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第15話:デバッグ通路とチート回収、そして舞台は学園へ

 王都のお茶会で、傲慢な王太子レオンに強烈なトラウマ(洗礼)を植え付けてから、四年という月日が流れた。


 俺とセリアは十二歳になった。

 あのお茶会以降、レオンはセリアに嫌がらせをするどころか、遠くから俺の姿を見ただけで顔面を蒼白にして逃げ出すようになった。第一攻略対象である王太子が早々に白旗を上げたことで、セリアの社交界での評判は「誰にでも優しく、気品に満ちた完璧な淑女」として確固たるものとなっていた。


 その間、俺は特別従者として表向きは完璧に主をサポートしつつ、裏では日課である『女神像での魔力底上げ』を一日も欠かさず続けていた。

 拡張に拡張を重ねた俺の魔力タンクは、もはや海を通り越して「宇宙」と表現した方が正しい次元に到達している。


 そして十二歳になり、行動範囲が格段に広がった俺は、ついに「あの計画」を実行に移すことにした。


「セリアお嬢様。本日はご当主様のお使いで、少し領地の外れまで行ってまいります」

「ええ、気をつけてね、ルーク。お土産話を楽しみに待っているわ」


 セリアに見送られ、俺は一人でローズグレイ伯爵邸を出発した。

 目的は、このバグまみれの世界に眠る『二つの絶対的チートアイテム』の回収だ。


 俺は王都を抜けると、人目のない街道で隠密魔法を展開し、風魔法による超高速跳躍で空を駆け抜けた。

 数時間後、俺が降り立ったのは、ローズグレイ領の最果てにある寂れた森の中だった。


「……あった。記憶の通りだ」


 深い茂みをかき分けた先に、苔生した小さな石の祠がひっそりと佇んでいた。

 ただの忘れ去られた道祖神のように見えるが、ゲームの生みの親である俺は知っている。この祠の裏側にある「欠けた石の窪み」に、魔力を通した自分の血を一滴垂らすことで、隠しギミックが作動することを。


 俺は指先を少しだけ切り、窪みに血を落とした。

 カチッ、と重い石の擦れる音が響き、祠の台座がスライドして小さな空洞が現れる。

 その中に安置されていたのは、星屑のように煌めく刀身を持った、一振りの美しい短剣だった。


「隠し最強装備『星星の短剣』。……ゲットだ」


 俺は短剣を手に取り、その柄をしっかりと握り込んだ。

 この武器は、序盤のマップに隠されているにも関わらず、終盤まで余裕で使えるバランスブレイカーだ。

 その特殊能力は『絶対的な防御力貫通』。

 どんなに分厚いドラゴンの鱗だろうが、高位魔術師が張った強固な魔法盾だろうが、この短剣の刃の前では薄い紙切れと化す。俺の全属性魔法と組み合わせれば、まさに鬼に金棒だ。


「よし、第一目標クリア。次は本命だ」


 短剣を腰の鞘に収め、俺はさらに森の奥深く――峻険な山岳地帯へと歩みを進めた。


 やがて、切り立った崖の底にポッカリと口を開けた、巨大で禍々しい洞窟の入り口が見えてきた。

 ゲーム終盤の凶悪ダンジョン『封じられた地下遺跡』。

 内部には一撃で即死する凶悪なトラップが張り巡らされ、神話クラスの魔物がうごめいている。本来なら、レベルをカンストさせたヒロインと攻略対象たちが、命がけで挑む最終防衛ラインの一つだ。


 だが、俺に正面から馬鹿正直に攻略する気は毛頭ない。


「……入り口から、右に三歩。手前に一歩」


 俺はダンジョンの入り口には入らず、その横にあるただの崖の壁面に向かって歩みを進めた。

 指定の座標に立ち、俺は「右足のつま先で地面を二回叩き、左足で一回叩く」という奇妙なステップを踏む。


 これは、前世の開発時に、デバッグ班が「いちいちトラップを避けて最深部のボスのテストをするのが面倒くさい」という理由で作った『壁抜けの隠しコマンド(裏ルート)』だ。

 ステップを踏んだ瞬間。

 目の前の硬い岩壁が、水面のようにグニャリと歪んだ。


「お邪魔しますよ、と」


 俺がそのまま岩壁に向かって足を踏み入れると、身体がスルリと岩の中に吸い込まれた。

 当たり判定の消失。

 視界が暗転し、次の瞬間、俺は冷たい石畳の上に立っていた。


「……うん、一瞬だな」


 周囲を見渡せば、そこはすでに『封じられた地下遺跡』の最深部、ボスの部屋の奥にある隠し宝物庫だった。

 道中の即死トラップも、凶悪な魔物も、全て全スルーである。あまりにもあっけないチートの極みだ。


 宝物庫の中央、荘厳な大理石の台座の上に、それは静かに浮遊していた。

 黄金の装丁が施された、分厚い魔導書。

 五つの属性を束ねる概念の極致――『古代魔法書』だ。


 俺は台座に歩み寄り、その魔導書に右手を触れた。


『――資格者のアクセスを確認。古代魔法の叡智を、魂にインストールします』


 脳内にシステム音声が響き渡ると同時に、魔導書が眩い光の粒子となって砕け散り、俺の身体の中へと流れ込んできた。

 以前、セリアを救うために自力で編み出した擬似的な概念結界とは訳が違う。空間そのものを捻じ曲げる転移魔法、概念を破壊する殲滅魔法など、この世界のルールを書き換える『本物の古代魔法』の術式が、俺の脳内に直接刻み込まれていく。


 そして、それと同時にもう一つの恩恵システムが起動した。


「……『観測の眼』、起動」


 俺が小さく呟くと、俺の網膜上に、半透明の光のウィンドウが投影された。


【名前:ルーク】

【年齢:12】

【身分:平民(ローズグレイ伯爵家特別従者)】

【魂のレベル:99(上限突破)】

【魔力容量:計測不能(Error)】

【適性属性:全属性(null) / 古代魔法】


「……ふっ、やっぱりな。エラー吐いてやがる」


 ゲームの世界のように空中にステータス画面が浮かぶわけではないが、この『観測の眼』を使えば、自分や他者の魔力残量、レベル相当の魂の格を、視覚情報として完全に把握することができる。

 相手の実力や隠し持つ属性が一目で分かる、最強のアナライザーだ。


「星星の短剣、古代魔法、そして観測の眼。……これで、俺の『無双の準備』は完全に整った」


 俺は両手を強く握り締め、誰もいない宝物庫でニヤリと笑った。


     * * *


 ――そして。

 俺が圧倒的な力をその身に宿したまま、さらに三年の歳月が流れた。


 俺とセリアは、十五歳になった。


 よく晴れた、春の朝。

 王都の中心にそびえ立つ、国内最高峰の教育機関『王立貴族学園』。

 巨大な白亜の正門の前には、国中から集まった十五歳の新入生――若き貴族の令息・令嬢たちが、華やかな制服に身を包んで集まっていた。


「わぁ……ルーク、見て。すごく大きな学園ね! ここが今日から、私たちの通う場所なのね」


 一台の豪奢な馬車から降り立ったセリアが、パァッと顔を輝かせて正門を見上げる。

 十五歳に成長した彼女の美しさは、もはや「天使」という言葉すら陳腐に思えるほど圧倒的だった。

 純白の学園の制服を完璧に着こなし、陽光に輝く薔薇銀の髪が風に揺れる。彼女が降り立った瞬間、周囲の貴族の生徒たちが息を呑み、釘付けになるのが分かった。


「ええ、セリアお嬢様。三年間の学園生活、私が全力でサポートいたします」


 俺はセリアの隣で、恭しく一礼した。

 十二歳の頃はまだあどけなかった俺の身長も、今ではセリアを頭一つ越すほどに伸びていた。

 伯爵家の漆黒の特注従者服に身を包み、腰には見えないように『星星の短剣』を仕込んである。平民でありながら特例で入学を許された「特別従者」としての誇りを持った、完璧な佇まいだ。


「もう、ルークったら。二人だけの時は『セリア』でいいって言ってるのに」

「外では駄目ですよ。俺はあくまで、お嬢様の優秀な従者モブなんですから」


 俺が苦笑して答えると、セリアはぷくっと頬を膨らませた。その愛らしい仕草すらも、周囲の男子生徒たちの目を奪っている。


(いよいよ、ゲーム本編の開幕だ)


 俺は『観測の眼』を密かに起動し、周囲に集まる生徒たちのステータスを流し見た。

 この学園には、俺が前世で生み出したメインキャラクターたちが全員集結している。


 あの傲慢な王太子、レオン・ヴィクトリアス。

 堅物な騎士団長の子息。

 女好きの天才魔術師。


 そして――この物語の主人公である「光のヒロイン」、アリス。


(ゲームのシナリオ通りに物語が進むなら、ヒロインはこれから王太子たちと絆を深め、セリアを『悪役令嬢』として断罪の舞台に引きずり出そうとするはずだ)


 本来のシナリオなら、セリアはこの学園でヒロインと王太子に虐げられ、孤立し、最後には断罪されて俺たち家族もろとも破滅する。シナリオの強制力は、これから彼女に理不尽な試練を次々と与えようとするだろう。


 だが、現実はどうだ。

 セリアの精神は一切の瘴気を含まず清らかで、彼女を絶対的に守り抜く「シナリオライターの知識」と「エラー級の魔力」を持ったチート従者が、その背後にピタリと控えているのだ。


「ルーク? 行きましょうか」

「はい、セリアお嬢様」


 俺はセリアをエスコートし、王立貴族学園の門を堂々とくぐり抜けた。

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