明になる。

 そして同時に、モブである俺がSSRのヒロインや王太子たちを凌駕するための、絶対的な力を手に入れられる。


「明日……お母さんの目を盗んで、あれを確かめに行くしかない」


運命の歯車をぶっ壊すための、第一歩。

 俺は小さな拳を強く握り締め、来るべき明日の探索に向けて、静かに闘志を燃やしたのだった。

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