第20話 黎明の掃討作戦
第20話 黎明の掃討作戦
公爵邸の夜が明ける前、静けさを切り裂くようにして鎧のかすれる音が響きました。アルヴィン様は、漆黒の魔導鎧を身につけ、愛馬に跨っている。
その姿は戦場を蹂躙した死神公爵そのものでしたが、瞳には破壊衝動ではなく、愛する者を守り抜くという強固な意志が宿っています。
「行ってくる、リリアーナ。私が戻るまで、敷地から一歩も出てはいけないよ」
アルヴィン様は馬を寄せ、バルコニーに立つ私の頬を、革手袋越しに優しく撫でました。私よりもあなたが危険ですのに。
「はい。信じて待っています、アルヴィン様。どうかご無事で」
私が彼の手に自分の手を重ね、浄化の加護を込めた魔力を注ぐと、彼の鎧の隙間から微かな白銀の光が漏れ出した。
「ああ、この温もりがあれば、地獄の底まででも戦いに行ける。愛しているよ、リリアーナ」
「はい」
アルヴィン様率いるラザフォード公爵家騎士団が、霧の立ち込める森の向こうへと駆け抜けていきました。
騎士たちの姿が見えなくなった後、私は一人、邸内の礼拝堂で祈りを捧げていました。
外からは、木々がざわめく音が聞こえてきます。窓の外をチラリと見ると、大きな樫の木の枝に、シルヴァンが座っているのが見えた。
「主、そんなに不安そうな顔をしないで。僕の感覚では、公爵はもうすぐ敵の拠点に到達する。彼は強いよ。君の愛という名の加護を浴びた今の彼は、どんな魔導師よりも無敵だ」
シルヴァンは窓枠に寄りかかり、優しく語りかけました。アルヴィン様の命令通り、彼は一歩も邸内には入ってきません。けれど、背後には無数の茨の蔓が這い回り、屋敷を鉄壁の要塞へと変えてくれているので安心感はある。
「シルヴァンありがとう。あなたがいてくれて、本当に心強いわ」
「お礼なんていいよ。僕は君の魔力によって命を得た。君が悲しむことは、僕の森が枯れることと同じなんだ。それにしても、あんなに重たい愛を注ぐ男のどこがいいんだい? 執務中も君のことばかり考えているような男だよ」
シルヴァンは少しだけ疑問な風に唇を尖らせました。瞳は真剣そのもので、常に周囲の気配を伺っています。
平和な時間が続くかと思われたその時、突如として空の色が反転した。不吉な赤黒い稲妻が走り、邸内の庭園に数十人の黒装束の集団がが転移してきたのです。誰ですか! いきなり現れた。
「誰なの?」
「魔導教団の刺客たちでしょう」
シルヴァンが私を守る。
「我々は魔導教団だ。リリアーナ・ド・ラザフォードを捕らえよ! 彼女こそが、我が神を再誕させる器なり!」
教団の魔導師たちが一斉に呪文を唱え、負の魔力を放出します。彼らが邸内に踏み込もうとした瞬間、大地が大きく爆発しました。
「僕の許可なく庭を荒らさないでくれるかな」
シルヴァンがカシの木から飛び降りました。彼が着地した瞬間、地面から巨大な根が槍のように突き出し、暗殺者たちの足を貫きます。
「何が起きた!! 誰だこいつは?」
「僕は精霊です」
「精霊? 公爵領にこれほどの守護精霊がいるとは聞いていないぞ!」
「僕は主の影。彼女を狙う不浄な存在は、すべて肥料にしてあげるよ」
シルヴァンのエメラルド色の瞳が冷たく光り、彼の指先一つで森全体が意志を持った兵器へと変わりました。私は礼拝堂から窓を開け、自らの浄化の力を解放します。
「シルヴァン、合わせて!」
「了解だよ、主!」
私の放った純白の光が、シルヴァンの操る茨のつたに宿りました。光り輝く茨は、教団の放つ闇の魔力をことごとく吸い取り、無効化していく。
聖女と精霊。二つの強大な魔力による連携は、教団の刺客たちを圧倒しました。二人の力を合わせるとここまで強くなるのか。
◆
一方、教団の本拠地。そこはすでに、アルヴィンによって文字通りの死の街へと変貌した。
「アルヴィンか!」
「私の妻を、器などと呼んだ罪は重い。貴様らの魂ですら、彼女を浄化する価値はない」
「邪魔だ。リリアーナが欲しいのであって、夫は不要だ。死んでもらおう」
アルヴィンは、教団の司祭の首根っこを掴み上げ、瞳の奥に底なしの恐怖を植え付けた。彼が剣を振るうたび、教団の陰謀は物理的に粉砕され、呪いの魔道具はすべて灰へとなった。
「つ、つ、強い。これが呪いの公爵の強さなのか!」
「リリアーナ、待っていてくれ。今すぐ、君の香りがする場所へ帰る」
返り血を浴びた鎧のまま、アルヴィンは愛馬を駆り、全速力で公爵邸へと引き返した。彼が邸門を潜ったとき、そこにはシルヴァンによって完全に無力化された教団の残党たちが、庭の肥やしになるのを待つばかりの状態になっていた。
◆
「リリアーナ!」
アルヴィン様は馬から飛び降りるなり、バルコニーから駆け下りてきた私を、壊れ物を抱きしめるように強く、強く抱き寄せました。良かった無事だったのね。
「アルヴィン様! ご無事で、本当に良かった」
「ああ、君の光が私を導いてくれた。怪我はないか。あの精霊、ちゃんと君を守っていたか?」
アルヴィン様は私を抱きしめたまま、庭で退屈そうに爪を整えているシルヴァンを見ている。
「おやおや、公爵。君が戻るまで、髪の毛一筋たりとも汚させなかったよ。感謝してほしいな」
まるで余裕な態度。
「ふん。今日だけは、礼を言ってやろう。リリアーナを抱きしめるのは特権だ。貴様は外で木と喋っていろ」
アルヴィン様は私をひょいとお姫様抱っこで抱え上げ、そのまま邸内へと入っていきました。でも彼もシルヴァンに感謝していると思う。ただ正直にありがとうとは言えない性格なのです。シルヴァンはそこは理解してくれている。
寝室に戻ると、アルヴィン様は私をベッドへ降ろし、自ら鎧を脱ぎ捨てました。彼の肌からは、まだ戦いの熱気と、私への激しい執着が立ち上っている。また君を閉じ込めるとか言い出しそうですが。
「教団は壊滅させた。世界にはまだ君を狙う輩がいるかもしれない。やはり目の届かない場所へは一歩も出さない方がいい」
やっぱりね。
「アルヴィン様。私は大丈夫ですよ。あなたがいる限り、何も怖くありません」
私が彼の頬に口づけをすると、アルヴィン様の理性の堤防が決壊しました。
「ダメだ。足りない。君の声を、熱を、すべて独占しなければ不安は消えないんだ」
彼は私の手首を掴み、ベッドの上に広げました。窓の外からは、シルヴァンが張った結界の微かなざわめきが聞こえてきますが、この部屋の中は、二人だけの、誰にも邪魔されない聖域となった。
「リリアーナ。君は一生かけて浄化すると誓ったね? 今夜は誓いを存分に果たしてもらうよ」
これが私たちの日常そのもの。最強の夫と、献身的な精霊に守られて、私の溺愛は、夜が明けるまで、そして一生涯、続いていくのです。
「愛している、アルヴィン様」
「ああ。君だけを。美しい聖女様」
重なり合う鼓動と、溢れる光。ラザフォード公爵領の夜は、今日も甘く情熱的に更けていくのでした。




