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婚約破棄の慰謝料として呪われた公爵領を貰ったら、公爵様が超絶美形な上に私の魔力で呪いも解けて、幸せすぎて死にそうです  作者: 奥野ミズオミ


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18話

第18話 窓越しの守護者


 領地の境界線に漂い始めた不穏な気配。一度は平穏を取り戻したラザフォード公爵領に、再び影を落とそうと感じる。


「今夜は特に、窓の鍵を厳重にかけるように。いいかい、セシルが廊下で見張っているが、それでも不安なんだ」


 夕食後、アルヴィン様は私の肩を抱き寄せ、執拗なまでに注意を促しました。視線は、部屋のカーテンの隙間に向けられています。正確には、カーテンの向こう側に広がる夜の庭園へ。

 外には、公爵邸の建物内へ入ることを厳格に禁じられた、美しき精霊の姿がありました。


 精霊シルヴァンが屋敷に居座るようになってから、アルヴィン様が彼に突きつけた唯一にして絶対の条件。条件は公爵邸の敷居を一歩も跨がないことでした。


「主。今夜の風は少し冷たいね。僕が庭の木々に命じて、君の部屋の周りだけ暖かい空気を通わせるようにしておいたよ」


 窓をコツコツと叩く音。私がカーテンを開けると、窓の外には庭の巨大なカシの木の枝に腰掛け、月光に銀髪を輝かせたシルヴァンがいました。まあ、私を守ってくれているのね。


「ありがとう、シルヴァン。でも、あなたも休まなくて大丈夫なのかな。精霊だって、疲れは溜まるでしょう」


 私が窓越しに問いかけると、シルヴァンは微笑みました。


「僕の疲れなんて、主の笑顔を見れば消えてしまうよ。僕は精霊だからね。こうして大地の鼓動を感じていれば、それが休息になるんだ。それより、後ろにいる怖い番犬が、今にも僕を射殺しそうな目で見ているけれど」


「誰が番犬だ、寄生植物が。窓を閉めなさい。冷気が入る」 


 アルヴィン様が音もなく私の背後に現れ、窓をピシャリと閉めました。そして、鍵をかけるだけでなく、自らの魔力で強力な封印を上乗せします。警戒し過ぎに思えるわね。


「アルヴィン様、そんなに露骨に嫌わなくても。彼は私たちの味方ですよ」


「味方だろうが何だろうが、君の私室を覗き見る権利などない。あいつは森に根を張っていればいいんだ。邸内は領域だ。一歩でも踏み込めば、たとえ精霊でも容赦はしない」


 アルヴィン様の独占欲は、今や物理的な境界線となって屋敷を包囲していました。彼は私を窓際から引き離し、ベッドへと促します。私はアルヴィン様だけなのにな。


「君を守る。精霊の力など借りずとも、君を腕だけで守り抜いてみせる」


 翌朝。アルヴィン様が騎士団の演習で少しの間席を外した際、私はテラスでハーブティーを楽しんでいました。もちろん、足元の地面からはシルヴァンが顔を出し、私を見守っています。


「主、公爵がいなくて寂しい? 彼の愛は重すぎるから、たまにはこうして僕と静かな時間を過ごすのもいいだろう」


 シルヴァンは地面から伸びた花のつたを操り、私の膝の上に一輪の美しい花を捧げました。直後でした。シルヴァンの表情が、一瞬で凍りつきました。どうした? 何かあったの?


「主、動かないで」


「え、シルヴァン?」


 シルヴァンが私の鼻先に指をかざすと、そこには目に見えないほど微細な透明な粉が舞っていました。


「これは無色の毒だ。魔力を吸い取り、精神を徐々に混濁させる。人間の、それも高度な術者が作り出したものだね」


 シルヴァンは僕の魔力を指先に集め、粉を一瞬で浄化しました。ありがとう助かった。シルヴァンが居なければ、大変だった。


「公爵邸の結界を潜り抜け、空気中にこれを混ぜるとは。主、敵は思っている以上に近くにいるかもしれない」


 演習から戻ってきたアルヴィン様が、血相を変えてテラスに飛び込んできました。


「リリアーナ! 無事か。おい、精霊! 何があった!」


 アルヴィン様は、シルヴァンが私の近くにいることへの怒りよりも、異変を感じ取ったことへのあせりを優先させました。シルヴァンは、初めてアルヴィン様に対して真剣な表情を向けました。


「公爵、君の邸内への警戒が甘いよ。主が狙われている。僕が邸内に入れないからといって、隙を見せないでほしいな」


「言われずとも分かっている。外部からの侵入形跡はない。ということは内部に内通者がいるということか」


 あまり考えたくはないけど、内部にいるのは残念なこと。内部に裏切り者がいるかを調べることになった。調査の結果、最近新しく雇われた下働きの男が、何者かに操られて毒を撒いていたことが判明した。男の背後には、王国の貴族連合エリオット王子の廃嫡によって利権を失った、欲深い老人たちの影がありました。そのように白状したらしい。またもエリオットか。


「私のリリアーナを、再び泥沼に引きずり込もうというのか。どんな者でも、自分がどれほどのタブーを犯したか理解していないらしい」


 夜、アルヴィン様は執務室で、冷酷な死神の顔に戻っていました。手元にあるリストには、関与したと思われる貴族たちの名が並んでいた。


「アルヴィン様。私は大丈夫です。シルヴァンが助けてくれましたし、何よりあなたがすぐに気づいてくれましたから」


 私は彼の背中にそっと寄り添いました。アルヴィン様は振り返り、私を壊れ物を扱うように抱きしめました。


「君を愛する資格があるのだろうか。君を守ると言いながら、君に毒を吸わせるような隙を作ってしまった。不覚にも」


「資格がないなんて言わないでください。あなたがいたから、私は今ここで笑っていられるんです。アルヴィン様、あなたは私の唯一無二の騎士ですよ」


 私が微笑むと、アルヴィン様の瞳に、狂おしいほどの情熱が戻ってきました。


「ああ、君を失う恐怖が狂わせる。今夜は、君を一時も離さない。魔力を君の体中に満たして、どんな毒も寄せ付けないようにしてやる」


 アルヴィン様は私を抱き上げ、寝室へと向かいました。いつものアルヴィン様に戻りました。ホッとします。

 窓の外では、シルヴァンが屋敷全体を包み込むように、巨大な茨の結界を張り巡らせているよう。


「主。僕は屋敷の中へ入ることはできないけれど。君の眠りを妨げるすべての不浄を、森の力で握りつぶしてあげるよ。おやすみ、僕の、大切な主」


 シルヴァンの優しい声が風に乗って聞こえた気がしました。

 重すぎるほどの愛を持つ夫と、窓の外から見守る過保護な精霊。二つの強大な守護に包まれて、私は再び、とろけるような甘い眠りへと落ちていくのでした。

 愛を奪おうとする者への、容赦ない反撃の意志が宿っていた。

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