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婚約破棄の慰謝料として呪われた公爵領を貰ったら、公爵様が超絶美形な上に私の魔力で呪いも解けて、幸せすぎて死にそうです  作者: おーちゃん


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31話

第31話 紺碧の夜


 新婚旅行の締めくくりとなる夜が訪れていた。島を包む空気は穏やかで温かく、波の音も静かに響いていた。明日には公爵領へ戻ることになると思うと、私はどこか名残惜しさを感じながら、別荘のバルコニーに立っていた。薄紅色の夕闇が、ゆっくりと深い紺碧へと変わっていく様子を眺めていたのだった。


「そんなところで風に当たって、体を冷やしたらどうする」


 背後からアルヴィンの腕が回され、包み込むように引き寄せられた。彼の体温が伝わり、自然と肩の力が抜けていった。首筋に触れる気配に、くすぐったさと安心感が同時に広がっていた。

 公爵領にいた頃以上に、この旅の間の彼は一層強く私を手元に置こうとしているように感じられていた。


「大丈夫ですよ、アルヴィン様。今夜はとても暖かいですから」


「それでもだ。君が美しすぎて、闇にさらわれてしまいそうで落ち着かない。今夜は一瞬たりとも視界から外れることを許さない」


 ささやきには甘さと同時に強い執着が込められており、逃れられないような重みを感じていた。

 そんな静かな時間を崩したのは、風に乗って届いた軽やかな笑い声だった。


「やれやれ、公爵。主をそんなふうに囲い込むなんて、相変わらずだね」


 バルコニーには、いつの間にかシルヴァンが腰掛けていた。月光を受けて銀色の髪が淡く輝き、穏やかな表情でこちらを見ていた。


「シルヴァン。明日は一緒に帰るのでしょう。準備はいいの?」


「精霊に準備なんて必要ないよ。それより、今夜は最後の夜だろう。主に贈り物を用意したんだ。海を見て」


 そう言って指を鳴らすと、暗かった海に小さな光が点り始めていた。

 光は次第に数を増やし、やがて入り江全体へと広がっていった。それは透き通るような白と緑の光を放つ蓮の花だった。無数の光が水面に浮かび、海そのものが輝いているように見えていた。

 私は思わず息をのんでいた。目の前に広がる光景は現実とは思えないほど幻想的で、まるで空の星が海へ降りてきたかのようだった。


「主のために、この島の精霊たちに協力してもらったんだ。この上を歩けるようにしてある。夜の散歩を楽しもう」


 差し出された手に、アルヴィンが鋭く反応していた。


「手は必要ない」


 短く遮る声には明らかな牽制が含まれていた。


「下を見る必要はない。上を見ろ」


「上、ですか」


 アルヴィンが空へ手をかざすと、星空がゆっくりと歪み始めていた。次の瞬間、夜空に大きな光の幕が広がっていた。

 それはオーロラだった。漆黒と紫の光が揺らめきながら空を覆い、島全体を包み込んでいた。海の光と空の光が重なり、世界が別の色に塗り替えられたように感じられていた。


「こちらのほうがふさわしい。君のために用意した光だ」


 声には確かな自信があった。


「空にまで、すごいです」


「空ばかり見ていては疲れるよ。主、こっちへ」


「黙れ。この光の下にいろ」


 二人のやり取りに、張り詰めた空気が生まれていた。

 私は困ったように微笑みながら、それぞれの手に軽く触れていた。


「二人とも、争わないでください。どちらも素敵です。三人で行きましょう」


 私の提案により、場の空気はやわらいでいった。

 光る蓮の上は不思議なほど安定しており、水の上とは思えない感触だった。右側にはアルヴィンが寄り添い、左側にはシルヴァンが歩いていた。


「歩きにくくないかい」


「問題ない」


 短いやり取りの中にも、それぞれの想いが滲んでいた。

 私は二人を見上げながら、胸の奥が温かく満たされていくのを感じていた。孤独だった自分が、今はこれほどまでに大切にされている。その現実が、少し信じられないほどだった。


「とても幸せです」


 想いを口にすると、アルヴィンはわずかに言葉を失っていた。


「そうか」


 短く答えた後、わずかに視線を逸らしていた。


「今夜だけは、精霊も許してやる」


 不器用な優しさがあった。


「ありがとうございます」


 そう返しながら、私は自然と笑みを浮かべていた。


「主が喜ぶなら、それでいい」


 シルヴァンも穏やかに応じていた。


 夜はゆっくりと更けていった。オーロラは次第に薄れ、海の光も朝の気配に溶けていった。

 気づけば私はアルヴィンの腕の中で眠っていた。

 彼はそのまま彼女を抱き上げ、静かに別荘へと戻っていた。隣にはシルヴァンが寄り添っていた。


「精霊」


 アルヴィンの呼びかけは、以前よりも柔らかさを含んでいた。


「なに?」


「リリアーナを守る意思は認める」


 それは素直とは言えないが、確かな評価だった。


「当然だよ」


 二人の間に、わずかな理解が生まれていた。

 最強の夫と、献身的な精霊。二人が並び立つことで、私はこれからも守られていくのだと感じられていた。

 新婚旅行の終わりは、新しい日常の始まりでもあった。

 目を覚ませば、変わらずアルヴィンの視線と、窓の外に揺れる風がある。

 満たされた感覚が、日常の一部になっていた。

 それはもはや特別なものではなく、当たり前の幸福だった。

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