24話
第24話 王宮の舞踏会
王都で開催された建国記念祭の夜。私を嘲り、冷たい石畳へと追い出した王宮の大広間は、皮肉なほどまばゆい光に包まれていた。
けれど、その中心にいる私の状況は、華やかな舞踏会とはかけ離れている。
「アルヴィン様。もう一度だけ言います。少し離れてください。これではステップが踏めません」
純白のドレスの上から、彼の腕がしっかりと腰を抱いている。
ほとんど密着したまま移動しているせいで、まともに踊ることすらできない。
しかも視線が痛い。
「断る」
即答だった。
「この場には、君を傷つけた無礼な連中がいる。一瞬でも隙を見せれば、何をしてくるかわからない」
低く抑えた声。けれど、その奥にある怒りは隠しきれていない。
アルヴィン様は周囲を鋭く見渡す。
圧倒的な威圧感のせいで、私たちの周囲には誰も近づけない。
まるで、見えない壁に囲まれているみたいだった。これはさすがにやりすぎでは。
そう思った瞬間だった。
頭上のシャンデリアがわずかに揺れ、細いツタが私の肩に触れる。
「主、公爵の顔が怖すぎるよ。せっかくのドレスが台無しだ」
「シルヴァン!?」
顔を上げると、天井の装飾に紛れるようにして、銀髪の精霊が逆さまにぶら下がっていた。
「安心して。君の周りだけ、ちゃんと綺麗にしておくから」
軽やかな声とともに、ほのかな花の香りが広がる。
「あなた、馬車の屋根にいるんじゃなかったの?」
「公爵邸には入らない約束だけど、王宮は別だよ。ここは昔、森だった場所だからね」
楽しそうに笑うシルヴァンに、アルヴィン様が低く呟く。
「寄生植物め。あとで根こそぎ排除してやる」
その一言で、シャンデリアが大きく震えた。
「二人とも、今日は穏便にお願いします」
小声で制すると、ようやく空気が少しだけ落ち着いた。
会場の中央へ進むと、人々が道を空ける。
以前のような嘲笑はない。
代わりに向けられるのは、驚きと戸惑いの入り混じった視線だった。
「あれが、本当にリリアーナ嬢か?」
「すごい魔力だ空気が澄んでいくようだ」
「まるで聖女のようだな」
ささやき声があちこちから聞こえる。
私が歩くたび、周囲の空気がわずかに変わる。
古い調度品の隙間から、小さな花が芽吹いていた。
これが、今の私。
実感はまだ薄い。
けれど確かに、あの頃とは違う。
そこへ、一人の老貴族が近づいてきた。
バレンティーノ侯爵。私を先頭に立って批難した人物だ。
「リ、リリアーナ様先日は大変失礼を。どうか我が領地にも、そのお力を」
震える声で頭を下げる。
その姿を見て、胸の奥がわずかに揺れた。
しかし、
「失せろ」
アルヴィン様の冷たい一言が、すべてを遮った。
侯爵はその場に崩れ落ちる。
「妻は、貴様らのための道具ではない。二度とその名を軽々しく口にするな」
静かな怒りが滲む声だった。
「さもなくば、貴様の領地を死の大地に変える」
「ひっ!」
侯爵は逃げるように去っていく。
その背を見送りながら、私は小さく息をついた。
複雑な気持ちは残る。
けれど。
手を握られる。
「いいんだ。君が優しすぎるだけだ」
アルヴィン様の声は、先ほどまでの冷たさが嘘のように柔らかかった。
「悪役は、私が引き受ける」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
やがて舞踏会は最高潮を迎える。
不意に、空気が変わった。
冷たい気配が、会場を満たしていく。
「主、来たよ」
シルヴァンの声が低くなる。
アルヴィン様はすぐに私を背後へかばった。
大きな鏡が凍りつき、その表面に一人の顔が浮かび上がる。
エリオット王子。
もう、会いたくなかった人。
「リリアーナ。楽しそうだね」
歪んだ笑み。
「君の光を、私の闇で塗りつぶしてあげる」
会場に悲鳴が広がる。
けれど次の瞬間、アルヴィン様が鏡を砕いた。
「相変わらず陰に隠れているのか、エリオット」
冷たい声が響く。
「欲しいなら、正面から来い」
漆黒の魔力が溢れ出す。
それは、相手の呪いすら飲み込むような圧倒的な力だった。
「主、大丈夫」
同時に、シルヴァンの柔らかな光が私を包む。
「僕が守るよ」
闇と光が交差し、やがて静かさが戻る。
エリオットの気配は、跡形もなく消えていた。
結果として舞踏会は中断となったが、人々の記憶に残ったのは恐怖ではない。
守られる私の姿だった。
「帰るぞ」
アルヴィン様の声。
「こんな場所に長居は無用だ」
「浄化の儀式の続きもあるしね」
「それ、ただの」
言いかけたところで、抱き上げられる。
「主、安心して。庭にはちゃんと備えておくから」
「余計なことをするな、シルヴァン!」
いつものやり取りに、思わず小さく笑みがこぼれる。
馬車へ向かう間も、アルヴィン様は私を離さない。
屋根の上では、シルヴァンが涼しい顔でついてくる。
騒がしくて、落ち着かなくて。
でも、不思議と心は満たされていた。
この人たちがいる限り。
どんな闇も、もう怖くない。
「帰りましょう」
静かにそう言って、私は目を閉じた。
向かう先は私たちの、大切な場所。




