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第1話:目覚めたら自作ゲームの世界

「――おい、もっと絶望感が欲しいんだよ。今回の『完全版』の目玉なんだからさ」


 鼻をつくエナジードリンクの匂い。ブルーライトに照らされた薄暗いオフィス。

 無精髭を生やしたディレクターが、モニターを指差しながら無慈悲なリテイクを出してくる。


「すでに大ヒットしてる本編に、これ以上何を足すんですか……」

「ヒロインの光を際立たせるには、周囲の闇を深くするしかないだろ? モブなんていくらでも悲惨な目に遭わせていいから。もっとエグい理不尽をぶち込んで、プレイヤーの感情を揺さぶってくれよ」

「……わかりました。じゃあ、本編序盤でサラッと流された『伯爵家のお家騒動』の裏事情として、使用人の家族をスケープゴートにして処刑する展開を追加します。これで悪役令嬢の実家の残忍さも際立つはずです」

「いいねえ、それ採用! じゃ、明日の朝までにテキスト上げといて!」


 カタカタと乾いたキーボードの音が響く。

 連日の徹夜作業。限界を超えた脳はカフェインで無理やり叩き起こされ、霞む目でひたすらテキストを打ち込み続けた。

 俺は、中堅ゲーム会社のしがないシナリオライターだった。

 数年がかりで開発し、世間で大ヒットを記録したダークファンタジー乙女ゲーム『ルミナス・ナイツ』。そのメインシナリオを一手に引き受けていた俺は、休む間もなく追加シナリオ満載の『完全版』の納期に追われ、文字通り命を削って物語を紡いでいた。


 そして――追加シナリオの最終調整を終え、完全版のマスターデータをサーバーにアップロードした直後。

 急激な動悸と、心臓を鷲掴みにされたような激痛が俺を襲った。

 視界が暗転し、椅子から崩れ落ちる感覚を最後に、俺の意識は途切れた。


 過労死。

 それが、前世の俺のあっけない最期だった。


     * * *


「――っ、ルーク! ルーク、しっかりして!」

「熱が下がらない……! くそっ、マリア、俺はもう一度医者を呼んでくる!」

「トマス、お願い! この子を助けて……!」


 泣き叫ぶ女性の声と、焦燥に駆られた男性の声が遠くで聞こえる。

 身体中が焼けるように熱い。息をするたびに喉がヒューヒューと鳴り、肺に空気が入ってこない。

 苦しい。痛い。熱い。

 全身の細胞が悲鳴を上げているような感覚の中、俺は混沌とした意識の海を漂っていた。


(なんだ……? 俺は、死んだはずじゃ……)


 薄れゆく意識の中で、前世の記憶と、今生きている『ルーク』としての3年間の記憶が激しく交差する。

 シナリオライターとしての30年間の記憶と、貧しいながらも両親の愛情を一身に受けて育った3歳児の記憶。

 二つの人格が混ざり合い、脳の許容量を超えた情報が激しい高熱を引き起こしていたのだ。


 やがて、パチリ、と弾けるような感覚とともに、二つの記憶が完全に統合された。

 同時に、それまで身体を焼いていた不快な熱が、嘘のようにスッと引いていくのを感じた。


「……んん……」


 重い瞼をゆっくりと押し上げる。

 ぼやけた視界が徐々にピントを結び、見知らぬ木造の天井が映し出された。

 質素だが、隅々まで掃除が行き届いた清潔な部屋。ランプの淡い光が、部屋の輪郭をぼんやりと照らしている。


「ルーク……? ルーク、気がついたの!?」


 顔を覗き込んできたのは、ひどくやつれた顔をした女性だった。

 亜麻色の髪を無造作に束ね、瞳には大粒の涙をいっぱいに溜めている。

 記憶の中の彼女の名前はマリア。この身体――ルークの母親だ。


「……かぁ……さん?」


 掠れた声で呟くと、マリアは「ああ、神様……!」と泣き崩れ、俺の小さな身体を強く抱きしめた。

 苦しいほどの力強さから、彼女がどれほど心配していたかが伝わってくる。


「よかった……本当によかった。三日三晩、高熱が下がらなくて……お母さん、お前が死んでしまうんじゃないかって……っ」

「ごめんなさい……もう、大丈夫、だよ」


 自分の口から出た舌足らずな声に、違和感を覚える。

 俺は布団から手を出して、目の前で握ったり開いたりしてみた。

 ちっぽけで、ふっくらとした幼児の手。

 間違いない。俺は、異世界に転生したのだ。それも、記憶の中にあるファンタジー世界のような場所に。


 バタンッ!


 その時、部屋の扉が勢いよく開かれ、大柄な男性が息を切らして駆け込んできた。

 トマス。俺の父親であり、この街を治める貴族の屋敷で働く腕利きの料理人だ。


「マリア! 回復薬ポーションをもらってきたぞ! ローズグレイ伯爵様に土下座して、給料の半年分を前借りして……って、ルーク!?」

「あなた! ルークが、ルークが目を覚ましたわ!」

「おお……おおおっ! よかった、本当によかった……!」


 父親のトマスもベッドに駆け寄り、母親と一緒に俺を抱きしめて男泣きし始めた。

 両親の深い愛情に胸が温かくなる一方で、俺の頭の中は彼らが発した『ある単語』によって警鐘を鳴らしていた。


(……回復薬ポーション? ローズグレイ伯爵様……?)


 聞き流せない固有名詞。

 魔法やポーションが存在する世界だということは、うっすらと理解していた。

 だが、『ローズグレイ伯爵』という名前には、シナリオライターとしての前世の記憶が強烈に反応していた。


 ローズグレイ伯爵家。

 それは、俺が命を削って作り上げたゲーム『ルミナス・ナイツ』に登場する、大貴族の家門だ。

 そして何より、物語の序盤からヒロインを徹底的に虐め抜き、最後には破滅を迎える『悪役令嬢』――セリア・フォン・ローズグレイの実家である。


(待て待て待て。落ち着け俺)


 両親に抱きしめられながら、俺は必死に脳内データベースを検索した。


 俺の名前はルーク。

 年齢は3歳。

 父親のトマスは、ローズグレイ伯爵家の専属料理人。

 そしてここは、剣と魔法のダークファンタジー乙女ゲーム『ルミナス・ナイツ』の世界。


 すべての情報が、カチリと音を立ててパズルの一枚絵を完成させた。


「……嘘だろ」


 俺は無意識に呟いていた。

 血の気が一気に引き、先ほどの高熱とは別の寒気が全身を駆け巡る。


 ――『ルミナス・ナイツ』。

 ヒロインが光の魔法で世界を救う王道のストーリーラインの裏で、重厚で過酷なダークファンタジー要素が絶賛され、大ヒットを記録した作品だ。

 俺はその『完全版』を開発するにあたり、ディレクターの指示で、数え切れないほどの『悲惨なモブキャラ』を追加設定した。


 ローズグレイ伯爵家は、表向きは由緒正しき貴族だが、裏では領地での重税、公金の横領、さらには違法な奴隷売買にまで手を染めている腐敗しきった一族だ。

 ゲーム本編開始の年、つまり今から12年後。

 ヒロインの活躍と王太子たちの調査によって、伯爵家の悪事が露見しそうになるイベントがある。


 その時、追い詰められた伯爵家は、自分たちの罪をすべて『一人の使用人』に擦り付けるのだ。


 ――『すべては、我が家で雇っていた料理人が、裏の商会と結託して勝手に行ったことだ』と。


 当然、そんな言い訳が通用するはずもないのだが、見せしめと時間稼ぎのために、その料理人は無実の罪を着せられる。

 そして、口封じのために家族もろとも、裏路地で暗殺者によって惨殺される――。


 その料理人の名前は、トマス。

 巻き添えになって殺される妻の名前は、マリア。

 そして、首を刎ねられてゴミ山に捨てられる息子の名前は――ルーク。享年15歳。


「…………っ」


 大半のプレイヤーの記憶にも残らないであろう、完全版で追加されただけのフレーバーテキスト。

 悪役令嬢の家の残忍さを際立たせるためだけに、俺自身が徹夜で書き殴った、使い捨ての悲惨なモブキャラクター。


 それが、今の俺だ。


「ルーク? どうしたんだ、顔色が悪いぞ。まだどこか痛むのか?」


 俺の顔色が変わったことに気づいた父トマスが、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 給料を前借りしてまで俺の命を救ってくれた、優しくて不器用な父親。

 彼が12年後、俺が書いたふざけた追加シナリオのせいで、謂れのない罪を着せられて殺される。


「ううん、なんでもないよ。お父さん、お母さん、ありがとう」


 俺は、震えそうになる声を必死に押し殺し、3歳児らしい無邪気な笑顔を作ってみせた。

 両親は安堵の息を吐き、もう一度俺の頭を優しく撫でてくれた。


 布団の中で、俺は小さな両手をギュッと握りしめる。


 なんだよそれ。

 冗談じゃない。

 ブラック企業で散々命を削って、過労死して、ようやく手に入れた第二の人生だぞ。

 それが、12年後に理不尽に殺されるだけのモブキャラ?

 しかも、自分が適当に追加した設定のせいで?


(……ふざけるな。絶対に死んでたまるか)


 俺は生みの親だぞ。

 この世界の裏設定も、隠しアイテムの場所も、理不尽なシナリオの抜け道も、誰よりも――いや、神様よりも熟知している。


 12年後の処刑エンド?

 悪役令嬢の理不尽な振る舞い?

 伯爵家の陰謀?


 上等だ。

 俺が作ったクソみたいな理不尽シナリオは、俺自身の手で全部ぶっ壊してやる。

 モブはモブらしく、誰にも気づかれない裏道バグルートを通って、俺と家族の平和な未来を勝ち取ってやる。


 木造の小さなベッドの上で。

 3歳のモブキャラ・ルーク――いや、シナリオライターたる俺は、密かに反逆の狼煙を上げたのだった。

悪役令嬢物を違った切り口で書いてみたかったので、連載始めてみました!!

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