第15話 独占欲の結界
第15話 独占欲の結界
エリオットとの決戦から数日がたった。荒らされた大聖堂の修復は、私の浄化の魔力と、アルヴィン様が動員した領内の腕利き職人たちによって驚異的な速さで進められていました。エリオットという過去の亡霊が消え去ったことで、領地を覆う空気は以前よりもさらに澄み渡り、リリアーナ・リリーの花々は、とても鮮やかな色で咲き誇っています。
領地が平和を取り戻した一方で、公爵邸の内部には、非常に密度の高い空気が漂っています。いつもの日常というか。
「あの、アルヴィン様。いい加減に、鎖、いえ、魔導の腕輪を外していただけませんか?」
寝室の大きなカウチで、アルヴィン様に抱きすくめられたまま溜息をつきました。手首には、繊細な銀細工の腕輪がはめられています。それはアルヴィン様の魔力と直結しており、彼から百メートル以上離れようとすると、優しいけれど抗えない力で彼の元へ引き戻されるという代物です。やり過ぎですよ。
「駄目だ。エリオットのような輩が二度と現れないとは限らない。君が視界から消える一秒一秒が、心臓を握りつぶされるような苦痛なんだ。リリアーナ、分かってくれるだろう?」
アルヴィン様は私の首筋に顔を埋め、深く、深く呼吸をしました。溺愛がパワーアップしてます。
戦いの後、彼の独占欲はついに常軌を逸する一歩手前まで到達していました。私が庭に出るのにも騎士一団が同行し、夜は彼が私を腕の中に閉じ込めなければ、一睡もしてくれないのです。心配してくれるのは嬉しいも、ここまで来るとねって感じ。
そんな監禁に近い生活の中でも、公爵夫人としての務めを果たそうと奮闘していました。今日は、領地で収穫された奇跡の蜜を瓶詰めし、周辺諸国へ輸出するための最終チェックを行う日です。甘くて美味しい蜜。しかも健康にも効果ありなので人気らしい。忙しくなるかな。
「リリアーナ様、こちらがサンプルでございます。あ、あの、旦那様。そんなに睨まないでいただけますか」
研究所の責任者が、震える手で瓶を差し出します。アルヴィン様は私の背後に立ち、私の腰に手を回したまま、責任者を鋭い眼光で射抜いていました。疑い深いにもほどがある。責任者は一緒に働く仲間なのに、怖がってます。
「リリアーナに近づきすぎだ。あと三歩下がれ」
「は、はいっ!」
「彼は仕事の話をしているだけですよ。もう、これではまともに仕事になりません」
私が少し怒ったふりをして彼を見上げると、アルヴィン様は一瞬だけ捨てられた子犬のような瞳をしました。
「君が、私以外のものに熱中するのが耐えられないんだ。この蜜だって、君の魔力の一部だろう。それを他国の、会ったこともない連中が口にすると思うだけで」
「領地の皆さんの生活のためです。それに、私の一番美味しいところは、全部アルヴィン様が独占しているではありませんか」
私が恥ずかしさを堪えて耳元で言うと、アルヴィン様の瞳に一気に熱が灯った。彼は周囲の目を気にすることなく、私の指先を取り、甲に熱烈な口づけをする。
「足りない。一生かけても、君を味わい尽くすことなどできない。リリアーナの公務はここまでだ。セシル、あとの瓶詰めは適当にやっておけ」
「旦那様、適当とは聞き捨てなりませんな。ですが、承知いたしました」
執事セシルさんの呆れ顔に見送られ、私は再び、アルヴィン様という名の甘い瓶へと連れ戻されることになりました。
そんな働いて忙しい中、王都から思いも寄らない客人が訪ねてきました。客人は、私を無能と決めつけ、エリオット王子と一緒に私をここへ追い出した、バレンタイン伯爵、実の父でした。なぜ今ごろになって来たのか。まさか会いたかったとか言わないよね。
「おお、リリアーナ! よくぞ、よくぞここまで立派になって。会いたかったぞ」
応接間で対面した父は、以前の傲慢な態度はどこへやら、揉み手をして私に媚びへつらってきました。嘘でしょ。信じられない変わりようだわ。
「エリオット殿下が廃嫡され、我が家も窮地に立たされておるのだ。娘のリリアーナなら王都に戻っても最高の貴族として迎えられる。どうだ、一度実家に戻って、事業を助けてはくれまいか。公爵殿も、まさか実の親子の仲を裂くようなことはされんだろうからな」
父の言葉に、私は心の底から冷めていくのを感じます。私が苦しんでいた時、一度も助けてくれなかった人。私が呪われた地へ送られるのを、厄介払いができたと笑って見送った人。私が口を開くより先に、部屋の空気が絶対零度まで凍りつきました。よく言えるわね。娘として絶望的ですよ。でもわかっていない。父はアルヴィン様を理解されていない。アルヴィン様がどんな人なのかを。
「実の親子か。彼女を死地へ追いやった口が吐くとは、片腹痛いな」
アルヴィン様が、ゆっくりと立ち上がりました。彼の背後から溢れ出す漆黒の魔力が、部屋の壁をメキメキと、きしませます。
「リリアーナを返せだと貴様、命が惜しくないのか。彼女は地獄から救い出してくれて、なおかつ魂を刻み込んだ妻だ。バレンタイン伯爵が今日この地から生きて帰れるのは、ひとえにリリアーナの慈悲のおかげだと知れ。父親でなければ死んでいたぞ」
「ひ、ひぃっ! ラ、ラザフォード公爵、落ち着いて!」
「セシル。バレンタイン伯爵を領外へ叩き出せ。二度と、リリアーナの視界に不浄な過去を入れるな」
アルヴィン様の一喝で、父は腰を抜かしながら兵士たちに引きずられていきました。私は、去っていく父の背中を見ても、何の感情も湧きませんでした。今の私にとって、本当の家族は、帰るべき場所は、隣で私の手を強く握り締めているこの人だけなのですから。できるなら、来てほしくなかったのが本音です。
夜。父バレンタイン伯爵の訪問で少し沈んでいた私を、アルヴィン様はこれ以上ないほどの情熱で慰めてくれました。こういうところは、いつも優しい。
「君を、誰にも渡さない。たとえ神が君を天国へ呼び戻そうとしても、奈落の底からでも君を奪い返しに行く」
ベッドの上、重なり合った肌から伝わる彼の鼓動。激しく、狂おしいほどに私を求めていました。
「アルヴィン様。私はどこへも行きません。あなたの腕の中が世界で一番好きな場所です」
私がそう言うと、アルヴィン様は瞳を見つめ、そっと笑いました。呪いに苦しんでいた死神の顔ではなく、愛に救われ、愛に溺れる一人の男の顔でした。
「リリアーナ。君がかけてくれる愛という名の呪いは、一生解けそうにない」
「ええ。私も、あなたからかけられた溺愛という呪いから、逃げるつもりはありませんわ」
私たちは、窓から差し込む月光の下で、何度目か分からない誓いのキスを交わしました。婚約破棄から始まった、私の逆転劇。呪われた地を楽園に変え、孤独だった公爵の心に火を灯し、私自身を愛される喜びで満たしていく。もう二人の間では、もっと愛してという甘い合図に変わっていました。
領地は明日も、私の光とアルヴィンの守護によって、さらなる繁栄を続けられたらいいな。




