第9話 禁忌の儀式
第9話 禁忌の儀式
神聖オーギュスト帝国、帝都の朝は、不自然なほどに澄み渡っていました。
聖女選定の本祭当日。帝宮の中央に位置する天の祭壇には、大陸中から集まった高位貴族や神官たちが詰めかけ、異様な熱気に包まれています。 私はアルヴィン様の手によって用意された、純白と深い紫のドレスに身を包んでいます。ドレスは公爵家の色であり、私が彼の所有物であることを示す守護の衣でもあるようです。
「リリアーナ、顔色が優れないな。昨夜、少し無理をさせすぎたか?」
アルヴィン様が私の腰に手を添え、心配そうに覗き込んできた。指先が、ドレスに隠れた鎖骨のあたりに。彼が昨日つけた痕をなぞるように動き、私は思わず肩を震わせる。
「そ、それはアルヴィン様のせいです。でも、それよりも祭壇から感じる気配が、昨日の比ではないほどに不吉なんです」
浄化の魔力が、祭壇の地下から這い上がってくるような粘りつく闇を敏感に察知していた。
祭壇の上には、私を含めた数人の聖女候補たちが並ばされました。その中には、昨日水晶を砕かれたはずのステラ嬢も、何事もなかったかのように澄ました顔で立っています。
「これより、大陸の安定を約束する真の聖女を定める選定の儀を行う!」
皇帝の宣言とともに、神官たちが一斉に呪文を唱え始めました。すると、祭壇の中央にある巨大な魔法陣が不気味な赤紫色の光を放ち、周囲の温度が急激に下がっていく。
「何、これ。浄化の儀式じゃないわ。魔力を吸い取っているの?」
候補者たちが次々と悲鳴を上げて倒れ込んでいきます。彼女たちの体から光の粒子が奪われ、魔法陣の中心へと集められていきます。選定などという生易しいものではなく、乙女たちの魔力を生贄として捧げる儀式そのものであった。直ぐに危険を感じた。どうしよう?
「リリアーナ! 離れるんだ!」
客席にいたアルヴィン様が、異変を察知して立ち上がります。彼の前には帝国の魔導騎士団が壁となって立ち塞がりました。
「公爵、動かないでもらおうか。これは帝国の聖なる伝統だ。口出しは無用だ」
フェルナンド皇子が、口元を歪めてアルヴィン様を制した。これが伝統だと言うのはありえないです。
「伝統だと? 乙女の命を削るのが帝国の正体か!」
アルヴィン様の怒号とともに、漆黒の魔力が爆発しました。祭壇の魔法陣はアルヴィン様の魔力さえも吸収し始め、その輝きを増していく。嫌な予感します。吸い取った魔力は何に使うのか。不穏な空気だわ。
「おーっほっほ、見なさい、リリアーナ! あなたの強大すぎる魔力こそ、私たちが待ち望んでいた最高の生贄なのよ!」
ステラが狂ったように笑い出しました。彼女の体は、魔法陣から逆流する闇の力によってどす黒く染まっています。生贄とは何のことかな。
「あなたが王宮を追放され、ラザフォード領を浄化し始めた時から、お父様は決めていたの。溢れ出す魔力を、帝国が代々封印してきた始祖の魔獣を復活させるために使うとね!」
地面が激しく揺れ、祭壇が真っ二つに割れる。
そこから姿を現したのは、無数の触手と巨大な眼球を持つ、この世のものとは思えない異形の魔獣。
帝国の繁栄の裏側で、彼らはこの魔獣の力を借りて他国を威圧し、代償として聖女たちの命を捧げ続けていた。正体を出したってことね。
「ああああっ!」
私の体から、抗えない力で魔力が引き抜かれていきます。意識が遠のき、視界が白く染まっていく。もうだめかも。
助けて、アルヴィン様。
その時、絶望の闇を切り裂いて、一筋の漆黒の閃光が走るのが、かすかに見えた。
「汚らわしい触手を伸ばすなと言ったはずだ」
視界がゆっくり戻ると、そこには血を流しながらも、数千の騎士をなぎ倒して私の元へ辿り着いたアルヴィン様がいました。彼の鎧はボロボロになり、自らの魔力を吸収される苦痛に顔を歪めていますが、瞳だけは、私を救い出すという執念で燃え盛っています。
「アルヴィン様。逃げて、私の力が、あなたまで吸い取ってしまう」
「馬鹿を言うな。君を置いてどこへ行くというんだ。君が光を奪われるなら、闇をすべて喰らってやる」
アルヴィン様は強く抱きしめると、自らの心臓の奥に封じ込めていた死神の呪いの根源を、意図的に解き放ちました。
浄化の聖女である私と、呪いの化身であるアルヴィン様。相反する二つの力が、抱き合うことで一つに混ざり合いました。
「あっ、熱い。でも、心地いい」
私の魔力がアルヴィン様の闇を浄化し、アルヴィン様の闇が私の光を不思議な力へと変えていく。二人の間に生まれたのは、純白でも漆黒でもない、見たこともないような色をした輝きでした。二人の力の結晶。光で魔獣を倒せるかしら。倒せそうな気がする。負けたくない。帝国のステラ嬢にだけは負けたくない。私の中で強い気持ちがある。
「な、何だあの光は! 魔獣が魔獣が消えていくぞ!」
フェルナンド王子の絶叫が響きます。アルヴィン様と私が放った二人の共鳴魔法は、生贄を求める魔獣そのものを内部から浄化し、帝都を覆っていた偽りの結界をすべて粉砕したのです。
ステラは自らが取り込んだ闇の反動に耐えきれず、白目をむいて倒れ込み、皇帝もまた、権威の象徴であった玉座とともに吹き飛ばされました。 沈黙が訪れた祭壇で、私はアルヴィン様の腕の中で大きく息を吐きました。生きているのね。良かった。
「終わったのか?」
「ええ。私たちが、勝ったんです」
アルヴィン様は、ボロボロになった私のドレスを愛おしそうに整え、ほこりのついた私の頬に、この世で最も優しい口づけをする。なんて優しいキスでしょう。
「リリアーナ。君は、世界を救う聖女なんかじゃない」
彼は私の耳元で、独占欲の声で言う。
「君は呪いを解き、隣で笑うためだけに生まれてきた妻だ。さあ、こんな汚れた場所はもういい。二人の家に帰ろう」
「はい、帰ります」
疲れました。体力と魔力を限界まで使った感じ。死ぬかと思ったけど、アルヴィン様と一緒に最大のピンチを切り抜けた。
その後、帝国は禁忌の魔獣を利用していた事実が公となるのは確実です。周辺諸国からの制裁によって急速に衰退していくでしょう。エリオット王子もまた、帝国との密約が露見し、王位継承権を剥奪され、北方の最果ての地へ送られたと風の噂に聞きました。
そして、私たちはと言うと。
「ねえ、アルヴィン様。まだ朝ですよ? 畑の様子を見に行きたいのに、どうして離してくれないんですか」
ラザフォード公爵邸の、広すぎるベッドの中。相変わらず呪いのせいにして私を拘束し続ける、愛おしい旦那様の腕の中に閉じ込められていました。
「畑よりも、私への浄化が先だろう。ほら、ここがまだ、愛に飢えて疼いているんだからな」
アルヴィン様は私の手を自分の胸元へと導き、愛くるしい笑みを浮かべました。帝都での戦いを経て、彼の独占欲は以前の数倍いえ、数十倍に膨れ上がっています。
慰謝料として貰った呪われた土地は、今や大陸一の楽園と思えるくらいに変わった。私は、世界一重くて甘い愛を注ぐ公爵様の腕の中で、今日も今日も、ああ幸せです。
「はいはい。幸せすぎて、死にそうなんて、言わせたいんですよね」
「いいや。死なせないよ。一生、隣で幸せに溺れさせてあげる」
重なる唇。私たちの二人の愛に満ちた生活は続けたい。
愛と浄化に満ちた、果てしない溺愛の日々は、これからが本番なのですからね。




