26話
第26話 聖女のブランド戦略
エリオットやステラといった過去の問題がひとまず落ち着き、ラザフォード公爵領には穏やかな初夏の光が差していました。しかし、この地の主であるアルヴィン様と、私リリアーナの毎日は、別の意味で忙しいままです。
「リリアーナ。やはりこの計画は中止だ。君の魔力が宿った香水を、見知らぬ男たちが身につけるなど、想像しただけで魔力が暴走しそうだ」
朝の執務室で、アルヴィン様は机に広げられた領地特産品開発計画書をにらみながら、私の腰を強く抱き寄せました。
「もう、アルヴィン様。落ち着いてください。これは領民の生活を良くするための大切なリリアーナ・リリーのブランド計画なんです」
私はため息をつきながら、彼の髪をやさしくなでました。
今、私たちが取り組んでいるのは、私の浄化の魔力によって変化し、特別な香りと効果を持つようになった百合の花の商品を作ること。通称リリアーナ・リリーを使った商品を作り、王都や他国へ広める事業でした。
このリリアーナ・リリーは、見た目が美しいだけではありません。香りをかぐだけで心の疲れがやわらぎ、魔力の流れが整うという、不思議な力を持っています。
「リリアーナ様、試作品の香油ができました。旦那様、そんなに怖い顔をしないでください、瓶が割れます」
領地の調香師セドリックが、おそるおそる小瓶を差し出しました。
ふたを開けると、初夏の風のようにさわやかで、少し甘い香りが広がります。
「とても良い香りです。これなら貴婦人だけでなく、忙しい騎士や魔導師の方にも喜ばれそうですね」
「騎士だと。男が使うのか」
アルヴィン様がすぐに反応した。
「却下だ。他の男が君の香りをまとうなど許せない。セドリック、男性が使えないように配合を変えろ」
「そんなことをしたら売れません。これはビジネスです。領地をもっと豊かにするための計画なんです」
私が真剣に言うと、アルヴィン様は言葉につまり、不満そうに私の肩に顔をのせました。
「今ある財産で十分だ。君が無理をしてまで稼ぐ必要はない」
「自分の力でやりたいんです。守られるだけでなく、隣に立つ存在として」
その言葉に、アルヴィン様は少し驚いたように目を見開き、深く息をつく。
「分かった。ただし、この事業の責任者をやる。君の名前や姿は表に出さない」
「それで大丈夫でしょうか」
計画が進む中、温室にはもう一人の協力者がいました。
「主、この花の魔力が少し弱いね。僕が少し力を足しておいたよ」
百合の中に座っているのはシルヴァンです。指先から緑の光を出し、花の成長を助けていました。
「ありがとう、シルヴァン。本当に助かります」
「当然だよ。僕と主は相性がいいからね。それより、公爵がずっと怖い顔で見てるんだけど」
温室の隅では、アルヴィン様が無言で作業をしていました。
「シルヴァン。ここは屋敷の一部だ。すぐに出ていけ」
「仕事をしているだけだよ。計画には僕の力も必要だろう」
「リリアーナ、今日はここまでだ。残りは明日だ」
アルヴィン様はシルヴァンを追い出し、私の手を引いて外へ出ました。
「内政は順調だが、精神がもたない。今夜は仕事の話は禁止だ」
試作品の完成後。この商品はラザフォード公爵領の奇跡として販売され、大きな人気を集めました。
「奥様、追加注文が来ています。騎士団にも効果があると評判です」
執事セシルさんが嬉しそうに報告してくれます。
税収は増え、新しい仕事も生まれ、領地は活気づいていきました。
「リリアーナ、よくやった」
アルヴィン様が私の手を取り、指先に口づけした。
「ありがとうございます」
「だが、この香りの持ち主を探す動きがある。明日からは私の呪いの魔力を混ぜる」
「やめてください」
夕方、私たちは丘の上から街を見ていました。
戦うのではなく、支え合うことで守る平和。
「主、これからも手伝うよ。その代わり少し分けてほしいな」
シルヴァンの声に、アルヴィン様が小さくため息をつきます。
「領地も大事だが、夫のことも忘れるな」
後ろから抱きしめられ、静かにささやかれました。
強い独占欲を持つアルヴィン様と、自由な精霊シルヴァン。
二人に囲まれながら、私の作る聖女ブランドは広がっていっている。
とても幸せで、胸がいっぱいになる。
この想いに支えられて、私の守る場所はこれからも強くあり続けたい。




